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精神分析

探したり。

今朝もいいお天気。昨晩は雲もなく月がとてもきれいだった。外にでたのが一番日射しが強い時間でやっぱり手の甲まで覆ってないとかゆくなってしまうんだなと残念だった。今日は夏山用の長袖シャツを着よう。

ロンドンでやっている世界卓球を少しみたけどドキドキしてみてられない!といいつつ怖々見ていたらいつのまにか終わっていた。途中で探し物を始めてしまったから。まったくみつからず案の定わりとわかりやすい場所でようやくみつけた頃にはすっかりなにもする気がなくなっていた。せっかくいつもより時間があったのに、と思うけど時間があるからひたすら無為に過ごすこともできるのだから悪くはないのだと思う、というか、色々ひっくり返して探しているうちに校正の原稿が入っている封筒を見つけてしまった。ソウルに行く前に積んでおいたのだった、そういえば。危ない。休み中にやらねば。

ソウルでも結構歩いたとはいえすごく狭い範囲の移動しかしていない。それでもハングルや韓国の街の様子に強く動かされることが何度かあった。韓国人作家の色々な本を翻訳で読んできたのもあるし、茨木のり子や斎藤真理子などの影響でもある。翻訳という営みについて考えていたせいか文庫のほうの中井久夫『私の日本語雑記』にも手が伸びた。以前から愛読していたが別の言葉を話す相手とコミュニケーションをする体験が新鮮なうちに読んだらまたそれまでとは異なる印象を受けた。

土居健郎の「甘え」についてはあまり進捗なし。また読み直さないと自分がなにをいいたかったか忘れてしまう。興味をもったらすぐに発表できるくらいの文章にしておかないと何度も同じ手間をかけることになってしまう。そうだ、昨日は友人の論文PDFを検索するのにもすごく時間がかかった。私が保存していたつもりの場所や形式が違ったらしい。その最中に第14回大会 大会企画分科会「精神分析とアートの交わり」の討論原稿をみつけて、これはすでに「精神分析的心理療法フォーラム 13巻 2025年12月」に掲載されているのだけど、もうちょっときちんと形にしてもいいかも、と思ってしまい、そっちを少し進めてしまった。遊こっちのほうが楽に書けそうだもんなあ。現実逃避。

まずはすべきことを可視化。実際に見えるように机の上に置いた。今日はここまで、とならないようにしよう。とりあえずいいお天気。いっぱい歩くことにしよう。