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俳句

ガザ、日向ぼこ、荻外荘

夜明け。とてもきれいなオレンジを見られた。これは多分ヒヨドリの声。カラスの鳴き声だけは確実にわかるのにね。

鵯のこぼし去りぬる実のあかき 蕪村 「蕪村遺稿」

パレスチナ自治区ガザ地区、19日に発効されたイスラム組織ハマスとイスラエルの停戦合意に基づく人質と拘束者の交換が行われているとのこと。人質解放の場にガザの群衆が集まって事故が懸念されるとのことなんだけどみんなどんな気持ちで集まっているのだろう。これは「集まっている」というのだろうか。そもそもの居場所はあるのだろうか。ガザはもうすぐ31日になる時刻か。夜は眠れるのだろうか。

村上鬼城の俳句に

うとうとと 生死の外や 日向ぼこ 鬼城

がある。季語「日向ぼこ」には生死を読んだものが多い、と聞いて私もこの前そう思った、と思った。耳が悪く、貧困に苦しんだ鬼城にとっての「生死の外」は、「日向ぼこ」は、どんな心地のものだったのだろう。その人にしかわからない感覚が言葉に包まれることの大切さを思う。

荻窪の小児発達クリニックに勤めていた頃、お昼は外で過ごしていた。美味しいパン屋さんもお弁当屋さんも近くにあった。図書館の公園で食べてそのまま時間ぎりぎりまで本を読んだり太田黒公園まで足を伸ばして散策したりした。クリニックはのちに駅の反対側に移ったので荻窪は駅の両側ともわりと詳しい。クリニックを辞めたあとも保育園巡回の仕事で荻窪にはそれなりにきていた。しかしどんどん忙しくなりオフィス、保育園、自分の分析、またオフィスという生活でごはんを食べたりお散歩したりする余裕は無くなっていた。荻窪はその間に随分変わった。私がいつも買っていた美味しいパン屋さんは駅そばの人気店になった。先日、久しぶりに荻窪で降りた。気に入っていたカフェやごはんやさんはまだ元気そうに営業していたけど注意の張り紙が増えていた。どこも色々大変なのだろうか。今回は角川庭園が目的地だったがまずは大田黒公園をのんびり散策し、復元待ちだった荻外荘へも寄った。大田黒公園の梅にメジロがいて梅の花びらを落としながら頭をあっちこっち動かして蜜を吸っているのがかわいくてたくさん写真を撮ったが動きまくるから目がつりあがったり歪んだような写真ばかりになった。さて、荻外荘は近衛文麿が昭和12年から昭和20年12月に自死するまで過ごした邸宅である。昨年、近くを歩いたときはまだ工事中で公開が始まったら行こうと決めていた。昭和15年7月、東條英機らと「荻窪会談」を行った部屋の壁紙や調度品、近衛文麿が自決した部屋の「黙」という字、いろんなものが視覚に残りなんともいえない気分になった。近衛文麿は服毒自殺、東條英機は死刑、岸信介は釈放、と辿っていると暗澹たる気持ちになる。「黙」でよかったのか?

色々考える。それぞれの平和が普遍的なものでありますように。

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俳句 読書

朝ごはんとか俳句とか。

まだ暗い。カラスが大きな声で鳴いている。今日はスッキリ晴れるみたい。

朝ごはんが大好き、ということを何度か書いたことがある。堀井和子は『ぱっちり、朝ごはん』(河出文庫)に「1日3食、朝ごはんでもいい!」と書いている。「私も!」と一瞬手をあげそうになったが最近の私は朝ごはんにあまり力をいれていない。早朝に「つくおき」をするせいでそれをちょっとつまんでしまいむしろ夜ごはんっぽくなっている。あんなに大好きだった私の朝ごはんはどこへ行ってしまったのだろう。

「私は1日3食、朝ごはんを食べてもいいくらい朝ごはんが好きで、夜は明日の朝ごはんを楽しみにして寝る。」

と堀井和子はいう。わかる。私も同じことを言っていた。かつては。とはいえ、堀井和子の場合、パンは自分で焼いているし、記憶に残っているのは南仏だし、とっても素敵な感じで私の朝ごはんとはだいぶ違う。それでも私は朝ごはんを楽しみに寝ていた毎日を取り戻したい、というのも食卓に置きっぱなしにしていたこの本をパラパラしたから思っただけではあるけれど。

この前、橋本多佳子の句集で

雪しまきわが喪の髪はみだれたり 橋本多佳子

という句を見つけて「雪しまき、カックイイ!」と思って一句作ってみたがどうひっくり返してみてもぼやんとした句にしかならなかった。その後、岸本尚毅が朝日新聞に書いていた記事を読み写生についてちょびっと考え「雪しまき」なんて雪国で生活したこともない私には使えない季語なんだからカックイイとかで作ってはならぬ、と別の句にした。我ながら単純だが反省したらすぐに実行すべし。体験が言葉を強くすることは毎日体験中だもの。

週末は数年ぶりに一年一回の会が復活する予定。コロナの間に変わったこと変わってないことなんであれ再び共有できることの幸せを噛み締めたい。良い週末に向けてがんばろう。

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俳句 読書

冬らしさ、宇多喜代子『俳句と歩く』を少し読んだ。

今朝は少し空の様子が違う。冬らしいというのはこういう空のことかもしれない。天気予報は晴れみたい。昨日の西日もいかにも冬で新宿方面から西へ向かう人はみんな片手をあげて強い日差しを遮っていた。ものすごい発光。この前、とてもよく晴れた日、少し川沿いを散歩した。前から来る人のボタンとかランニング中の人の袖の一部とかみんなどこかしら光っていて冬だなと一句作った。しばらく歩くと小さな白い鳥が川縁をぴょこぴょこ歩いていた。多分ハクセキレイ。その歩みに合わせてその水浴びを観察した。尾羽をぴょこんと水につけては飛び上がるくせに川縁ぎりぎりのところを歩いててとてもかわいい。今日はあったかいから入っちゃおうかな、でもお水は冷たいからな、みたいな逡巡に見えた。これも句にした。でも途中から「尾羽ぴょこぴょこみぴょこぴょこ」→「尾羽ぴょこぴょこ日向ぼこ」とかなってしまった。音は気に入ってるけどパクリだしねえ。この前、ちょっと図書館に寄ったら宇多喜代子『俳句と歩く』(角川俳句ライブラリー)を見つけてパラパラした。鈴木しづ子を探し疲れ果て出会った老人の一瞬と宇多さんの一瞬の描き方にグッときた。戦争を知っている世代にしかわからない記憶の作動がある。そして養蚕の話。蚕を飼うことも桑の葉畑も私にとって当たり前の景色で、体験だった。でもそれもいつの間にか見えなくなった。宇多喜代子さんは昭和10年生まれ。私がこれからどんな長生きをしたとしてもあんな語り方はできないだろう。これからもし私も戦争を体験するとしても。とても薄っぺらい時代を生きてきたのかもしれない。だから先達の語りに惹かれるというのはある。読書の恵みは計り知れない。みんないい本と出会えますように。

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精神分析

アクアライン、俳句と精神分析?

空が白い。遠くの方はまだうっすらオレンジ。起きたら喉がパリパリ。熱いお茶を淹れた。今日も「保田どら」と一緒にいただこう。房総はアクアラインが開通した頃、よく行った。身内が房総の小さな町で社会学のフィールドワークをしていたからその思い出話と共に。神奈川県川崎市と千葉県木更津市を繋ぐなんて当時はすごいと思った。それほど土地勘があったわけではないがそれまではフェリーで行っていた場所だ。アクアラインは最初は料金が高すぎて海ほたるもガラガラだった。フェリーの料金はどうだったか忘れたがもうそのルートは廃止されているだろう。いずれにしてもバブルの頃に構想された計画はその後のまさかの不況を想定できたはずもなく(できたのかもしれないが)運用は大変だっただろう。近所でも道路予定地として放置されている土地がいくつも見られるがこれはいつ計画された道路のためのものなのだろう、といつも思う。この土地は私が通った馴染みの店が立っていた場所でもあるのに。立ち退かせるときだけ素早くその後は見通しなし、というのはどんな場合でもよくあるが人の住処をなんだと思ってんだ、という感じはある。本人たちが納得したとしてもそれまでの生活を変え、お客さんを含め関わりの深かった人たちと離れる体験はそんな簡単じゃないはずだ。もちろん「あのときは大変だったけどで結果的にはよかったんだよ」という声もあるだろうし、ぎりぎりまで実現可能性を検討してから動くのでは遅い、というのもわかる。しかし、一気に動く動力を蓄えるためにはそのよな熟考が必要であることもまた事実だろう。

10日ほど前から一日一句は俳句を作っている。二句、三句作る時もありだいぶたまってきた。しかし、これはただの言葉遊びでは、という駄句ばかりで句友たちの素敵な俳句との差が自分でも明らかにわかる。とはいえ継続は力なり。でもやっぱり私は精神分析くらいしか没頭できないのでは、と思い、俳句と精神分析で検索をしてみた。最初にヒットしたのはなんとラカン理論の俳句への適用。ラカン理論が利用しやすいのはわかるが・・・、と思いつつ読んでみた。著者はイアン・マーシャルさん。ペンシルバニア州立大学アルトゥーナ校の英文学と環境学の教授らしい。ソローの『森の生活ーウォールデン』から俳句を抽出している本も書いているらしい。面白そう。とりあえず最初にヒットした文章Jouissance among the Kire: A Lacanian Approach to HaikuをみたところABSTRACTはこんな感じ。

「本稿では、精神分析理論を俳句に適用し、俳句が言葉以前の世界との一体感への回帰の試みとしてどのように捉えられるかを探究する。これは、ジャック・ラカンが「想像界」と呼んだ状態への回帰の試みとして考察される。それは言語というメカニズムを通じて行われ、ラカンによれば、言語こそが我々を「象徴界」へと導き入れ、そこで我々は自己と世界との分離を認識し始める。さらに我々は「現実界」に生きており、そこでは自己の外にある対象は欠如の象徴として認識される。結局のところ、俳句は私たちを欠如と一体、分離と結合という可能性の狭間に置く。優れた俳句は、並置されたイメージを提示するために断片的な構文を用いながらも享楽の可能性を私たちに提供する。これは想像界への瞬間的な回帰であり、俳句の瞬間に関連付けられる世界との一体感への突破である。しかし同時に、優れた俳句は、俳句に詠まれるイメージのように、自己の外にあるものが欠如の象徴となり得ることも私たちに想起させるのである。」

ふむ。そうかもしれないが、ふむ。ソローと俳句の本が読みたい。

Marshall, Ian, “Walden by Haiku,” The Haiku Foundation Digital Library, accessed January 27, 2025, https://www.thehaikufoundation.org/omeka/items/show/3305.

