眠い。寒い。でも窓を少しだけ開けた。雨は降っているような降っていないような。なのに乾燥。あちこち痒い。のどがカラカラする。冬がやってくるのか?くるよね、そう遠くないうちに。
昨日、Christopher Bollasを少しパラパラしながらアイデアを練っていた。理論にかんする論文、What is theory? も。これは複数の本に収められている。それだけ重要論文ということだろう。アブストラクトの訳はこんな感じ。前にも載せたけど。
理論とは何か?
要旨
本章で著者は、精神分析における心のモデルを、一種の知覚の形式として論じる。それぞれの理論は、他の理論では視野に入れることのできない何かを見ている。
著者は、フロイトから出発して、フロイトが典型的に、互いに競合する複数の心の理論を併存させていたことを示す。フロイトの局所論的モデルは、抑圧がどのように働くのかを示すのに、ある程度までは成功した。しかし、このモデルでは、無意識の働きの別の形態、たとえば無意識の受容的な(抑圧的ではない)働きを捉えることができなかった。ボラスの造語である「受容的無意識(receptive unconscious)」で指し示されるものは、実のところフロイト自身によって、夢がどのように形成されるかについての理論、機知についての理論、そして日常生活の精神病理についての理論のなかですでに用いられていた。それではなぜフロイトは、このような無意識の働きに、それに固有の名称を与え、発展しつつあった自らの無意識理論のなかに明確な位置を与えなかったのだろうか。
著者によれば、皮肉なことに、フロイトは無意識の受容的な働きについての理論を実際には用いていたにもかかわらず、自分が事 実上用いていたものを明確に捉えるためなら容易に構築できたはずの、その理論そのものを抑圧していたのである。ボラスは、フロイトによるこの抑圧を、子どもと母親との関係――ボラスが「母性的秩序(the maternal order)」と呼ぶもの――をフロイトが抑圧したことと一貫したものとして理解できると論じる。そのためフロイトは、自分が無意識のうちには絶えず用いていたものを、意識的には見ることができなかったのである。さらに著者は、精神分析のあらゆる学派は、それぞれ異なる人間の心と人間行動の側面を創造し(create)、それゆえに知覚する(perceive)のだと論じる。それぞれの理論は、それ自体として重要な価値をもっている。
本章の最後でボラスは、なぜ私たちには複数のモデルが必要なのかを論じる。複数のモデルをもつことは、文字どおり、私たちの心を拡張する(mind expanding)ことだからである。そして、自分たちのただ一つの心の理論こそが正しいのだと主張する学派は、残念ながら、その学派で学ぶ者たちから、無意識の構造、無意識的思考、そして無意識的行為について、より広く、より深く理解する可能性を奪ってしまうとボラスは論じている。(ここまで)
なるほど。theory = form of perceptionであり、「複数の理論をもつことが literally mind expanding」であると。これは単なる折衷主義ではない。ボラスは、それぞれの理論が異なるものを「創造し、それゆえに知覚する」という、理論の積極的な働きにも目を向けている。毎日どこででも同じようなことを書いているが、何かは何かを見えるようにすると同時に、別の何かを見えなくするというのは理論でも同じということ。ボラスはフロイトこそそうだったということをここで言っている様子。実際、フロイトを読んでいるとそうだなと思う。レトリックで誤魔化されているぞ、と感じることはたしかにある。あと、あ、それは後回しにしちゃうんだ、とか。盲点を作り出すのもまた無意識ということか。ただ、やっかいなことに、フロイトは実際にものすごい天才で、フロイトがそういうならそうなのかな、とこちらも読み流したりすることがある。困難に直面したときにそれをかわす方法はいくらでもある。そういう防衛をなんといいますか、とやるのが授業か。
週末は、久しぶりに母校にいって友達とおしゃべりをしてきた。当時、お世話になった先輩方や先生方を多くみかけた。そりゃ、みなさん、私と同じく年齢は重ねておられるが、髪型とかみかけも変わっていなくてびっくり。地道に研究とか生活とかしてこられたのだろうなあ。研究ってある種のパターンにのる能力がないと、というか秩序だっていないとできないと思うんだよね。私には程遠い世界。分析をうけて「地道」ということをすごく実践できるようになったけど、いまでも散漫さのほうが際だつし。
でも卒業して30年経つのに覚えていてくださるのはなんか嬉しかった。あんなだったけどこのくらいにはなりました、とお伝えできてよかった。
今週もこんな感じだけど地道にがんばりるれろ。なにかいいことないかな、という気軽さも忘れずに。風邪ひかないようにしましょう。
Bollas, C. (2007). “What is theory?” In The Freudian Moment, Chapter 4, pp. 71–83. Karnac.
Bollas, C. (2011). “What is theory?” In The Christopher Bollas Reader, Chapter 14, pp. 228–237. Routledge.
Bollas, C. (2022). “What is theory?” In J. Salberg (Ed.), Psychoanalytic Credos: Personal and Professional Journeys of Psychoanalysts, Chapter 4. Routledge.

