早朝から部屋がオレンジ。だけど今日は一時的にお天気大荒れと言っていたような。大丈夫ならそれはそれでありがたいけど。
久しぶりの筋トレで筋肉痛がひどい。2週間空いただけでこれ。そこそこ使っているはずと思ってもほとんど使えていないということですね。
昨日は俳句の締切を思い出し、作らねばと意気込みながらも『現代詩手帖』の特集「韓国現代詩への旅」を読んでしまった。目次にはカタカナの名前が並ぶ。カタカナは漢字の一部を取り出したものだ。彼らの名前はハングルでは書かれるべきなのだろう。ソウルで過ごした3日間、Instaで教えてもらったアプリが活躍した。ついカタカナか漢字を目が拾ってしまい、カタカナが現地にほぼないのはわかるが漢字をみつけてもアプリとは違う漢字だったりした。最初は戸惑ったがすぐに同音異義語でいけるのか、韓国の漢字は、と思った。こちらでの生活の言葉はハングルなのだ。その成り立ちは斎藤真理子『隣の国の人々と出会う』を読んで知っていた。普段すごく漢字に頼っているわけでもない私がこういうときだけ漢字頼みかよ、とちょっとおかしく、それからは読めはしないが、視覚的な記号として地図上や路線図のハングルと現地の表記のマッチングをはかった。電車内で何度も聞いていた言葉を調べたら「ドアが閉まります」とう意味だった。表記は출입문 닫습니다と学んだ。20歳の頃、ケンブリッジの寮で仲良くなった韓国の人たちにハングルは舌の形、発音するときの口の形だから難しくない、と教えてもらった。漢字から離れて誰もが使える文字を作り出し、生き残らせた国の人たちをすごいと思うし、その国の文字を使うということを単に大事というより楽しく思えたことがなんだか嬉しかった。
今日こそ俳句、と思うが隙間時間が少ない。いいかげんスピーディーに作った駄句ばかりを出すのもやめたい。時間をかければよいというものではないが、17音に対してもっと敬意を払わねば。
それでは今日も良い1日を。