光が溢れてきた。カーテンを開けて過ごしましょうかね。どうぞ良い一日を。

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お菓子 俳句

保田小学校と秋桜子

夜明けの空。配色も月の配置も完璧でとてもきれい。

『桜の園』大千穐楽か。ケラリーノ・サンドロヴィッチが2020年版、幻の『桜の園』の稽古場最終日の写真をSNSに載せてくれてる。すごく楽しみにしていた舞台。まさかコロナという感染症によって全公演中止になるとは思わなかった。ケラさんによるチェーホフ四大戯曲。全部見られた人が本当に羨ましい。

千葉県安房郡鋸南町保田の道の駅は「保田小学校」というそうだ。そこのお土産をもらった。この道の駅、給食メニューが食べられたり、教室のような宿泊施設もあって楽しそう。日帰り入浴もできる。金次郎もいる。びっくりしたのは校歌の歌詞が水原秋桜子だったこと。私は昨日、日々を吟行とするためにということを考えていて小川軽舟の『俳句入門』(角川俳句ライブラリー)の第11章「「吟行」をどう生かすか」」をパラパラ読み、そこで紹介されていた秋桜子の第一句集『葛飾』をほしいな、と思ったばかりだった。なので秋桜子がなぜ保田?と驚いてしまった。さっき調べたら「町報きょなん」のバックナンバーを読めるサイトがヒットし、そこに秋桜子と保田のつながりが書いてあった。

保田小学校校歌について

伊丹信太郎と秋桜子について

なるほど。小学校は平成26年3月に閉校したそう。こうして道の駅として地域の交流の場になったのはとってもいいこと。ここは元小学校らしく子供の遊び場もきちんとあるらしい。一時期、全国の「道の駅」に出かけようと思って色々行っていた時期があったのだけど最近は行った場所にあったら行く、という感じでこだわらなくなっていた。でも地域交流の拠点としてその町の歴史を受け継ぐ大事な場所だから今度からもっときちんとまわろう。いつもその地域のお野菜やお菓子やお惣菜やお酒ばかり見てしまうから。今回のお土産は「保田どら 保田小びわつつみ」。水色のランドセルの形をしたお菓子。千葉県産びわあんをかわいく包んだ小さいお菓子。かわいくておいしかった。

今週も色々いいことあるといいですね。良い一日を。

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精神分析

日曜日

明るい。体調管理のため寝られるだけ寝ようと思ったがすごくよく寝たと思ってもあまり時間が経っておらず電気ひざかけをもちこんで再び寝てみたらこれまた気持ちいいけどしばらくしたら暑くて起きるということを繰り返し、まあゆっくりできたのでよしとしよう。今朝はいつもより1時間遅いとはいえ一日中オンライン研修。オンライン辛い。晴れてるから陽の光いっぱいの中にいられるだけでもありがたいけど。性暴力、性犯罪に関してだから必須ではあるからがんばろう。臨床家は被害と加害の両方に関わるし、そこを焦点化した臨床の話を聞けるのも貴重だものね。集中してきく機会。夜はミーティングもある。がんばろう。

睡眠と運動は普通に大事で運動は定期的に取り組めているけど睡眠がどうもいけない。20歳の頃からの友人と電話をしていた。もうこの歳になれば本当に色々なことがあるわけで相手のこともお互いのことみたいな部分もあり、どんな重たいことであっても相談も一方的ではなく共有となる。「とりあえず寝よう。お互いきちんと寝て、また話そう」と電話を切った。「それがどんな僅かでもやれることをやりながらまた会おう」というのも同じ感じ。

私たちはひとりではできないことだらけなのに、誰かに話してもしかたないというのも、すぐには何も生じない、という意味では事実かもしれないけど、誰かに対して言葉にするというのは必ず次へつながる何かをうんではいる。言葉の隠喩性とはそういうものなので、相手がAIであっても言語化は大切だと思う。精神分析は言葉の隠喩性に特別な注意を向けているので、ただただ言葉にしてみるという患者の体験を共有する場を設定している。だからフロイトがいったsimplly listenの訓練が必要でそれは日常生活では難しいことなので設定が大事。訓練と設定が必須であることは私はずっと言い続けているし、フロイトはじめ、大体の分析家はそう言い続けているわけだけど、言いづける必要があるのはそれがそうだと思われていない、思っていても実践されていないからだろうね、という話を先日した。

今日もすべきこと、やりたいこと、力まずやりましょう。いいお天気なのは本当ありがたい。雪が降る地域は本当に大変だと思うけど良い日曜日になりますように。

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読書

土曜朝

あれ?月がいない。きれいな三日月を予想してカーテンを開けたのに。多分この窓から見えない空にいるのだろう。お天気が悪いわけじゃなさそうだから。

想像のつく夜桜を見に来たわ 池田澄子

という感じにはならず。

今年、2025年はジル・ドゥルーズ生誕100年、没後30年なのか。私がドゥルーズを読み始めたのは國分功一郎さんと千葉雅也さんの対談からだと思うから2013年かな。結構読んだなあ。何も覚えていないけど。昨年は福尾匠『非美学──ジル・ドゥルーズの言葉と物』も話題になった。私には相当読み慣れない書き方の本だったけど、著者の考えの相手となっているのが東浩紀、千葉雅也、平倉圭というまだ身近というか同時代の思想家なのは助けになった、というか著者にとっても参照すべき相手が身近にいるというのはすごく刺激的だったのではないか。なんかそういう書き方に感じた。

昨日は「おでん」という兼題で俳句を考えていたのだがオグデンを読んでしまった。英語で読んでいるので「これ本当にこんなこと言ってるのかな」と自分の読解力を疑いつつも「そうなんだよ、そこ気になるでしょ」とオグデンと対話したつもりになった。途中で何度も「おでん」のことを思い浮かべ「なぜ今私はオグデンを読んでいるのか」と考え「おでん」からずらしているわけか、と分析した。人間の行動はこういう言葉遊び的なものにかなり影響を受けていると思うのであながちおかしなことでもないだろう。おでんを食べながら読めれば実景で作れたかもしれないが今日が締切。ああ。自分の作った俳句に驚いてみたい。いつもあとから読むと「自分で作ったのにわけわからない・・・」となりがち。精進しませう。良い一日を。

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お菓子 音楽

ジョン・ゾーン、湘南ゴールド

明るい月が出ている。と早朝に書くのはなんかいい。この時間でもこんな明るい三日月が出ていることもあったっけ。あったに違いないけど。昨晩、SpotifyでおすすめされたJohn Zornのアルバム「Ou Phrontis」を聴き始めたらとてもよくてジュリアン・ラージが公開しているジョン・ゾーンとのコラボレーションのプレイリストも聞いたりした。いつの時代にもなんでもできる人というのはいるものだがジョン・ゾーンという才能は一体なんなのだろう。ジュリアン・ラージは誰に対しても素敵な言葉で表現する人だけどジョン・ゾーンに対する語りもいい。柳樂光隆さんによるインタビューで読んだ、有料部分になるけど。

今朝は湘南ゴールドのゼリーをいただいた。爽やかだった。wikipediaによると湘南ゴールドって「神奈川の「今村温州」と神奈川県西部で採れる「ゴールデンオレンジ(黄金柑)」の交配により作られた」そう。柑橘だと知ったのが最初だったからあれだけど最初に名前だけ聞いていたら湘南のサッカーチームかなとか思っていそう。ゴールドではないけど、最近晴れの日が多くてすれ違う人みんなどこかが光ってる。ボタンとか袖の一部とか。多分本人も気づいていないのだけど意外と光るのね、人間の装いって、と思った。夏の光では感じなかったのに。単に暑すぎてそんな余裕がないだけかもしれないけれど。

色々進まなくて昨日も帰ってから「がんばろう」と声にしてみたもののジョン・ゾーン聞きながら腑抜けていた。やっぱり夜はダメだな。朝がんばろう。次はなにをすればいいんだっけ、という確認から始めないとだけど。進捗がないのだからスタート地点変わっていないはずなのにそこがどこだかわからない。がーん。まあ、なんとか今日もはじめましょ。

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精神分析

湘南梨ゼリー、耳の仕事

今朝は茅ヶ崎の湘南梨ゼリー。湘南ゴールドのゼリーもあるけど梨にした。ちょっと季節を戻して。湘南梨というのもありますのね。寒川町の梨で2020年に「かながわブランド」に登録されたそう。甘い!シャクシャクした果実が入っていて美味しい。でも甘い!私はあまりゼリーの甘味が好きじゃないのだけどこの梨の味は美味しい。空はまだ暗い。下弦の月がうっすら見えていたのは昨日だったか、一昨日だったか。日々が過ぎるのが早い。

