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精神分析

「ちいかわ」とかドラマとか耳の技法とか。

薄暗い。今日のお天気はどうなのだろう。窓を開けたら少し強い風を感じた。薄く隙間を残して閉めた。


「ちいかわ」の最新ポストにハチワレの分身みたいなのが4匹(?)でてきた。パピコも5列になったかと思ったら。うさぎは気づくのも早いが馴染むのも早いな。ちいかわの反応が普通な気もするが。普通とかないか。ハチワレはどんな状況にもあまり驚いた様子はみせずマイペース。みんなかわいいな。なんだかカラフルな世界になってきた。


「LOST10」もみた。市川実日子が登場したけど、服があまりにかわいく、というか、市川実日子が着るからこそほんと素敵で「かわいい」を連発してしまった。世の中のかわいいはちいかわだけではないのだな。当たり前だが。横浜流星のさすがのアクションがみられたのもよかった。どうなるのかなあ。ドキドキ。
朝ドラ「ブラッサム」も相変わらずいい。珠ちゃんが珠様時代の子役の雰囲気から変わっていなくて、内側にいろんなものを秘めた優しくしっかりした女の子のまま大人になっていく様子がいい。保さんは相変わらずすごくいい。この二人の関係も終わっていくんだな、と悲しく思いながらも先が楽しみ。これからでてくる作家たちも誰かしらモデルがいるわけだから、その作品からの引用があるじゃない、たぶん。それも楽しみ。私の世代だと、あの頃の作家の作品は教科書になっていたり、どこかで読んでいるんじゃないかな。


あとね、とみているもの、みたものをダラダラと書き出してしまいそうだが、やることやらねば。


週一回とか二回とか四回とか、定期的に(オンディマンドもあるけど)、継続的に、いろんな人と会っていると、ボラスやラカンがそこに音楽を見出したのがわかる気がする。週4の精神分析だと話し方とか声とかが本当に重要な要素になっていると感じる。私も自分が分析に通っているとき、自分の声が自分の意志とは遠いものだということを実感した。声優や俳優でさえ声変わりにはどうしても影響されるのと同じ、同じでもないけど、毎日のように、他人を背後に感じながら自分の声と出会っていくって、それだけで結構辛いところもある一方、どこか別のところへ連れていかれるというか、別の自分を感じる体験でもあると思う。前に、分析や週一の心理療法の体験がある友達と話してて、もうこれ以上防衛がきかない、って自分で感じるときがあるよね、と笑いあった。私も「もう無理だ」と思ったことがある。別にそれまでも防衛しようと思ってしていたわけではないのだけどできてしまう範囲ってあったんだな、と防衛できなくなってから実感した。そこからが本当に大変だったけど、なんかもうなんでもゆだねるしかない状態ってそれはそれで安心もしてた。怖かったし辛かったけどそれをきちんと感じることができてよかった、とどこかで思っていたんだと思う。分析家の方だって相当大変になるわけで、分析中に起きていることって、本に書かれていることと似てはいるんだけど、そこでのお互いの情動体験を具体的に書き表すことは不可能だと思う。似たような体験はそれこそ文学作品を読むとか、そういうので味わうことはできると思うけど。人が自分のことを言葉で語ることがいかに大変なことかを身をもって体験しているからこその聴き方を精神分析家は自分も精神分析を受ける、というか体験することで学んできた。だから耳の技法として特殊なんだと思う。これも思い浮かべているのはボラスだけど。
うん。

なんかしみじみしてきた。今日も耳を傾ける。相手の声にも自分の声にも。何色の服を着ていこうかな。良い一日になりますように。

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