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俳句

菜の花と雛

二度寝して少し汗ばんで起きる。すでに起き出していた身体とすでに暖まっていた部屋が少し春を行き過ぎた。暖房を消してあれこれして机に戻ると足元が寒い。外はすっかり明るい。少し前に「日脚伸ぶ」とキャプションをつけて夕日の写真を投稿した。もはやわざわざ日が長くなったと言わずとも朝も夕もそれが当たり前になってきた。過ぎていく季節を感じながらまだ済ませていない確定申告が頭をよぎる。毎日空をみあげ、花を愛で、鳥を追いかけながら暮らしたい、とかいっていられない。世知辛し。

辛子ってさ、と辞書を引いてみた。やっぱり形容詞「から(辛)し」の終止形からきてるんだ。「カラシナの種子を粉にした香辛料。黄色で辛く、水で練って用いる。またカラシナの別名。」とある。辛子は最初から練ってあるチューブのを使っている。おでんの時期ももう終わり。この冬はおでんもお鍋も数えるほどしか食べなかった。この後辛子の出番は?ああ、ひな祭りか。菜の花の辛子あえ。スーパーできっちり切り揃えられた菜の花が白い薄い紙でくるんとまとめ置かれているのはなかなかの存在感で、その緑を茹でてさらに鮮やかに、そして黄色いお花の代わりに辛子を置く、というか菜の花のおひたしに辛子を使うのってそこからのアイディア?など連想が浮かぶが、兎にも角にも春はこれから濃くなっていくはじまりの色を楽しむ季節。

目を入るるとき痛からん雛の顔

長谷川櫂 『天球』1992

When the eyes are put in

how it must hurtー

the doll’s face

こちらは英訳。「澤」主宰、小澤實さんの『名句の所以』の英訳版で読むことができた。

Well-Versed

Exploring Modern Japanese Haiku

Ozawa Minoru
Translated by Janine Beichman
Photography by Maeda Shinzō & Akira

今日も海の向こうでは色を失うばかりの戦いが続いているところがある。雛に痛みを見出すようなこころが「贅沢」なんかにならないことを願う。

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俳句 読書

旬を味わいたいな、と思って草間時彦『食べもの俳句館』(角川選書)を開いた。

「六月は梅雨。関東地方の梅雨入りは六月九日ごろという。」と読み始めて、あ、もう7月、と少し先のページに移動する。この本は1月から順番にページが割かれているのだ。

冷奴、鮒ずし、朝餉、冷酒などなど上段に並べられている季語を眺めるだけで美味しい食卓が見える。

鮒ずしの季語はとても懐かしい。もう何年が過ぎたのか。まだ何も知らなかった。知ればご一緒するには気が引けていただであろう大きな俳句結社のみなさんとの鮨屋での句会。友人が連れて行ってくれた。どなたの句か忘れてしまったが鮒ずしと雨を取り合わせた一句をいただいた。似たような湿度と匂いを感じてとてもお似合いの素材だと思った。まだ句会のルールも何も知らなかった頃。とてもとても懐かしい。

さて7月(p136〜)には16個もの季語が並ぶ。

6月は?とページを戻すと泥鰌鍋、莫迦貝、新生姜(この二つはセット。一杯屋下物莫迦貝と新生姜 石塚友二)など7個。

7月のエッセイはこう始まる。「立葵の赤い花は下から咲き昇って行く。花が天辺に達したら梅雨明けだというのは、昔からの言い伝えである。」なんて素敵なんだろう。6月を読み直す。

「六月は梅雨。」ふむ。そうだね。7月の方が断然好きそうだ、作者は。

冷奴隣に灯先んじて 石田波郷

もいい。しかし、

朝餉すみし汗やお位牌光りをり 渡辺水巴

が気になった。

「戦争前の東京の中流の家庭の姿をよく見せてくれる一句である。」とこの朝餉の場面を描写する時彦。水巴は「黒胡麻はお気に召さない」そうだ。

ここで水巴のことを調べ出してしまい、とりあえずメモのようなTweetを残して仕事へ行った。

わたなべすいは。1882(明治15)年、東京都台東区に生まれ、1946(昭和21)年、強制疎開で移った藤沢市鵠村で没。父は近代画家の渡辺省亭。妹のつゆは水巴と同じく俳人である。

