カテゴリー
精神分析

タウスクとか村上龍とか。

くもり。くしゃみ。くがつく言葉をもっと並べようと思ったけど状態にも景色にも関係のない単語しか思い浮かばない。


昨晩、仕事を終え、Reading Freudの準備をしていたら花火の音が聞こえた。夏の間は、毎日、夜8時くらいになると花火の音が聞こえた。時間があえばカーテンの向こうをのぞき、それを眺めることもできた。ヤクルトスワローズの神宮球場で試合のときだけだから毎日ではなかったと思うが、今日もという感じがしていた。野球はすでに日本シリーズにはいっており、久しぶりの花火の音だった。夕方、ネット上で東京湾の花火大会が予定どおり開催、というニュースをみたのを思い出した。鳴り続く音のほうへベランダから身をのりだしてみたが空は曇っていてなにもみえなかった。晴れていたらみえたのだろうか。


フロイトの『メタサイコロジー論』は第一次世界大戦中に書かれた。『無意識』論文で名前がでてきたタウスクについても少し話した。フロイト、ドイッチュ、タウスクの複雑な関係がタウスクの死にどれだけ影響したかわからないが、タウスクは1919年に自殺した。悲惨な戦争体験が影響したかもしれない。フロイトのサークルに訪れた最初の死だった。ピーター・ゲイの『フロイト』に書いてあった。フロイトはこの後、身近な人を様々な形で失っていく。『喪とメランコリー』が書かれたときはタウスクは生きていた。アントン・フォン・フロイントも、娘のゾフィーもまだ生きていた。


村上龍が死んだ。小林信彦が死んだ。若い頃に影響を受けた作家たちもそういう年になっていた。私はいつのまにかではないが確実に老人に近づいていると感じる。それはつまり死にも近い。村上龍の著作のインパクトは大きかったが、私にとって村上龍は、いつのまにか妙木浩之先生と一緒に取り出される作家になっていた。妙木先生の本の帯文を村上龍が書いていたり、いろんな媒体で対談していたり。妙木浩之ファンの私にとっては、その関連としての村上龍になっていた。


昨晩、Reading Freudから帰って、依頼されていた書評を一気に書いた。不足の多い内容だな、と我ながら思うが、今の私にはこれくらいしか書けない、と書きあげてすぐに出版社にメールで送った。なんだか目が冴えてしまって、そうだ、と村上龍の本を開いた。『歌うクジラ』。文芸誌『群像』で連載されていたものだ。連載終了後には妙木先生と対談もしている。この本には「早期老人症」という言葉が出てくる。ディストピア小説であることはすぐに予測がつくだろう。昨日は、クレペリンの早発性痴呆について話した。今、統合失調症という診断名であらわされているものがフロイトの時代のそれと異なることなども。

『歌うクジラ』という題名のよさ。村上龍の本はどれも題名が秀逸だった。当時、好き好き言っていた妙木先生の勉強会にでたり、『ピグル』の翻訳グループにいれてもらったり、日本精神分析協会で一緒の時間をすごすなかでファン感は失せた。妙木先生は今は訓練分析家である。時は経つ。人は死ぬ。生まれもする。いろんな場所でいろんな時間に。


今日もひとつ仕事をしあげねばならない。20分間しゃべるための原稿は6000字くらいだとAIがいっていた。書くこともしゃべることも自分のつたなさの露呈の機会だが、臨床とは別の組織を動かしている感じは悪くない。がんばろー。その前にきちんと朝ごはん食べよう。すでにベルンのチョコをちょこっと食べちゃったけど。東京はお天気いまいち。でも静か。いい一日になりますように。

ピーター・ゲイ著、鈴木晶訳(1997)『フロイト』1、みすず書房

村上龍(2010)『歌うクジラ』上・下、講談社

妙木浩之(1999)『心理経済学のすすめ』新書館

D・W・ウィニコット著、妙木浩之監訳(2015)『ピグル――ある少女の精神分析的治療の記録』金剛出版

作成者: aminooffice

臨床心理士/精神分析家