最近、あまり音楽を聴いていなかった。意識的に。イヤホンだと周りの音が聞こえなすぎて周囲への注意が低下する。それは危険だと思う出来事があったり見たりした。それだけでなくノイズキャンセリングというのはやはり不自然ではないか、という以前からの思いもあった。昨年11月にサウンド・アーティストの細井美裕さんの初個展「STAIN」に行ったことはここでも書いたと思う。過去を思い出させる場所の音の記録だけでなく、未来を考えさせられる場所で音をとるなどの活動を行い、空間や時間を変容させる可能性をもつ音に鑑賞者の注意を向けた作品たちに影響されたというのもある。おそらく必要なのは鑑賞者の平等に漂う注意だと感じた。つまり私には精神分析的に聴くとはどういうことかという問いと繋がっていた。カウチに横たわり背後に分析家がいる設定の精神分析と対面での心理療法は全く異なる。相手の表情や仕草を参照しがちな私たちはたとえそれが誤解であってもかなりの部分、それに対する自分の感覚や情緒に頼っているだろう。精神分析の場合、見えるのは自分の身体の一部と部屋の一部であり注意を漂わせている感覚は主に分析家の聴覚が担う。精神分析は言葉の隠喩性に依存した学問であり治療法であると言っていいと思うが、その言葉の質を細やかに捉える仕事をするのは分析家の耳である。その前提として、分析家は自分の声や言葉がもつ力を知っておかねばならない。訓練分析の目的はそれだけではないが可能性やキャパシティという言葉も含め「自分の力」という言葉で表すとして精神分析において最も強く実感するのは自分の力の限界である。有限性という言葉でもいいかもしれないが、精神分析においてそれは自分の力に対して最も強く意識されるべきではないだろうか。ということをずっと考えていたわけではないが大好きな音楽を聞かずただ自分の耳が捉えるものを聞いていた。フロイトがいったsimply listenである。すると俳句が作りやすくなった。思いがけない情報が耳を捉えるせいだろうか。俳句がうまくなったわけではない。作りやすくなっただけだが日々作るということを全く継続できなかった私にとっては大きな変化である。といいつつちょこちょことお風呂などで音楽を聴いているわけだが昨日気づいたのは今来日しているCatpackの新作は作品自体はとてもいいがiphoneの内蔵スピーカーでは全然音が良くないということ。一方、Cassie Kinoshiの新作gratitudeはiphone内蔵スピーカーでもまだいい感じで聴こえるということ。精神分析では患者によって、あるいはセッションによって患者の声の聞こえかたは全く異なるがこれはどうやって説明しよう。そんなの当たり前じゃん、というのでは学問ではないのである。声優が声をコントロールできるのは日々の努力と才能に違いないが、精神分析ではコントロールという概念は捨てた方がいいように思う。どこまでお互いに委ねられるかというと変な言い方だが協力体制によって自分たちの暴走を食い止めながらかつできるだけ自由に進もうとするプロセスなのでそこでも訓練された分析家の耳は必要なのである。解釈などの言葉の使用はそれに基づいてなされるものなのだろう。

今、目の前に開きっぱなしで二日間で1ページしか読んでいない俳句の雑誌に「俳句の選といふことは一つの創作であると思ふ」という虚子の言葉が紹介されているのが目に入ったが耳が痛い。目から入ったのに、とか言っている場合ではなく、何かを創造するというのは発見するということであり精神分析においてそれは耳でなされるものであり俳句においては五感全てでということになろう。ああ、無力。限界を知ること。そして限界の中で拡張できる何かを発見すること。そんな毎日を続けていけたら嬉しい。

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お菓子 俳句

くるみ信玄餅、『現代日本文学大系95 現代句集』(筑摩書房)

朝は特に目がよく見えないなあ。でも朝焼けはきれい。もっと上空からみたらとってもきれいだろう。冬、朝早くからオフィスで仕事をしていると世界中と言ったら大袈裟だけど新宿区、渋谷区、世田谷区を覆う朝焼けがものすごくきれい。明治神宮の森も都会の建物たちもオレンジ色に輝きながら染まる。毎日毎日都会にいるわけだから都会の現代的な俳句が作りたいなと思っているけどなかなか難しい。読んでてスッと入ってくるのは昔の句だし。

それはそうと今朝は北杜市のお土産、金精軒のくるみ信玄餅。これのことは前にも書いたかもしれないなあ。一箱に一つの個包装。風呂敷を結ぶような形になっている箱を開くとくるみを持ったリスさんが登場。くるみ一つを手に、一つはそばに置いてある。かわいい。箱の側面には金色で縁取った葉っぱ。袋をあけてのっぺりした楕円形のお餅をぬっとお皿に出す。美味しそう。うん。美味しい。熱い緑茶と頂いております。桔梗屋と同じタイプの信玄餅もあるけどこれはこれで黒蜜とかきな粉とか自分でかけなくていいから気楽ね。あの作業楽しいしあれで美味しくなるわけだけどきな粉を飛ばさずにあの袋の上できれいに食べる自信がないから下にさらに皿を重ねる。風情があっていいけどね。

この前、土井善晴さんのレシピでひじきの煮物を作ったんだけど生姜いっぱいのレシピですごく気に入った。生姜大好き。生姜が入っている飲み物も大好き。生姜紅茶とか常備。でも常備しちゃうとあまり飲まなかったりする。ペットボトルで生姜が入っている飲み物があるとすぐ買ってしまうのに。オフィスから近いオペラシティに成城石井が入っているからそういう飲み物が豊富で危険。さっきペットボトルで生涯が、って打ち間違えた。生涯をペットボトルに詰めてはいけないわ、と一瞬思ったけど投壜通信とか思えばそういう形の詰めかたもあるかもなと思ったりする。咳。きな粉でむせた。飛ばないようにお餅にくっついているタイプなのにさすがきな粉。

この前、『現代日本文学大系95 現代句集』(筑摩書房)をなんとなく開いて『鬼城句集』の序文の虚子にふーんとちょっと思うところあり、別のもパラパラしていて橋本多佳子の『紅絲』にの序文を読んだ。書いたのは山口誓子。実作者にとっての批評という観点から多佳子への信頼を示す誓子の文章が素晴らしい。そういえば私は『橋本多佳子全句集』を持っているではないか、とKindleをチェック。あった。コロナ禍で句友が勧めてくれた。つまみ食いするように読んでいたから序文をきちんと読んでいなかった。多佳子の句集の序文は全部山口誓子が書いているらしい。句集『信濃』には序文がない。『海燕』の序文もかっこいい。

「女流作家には二つの道がある。」

から始まる文章。性別は男と女しかいない、という言葉とはだいぶ違う現実味がある。最近、私が俳句を再び丁寧に始めようと思っているのは世界の言葉がどんどんおかしくなっているからかも。思考のない言葉は怖い。

さて、私が持っている私が持っている『現代日本文学大系95 現代句集』(筑摩書房)は昭和五十年六月十日発行の初版第三刷。2021年八月十四日に購入したらしい。当時の定価は2300円。私も古本でそのくらいの値段で買った。箱が壊れかけており、表紙にシミ、汚れがあるけど中はきれいでこれだけの句集が入ってこの値段はすごく安いと思う。どれだけの句集かというと以下。


內藤鳴雪『鳴雪句集』村上鬼城『鬼城句集』尾崎放哉 『大空」前田普羅『普羅句集』阿波野靑畝『万両』富安風生『草の花』芝不器男『不器男句集』川端茅舍『川端茅含句集』松本たかし 『松本たかし句集」渡邊水巴『白日』中塚一碧樓『一碧楼一千句(抄)』原石鼎『花影』星野立子『立子句集』種田山頭火 『草木塔』三橋鷹女『魚の鰭』富澤赤黄男『天の狼』山口青邨『雪国』高野素十『初鴉』白田亞浪『定本亜浪句集』日野草城『旦暮』野見山朱鳥『曼珠沙華』橋本多佳子『紅絲』西東三鬼『今日』細見綾子『冬薔薇』篠原梵『雨』金子兜太『少年』澤木欣一 『塩田』飯田龍太『童眸』石原八束『空の渚』角川源義『秋燕』秋元不死男『万座』加倉井秋を『真名井』石川桂郎『竹取』森澄雄『花眼』野澤節子鳳『蝶』荻原井泉水『大江』

山本健吉の解説が付録でついている。これは山本健吉を読むといい、と言われた関係で買ったのだろうなあ。買っておいてよかった。今の値段だと高いから。

もうこんな時間。今日もがんばりましょう。

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精神分析 音楽

欵冬華、ステラ・コールのインタビューなど。


「七十二候は「欵冬華(ふきのはなさく)」を迎えました。欵冬(かんとう)は蕗(ふき)のことですので、蕗の薹(とう)が出始める頃、という意味です。蕗の薹は雪解けを待ちかねたように地上に顔を出す、春いちばんの使者。」(暦生活、読み物から)

だそうです。「暦生活」さんのウェブサイトに書いてありました。大寒の昨日は拍子抜けするほどポカポカでした。夜の雨も冷たくなかった。今朝も朝焼けがきれいです。春が近づいているのは嬉しいです。昨年は夏が長過ぎて秋を意識して感じないといけなかったからまだもう少し冬でいてもいいよ、と思ったこともないことを思ったりします。でもこうして写真とか見てしまうと蕗のとうの天ぷら食べたいなと思ったりするので早めにきてくれてもいいです、春。

柳樂光隆さんのnoteでz世代アーティストのインタビューを読んでいた。ステラ・コールのインタビュー。「TikTokやYouTubeもしくはInstagramなどでのショート動画で人気が出たアーティスト」たち。コロナ禍は発信の仕方を明らかに変えた。若い世代の表現の模索を思うと不憫な気持ちにもなるが彼らは、というよりむしろ彼ら若い世代はそんな閉塞的な状況でも思考を止めなかったといえる。しかもステラ・コールはオンラインの世界だけでなくものすごく地道に指導と現場を求め続け成功している。20代の感性と行動力に応える環境をつかめてよかった。ステラ・コールはずっと年上の私が聴いてきたジャズをミュージカルの文脈で聴いて育ってきたらしい。音楽はこうやって軽やかに世代を超え歴史をつなぐ。ステラ・コールを聴いたあとに今聴いているのはエイミー・マン。映画「17歳のカルテ」の原作「思春期病棟の少女たち」の舞台化のために作られたアルバム。この舞台もコロナで上演されなかったらしいがこのアルバムは素晴らしい。私は精神分析実践で「物語」を作ることを警戒するがものを語るプロセスには細やかな注意をはらいたいと思っている。音楽で音への注意が次の音を導いていくような感覚。それらの集積が結果的に物語となるならその物語は個別性に溢れていてきっと素敵だ。

今日もがんばろう。

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Netflix 俳句 短詩 言葉

『アンメット』、俳句文学館

大寒。とはいえ6時の時点で6度ある。東京の日の出は6時49分。少しずつ空が白っぽくなってきた。沖縄の日の出は7時18分。冬に西に旅に行くと早朝散歩はいつも真っ暗。その分暗くなるのは遅い。光のあり方は生活にかなり影響を与えているだろうからその土地の風土を知ることはとても大切。大学のとき、何かの授業で風土について色々と学んだ。和辻哲郎を読むばかりでなく、何の授業だったか。「風土」という言葉の印象ばかり強く肝心の中身を覚えていない。

