今朝はまだそこまで暑くないかな、と思ったけど熱い紅茶を飲んだら一気に暑い。昨日は曇っていたのに日射しを感じた。でもいろんなお花の写真がきれいにとれる空色ではあった。八重のクチナシもアガパンサスもアンティーク化したいろんな種類の紫陽花も薄暗い空に映えた。薄い花びらが雨に透ける姿も強い日差しに輝く様子も好きだが昨日くらいがしっとりしてて好きかな。年に数回行く街というか通りを歩くついでにはじめてのカフェにいった。ちょっと高いけどごまのパンがチーズとあっていてすごくおいしかった。一時期、いろんなパン屋さんをめぐったけど次から次に新しいお店ができているのね、こうやってカフェつきで。昔ながらのパン屋さんのたべやすくて素朴な味も好き。いまどきの工夫が多いパンも好き。コーヒーは特別好きなわけじゃないけどカフェは好き。オフィスのある初台にも小さな珈琲屋さんがいくつかあるのだけどオフィスと反対側でなかなか行く機会がない。この前、はじめて寄ってみたお店はこじんまりだけど噂どおりとてもおいしかった。私が知っている時代のコーヒーの値段という感じでお手頃だったのも嬉しかった。今は輸入とか少し大変かしら、コーヒー業界も。地道に働く私たちはこうして小さな交換をしながら生き延びているのだからそういうささやかな仕事を脅かさないでね、と思う。
夕方からのクリニカルグループもすごく面白かった。自分がやっていることを細やかに追うことはひとりではとても無理で、情緒を抱え、思考を止めないための他者が必要、というか思考停止になる厳しい状況を共有できる人がそうなっているけどどうしてだろうね、と一緒に考えてくれることはとても助かる。自分とは異なる考えにたくさん触れながら、影響を受けつつも、実際の場に立つのは自分なのでその責任を普通に引き受けていくこと。これは分析家になる訓練として精神分析をうけるなかで育まれるものではあるけど、精神分析が分析家と被分析者のペアにひきおこす情緒はたやすく「抱える」ことはできないので精神分析をいろんな人と体験していくことを続けていく以外にない。
医療現場において心理療法を提供する場合、生物学的、心理学的マネージメントを引き受けてくれる管理医は別の医師に引き受けてもらう必要があるが、それだって心理療法においてからめとられる自分ではたしかなマネージメントができなくなる局面があるからかもしれないからである。いわゆるA-Tスプリットのことだが、最近はどのくらい話題にされているのだろう。臨床はチーム意識が本当に大切。この場合、あくまで心理療法がクライアント、あるいは患者にとって必要な場合、というのが前提で、オーダーがでたらアセスメント済みとみなして即導入というのは倫理的ではないだろう。現実的に考えて、求めてもないものを押し付けることはすべきでないだろうし、心理療法以外にできること、すべきことを模索することを優先すべき事態はたくさんある。相手はこれを求めているけど、今の状況でそこに触れることはかえって状態を悪化させるかもしれないし、現実的に安全な設定をお互いに準備できてない、みたいな状況では心理療法ははじめられない。それぞれがそれぞれの役割を十分に認識し、協力しあっていくこと。そのプロセスでは意見の食い違いもたくさん生じる。話し合いは負担だろう。それでもそれも仕事、とうかそれが仕事。集団力動を読むことはその組織内の話だけではない。いろんな人と、いろんなグループと協力を模索するときにはいつも必要なこと。がんばっていこう。
6月ももう後半。今日はオンライン句会の選句〆切。いろんな形で季節に移り変わりを大切にしよう。

