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知識と実践とPsychoanalytic Credos

オフィスのそばの新宿中央公園の木々が大分乾いた音を立てるようになった。まだ時折蝉が鳴いている。夏の間、花壇はすこし疲れた感じだったが、先週はただの細い茎だった彼岸花が一斉に咲き始めた。昨日、通りかかった別の公園で、足元に違和感を感じて地面をみたらたくさんの銀杏が。すっかり秋。まだ少し蒸し暑いけれど。

さて、心に関する知識をもつことは、実践にもちろん役立つが、役立たないことのほうが多い気がする。知識は実践してみないと実践的な知識にはならないし、応用のきかない知識は事態を硬直させることさえある、と知っていることのほうが大事だったりする。


私たちは、意外でもないが、意外と見たいものしか見ないし、見たくないものはみないし、見えていても見えないといえるし、みえてないのにみえてるふりをできたりする。自分が何を見ていて何をみていないのか、そもそも見るという行為をしようとしているのか。これは、聞いたり、感じたり、考えたりすることすべてに対していえることである、と私は精神分析を通じて実感したし、日々、その実感は更新されている。


長い間、週一回とか週複数回とか、それなりの頻度で会っているのに、まだ驚くのか、ということばかりである。驚きは精神分析における主要な情動だろう。衝撃というと情動に至るより手前という感じになるか。


だから、精神分析家になるためには、精神分析が必要だ。単に訓練の要件としてではなく。自分の心が、自分の知らないところで様々な動きをしていることを「そんなつもりじゃなかった」と言いながら、衝撃をもって体験し、他者を他者とも思えない自分に驚きながらもどうにもできず、どうにかして環境が責任を引き受けてくれないかと模索する。


これらの体験はどれも強い情動を生じさせるが、「いや、特に」「別になんとも」とかいいながら、それらを体験しないようにする自分を体験するのも精神分析である。

同様のことが、理論についても言えると思う。無意識、転移、抵抗、抑圧、解釈、逆転移、といった精神分析の基礎概念は、定義を覚えて使うようなものではない。実践するたびに、転移とは何なのか、なぜ解釈するのか、あるいはしないのか、など常に経験に戻って考え直されるものである。なぜその概念が必要になったのか。それによって、それまで見えなかった心の何が見えるようになったのか。そしてそれを目の前の患者との経験に照らしたとき、それはいまも生きた概念なのか。そういうことを繰り返し考えることなのだと思う。


だから私は、こういうブログを毎日書いているのかもしれない。
著名な精神分析家たちが何を言ったのかを紹介したいわけではない。その言葉が自分の経験のなかで息づきはじめたとき、それについてもっと知りたいと思う。そうやって勉強を続けてきた。勉強だけならもう25年になる。臨床を始めてからも同じくらいだが、精神分析家になってからはまだ2年しかたっていない。週1回で長く会ってきた人の数は膨大だが、週4日会っている人の数はまだ少ない。知識として知ることと、それを経験することとは、そもそも比べようがないこともたくさんある。しかし、ひとたび経験をしたら、それを積み重ねるなかで、これまでの様々な理論との対話が必須になる。だからフロイトを読み続け、古典にかえり、概念の源泉と変遷をたどり、再び自分の体験を織り合わせていく。


なので、毎日、少しずつでもなにかしら読むことになる。

先日から何度も名前をあげているクリストファー・ボラスも寄稿しているJill Salberg編『Psychoanalytic Credos』(Routledge, 2022)という本がある。副題はPersonal and Professional Journeys of Psychoanalysts。出版社のサイトで各チャプターのアブストラクトが読むことができる。そのなかに、ボラスの“What is Theory?”という章がある。

先ほど書いたこととも関係するので、そのアブストラクトを少し適当だが訳してみる。

「本章では、心についての精神分析理論を、知覚の一つの形として論じる。それぞれの理論は、ほかの理論には見えてこないものを捉える。


まずフロイトを取り上げ、彼が通常、互いに競合する複数の心の理論を併存させていたことを示す。抑圧がどのように働くかを示す局所論モデルは、あるところまでは有効だった。しかし、そのモデルには、無意識の受容的な働き――抑圧するのではなく、受け取る働き――など、別の形の無意識的活動を捉えることができなかった。


ボラスが作った「受容的無意識」という言葉で表される働きを、フロイトはすでに、夢がどのように形成されるかについての理論、機知についての理論、そして日常生活の精神病理についての理論で用いていた。それならば、なぜフロイトは、無意識についての理論を発展させるなかで、この働きに固有の名前と位置を与えなかったのだろうか。


著者によれば、皮肉なことに、フロイトは無意識の受容的な働きを理論のなかで用いながら、自分が実際に何を用いているのかを見るために容易に構築できたはずの理論を、抑圧していた。ボラスは、この抑圧を、フロイトが子どもと母親との関係――ボラスのいう「母性的秩序」――を抑圧したことと一貫するものとして理解する。そのためフロイトは、つねに無意識的に用いていたものを、意識的には見ることができなかったのである。


さらに著者は、精神分析の各学派はそれぞれ、人間の心と行動の異なる側面を作り出し、それゆえに知覚するのだと論じる。どの理論も、それ自体として重要な価値をもつ。


最後に著者は、なぜ私たちには複数のモデルが必要なのかを論じる。複数のモデルを用いることは、文字どおり心の視野を広げる。一つの心の理論だけが正しいと主張する学派は、残念ながら、その学派で学ぶ人々から、無意識の構造、無意識的思考、無意識的行為について、より広く深く理解する機会を奪ってしまうのである。」

私はボラスに同意する。


この本は、27人の分析家が、それぞれの歩みを、自分の声で語っている一冊である。精神分析という、他者とシニフィアンの世界をともにする特殊な文化をそれぞれの精神分析家はどう生きてきたのか。そのためにはどのような訓練が必要だったのか。そこから得た「信条」とはなんなのか。この本の内容紹介も訳しておく。

『精神分析家たちの信条――個人として、専門家として歩んできた道』

精神分析における「信条」とは、患者の話をどのように聴き、分析という営みにどのように臨むかを支える、一連の考えである。そうした信条を育てることは、多くの点で精神分析訓練の骨組みをなしている。
マニー・ゲント(エマニュエル・ゲントEmmanuel Ghent, 1925–2003)の最初の「Credo」論文を踏まえ、27人の精神分析家に、自らの信条や精神分析家としての歩みを綴ってもらった。本書には、異なる研究所で、異なる時代に訓練を受けた、複数の理論的立場と世代にわたる分析家たちが集められている。訓練を受けた年代は1960年代から2000年代に及び、文化的背景もさまざまである。


寄稿者には、関係精神分析、対象関係論、現代フロイト派、クライン派・ビオン派に位置づけられる分析家のほか、いずれの分類にも容易には収まらない分析家がいる。本書は、訓練中の分析家には研修機関の読書リストの一冊として、また訓練を終えてなお精神分析家として歩み続ける人には、道をともにする一冊となるだろう。(ここまで)

なお、マニー・ゲントの最初の「Credo」論文Ghent, E. (1989). Credo: The dialectics of one-person and two-person psychologies. Contemporary Psychoanalysis, 25(2), 169–211.のことである。


「信条」かあ。私も自分の中にそれを感じるけど、こうやって言葉にすることができるようになるのだろうか。日々精進ですね。これからもよろしくお願いいたします。

アメリカデイゴ