『阿修羅のごとく』で満足したのに『アンメット-ある脳外科医の日記-』を見始めて1週間で見終わった。アンメットは満たされていない、という意味なのね。満たされるってなにかしら、とは思うけど若い頃よりは確実に満たされやすくなっている。そしておそらくこれは記憶容量と関連している、と思う。ドラマの影響で言っているのではなくて。いや、もしかしたらそうかもしれないけど。精神病院で働いていた頃、神経心理検査を色々実施した。ドラマで失語症や半側空間無視に対する新たな理解が加わった。症状の個別性の部分ではあるけど。ドラマでは高次脳機能障害のように器質的な病変が存在する症状がそれだけでは説明がつかない記憶のあり方とともに密な人間関係で描かれていて何度も泣いた。主人公二人の相槌の仕方が印象に残った。杉咲花の食べっぷりも素敵であんな小さい顔の小さな口でどうしてそんなに大きい一口が可能なのかとびっくり。

『阿修羅のごとく』で昭和を満喫したが、週末は俳句で明治、大正、昭和を感じた。新宿区百人町の俳句文学館で昨年11月から開催されている「俳人協会所蔵名品展 近現代俳句の歩み1」を鑑賞した。とても小さな展示室は17音の世界にぴったりだった。作品数としては多くないがおなかいっぱいになった。たった17音が刺激する世界はとても広いのでこれ以上あると疲れて丁寧に鑑賞できなかったと思う。文字のインパクトもすごかった。五大家俳句寄書の軸装や本人直筆の色紙や短冊で俳句をみた。五大家とは高浜虚子と4S(青畝、誓子、素十、秋櫻子のこと。

蚊いぶしの紬をさらふ追風哉 阿波野青畝

畑打や池田の鯉を手捕つたり 山口誓子

餅花の火燵布団に照りはえぬ 高浜虚子

芦刈のそこらさまよふ一人かな 高野素十

啄木鳥や落ち葉をいそぐ牧の木々 水原秋桜子

秋桜子の句は知っていた。4Sの句でもネット上では探せないものもあり、彼らの作品の膨大さを思った。

小鳥来て午後の紅茶のほしきころ 富安風生

麗しき春の七曜またはじまる 山口誓子

雪はしづかにゆたかにはやし屍室(かばねしつ)石田波郷

などの句も文字と共に心に残った。

昨年5月、老衰で亡くなった鷹羽狩行を偲ぶコーナーもあった。

数といふ美しきもの手毬唄 鷹羽狩行

しずけさに加はる跳ねてゐし炭も 鷹羽狩行

にウキウキした。

紅梅や枝々は空奪ひあひ 鷹羽狩行

有名な一句。やはり迫力がすごい。近所の公園では梅が咲き始めた。この景色は私も実景として体験できる。俳句は実景が基本なのがいい。

さて、今日は大寒。冬苦手なのに冬を満喫したくてスーパーのお菓子の棚で「冬限定」と書いてあるお菓子を買い占めてきた。といっても3種類しか見つけられなかった。

大寒の天気つゞきの檜垣かな 富安風生

大寒と敵のごとく対ひたり 富安風生

富安風生の句も心に残るものが多いことに気づいた。好きなのかもしれない。どうぞ良い一日を。暖かくしてお過ごしください。

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読書

森茉莉のこととか。

きれいな冬の空。明日は大寒。

大寒の埃の如く人死ぬる 高浜虚子

突然始まった戦争から一年以上が過ぎた。本当に終わるのだろうか。何を終わりというのか、とか考え出したらキリがない。とりあえず殺戮は終わりにせねばならない。

昨日、祖母のことを書いた文学は多いが絶品なのは森茉莉だろう、という話をしていた。異母兄の於菟を哀れむ祖母のことを茉莉はこう書いた。

「彼女は私をも愛していたが、愛していながら、愛することが出来ない。」

森茉莉は晩年、下北沢のアパートを追い出され、経堂のアパートに移り、ひとりで死んだ。新聞には「孤独な死」と書かれた。「孤独死」とは響きが違う。なんでも一つの名詞にしたがる感覚が苦手。

鷗外長女茉莉まりばうばうと老い耄けし果ての孤獨死ともしくもあるか(高橋睦郎、ふらんす堂)

詩人、俳人の高橋睦郎は森茉莉の友人だった。30歳くらい離れていると思う。彼女が死んだ年齢に近づき、超え、知ることもあるのだろうか。

黒柳徹子はVoCEの連載で

「茉莉さんが亡くなったとき、私は外国にいたのですが、日本に帰ってから、「死後2日経って見つかった孤独な死だった」と聞きました。でも、私は「それもなんだか茉莉さんらしいなぁ」と思ったのでした。」

と書いている。群ようこは『贅沢貧乏のマリア』で手本としての森茉莉を書いている。面白い本だ。森茉莉を愛したのは鴎外や祖母だけではなかった。「おまりは上等」というのが口癖だったという鴎外の気持ちがは私にだってわかる。愛し方というのはそれぞれで愛を受ける仕方もそれぞれで森茉莉と祖母の関係もまたそのひとつ。

今日は昨晩読んでいた『鬼城句集』の序文のことを書こうと思っていたのに森茉莉のことをなんとなく書いてしまった。ちなみに鬼城とは群馬県高崎市出身の村上鬼城。昨年、鬼城の記念館に行ったことはnoteに書いた気がする。『鬼城句集』の序文は編者である大須賀乙字と高浜虚子である。また思い出したら書こう。どうぞよい一日を。

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精神分析、本

神経精神分析関連の論文や本

明るくなってきた。水色とグレーの間の色はなんていうのだろう。色を表す日本語はとてもたくさんあるからきっとぴったりの言葉があるのだろう。

先日、国際精神分析学会のジャーナルThe International Journal of Psychoanalysis: Vol 105, No 5 (2024)が届いたのでパラパラしていた。この号はMark Solmsによるフロイト全集スタンダードエディション改訂版the Revised Standard Edition of Sigmund Freudの特集で17本の論考が載っている。編集長はFrancis Grier、ゲスト編集長にMark Solms。

先日、フロイト読書会でドラ症例を読んだが参加者のみなさんは文章を読むということ自体がなかなか難しいらしくこの論文についての議論はできなかった。私みたいに精神分析家になるのでもなければフロイトを精読する必要はないと思うが精神分析的にものを考えることとフロイトを読むことが連動していない場合の精神分析的臨床とはなにか、ということをまた考えることになった。人の心は本以上に複雑なものだと思うが。ドラ症例はこのジャーナルの特集でもIfrah Biranという人が取り上げている。RSEの訳者であり神経精神分析という新しい学際領域を立ち上げたマーク・ソームズと関心を共有している様子でパンクセップの感情システムのPLAYを使ってドラ症例を検討するという試みは興味深い。Fragment of an analysis of a case of hysteria – Dora’s case and Freud’s storyという題名が示すのは、ドラ症例を教養小説と読んでみれば、それはフロイト自身の成長物語として読めるのではないかということである。すごく簡単にいえばフロイトはドラを使って自分の物語を書いている、ということである、というかきちんと読んでいないが、ざっと見る限りそんな感じがする。「ニュースピーク」をレンズとして用いているところも興味深く、引用されているDana AmirのPsychoanalysis on the Verge of Language:Clinical Cases on the Edgeは読みたいと思った。

私は神経精神分析に関してはこういう論文や入門書に触れる以外の余裕はないが、いろんな方向から精神分析が別の領域へ広がっていくのはいいことだと思う。

入門書としては

神経精神分析入門 -深層神経心理学への招待-』(カレン・カプラン=ソームズ&マーク・ソームズ著、岸本寛史訳、青土社、2022年)

『ニューロサイコアナリシスへの招待』(岸本寛史編著、誠信書房、2015年)

だろうか。

ソームズ自身がこの分野にどうやって関心を持ちどこを目指しているのかは『意識はどこから生まれてくるのか』(マーク・ソームズ 著、岸本寛史、佐渡忠洋 訳、青土社、2021年)が参考になる。この本はパンクセップに捧げられており、先に挙げた論文を読む上でも参考になる。『神経精神分析入門』は初期のフロイトを理解する場合に特にいいと思うが、ルリヤが中心的に取り上げられているところが気に入っている。大学時代、とても好きだった心理学者がルリヤとヴィゴツキーだった。ロシアの精神分析の発展は彼ら抜きには語れない、と思う。

自分がわかること、知っていることなんて世界のほんの僅かであるということに普通に耐えながら学び、議論できたら楽しい。今日もがんばろう。

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阪神・淡路大震災から30年

阪神・淡路大震災から30年、ちょうどこの時間に起きた地震、東京でテレビのない生活をしていた私が知るには少し時間がかかった。朝刊はもうすでに配達されていた。今だったらネットですぐに状況が映し出されただろう。神戸、大阪、京都の友達とは割とすぐに電話が通じた。何事もないことは全くない状況だろうにみんな無事だと知らせてくれた。日常、いかに些細なことをおおごとにしていることか。もっとも被害の大きかった地域の友人がなぜかうちだけライフラインが生きてて近所の人が集まっていると笑いながら言っていたのを思い出す。人はこんなときでも笑うんだと知った。朝刊、夕刊と1000人単位で増えていく死者、不明者の数に衝撃を受けた。目の前の人の無事さえ確認できない人にとってはその何千人のうちにその人が含まれていませんようにとどれだけ祈ったことだろう。朝ドラが神戸のことを描いているのでなんとなく見続けているがドラマ内では東日本大震災が起きた。主人公の友人が栄養士として支援に入りみた状況を報告するシーンがあったが私も体験したことだった。私たちはチームを組んで炊き出しができるトラックで行った。温かい食べ物は本当に喜んでもらえた。阪神・淡路大震災の時にも支援に行った体験のある友達がいたことは私にも心強かった。コロナ直前の年始は神戸にいた。海沿いのメモリアルパークの展示は古びてだいぶ見えにくくなっていた。潮風の影響もあるのだろうか。今年初めに改修されたらしい。よかった。神戸で学会があったとき、友人と神戸の街を歩きながらいまだ震災の跡が残っていることに驚いたが、あのときはかなりの年月が過ぎたと思ったがそれは現場にいない私の時間感覚でしかなかったのかもしれない。当事者の感覚を大切にするという当たり前のことをこの仕事をしていても忘れることは多い。断続的にでも思い出したときにすぐに消してしまわないようにとどまれたらと思う。

