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散歩 読書

『東東京区区』、社会学の本

近所で用事をすませてコブシと雪柳が真っ白に咲き誇っている場所に少し寄り道しようといつもと違い道を通った。同じ場所に白い椿も咲いていた。いつもの道からだと見えていなかった。

地元の珈琲屋さんで移転してしまったラーメン屋さんのことを話した。移転先は決して便利な場所ではないのに看板も出さずに成功しているらしい。惜しまれて去ったと思われたら皆ついていったか。素晴らしい。

街歩き趣味の私はかつしかけいたさんが「路草」で連載している『東東京区区(ひがしとうきょうまちまち)』という漫画が好きなのだけど「第10話「卵・焼肉・あんみつ」」が公開されて嬉しい。舞台は上野。私が子供の頃は特急も新幹線も上野までで上野が玄関口だった頃の景色はよく覚えている。あの薄暗いホームこそ私の「東京」だった。実家にいる頃はなにかとお茶の水へ向かうことが多かったので上野で降りることはあまりなかったけどこんなに高低差がある街なのね、ということを今回の回で学んだ。たまに上野から根津、谷中、湯島の方へ抜けたりするけどここに出てくる道は歩いたことないかも。あんみつ「みはし」は憧れ。いいなあ。友達と行きたい。

仕事以外はだいぶぼんやりしていて手元にある本ばかり読んでいるのだけど再読のはずが全然新しい本に思える、やはり。奥村隆『他者といる技法 コミュニケーションの社会学』は二月末に名古屋に行ったときに帰りの新幹線用に買った本なのだけどようやく最後まで読んだ。三木那由他さんが解説。こんなにわかりやすく書ける三木さんがすごい。全般的な私の意欲が落ちているせいもあるのかもしれないが、この本はかなりずっしりした一冊でしたよ。今回、25年を経て待望の再刊だったらしい。私は社会学の流れとかをよく知らないのでなんとなく手に取ったが今でも、というか今だから読まれた方がいい本なんだろうなあ、と思った。いろんな場面や状況が想定されてそこで生じていることをどう理解するか(理解できないという理解をどうするかも含め)について緻密に議論が繰り広げられているが、これは古田徹也『謝罪論』に通じるところがある。というか私が選ぶ本はみんな通じるところがあるから選ばれているのだろう。だってこの本の後に手にとった大澤真幸の『〈わたし〉と〈みんな〉の社会学 大澤真幸THINKING「O」第14号』(左右社)の見田宗介論文の要約にも奥村論文が登場しており、奥村隆の文庫のあとがきは大澤真幸の言葉から始まっていた。先輩後輩関係とのこと。社会学も人材豊かだなあ。あまり意識せずに色々読んできたけど意識すると「あぁ、この本の編者もこの人なのか」など少し繋がりが見えてくる。ちなみに吉本隆明『共同幻想論』もそばにあったのですこ再読したがこれも重たいねえ。私がお世話になっている世代は皆はまったであろうこの本。ここで出てくる『古事記』はやっぱり町田康のとは違うんだな。もうあれは印象が強すぎるからオリジナルとして読んだ方がいいと思う。吉本本とは異なるテンション。そうか、今私はテンションが低めなのでそこのブレに敏感になってしまっているんだな。いつもだったら振り幅考えずになんでも読んでいたわけだし。はあ。とはいえ今日もお仕事がんばりましょう。オフィス周りの地形も暗渠とかあって起伏が多い。隙間時間にぼんやり歩くか。東東京の方が個人的には魅力的だが普段使いの街への気持ちはこんなものだろう。私のオフィスがある西参道は初台駅利用もいいけど明治神宮方面に行くのも中野方面に行くのもあり。私は都庁に行かねば。新宿中央公園のコブシも黒くなってきちゃったかな。真っ白に満開に咲くとすぐ黒ずんでしまうのもコブシらしさ。みなさんもどうぞ良い一日をお過ごしください。

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読書

かつしかけいた『東東京区区』

部屋は涼しくも暑くもないけどこのルイボスティーを飲んだら暑くなってしまう。飲みたいけどちょっと我慢。フルーツを先にいただいて水分補給しました。もうすでに熱中症っぽい症状に何度かなっているが水分補給って難しいなと思う。水分取ってもずっと暑いところにいたらだめみたいだし意識しているのだけどどっかで注意が足りないのかしら。私は一人だとあまり冷房つけないからそれもいけないのかもしれない。あ、隣のおうちの雨戸がガラガラ音を立ててる。おはようございます。昨日は芥川賞と直木賞の発表直後に本屋さんに行ったのだけど店員さん走ってた。市川沙央さんの『ハンチバック』、受賞おめでとうございます。早速「芥川賞受賞作!」という札がピンで止められていた。「(賞の)発表があったばかりだから」と店員さんは慌ただしく動きながら営業の人に遠くから大きな声で謝っていた。営業の人もなすすべなしという感じで帰っていった。ここの店員さんはとても親切だけど多分そんなにキャパが広くない。聞き慣れた声を聞き、時折走って通り過ぎる店員さんを見送りながら賞の発表があるって大変なことなんだなと思った。

