カテゴリー
精神分析

Beyond

今日もいいお天気。まだ暑くもないし、ずっとこのくらいならいいのに。


昨日私は精神分析家になる(becoming)の文脈で考えていると書いたが、精神分析家によってそのプロセスは全く異なる。それはごく当たり前のことなので語られなかった言葉、忘れ去られつつある言葉に対する感受性は意識して磨いていくしかない。単に歴史は大切というのではなく、歴史に残らなかった歴史も大切である。


2年ほど前にここでも書いたがKlara Naszkowska編集のEarly Women Psychoanalysts: History, Biography, and Contemporary Relevanceはその観点からみてもいい本だと思う。


各章はBeyond Wife, Lover, Muse、Beyond Psychoanalyst、Beyond the Homeland、Beyond the Holocaustと「Beyond〜」のどれかに収められており、それぞれの章の著者は、精神分析家だけではなく、歴史家、ジェンダー研究者、文学研究者、ユダヤ研究者もいる。


出版社のウェブサイトの概要をみるとそれぞれは以下のように説明されている。

本書の第1部では、Sabina Spielrein、Lou Andreas-Salomé、Beata Rank といった比較的よく知られた分析家たちを取り上げる。彼女たちはしばしば誰かの妻、恋人、あるいはミューズとして記憶されてきた人物である。
第2部では、Margarethe Hilferding、Tatiana Rosenthal、Erzsébet Farkas など、明確な政治的立場をとった女性分析家たちに光を当てる。
第3部では、Ludwika Karpińska-Woyczyńska、Nic Waal、Barbara Low、Vilma Kovács といった、あまり知られていない分析家たちの伝記を、初期フロイト運動における彼女たちの重要性という文脈から論じる。
そして最終部では、Eugenia Sokolnicka、Sophie Morgenstern、Alberta Szalita、Olga Wermer の人生を、移住と亡命、トラウマ、喪失、そして記憶というテーマとの関連において検討する。(引用の訳はここまで)

この本は、特定の観点からしか語られてこなかった、あるいは語ることさえされなくなった女性たちを、既存の物語を超え、アイデンティティを超え、その枠組みの向こう側から読み直すものといえるだろう。なかでも第4部のBeyond the Holocaustの各章は印象深い。これらの章は女性分析家の語られなかった側面を語るだけでなく、精神分析を記憶、亡命、思考の歴史として読み直す視点を提供してくれる。彼女たちの体験とそれを語ろうとする言葉たちは胸に迫るものがあり、思考を促さあれる。Taking CureとかけたThinking Cureというタイトルも彼女たちの歴史の延長上で私も精神分析家になったことを思うとより集団的な態度として有効であるように感じた。


だからなにというわけではないが、土居健郎の「甘え」が人の心を表す概念として有効であることがもはや共有されていないらしい、という事実(多分)に私はそこそこ危機感を抱いているということだろう、こういう本のことを書きたくなったりするということは。

毎日眠いががんばろー。

代々木

作成者: aminooffice

臨床心理士/精神分析家