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俳句

成人の日、絶滅危惧種

今日は暖かい、でも明日は寒くなるみたい、と昨日いろんな人から聞いた。昨晩の帰り道、すでに風が冷たく昼間の温もりはどこかへ消えていた。深夜ソファでうとうとして寒さで目が覚めた。潜り込んだベッドも冷たくてできるだけ小さい面になるように丸まった。

年末年始の休みのあとは様々な土地のお菓子が集まる。知っているものもあれば知らないものも懐かしいものも。直接会えない相手が多いのでそれにまつわるエピソードを聞くことができないのが残念。

1月第二月曜日13日は成人の日だった。今年自分や娘が成人した人やこれから自分や娘が成人の日を迎える人がいろんなふうにこの日のことを語るのを聞いてきた。女の子はとにかくお金がかかる日でもある。その地域での育ちや関係性が見直される日でもある。当日を迎えるまでに色々と思い悩むことも多い。ただの通過点というわけにはいかなくするのが儀式の狙いでもある。そういう話をただただたくさんしよう、というのが私の仕事である。

成人の日の華やぎにゐて孤り 楠本憲吉

色あふれ成人の日の昇降機 斎藤道子

角川『俳句』で句友や主宰や好きな俳人の句を読みながらみんななんて正確に日本語を使っているのだろうと思う。これをこう読むのは言い過ぎではないか、とかいう話の水準が違う。その言葉の意味をギリギリまで広げるかつきねけるならもっと別の工夫も施している。私もせっかく沖縄へ行ったのだからと色々と思い出していた。琉球開闢伝説にもあらわれる、琉球王国の聖地「斎場御嶽」では池にシリケンイモリがたくさんいてみんなで彼らを眺めた。沖縄ではレッドリストで準絶滅危惧種だとそこでボランティアガイドをしている人が教えてくれた。前回の年末年始、奄美大島で一緒になった家族の子が見つけて感動していたのもシリケンイモリだ。その子はイモリを家でもたくさん飼っているらしくお父さんと大興奮で私も興奮した。イモリは夏の季語で今の季節に使うなら冬眠だなと思ったが沖縄では冬眠していなかった。ガイドさんがハブも冬場は少ないから沖縄の温度でも冬眠するのではないか、と言っていたが、昨日調べたら「ハブは冬眠しません」と書いてあった。沖縄の明るい雰囲気を纏ったあのゆるーいガイドさん(しかし仕事きっちり)なら「え、しないのー。してるのかと思ったー」と沖縄の発音で笑うだろう。絶滅危惧種といえば、と夏井いつきの『絶滅危急季語辞典』をパラパラ。載っているはずもないかと思いながら索引でイモリを探したがやはりいなかった。しかし尾類馬(じゅりうま)という沖縄の季語を見つけた。

説明を引用する。

ジュリ(尾類)は沖縄の方言で遊女を指す。陰暦の正月二十日、那覇市の旧辻遊郭で遊女を二組に分け、練り歩いたもの。獅子舞と弥勒神をそれぞれ先頭に、板でできた馬首を腰にくくりつけ、紫の長布と絶型衣装を着て手綱をもち、「ユイユイユイ」と囃す。春駒(「絶滅寸前季語辞典』ちくま文庫版三六八頁参照)の一種。那覇三大祭にも数えられる伝統行事である。

とのこと。「ゆいゆいゆい」といえば沖縄だがこういうところでも使われるのか。今の大河ドラマでも遊郭は描かれているが、尾類馬も女性団体等の非難や資金面を理由に中止されたり復活したりした経緯があるらしい。この絶滅危急季語辞典は2011年刊行だから今はまた違う状況があるのかもしれない。この本には例句も載っているが尾類馬を使った例句に夏井さんがお手上げとなっているのもあって面白かった。今年はもっと俳句のことをというか正確な日本語を意識して読書もしていきたい。

と書いているうちに空が白みを増してきた。良い1日でありますように。

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俳句

「初」を並べる。

そろそろ日の出の時間、まだ外は暗いけど。手元に『風と雲のことば辞典』がある。今の空を表すことばはどれがいいだろう。昨日はどんな風が吹いていたっけ。昼間は風もなくとってもきれいな青い空が広がっていたのは覚えているのだけど。「何処吹く風」ということばもこの時点にのっている。歳時記からこの辞典と重なりそうなことばを探してみよう。あいの風、青嵐、青東風、青田風、総索引の最初のページに出てくるこれら、みんな夏。新年の歳時記を見ると初東風、初凪、初霞、「天文」に分類されるものはみんな載っているかもしれない。今年も15日が過ぎた。あっという間に日常が、とかいっていないでもっと新年気分を味わえばよかった、と昨日歳時記を見ながら思った。なんでも「初」をつけておけば新年の季語になるのではと思いながら、そういえば私、今年、全然「初なんとか」って言っていない気がすると思った。「初夢」すら言っていない気がする。頭の中で「初夢どんなだったっけな」と思ったのは覚えている。初詣はいった。「行った」の方のいった、ということは「言って」もいる。このブログだって「初日記」とか題名つければよかったし、階段をえっさほいさと登って辿り着いた首里城からの「初景色」だって言えた。正月はハイキングにいった。「初富士」は私は身近ではないが「初淺間」なら身近だし、「初ハイキング」とか言っておくのもありだった。「初笑い」はあのときか、このときか。あゆ美さんのカレンダーの表紙をめくって一月の素敵なイラストを見たときだって「初暦」な気分だった。「初鏡」はいつだったか。「初稽古」は筋トレに使えばよかった。「初電話」は今はあまり使わないけど「初メール」とか「初LINE」とかならいえた。もう15日だけどまだ15日。今年は夏が長いとか言っていても過ぎてみたらあっという間に夏気分を忘れた。歳時記を見る限りまだ新年の句でいける。今夜締切のオンライン句会の題も新年の季語がいくつかあがった。なんとなくの移り変わりを楽しむのが季節なのだからやはり旬のものと過ごしながらそれを楽しみたい。

初芝居その楽屋訪ふ女たち 高浜虚子

初夢の大きな顔が虚子に似る 阿波野青畝

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俳句 短詩 言葉 読書

恩田侑布子『星を見る人 日本語、どん底からの反転』を読んだ。

朝焼けがはじまる。東の空が赤くなってきた。西の空はまだ夜気分。久しぶりに長い時間、読書をした。大体30分ごとに乗り換つつ移動時間を全て同じ本に費やした。読んでいたのは恩田侑布子 『星を見る人 日本語、どん底からの反転』(春秋社)である。恩田侑布子は樸(あらき)俳句会の代表を務める俳人だ。評論でも第23回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞するなど多分俳句の世界を超えて有名な人なのだと思う。私は精神分析以外の世界の誰がどうというのをよく知らないが恩田侑布子の名前は恩田侑布子編『久保田万太郎俳句集』(岩波文庫)で知っていた。2021年刊行なのでコロナ禍、句友たちとオンラインで話しているときに話題になったのかもしれない。大高郁子さんがイラストを描いた久保田万太郎の小冊子も我が家にあるはず。句友たちと浅草へ吟行に出かけた頃に入手したものだったと思う。あれはお正月だった、たしか。記憶がコロナ前かコロナ禍かコロナ以降くらいの雑な分類になっていていろんなことが断片的。とても楽しかったのに。

さて『久保田万太郎俳句集』の解説でも居場所定まらぬまま明治、大正、昭和に幅広いジャンルの言葉を送り出した万太郎の俳句に特別な日本語で賛辞を捧げた恩田侑布子だが、最新の評論『星を見る人 日本語、どん底からの反転』でも筆捌きが見事。休日にのんびり好きな本を読めるなんて至福、と思いながら手に取ったのに最初から結構な緊張感があり、これは至福というよりなんというか、読めること自体は幸福だが、たしかに憂うべき現代の言葉の状況、そしてそれに加担しているに違いない自分の鈍感さ、適当さを思うと呑気な気分でもいられなかった。しかし、読み進めると著者の内に積み重ねられた言葉の自由自在さにだんだん気持ちが明るくなっていった。石牟礼道子を「みっちん」と呼び、その突き抜けた言語感覚に賛辞を送り、草間彌生の芸術を皮膜とその深さの二面性から捉え、荒川洋治の詩集に溢れる言葉の隠喩性を正確な引用で示す。そしてその後はやはり久保田万太郎、そして飯田蛇笏、三橋敏雄、大牧広、黒田杏子などなどと続く。緩急自在、剛柔自在の文章はこうやって時間をかけて味わうに限る。まだ途中なので楽しみに次の余暇を待とう。

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精神分析

能登、輪島塗職人さんの番組を見た。

朝ドラを見た。空が明るい。今年はまだ凍えるような寒さを体験していない。昨晩、NHKスペシャルで輪島の輪島塗職人さんたちのことを追っていて地震で壊れた窓にはめていた板が落ちるシーンがあった。大きい音にも落ち着いて外に出てその板が寒さを凌いでくれたことに感謝していた。その人は10年前にパートナーを癌で亡くしておりお手紙を書くように一方通行のLINEを妻に送り続けていた。昨年、輪島の手前、羽咋、加賀、小松、金沢へ行った。加賀市美術館で輪島塗の作品をたくさんみてそれらが分業だと知った。昨晩の番組でもそれが紹介されていた。木地師・下地師・研ぎ師・上塗り師・呂色師・蒔絵師・沈金師などなどいろんな職人さんの中の数人の方々が関わり合いながら被災後の生活を送る様子をカメラは捉えていた。地震のあとの水害、被災後ようやく場所を借り職人として仕事ができたことに感謝する人、水害前に癌になり亡くなられた人、その方が基礎を作った作品はいろんな職人の人たちの手によって完成した。とても美しかった。ひとつの器が出来上がるまでのどの工程も見事だった。こんなことが同じ手でできるんだな。技術は人が受け継ぐのにその人たちがたくさんいなくなってしまった。それでも生きることを続けている方々に涙が止まらなかった。地震から1年、水害からだってまだ4ヶ月経たない。そんななかこんな高度な技術の作品が人から人に渡りながら出来上がる。そのスピード感にも驚いた。自分達の手で道具を救い出し、洗い、場所を作り、作品に取り掛かるまでの準備をする以前に自分が生きていることが危機にさらされるなか、絶望しそうだという言葉を本当に静かに呟きながらぎりぎりのところで堪える人たち。どうか健康であってほしい。どうかもうなんの被害も出ないでほしい。寒い寒い冬を少しでも暖かい気持ちで過ごしてほしい。私は「能登半島の地震と豪雨の記録と表現のプラットフォーム note records」に毎月寄付をしているのだが、昨晩の番組を見ながら記録し伝えていくことの重要性を実感した。今日もどうぞご無事で。いい1日になりますように。

