カテゴリー
精神分析

メッセージとか

朝の空じゃないみたいな色。夕方みたい。梅雨に入ってもまだくもりが多い。傘は持ち歩いているけど。関東は今日はにわか雨が降るかもだって。

誰かと親密になることを対人関係の目的にする必要はないと思うけど、回避しつづける関係はそれはそれでいいけど、親密になるならお互いを思いあえる関係の方がいいだろう。傷つけあうことを快楽とする場合もあるが、それも単純なものではない。自分が人にどういう態度をとっているかは怒りの表現でわかることが多い。怒りは結構自覚しにくく衝動的に表出されやすいものなのでそれが関係を一気に変えることはすごくありうる。多くの人が経験済みだろう。出せば伝わるものではないのがメッセージであり、子供と大人のコニュニケーションともなればなおさらだ。フランスの精神分析家ラプランシュは以下のようなことを言っている。今ラプランシュが手元にないのでAnat Tzur Mahalelの Routledge, History of PsychoanalysisシリーズのReading Freud’s Patients: Memoir, Narrative and the Analysandから孫引きしたのを訳してみる。

“メッセージという概念には、すでに存在し、主体に先立って存在する意味が主体に提示されるという考えが含まれている。しかし主体はその意味の主人ではなく、それに身を委ねることによってのみ、その意味の主人となりうるのである。

また、謎という概念によって、決定論には断絶が生じる。なぜなら、謎めいたメッセージの送り手は、自らが意味していることの大部分を知らないからであり、また子どもは、自分に伝えられたものを構成し理論化するための不十分で未熟な手段しか持たないからである。

したがって、一方にある親の無意識やその言説と、他方にある子どもがそれらをどのように受け取り処理するかとのあいだには、直線的な因果関係は存在しないのである。”

(Laplanche, 1999, p.160)

以上のことは本当に大事なので心に留めておきたい。

6月もやることが多いのにもうすぐ半分が過ぎてしまう。今日もがんばろう。

代々木公園

作成者: aminooffice

臨床心理士/精神分析家