鳥たちが賑やか。みんな朝早い。今朝はDélices tarte&caféの紅茶のクッキーを紅茶と一緒に。大阪のお土産。熱い紅茶を飲むと暑いね。
昨晩、ルイス・A・カーシュナー(Lewis A. Kirshner)の『ウィニコットとラカンに学ぶ 臨床的対話とその思想』(筒井亮太訳、日本評論社)をパラパラした。原題はBetween Winnicott And Lacan A Clinical Engagement。ウィニコットとラカンを両方取り入れながら実践をしている精神分析家たちの論文を集めたアンソロジー。
第1章「ウィニコットとラカンのあいだの空間で考える」の著者はデボラ・アナ・リウプニッツ(Deborah Luepnitz)。この論文はIPAジャーナルに掲載されたもので以前読んだことがある。
リウプニッツはToward a new Middle Group: Lacan and Winnicott for beginners. という論文も書いていてこれはIn M. Charles (Ed.), Introduction to contemporary psychoanalysis: Defining terms and building bridges . Routledge/Taylor & Francis Group. という主要な精神分析理論を紹介する入門書に収められている。
どちらもいろんな人がいろんなことを言っている本だけど、どこからでも読み始めることができる方がこの余裕なき時代にはあっているのかもしれない。精神分析を体験するには心の余裕を作るために時間の余裕も作らないといけないけど。
私はいつ始まるかわからない精神分析のために当時かけもちしていたいくつかの職場に事情を話して理解してもらって数年後に分析家から枠があいたけど使うか使わないかという連絡がきて一度はすぐに合わせることができずまた待ってまた連絡がきて今度は受けて、と余裕を作るにも時間が必要だった。ご迷惑をおかけしたにも関わらず暖かく送り出してくださった上司の先生方には本当に感謝しているし、常に相談に乗ってくれたさまざまな職種の友達のおかげとも思う。それに数年のウェイティングの期間も訓練目的ではないセラピーを精神分析家に受けていたので環境的にも気持ち的にもいろんな準備ができたのも恵まれたと思う。自分のためにそこまでやるかという感じもあったけどこれを生業にするのだからこのくらいはやると思ってやってきた。いまだに大変だったなあという気持ちが先にくるけど、精神分析家になってから今度の6月でようやく2年だからこれからだなあという感じ。この年齢でこれからがあるのはありがたいけど身体の衰えは着実だからがんばってもってくれよと願うしかない。臨床心理士資格の更新も5回したけど(25年やってきたということ)これはもう更新しないかもしれないなあ。してもあと1回だろう。それだってそれまで生きてるのかな、みたいな気分になるが平均寿命まではそれなりに長くあるので精神分析家としての人生はそこそこ長くあってほしいし、時間の中のさまざまな時間を自分で引き伸ばす努力をしていかないといけない。論文を書くとかで。大変だねえ。とりあえず今日も無事に過ごしましょう。良い一日になりますように。

