夜明けの空がきれい。今日は東京は曇り時々晴れという感じかな。今朝も群馬県藤岡市鬼石町鬼石の老舗和菓子屋さん「昇月堂」のお菓子。今回は「桜山(平和)」。これもいかにも昔ながらの桜の枝のイラストと包装。(平和)というのがなんかいい。ほかにもなにかあるのかな。コスモス(調和)とか。花言葉というわけではないのだろうけど。さてさて、小さなプラスチックのスプーンがついてて、お、すくう系か、このアルミ、ふたになってるんだ、とパカッとあけると抹茶の浮島。このまま、蒸し器に並んでたんだろうねえ。かわいい。しっとり。おいしい。お菓子屋さんは今日はお休みではないのかな。栗、かぼちゃ、さつまいも、秋のお菓子は色も素材も豊かだから祝日に楽しみたい人も多いだろうし。美味しいに「美」という漢字がはいっているわけだ。そして美味しい=ありがたい。こうして行ったことのない街の空気も運んできてくれるお菓子たちに感謝。私からそちらへ出向きたいが今日は難しい。うーん。近所の和菓子屋さんに行こうかな。
たまにいく小さなケーキ屋さんでよくクッキーを買う。ケーキも食べたいのだけど加齢のせいか一個が大きくて、満足を通り越した満腹がきてしまうのが惜しい。買えば食べてしまうけど。なにより私はクッキーが好き。そのお店にいくときは、そこのクッキーが大好きな人の分も買ったりして、大体はお持ち帰り。店内のカフェは1、2回しか利用したことがない。
先日、寄ったら、ハロウィンでかぼちゃのクッキーが追加されてた。毎年この時期は出してる、と言われて、そうだったっけ?となった。小さな透明な袋に薄いカボチャ色をしたクッキーが3枚。袋からだすとヘタみたいのが小さくついててかぼちゃとわかる。二度目にこれを買うときに「これ、出すと実はかぼちゃの形!」「そうなんです!」と他愛もない会話ができるのも小さな商店街の店の魅力。私はなにか発見するとすぐに口にしてしまう。山登ったりすると、降りてきてからその街をのんびり散策しながら、その街のお風呂に入ったり、居酒屋に行ったりするのだけど、お菓子屋さんがあると大抵寄る。お店の方がこちらのひとりごとにパッと反応してくれることも多く、そこからおしゃべりが始まったりもする。もちろん、ひとりごとのまま終わる場合もある。山登りのときはだいたい向こうから「〇〇山?」と聞いてくる。さすが、地元!となる。和菓子屋さんだとお茶をだしてくれるところも少なくないので、買ったお菓子をそこでいただくこともある。私も群馬の山に囲まれて暮らしたから、もしそのまま地元でお菓子屋さんとかやっていたらそう言うだろうなあ。群馬は山と温泉にはことかかない。
私、結構、ひとりごと派(?)なんだけど、鼻唄まじりのひとりごとというのもありますね。ふんふん歌っているうちに、ちょっと待てよ、みたいななにかしらの思い付きがあってそれを言葉にするみたいな。自由連想もひとりごとみたいなものといいそうになるけど、そんなことはないのは自由連想がいかに不自由かを体験するとね、わかるのね、辛いよね、あれは。自分が誰かといるときにいかに不自由で孤独になりやすいかを実感しちゃうし。
「ちいかわ」は、誰かを大切に思うことがいかに寂しさも同時に連れてくるかを本当に素敵に描いているなあ、と思った。ちいかわとハチワレだけではなくて、うさぎが入って3人なのもいい。みんな横並びという感じだし。彼らが子どもだとすると鎧さんたちは大人というかやや管理側。気さくで優しいけど。なんでも口にしてしまう鎧さんとそれを止める鎧さんがいたり、みんないろいろでいいのはたくさんいろんなひとがいるからなんだよね。グレーの顔の子たちもあれでなんとなくキャラがわかるのはちいかわたちの反応のおかげ。
♪なんだ、もう朝かと、ひとり、ごつ。 焼けたパンにバタァ ぬりぬり♪
ハチワレ、歌もギターも上手。
平和で優しい一日になるといいけど。色々あってものんびりする時間がありますように。