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精神分析

スケジュール、ニュートラル

カーテンをちろっと開けたらまだ暗かった。二度寝しようかと思ったけど起きた。きっとあとでうとうとするだろうから。この1週間締切のあるものは全てしあげた。いつも締切当日になるのに一日前とか二日前にできた。おしゃべりしたりちょっとどこかへ出かけたりする時間がほしくて集中した。本当はもっとスケジュールをきちんと立てて取り組むべきとわかってる。私の場合「隙間時間にやる、以上」で、隙間時間の半分はすぐに誘惑に負けて関係ない本読んだりしてしまう。「隙間時間の前半半分はやる」とか「隙間時間は作業(課題読書含む)と読書交互にやる」とか実情に合わせたスケジューリングでは意味がないしねえ。うーん。こんなこと書いている間にスケジュール帳作ればいいのよね。裏紙で作ったかわいいメモ帳を時々もらうのだけどそれに書いてみよう。次にやるべきことはなにか、というところから確認せねば。若い頃は「ダメだなあ、私は」と続いたと思うがそんなこと思ったところで、といい加減学んだので「自分に必要なら普通にやれば」と冷静な私が怠ける私に言い放つ自己内システムができている。がんばれー、と呑気な私が応援もしてくれる。がんばろう。

久しぶりに「ニュートラル」という言葉を自分で使ってみて「おお、久しぶり」と思った。中立性については岡野憲一郎先生が一冊(もっとかもしれないが)本を書いている。『中立性と現実』という本。フロイト自身は使っていない言葉だったと思うが「平等にただよう注意」や「禁欲原則」と関連している。岡野先生の本は2002年に出て序文は小此木啓吾先生が書いている。私が中立性という言葉にお久しぶり感を覚えるのは小此木先生がフロイトとフェレンツィを比較しながらよくお話しされていたフロイト的態度の一部がそれだったからだろう。『精神分析療法の道』参照。1919年かな。 フロイト技法論集に入っている1915年の『転移性恋愛についての観察(精神分析技法に関するさらなる勧めⅢ)』も参照。中立性というのは揺らぎをどうにかしないといけない局面があるから求められるわけだが、私は自分がなぜその言葉を使ったのかを考えながらこれがないと患者に自分の言葉以前に情緒を押し付けることになるからなあと普通のことを改めて思った。治療者自身の感覚は逆転移として大事とは思うが、逆転移というのはもっと細やかに語られるものであって、と思うわけだ。アンドレ・グリーン(A.green)の言葉にstructuring emptiness=構造化する空虚という言葉があるが中身によって容器が容器たりうるというのは本当にそうで、精神分析を精神分析たらしめるのは精神分析家の態度であって、だから訓練が必要、とフロイトはじめ精神分析家たちはしつこく書いているわけだな。こうやって自分で何か言っては何かを確認する日々。今日も確認と発見をしたい。

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精神分析、本

子どもの場合、IRED、オグデン“What Alive Means”

東京の日の出は6時51分。少しずつ早くなる。日の出の前から空は明るくなる。薄明。太陽の力ってすごい。気温は10度を下まわることが増えた。雪国の人たちの知恵が私にはないし、東京の交通機関にもそれはないと思う。なので雪は降らないで春になってほしい。でも子どもたちが喜ぶか。子どもだけのSNSがあったら雪国の子たちも雪をたまにしか見ない子も雪を見たことのない子もどんなことを書くのかな。大人とは全然違うこと書きそう。大人がいつもいっているであろうことを書く場合もあるだろうけど。子どもの心理療法もやってると大人とは全く違うプロセスを観察することになるというか、大人より細かくプロセスを振り返ることを一緒にやっているように感じる。物語が作れる、とかではなくて「あのときは多分」という感じで不確実ながら反復していた何かに対して仮説をたてるのが大人より普通になされやすい。あとしたくないことをしたくないということの罪悪感とか普通に本音を出せるようになる。大人は治療者に会う前からすでにいろんなところで自分を少しずつ失いながらくるからゆっくりゆっくり何度も同じところをぐるぐるしながらそんな自分にもそれをどうにかしてくれない相手にも苛立ったり不平不満を募らせたりしながらで、で、そんな気持ちになるとますます窮屈になって、と相手の反応を自分で思った以上に参照してしまうのかもね。だから言葉から論理的に導かれることを照らし返すだけでも「指摘された!」といやあな気持ちになってしまったりする。指摘されるって自分で気づいていることでも意外なことでも嫌なものなんだよね。というか論理的なことって腹が立つものだよね。私は何よりも論理的であることが大切だと思っているけれど。これは大人もだけど自分のことを気楽に振り返れるようになると論理性は増す。回りくどいことしなくても大丈夫ってなるからじゃないかなと思ってるけど。

国際精神分析学会(IPA)でInter-Regional Encyclopedic Dictionary (IRED) という辞書を作っていて、いろんな国の翻訳チームがそれぞれの国の言葉に翻訳をしている。それぞれ自分の仕事で忙しくしながらこういう作業もしているからすごく大変でようやく校正段階。一年ぶりくらいに見直したけど中身はすごく勉強になる。難しいけど。こういうのが世界中の言語になるってすごいことだと思う。もちろん無償でやってるけど世界中の精神分析家の考えが幅広く引用されているのも魅力。なので校正がんばりましょう。今週中、ってあと1日か・・・。

昨日はその翻訳しながら年末に出たオグデン(T.H. Ogden)の最新刊“What Alive Means Psychoanalytic Explorations”をちょこちょこ読んでしまった。表題論文はウィニコットの可能性空間を「移行対象と移行現象」の論文でいつも通りの細やかさで検討したもの。そのうえで臨床素材を用いて分析の枠組みを変更することの意味を探る論文。明確な考えが書いてあるわけではないけれど枠組みの変更というのは精神分析のプロセスの結果として生じるのでそんな意識的なものではないんだよね。ウィニコットが使うnegativeという言葉も検討されていたけど最近身近なA.グリーンとの比較とかはなかった。参考文献に挙げられてはいたけど別の文脈でだった気がする。ウィニコットを再検討するなら欲動論を持ちこんだほうが曖昧で感覚的な議論から抜け出す道が見えそうな気がするのだけどオグデンはそれはやらない。グリーンはする。それにしてもウィニコットが言っていることは検討しがいがある。オグデンがずーっとそのクリエイティブリーディングをしているのもわかるというかそうせざるを得ない相手だよねえ、ウィニコット。今日も読む時間作ろう。その前にどうにか仕上げたい。その前に寒さをどうにかしたい。体調管理しつつがんばりしょう。

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メリハリ

まだ暗い。洋梨がようやく柔らかくなった。瑞々しくてとってもおいしい。

今日締切の仕事を昨晩の帰り道になんとか送信した。休みの間はPCを持ち歩きたくなくてここ何回かの長期休みは実際に持ち歩かなかった。休み前にやるべきことを終わらせるつもりでそういう決意をしたわけだが持ち歩かなくなった今もそれが達成できているわけではない。おととしの大晦日は奄美大島のホテルでiphoneに一生懸命打ち込み締切ギリギリで応募書類を出した。東京に戻りPCで内容を確認したら誤字脱字が数箇所見つかり老眼の怖さを改めて知った。もちろんただの不注意もあるだろう。ひとしきり反省したつもりの先日もPCは持っていかなかった。iphoneでも仕事しなかった。応募書類は旅に出る前日に出した。今週中にやらねばならない課題たちはそのまま放置した。旅先で気になってどうせiphoneでやってしまうだろう、と思っていたがのんびりしすぎて忘れていた。暖かい土地で食べ歩き遊び食べ飲み寝るを繰り返したおかげで十分チャージされたせいか帰ってきてからすぐに取り組めた。メリ!ハリ!だな。思いのほか時間がかかったが残るはあとひとつ。今日明日の隙間時間に仕上げねば。私はAI以前にいろんなソフトを効率的に使うことができないのでなんでも印刷して手書きで確認してそれをまたデータとして戻すということをしているが印刷したものを探すまでにすごく時間がかかったりもする。非常に厄介。自分が。がしかし、今年はわりとがんばっている。まだ10日だが。成果物をみたり、周りと比較したりすればそうでもないのかもしれないが比較は禁物。筋トレにおいても私の自己肯定感は高い。「さっきよりうまい」と自分で言って笑われている。筋トレはメンテナンス以上の目的がないのでやっていること自体を自分で褒められる分野だ。今だったら冬を越そうとしているだけでえらい。そんな感じ。苦しむ自分に「がんばれ」と励ましながらきついメニューをしたりする。私の身体でも私のコントロール下にあるわけではない。なんとかがんばってー、と他人にするように励ます。今日も仕事も勉強もがんばってー。みんなもいい1日を。

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散歩 読書

沖縄。岸政彦『はじめての沖縄』。散歩。

今朝は「高尾ポテト」。京王線橋本で買ってくれたそう。これは何度もいただいている。今回は3種類。今朝はメープル。しっとりスイートポテト。美味しい。冬にはこういうポクッとしたお菓子を熱いお茶といただくのが素敵。

沖縄都市モノレール ゆいレールのD-51が歌うテーマソング「おきなわ」をかけながら岸政彦『はじめての沖縄』を久々に手に取った。謝辞には先日亡くなった打越正行の名前もある。私がはじめて沖縄へ行った頃、まだゆいレールは通っていなかった。打越正行も生きていた。昨年11月には「ひめゆり学徒隊」の生存者である与那覇百子さんが九十六歳で亡くなった。2019年焼失した首里城正殿は2026年秋に再建される。沖縄戦から今年で80年。私は久々に沖縄へ行った。

岸政彦はこの本の序章で、沖縄の人びとと内地の人びとの「区別」は実在すると明確にし、

境界線の「こちら側」にはっきりと立ち、境界線の向こう側を眺め、境界線とともに立ち、境界線について考えたい

と書いた。沖縄の人たちは親しみやすくよく喋る、と言っていいほど私は多くの人と出会っていないが今回もそんな印象を受けた。そして境界線も感じた。一方、私が知識で勝手に引いてきた境界線は今回私が移動した範囲では感じなかった。ゆいレールが変えたものもあるだろう。前回は沖縄の人に助けてもらいその人に憧れた。

