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精神分析

春の朝

ぼんやり。窓を開けたら鳥たちの声が聞こえはじめた。春の朝は冬の夜明けほど感動しないな。そんなの関係なく花々が鮮やかなのかな。夏の陽射しに耐えうる花、冬の寒さに咲ける花、色や音もその季節ならでは。秋は花がなかったとしても木々が鮮やかだし。今の新緑の輝かしさも素晴らしいし。それぞれの季節に似合う音の重なり合いやリズムがあるのもそういうこと。戦争なんかしたらそういうの全部失われて、ということは時間感覚も失われて、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚全て変わってくるでしょう。景色から色が抜け、平板になり、突然の大きな音に鼓膜がどうかしてしまったり、逆にナイショ話に敏感になったり、変な匂いが当たり前になったりいろんなことが変わってしまうでしょう。いろんな本や映像がそういうのを示してきた。今、まるで当たり前かのようにあるものやことや人を突然失うなんていやだ。みたくないものがたくさんあるのと本当にみえなくしてしまうのは全く別のことだよ。もう、毎日、政治に怒ってる。支配されるなんてまっぴらごめん。支配するのも嫌。いつのまにかそうしてしまう部分も知っているけどだからこそ別の道を探したい。

今期の朝ドラはみていないので「ばけばけ」でときが止まっている。熊本編は何も起こらない(ということは実際はないのだけど)ということで退屈に感じた人もいたようだが、ラフカディオ・ハーンが熊本でみたものを書いた作品を読むのは楽しく、ドラマでもうまく取り入れられていた。「停車場にて」がその一つ。これは土居健郎が「「甘え」の構造」で引用している。ハーンが驚いて書きつけたような日本人の心情がそこにあるらしい。心情とは違うか、心的傾向というか、いや、集団と個人の関係か。

今日もお仕事。仕事できる日々が奪われませんように。いろんなことを自分で決める猶予がありますように。相談しながらたくさん迷って決められないことも許容される時間をたくさん持てますように。昨日も書いたけどもう晩春。夏が来てしまう。気持ちよく過ごせますように。

作成者: aminooffice

臨床心理士/精神分析家