カテゴリー
精神分析

時間感覚

蒸し暑いが風はある。昨日も暑いなか帽子をかぶって歩いたがまだ耐えられる暑さではあった。30度くらいならまだ大丈夫、と思うということはそのうち40度くらいなら大丈夫とかなるのだろうか、と思ったりもするがその頃には身体はますます老いて何度であっても色々気をつけないととなっているのだろう。

昨日の雷で通信障害が発生したらしくウェブサイトには公表されていないし、問い合わせても「確認されていない」と言われる)ネットが繋がらないし、テレビも見られない。大学生になる頃にADSLのサービスが始まった非インターネット時代を知っている昭和生まれとしてはwifiがなくてもどうにかなる携帯を持っているだけですごいことだ、と不便さを理解しようとはしている。しかし視力が落ちているのでやはり不便。

30年以上の付き合いの友達と会った、といえる程度には生きてきた。連絡はとりつづけていても会わないまま10年とか経ってるのもそんな不思議はない時間感覚のなかで毎日のように精神分析を営む。若い頃だったら全く違う感覚でやっていただろうしこんなこと考えないままただ続けていたかもしれない。でも40代のほぼ全てを訓練に費やすなかで時間感覚とそれに対する感覚は随分変わったし、後半の自由度はそれまで感じたことのないものでそれを得て今こういう生活をできているのはいろんな意味でありがたいことだった。一番強く感じるありがたみは実際に生きていられたことだろう。誰もが歳をとってなくなるわけではない。亡くなった人のことを語り続けることは生きている側の義務でありそういう相手がいることもまたありがたい。

今日はどんな1日になることやら。蝉は朝から元気。えらい。がんばろー。