私は何か書き物をしなくてはならないとき、いつもより念入りに散歩をする。そうしたいと思っているが、いつのまにかいつも通りぼんやりキョロキョロした散歩になる。思索にふけることもなく鳥の声がした枯れ木の前に立ち止まる。濡れ落ち葉は慎重に踏み、粉々になる大きな葉っぱは避けて歩く。そうこうしているうちに原稿のことはどこかへ行ってしまう。そして締切ギリギリになんとか書く。それでも拙くともそれができるのはこういう散歩のおかげだと思っている。何かを手放してみてもそれは要素として蠢き続けている。それがいつのまにか曖昧な形をなし何とか書き言葉になってくれる。そんなイメージ。そこには身体の動きが必要なんだと思う、私には。沖縄のことはまだ書けない。書く必要もないのだがこんなブログにさえ書けない。散歩が全然足りない。また行きたい。

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精神分析、本

シャルリ・エブド襲撃事件、『跳ね返りとトラウマ そばにいるあなたも無傷ではない』

一昨日雨が降って尖っていた空気が変化した。松過ぎ、小正月、女正月、と新年の歳時記はまだ使える。歳時記は春、夏、秋、冬、新年の分類だ。立春は2月3日。先日梅の木を観察しにいった。もう目覚めている様子だった。蝋梅がそろそろ咲くだろう。あのいい香りにまた会える。会えたらいい。枯れ木には小鳥たちが賑やかで冬も楽しそう。

昨晩、ニュースでシャルリ・エブド襲撃事件から10年とやっていた。当日の現場の様子や犠牲者を追悼する式典の映像が流れていた。

2022年『跳ね返りとトラウマ そばにいるあなたも無傷ではない』カミーユ・エマニュエル 著/吉田良子 訳(柏書房)という本がでた。被害者の近親者である著者が体験した「リコシェ」、これが「跳ね返り」という意味だ。

著者カミーユ・エマニュエルの夫リュズは『シャルリ・エブド』の風刺画家だった。わずか数分の差で襲撃を免れたが現場を目撃しPTSDを発症。その夫の苦しみをそばでともにし、パリにもいることができなくなり、著者はどんどん追い詰められていく。「普通に」考えれば彼女の苦しみは想像に余りあるが「被害者」として「認定」されることは当たり前ではなかった。著者は心理療法家に言われた「跳ね返り」という言葉をキーに自分の体験を綴っていく。いわばたたかいの記録である。柏書房のウェブマガジンに精神科医である阿部又一郎が書いた書評がとてもいいのでそちらもぜひ。阿部又一郎はセルジュ・ティスロンの『レジリエンス : こころの回復とはなにか』の訳者でもあり、臨床家、特に精神分析臨床に関心のある方はそちらもお勧めしたい。

痛みは痛みとして苦しみは苦しみとしてそれが何であるかは専門家は追求すべきかもしれないがそうでなければそれらがそのまま受け止められ「普通に」必要なことがなされる毎日でありますように。

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精神分析 読書

高橋澪子 『心の科学史 西洋心理学の背景と実験心理学の誕生』を読み返した。

空がまた曇り始めた。さっき西の窓が朝焼けでいっぱいに染まったのに。雨も少し降っているらしい。昨日の帰りは雨風が強く傘を持っていかれそうになる瞬間もあった。一番近いスーパーに寄るといつもよりずっと空いていた。何日ぶりの雨だろう。降ってくれたのはよかった。

昨日、高橋澪子 『心の科学史 西洋心理学の背景と実験心理学の誕生』 (講談社学術文庫、2016.9)をなんとなく読み返していた。

この本は「古典的実験心理学を中心とする十九世紀ドイツの心理学に的を絞り」「今日のいわゆる”科学的”心理学を支えている方法論と認識論の歴史的な成立過程を明らかにする」「”心理学のための”心理学史」である。原本は20年間の研究成果を収めた1996年の博士論文を中心に編纂され1999年に刊行された『心の科学史ー西洋心理学の源流と実験心理学の誕生』である。

どういう時代の本かというと心理学専攻の人にはこの脚注が役立つかもしれない。

「宗教による”いやし”と心理学による”いやし”の関係について河合隼雄氏がユング派臨床心理学者としての長年の経験に裏打ちされた著書を相次いで発表しておられることは、この問題に対する有力な手がかりの一つが専門界によっても既に準備されつつあることを示していて心強い」

1999年は私が大学院を卒業した年であり、著者が「あとがきーレクイエム」で感謝を捧げる何人もの師とのやりとりを自分にも重ねた。私はちょうど国内での心理学史の本が出始めた頃の学生だったと思うが高橋澪子の研究は著者の博学と独自の史観に貫かれており、学生時代に出会えていたらお世話になった東洋先生や柏木恵子先生ともっといろいろなお話ができたかもしれない。

この本は精神分析が心理学にどのように位置付けられていったかにも少し触れておりボーリング(Boring, E. G.)の『実験心理学史』では随所で好意的な論評が加えられていると書いてあった。また『実験心理学史』第二版の最終章には「力動心理学」も登場するそうだ。読んでみたいなと思って少し調べたら初版をインターネットアーカイブのサイトで見ることができた。落丁や書き込みもあるが目次だけでも興味深い。

A History Of Experimental Psychology. by: Boring, Edwin G. Publication date: 1929. Topics: RMSC. Collection: digitallibraryindia; JaiGyan.

ともあれ、高橋澪子のこの本は心理学の初期からどんどん遠くなっていく今もこれからもずっと読まれてほしい。エクスターナルな立場が中心の心理学史研究だけでなく、インターナルな心理学史の必要性に著者ははこだわる。なぜか。

「昨今の科学史研究の動向もまったく知らないわけではない筆者が、あえてインターナルな問題意識に固執しつづけたのは、ひとえに「心理学」という学問が背負っている(おそらくは人間の知の構造そのものから来ているに相違ない)宿命的な”心の両面性”という固有問題のためである。だが、このことは、心理学史に対するエクスターナルな視点からの研究が不必要であるというようなことまで、決して意味するものではない。」

これはそのまま学問とは何かという問いにつながっている。ともあれ心理学の名著である。1998年2月10日の日付で書かれた「あとがきーレクイエム」だけでも読んでほしい。学問を志す人、特に心理学を志す人なら本文を読まねばという気持ちにさせられる、というよりひきこまれるのではないだろうか。著者が様々な師からかけられた「学問はすべて”あこがれ”ではないでしょうか」「にせ物になるなよ」という言葉も胸に響く。臨床も学問の上に成り立っていること、そしてその学問とは、という問いを追い続けることもまた仕事だ。がんばろう。

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映画

ブラック・バードをみたり。

朝焼けがとてもきれい。ちょっと痣みたい。冬晴れという季語に少しマイナス面が漂うのと同じ、というのはNHK俳句で堀田季何さんがそんな話をしてたから。しかし寒いですね。

昨日のことを思い返しても驚くほど何かが進んだ形跡がない。ずっと取り組んでいたつもりが。いや思い出した。Apple TVが昨日まで無料ということを全然知らなくて慌ててタロン・エジャトンがでてる『ブラック・バード』をみてしまったからだ。タロンのバキバキな身体と繊細な表情の変化もすばらしかったがポール・ウォルター・ハウザーの演技が!ずっと緊張感あってすごかった。これが実話ベースというのも驚き。FBIはこんなこともするのか。

にしてもお昼過ぎまでは結構がんばっていたつもりが私は何をがんばっていたのだろう。次の次にやるべきことの準備をした形跡しかない。まあいい。とりあえずなかなか進まない今の作業をやる。そうだ、事務作業に時間がかかったんだった…。たいした作業じゃないのにためたからね。はあ。今週はがんばりましょ。

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精神分析、本

おしゃべり、翻訳、精神分析の未来。

1月になって本格的に寒い。なのに昨日は汗をかいた。待ち合わせに向かっていたらなんと電車がストップ。慌てて違う路線まで移動して15分遅れで着。新年のご挨拶やらをして美味しそうなメニューから選んでおしゃべり。古き良き時代を知る人として世代の異なる心理職の輪を広げることができてよかった。こういう柔らかく穏やかなおしゃべりの場は人を豊かにする。それにしても私はすっかり一番上の世代になってきた。そして心理職として、精神分析を志したものとして本当に恵まれた時代を生きてきたんだなと思った。もちろんその時代を暗黒と感じる人もいるだろうけど。今年もいろんな人と気楽な機会を作っていきたい。ゆっくりしたあとには電車も無事復旧。事例検討会にも時間通り参加できた。介入の仕方についていろんな意見が出たが私は転移解釈を口にすることは最大限控える。それよりとどまることを必要に思う。継続で会っていれば色々なことが起き色々な気持ちになるのが当たり前だろう。その色々をお互いに体験していくこと自体が効果といえば効果につながっていく。ウィニコットのスクイグルが効果的なのはそれが何に見えようと構わないくらいの緩い線のあっさりしたやりとりが積み重ねられるからだろう。それが部分だろうと全体だろうと構わないわけである。実際そんなのはどっちだってありうるのだから。フランスのラカン派ではないIPAの精神分析家アンドレ・グリーンの文献を訳していたら明け方が近くなっていた。すごく時間がかかってしまった。引用されているフロイトの文章は私も以前メモしておいたところだった。全体の訳ができるにつれてグリーンのこの書き方はフロイトの書き方を真似たりずらしたりしているのかもしれないなと思った。1997年の論文だったと思うが

フロイトの1919年の論考「精神分析療法の道」の

「また、私たちの治療法を大衆を相手に適用するにあたって、分析という純金から直接暗示という銅をたっぷり使った合金を作る必要が生じる公算は大きいでしょう。また、そのときには、戦争神経症の治療の場合のように、催眠による影響が再び用いられもしましょう。しかしながら、たとえこの精神療法が大衆のために形作られ、どのような要素によって組み立てられようとも、その最も効果的で重要な構成部分は確実に、厳密で不偏不党である精神分析から借りてこられたものであり続けるでしょう。」

