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精神分析

Reading Freud

第四回Reading Freudだった。引き続き『フロイト全集4(夢解釈1)』を読んでいる。ようやくあと一項目で第一章が終わる。第一章はそれまでに発表されていた夢に関する論文や本の検討から始まり、それが延々続いたわけだがだいぶフロイトがどういう方向に進みたいのかが見えてきた。今となればいい書き方だ。ただ多くの人はこの感触を得る手前で挫折するのではないだろうか。文献の量が半端ない。巻末の文献一覧を見ればわかる。ちょっとうんざりするような量でフロイトだってそれを概観するのは渋々だったというのだから私たちが渋々にならないはずはない。でも私たちはこんなコンパクトに羅列してくれたものを読んでいるのだからその労力はたいしたことないはず。はず!でもフロイトのような圧倒的知性を持つ人がいくらコンパクトにしてくれたところで元々の量がすごいのだから大変だったよ。フロイトの論の進め方に慣れてきたからその後の展開に希望を持って読めたけど今回は安心した。やっと光が見えたという感じ。毎回Twitterで進捗をメモしてきたがそれを探すのも面倒なのでここに貼っておく。フォローはしないがツイートをチェックするというのは私もやるが私の読書メモに関してそうしている人の話を何人か聞いた。メモより本文を一緒に読もうよ。

以下、メモツイートをメモ。

第一回Reading Freudは『フロイト全集4(夢解釈Ⅰ)』、前回の緒言(1929年第八版まで)に続き、「第一章 夢問題の学問的文献」の「A 夢と覚醒生活の関係」「B夢素材ー夢における記憶」を音読しました。フロイトはその書き方に慣れ、体験を追うためにも読み続けることが肝心、と改めて思いました。

第二回Reading Freudは『フロイト全集4(夢解釈Ⅰ)』「第一章 夢問題の学問的文献ーC 夢刺激と夢源泉」を音読。四つの夢源泉のうち「一 外的な感覚刺激」「二 内的(主観的)感覚興奮」「三 器質的な内的身体刺激」まで。フロイトの書き方のせいか夢の特徴のせいかなんどか吹き出しつつ読みました。

全員心理職なので、さすがに抜かりなし、というような描写をされているヴントや入眠時幻覚の実験的観察者として登場するトランブル・ラッドのことはこちらの本を使ってご紹介。高いけど必携といいたいです。 サトウタツヤ『臨床心理学史』。

第三回Reading Freudは『フロイト全集4(夢解釈Ⅰ)』「第一章 夢問題の学問的文献」 (C)四 心的刺激源泉 (D)目が覚めるとどうして夢を忘れてしまうのか (E)夢の心理学的特性 を読みました。 ものすごい量の先行研究を吟味してもなお解明すべき点を夢はもっているという前提を共有するための章。

最初はこんなこと書いてた。追体験ね、全集の有名論文を一巡して(超有名論文は何度も読んでから)帰ってきてようやく部分的にできるようになってきたかな。

今回はフロイトがこの人はちょっと例外、という形で先に名前をあげていたカール・アルベルト・シェルナーが登場。『夢の生活』が有名なんだって。K.A.SCHERNER,DasLebendesTraumes,Berlin1861.

フロイトは118頁で「シェルナーの意見では、人間という有機体の全体を描き出すのに、夢空想には殊にお気に入りの呈示法があるという。この辺りで、フォルケルトその他の人々は、もう彼に付いて行けなくなってしまうのだが、シェルナーは、それは家だという」とちょっと面白い感じで書くことで私たちに「ついてこいよ」と言っている、多分。「え?家?何言っちゃってんの?」と関心を向け続けることが大切なのだ、多分。この辺りまでくるとそれまでの苦痛が嘘のように次への興味が湧いてくる。書き方としてはもうちょっとここまでの苦痛を減らすようにかいてほしかったけど精神分析は「持ちこたえること」に重きをおくのでその練習と思おう。

シェルナーについてはユング心理学の重要な古典、C.A.マイヤー『ユング心理学概説』全四巻のうちの第二巻『夢の意味』河合隼雄監修、河合俊雄訳(2019、創元社)で一章の一項目が割かれその問題点も指摘されている。なんにしても有名ってことだね。知らないことばかりだから誰がどうでとかこうやって少しずつ知るしかないのよね。

さてさてこの本では序文からフロイトの『夢解釈』は「疑いもなく「昔」に属するもの」としてやや批判的だが、ユング心理学における夢の重要性と精神分析におけるそれは似て非なるものである。

私は以前、学会の企画で自分のケースを精神分析、ユング心理学、短期療法の専門家からスーパーヴィジョンしてもらうという体験をした。一つの事例の見立てはそんなに変わらなかったが着目する点が全く異なり、ユング派分析家の先生は治療全体を夢のように捉え、その扱いも独特だった。「ユング派に治療を受けるならこの先生に受けたい」と思った。精神分析も転移状況である治療状況を夢として扱うが、その時に議論になってびっくりしたのはその先生が、ということかもしれないが、ユング派では「関係」などという言葉がいらないほどに「夢」の意味が広いということだった。マイヤーのこの本を読むと「なるほどねえ」と思う。ちなみにこの本の監修を務めた河合隼雄はマイヤーに分析を受けていた。もう一個ちなみに序文のエピグラフはゲーテ。

「病気になることなしに自分の内界に戻っていくことができるように人は生まれついているに違いない」。自分をむしばむことなく自分自身の内へ健康なまなざしを向けること、妄想や作り話でなく澄んだ目でもって探究されていない深みにあえて入っていくことができるのは、稀有な資質であるのみならず、そのような探究の結果は世界と学問にとってめったとない幸運である。

ーゲーテ、一八一九年

ゲーテが「 」で引用しているのはプルキンエという生理学者、病理学者。今回読んだ「G 種々の夢理論と、夢の機能」でも出てきたね。マイヤーはどうしてここを取り上げたのかなあ。日々病気の世界に触れ続けそこで共にいようとする仕事だからこそ、かな。

毎日、気持ちに負担がかかることがちょこちょこ起きるがもしそれが人間関係で生じるなら相手を変えることはできないということを前提に自分の発狂しそうな部分となんとかやっていこうとする部分の折り合いをどうにかこうにかつけていこう。とても辛くて苦しいけど誰かに協力してもらいながら。夢もそういう仕事をしてくれているはず。余裕がないと夢も見られなくなるから睡眠はしっかりとりましょう、と早朝に言うのも変か。この時間だと「動くの辛いけどカーテン開けて光入れるようにしよう」かな。今日が大変でも今夜の夢に期待しよう。とりあえず、とりあえず、で。良い日曜日でありますように。