先日から紀伊国屋書店新宿本店で大きく場所をとって紹介されているかつしかけいた『東東京区区』もやっと買えた。noteに書いたけどこの前から紀伊国屋書店に向かう地下道からの入り口が閉鎖されていてこの暑いのに地上を行かなくてはいけないのです。駅から近いけど。閉鎖されているのを忘れてまた地下から行ってしまった。もー。あまり考えず1階、2階、3階をうろうろしていろんな話題の本をみながら「ないなあ」と思って確認したら8階だった。そうか、コミックだものね。コミック売り場ですよね。ありました。サイン本は有人レジで(私はセルフレジ使うの下手だからどんな時も有人レジだけど。友人レジってうっちゃった)とあったから聞いてみたらありました。サラさんのイラストだー。サインと一緒に描いてくれてました。サラはインドネシア人と日本人の両親のもとに足立区で生まれたそう。大学生でイスラーム教徒です。このおはなしはサラさんが葛飾区立石のエチオピアのカフェに立ち寄るところから始まります。そこで出会ったのがカフェを営むエチオピア出身のお母さんと小学生のセラム。二人が道に迷っているときにこれまた偶然葛飾区亀有に住む中学生春太と出会います。お散歩友達になったこの3人が東東京を散策しながらその歴史やそこでの人々の思い出、それぞれの考えと出会っていくこのマンガ、街の描写もリアルでのんびり念入りに散歩したくなりました。東東京、いわゆる下町には馴染みがあるので知っている景色もたくさん。でも全然知らなかったということばかりで(登場人物たちでさえそうでした)とても懐かしく興味深くこの本のルートを休みのお散歩コースにしようとか、句友たちと吟行もいいなとかワクワクしながら読みました。立石図書館、小岩図書館も出てくるし区の図書館やこの地域の学校の図書室に置かれるべき本かも。こうやって自分たちのいる場所、育ってきた場所を知れたらとてもいいと思うのです。

最近ノスタルジックになる本ばかり手に取っている気がするけど自分の体験に沿ってくれる素材があるってありがたいことですよね。外部記憶装置としても本に助けてもらっています。話題になる本ばかりではなくそれぞれがそれぞれに気になった書物と良き出会いをもてますように。涼しいお部屋で隙間読書を楽しめたらいいですね。それでは今日もお気をつけてお過ごしください。

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精神分析

ここ数日でいろんな川を渡った。川を渡ると景色が変わる。電車で座って本を読んでいても川にさしかかればわかる。顔をあげる。視界が開ける。しばらくその景色をじっとみる。毎回少し感動する。いつも同じ時間に小田急線で多摩川を渡っていた頃は夕焼けが美しい時間でその変化で季節の移り変わりをはっきりと感じることができた。いちいち感動した。京成線が中川を渡るときの景色も好きだ。スカイツリーのある景色もいいが何もないかのように見える景色もいい。夜東京へ戻るときも川が近くなれば景色が変わるから気づく。遠くに街の灯りが遠ざかっていくのを眺めながらまた感動する。慣れることなく感動するのだから不思議だ。海が視界に入れば毎回身を乗り出してしまうのと同じか。これは私が海なし県育ちだからではないと思う。新幹線で富士山が見えれば車内がなんとなくざわめきシャッターの音が聞こえたりもする。スカイツリーのある景色といえば、かつしかけいた『東東京区区』単行本第1巻発売がもうすぐだ。楽しみ。

中井久夫が亡くなってもうすぐ一年になる。私は1週間の夏休みをとっていて神保町にいた。ランチの店が開くのを待っているときに友人のツイートで知った。中井久夫のそばで働いている人たちや近い世代の先生方から話を聞くことは多かった。私は一度だけ研修会で見たことがあるがそんなに強い印象は残っていない。中井先生がどうというより壇上の先生方の会話は今だったら色々言われるであろう会話だったのは覚えている。まだSNSがそういう使われ方をされていない時代だった。私が中井先生の仕事で一番馴染みがあるのは風景構成法だ。年齢、性別、症状問わず多くの患者さんに描いてもらった。その項目の一つに「川」がある。詳細は書かないが川が風景に及ぼす影響と川の個別性に毎回驚かされた。それが川だとは全くわからないものもあった。目の前で「川」を描いてもらうようにいうのは私なので私にはわかるしその人にとっては間違いなくそれは「川」なのだ。そういう共有もよかった。

それぞれの心に残る景色があるだろう。全国を旅しながら別の季節にきたら全く別の景色を目にするのだろうと想像することもある。美しく広がる草原を「きれい」と言ったら津波で全て流された後だと聞き愕然としたことも思い出す。私の仕事は出来事と景色を見せてもらうように聞く仕事だからこれからもその個別性に驚き続けるのだろう。私が誰かとしたはずの体験も私の中にしまわれたものと相手の中にしまわれたものでは違う。それにとても悲しい想いをしたり回復できない衝撃を受けることもあるけれど差異こそが現実でひとりひとりの体験は絶対に大事だからいろんな気持ちになりながら今日も過ごすのだろう。こういうことってすぐ忘れてしまうこともであるからいちいち驚いたり感動したりするのかもね。

今日も暑そう?まだよくわからないな。屋内でも屋外でも熱中症には気をつけて過ごしましょうね。あと車内の冷房にも。どうぞ良い1日を。