という箇所はグリーンが精神分析の危機と限界を書いているところと重なる、というかグリーンはこの論文の別の箇所を引用しており当然問題意識の重なりがあってのことだろう。私もいろんな学問と実践を経由して精神分析家になったが常にこれまでの多様な経験を生かしながら精神分析が広く届けられるように考えないといけないのは今年も変わらない。未来を考えるためには希望を持たないと。またおしゃべりの場を設けよう。助けてもらいながらやろう。窓の外に光が溢れ始めている。明日はようやく少し雨マークが出ている。暖かい飲み物と一緒にがんばろう。

(ここは日々のよしなしごとを書き連ねる場なので精神分析にご興味ある方は私のオフィスのウェブサイトをごらんください。)

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精神分析

ハイキングとか。

ハイキングへ行った。週一回の筋トレの成果か、あるいは疲れに鈍くなっているのか帰宅した後もずっと課題に集中できた。でも全然進まなかった。アンドレ・グリーンの本を英語で読んでいたのだけどフランス語で読むよりマシとはいえ、グリーンがどんな立場で何を言いたいかがあまり掴めないのもあり、あと単純に英語が読みにくい、あるいは私の英語力がないせいで時間をかけたわりに成果が見られない。困った。それでも三分の一くらいはできたかなあ。はあ。

今朝はどの果物を食べようかな。年末から果物が豊富。嬉しい。ハイキング後のビールが美味しいように朝の乾きには果物が美味しい。最近、志田未来主演の「下山メシ」というドラマを見た。「孤独のグルメ」と同じで、言葉ではなく表情で演技し、心の声をそれに当てる形式のドラマ。志田未来の大きな瞳とちょっとおどおどした感じと健康そうな食べっぷりがとてもかわいくてなんだかずっと見てしまった。登場する山々も有名なところばかりで下山メシの美味しさもとても共感したが行ったことのある店はなかった。あそこかぁ、とわかる店はあったので今度ハイキングするときは行ってみたい。

外でいろんな音がする。もう今日から通常営業という人も多いだろう。私は月曜日から。それまでに仕上げねばならないことがたくさんで辛い、とかいいながら知らない土地の味のお雑煮作ろうかな、とかも同時に思っている。そんなものだ。自分から辛い苦しいにはまりこまないように楽しいことを考えつつ地道にやりましょう。

それにしても雨が降らない。乾燥がひどい。インフルもコロナもその他も色々流行っているから気をつけて過ごしましょう。

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Netflix イベント 趣味

お正月、水族館、コミュニケーション

鳥が鋭く鳴いている。元気かな。今日もいいお天気?昨日、2日もいいお天気だった。元日は初詣に行った神社で初日の出をみた。本来なら地平線や水平線にみる1月1日の太陽のことなのだろう。なので少し昇ってしまった太陽だったけどみんなで歓声をあげるほどきれいだった。空に馴染むまでみんなの顔が赤く照らされていた。朝の太陽はみんなよけないのね。元日も陽射しが強くて前にいたカップルはストールで遮っていた。私もずっとキャップをかぶっていた。

おせちも分けていただいた。紅白かまぼこ、伊達巻、昆布巻き、田作り、手綱こんにゃく、里芋、きんぴら。紅白なますと黒豆は今年はいただかず。みんな食べたいもの、作りたいものだけでいいのだ。おやつにはレトルトのぜんざいと薄いお餅をもらっていたのでそれを。お休み中はなんでも特別特別と思ってクラフトビールも色々試した。親戚の子がまだ小さかった頃、私たちが遊びにいくと「特別」と言って好きなもの三昧していたことを思い出す。親から何か言われるのを見越しているのね。親たちは「特別?」と笑っていた。特別な日をいっぱい作ってあげたいし自分にも作りたい。そのために地道に習慣を続けていく。

習慣には趣味も含まれているがライブや演劇は普段はなかなかいけないので主に配信。美術館とかはちょっともったいないなと思いつつ自分の時間に合わせて動けるから行く。配信はみたいのがたまっている。タロン・エジャトン主演のApple TV+のリミテッドシリーズも見たいが入っていない。Netflixでやってくれないよね、だからリミテッドなんだよね。限界は大事。有限性あってこその趣味。休みだって終わるから楽しいんだ。でも、となる。「グッド・ドクター6」もU-NEXTでやっているがこちらはNetflixでやるのだろうか。優先順位大事。

私は水族館が好きで先日も行ってきた。特にこだわりがあるわけではないのだが各地の水族館にはその土地にしかいない魚がいるので面白い。イルカはどこにでもいるがイルカショーとなるとだいぶ違う。イルカの学習能力については昨日少しベイトソンの学習理論で触れたが(触れたか?後で確認)体重とかも違うからそれぞれやりやすい技も変わってくるよね、など思いながら訓練士さんとのコミュニケーションを見守ることが多い。聴覚や視覚の違いとかも気になる。ショー自体よりショーの前のリハーサルとかショーが終わった後のイルカの様子をじーっと観察することが多い。聞いたり調べたりすればいいのだが答えが知りたいわけでもない。しかし、なんとなくじーっと見てると係員さんの方から声をかけてくれることもある。先日はタツノオトシゴが元気いっぱいのお魚(名前を忘れてしまった)に餌を取られてしまうのをどうなることかと見守っていたら係員さんが動きがゆっくりのタツノオトシゴのことを教えてくれた。元気いっぱいのお魚のこともちょっと困った顔をしながら愛おしそうに話してくれた。この水槽の子たちをみんな大切に思っているのね、と思いながら聞いていた。餌を取られてしまうとしてもいろんな種類のが一緒にいた方がいいのかしらね、とまたベイトソンのことを思い出す。

『精神の生態学へ(下)』(岩波文庫)「クジラ目と他の哺乳動物のコミュニケーションの問題点」は討議の記録なのだがベイトソンの言葉に同意する形でレイ博士がニューヨーク水族館でのシロイルカの観察について話す場面がある。彼はそこでイルカが水槽の中で退屈しないようにする工夫として次のようにいう。気に入った箇所なのでメモをしておいた。

「イルカをいじるというのではなくて。干渉されるのは嫌いますからね。そうではなくて、たとえば、違った動物を連れてきて同居させてみるとか、ちょっとした気の利いたことをわれわれがやってみせるとか、そうすれば、連中ももっと反応してくるようになると思うんです。今のままだと、檻の中のサルと同じで、高度な知能と営みを持ちながら、鈍い動物として暮らすよう強いられてしまうことになる。」

「ちょっとした気の利いたとをわれわれがやってみせる」。これ非常に大事。なにが気が利いているかは観察ありきだが。「違った動物を連れてきて同居させてみる」というのはタツノオトシゴと元気いっぱいのお魚を同居させることと似ているかもしれない。別にそれでタツノオトシゴの動きが早くなって確実に食事にありつける、とかそういう目的のためではなくて。うーん。今赤ちゃんのこととか戦時中のこととか色々思い浮かんでこういう説明はそれこそコンテクストが共有されていないと議論になりにくいんだよなあ、と頭の中で頭を抱えた。

今日もいい日でありますように。

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精神分析

学習

元日、夜、家に帰るとたくさんの郵便物が届いていた。世の中は休みのはずではなかったか。元日に届くのは年賀状の束だけではなかったか。みなさん、本当にお疲れ様です。年内に出してしまわねば、出してしまいたい、いろんな理由があると思う。ゆっくりできる日があることを祈る。

休みの間、一日乗車券のようなものを使ったが今はなんでもQRコードなのか。最初から改札で引っかかってしまい駅員さんに「反応しないです」と言いにいったら「それと一緒に入れました?」と私のもう一方の手にあるパスケースに入ったPASMOをチロリ。おお。「はい」というと「そっちが反応しています」とさっと手を出し私も慌ててPASMOを渡し処理してもらっている間「ほんとすいません」みたいなことを2、3回いってしまった。それくらいクールだった。「そっちが反応しています」という言い方には痺れた。パッと私のもう片方の手に視線を走らせ、私の使った言葉にきちんと対応している。こういうのがわかりやすさだよな、と思った。こっちも駅員さんの注意の向け方につられるから何を言われているかすぐわかる。「え、なんでだろ」みたいな感じで私に差し出された方の乗車券だけに注意を向けていたら解決は遅れる。駅員さんたちは私みたいな人に慣れているというのはあるだろうけどね。この人もPASMOやらSuicaやらと重ねてピッてしたんだろうなあってすでにたくさん学習しているのだろう。

問題の立て方を誤ると学習はうまくいかないということについてはベイトソンを参照できる。コンテクストの切り取りについてもだ。斎藤環の『イルカと否定神学』(医学書院)を読んでいてベイトソンの学習概念に改めて興味を持った。学生の時に統合失調症の理解にダブル・バインド理論があることを知り少し勉強したが当時の私には難しすぎた。今は少し理解が進んでいるのでベイトソンの学習概念がコミュニケーションについて考える際に非常に示唆的なのは理解できる。簡単ではないが。

ベイトソンは『精神の生態学へ(下)』「クジラ目と他の哺乳動物のコミュニケーションの問題点」で動物の間を飛び交っているシグナルの量についてこう述べている箇所も私は好きだ。

「それを「コミュニケーションから退いている」と評することはできても、その退きは、たとえば家族の場で、統合失調症の患者がまったく自分を閉ざし、その閉ざしの事実を中心として家族関係が展開していく場合と、基本的に変わらないものでしょう。動かずにいるという事実の周りを他のメンバーが動いていく。何もしないことで、何もしないという事実が強く伝わるわけです。」

まさに。ただそこにいることの意味、というのは身体をもっていることと切り離せない。この辺が今年のテーマだろうな。

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精神分析

2025年元旦

あけましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

ここはなんとなく習慣になっているので今年も頭を使わないで手が勝手に動く範囲のことをツラツラ書いていくと思います。そのうちぱったり書かなくなることもあるかもしれません。この30年くらいの間に複数のブログをネット上に放置しています。理由は自分でもわかりませんがプロバイダを変えたりパスワードを忘れたままその存在自体を忘れてしまったりしたのだと思います。だからここも頭を使うことが増えて余裕がなくなったり書く以外のことが充実したり単に忘れたりどんなときに終わるのかわかりませんが私のオフィスのウェブサイトの方は引き続きチェックしていただきたく存じます。多くの方が精神分析に関心を向けてくださったら嬉しいのです。知的にではなく新しい体験への好奇心として。

今年はどんな一年になるのでしょう。災害に対して迅速に支援が入り、心が即時随時守られる世界が当たり前になりますように。