内藤鳴雪に師事後、復活した『ホトトギス』雑詠欄で虚子に見出された。主観の尊重を説く「主観句に就いて」という拝論も発表しており、虚子には「無情のものを有情にみる」と評された。

同時代の俳人としては村上鬼城、飯田蛇笏、前田普羅、原石鼎が輩出、大正の興隆期だった。水巴は1916(大正5)年に俳誌『曲水』を創刊・主宰、俳人以外の職業につかず、生涯それを貫いた俳人だった。

という。それぞれの俳人がそれぞれの時代を生き、食べ、俳句を作り、生活をする。

冷酒の氷ぐらりとまはりけり 飴山 實

水飯のごろごろあたる箸の先 星野立子

ルンペンに土用鰻香風まかせ 平畑静塔

などなど。

食べ物の句は美味しそうでなければいけない、と言われる。

それは見栄えや味だけではない。音、香り、感触、空模様、全てがその時々の食べ物を作っている。

もうこんな時間だ。明日は明日の朝餉あり。ありかなしかも人それぞれか。まずはどうぞ良い夢を。

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俳句

小鳥来る

長月、旧7月17日、大安、立待月、小鳥来る

日めくりには素敵な言葉がたくさん。いつも1日の仕事を終えて、めくって、というか、私の場合は剥がしてからじっくり見るのだけど(見ないで積まれていく時もあるのだけど)今夜は特に癒されます。

だって立待月と小鳥来る、なんて素敵な言葉なのでしょう。「なんて素敵な」という言葉を使うときに思い浮かべるのはジュリー・アンドリュースです、なぜか。

毎日毎日空ばかり見ています。夕方オフィスに戻るとき、急に黒い雲がやってきて冷たい風が吹いたときは少しびっくりしました。降るのかしら、と思って少し急ぎ足でオフィスに帰って、夜の仕事を終えてカーテンの向こうを見たら広い空が白く光りました。そしてオレンジの稲妻も。パソコンに手書きで描くときのちょっと曲がってしまった線みたいな光が短くビビッと。

今日はパソコンも持ち歩いているし、大雨とかいやですよ、と思って今度は小走りで帰宅。降られずに間に合いました。

降られた方もいらっしゃるでしょうか。地震や大雨の地域のみなさんはご無事でしょうか。

小鳥来る、秋の季語です。空を見ていて出会えたらきっと笑顔になるような、いろんなことあったけど今年も会えたね、と思えるような、そんな季語だと思いませんか。

小鳥来る、この季語は、私が使っている平井照敏編の『新歳時記(秋)』河出文庫には載っていません。私が持っているのは1996年の改訂版初版です。その代わりではないけれど載っているのは「小鳥網」。「秋に群れなして渡ってくる小鳥を霞網、別名ひるてんを用いて捕獲してしまう猟法で、昭和二十二年以降禁止されてしまったもの」で「残酷な猟法」だったそうです。

どうしてこちらの季語を載せたのでしょう。理由はわかりません。今日の日めくりの「小鳥来る」をみて明るくなったこころが曇ってしまいそうです。

人を見て又羽ばたきぬ網の鳥 高浜虚子

これを読むとき、私たちは網の鳥になった気がしませんか。生きようとする力を本能と呼ぶとして、人はあまりに大雑把な万能感を行使して自らのそれを放棄することもあるのかもしれません。

その行為がなくなるとき、その季語もまた私たちから遠くなっていきます。でも多分、言葉は行為よりずっと長生きする必要があって、想像力がどんどん乏しくなっている私たちはそれに助けてもらいながら同じ過ちを繰り返さない努力をしたり、生きて会うことはなかった人と対話したりするのかもしれません。

小鳥来る音うれしさよ板庇  蕪村

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俳句 精神分析

写生

朝、窓を開けると秋の風が入ってくるようになりました。でもあと数時間もすればまた夏の熱気に覆われるのですね、この街も。すっきりと去ることはできない夏の気持ちを熱気というのかもですね。

ところで、俳句のお話ですが、俳句は素材を写生することで感動が生まれるので、擬人法は「月並み」としてあまり歓迎されません。

友死すと掲示してあり休暇明 上村占魚

どきっとしますね。休暇明けの掲示板を写生しただけなのに。これが俳句が持つ力です。たった17音なのに知らないはずのその風景がパッと浮かび、こころ打たれてしまう・・・。それでは月並みといわれる擬人法はどうでしょう。

五月雨を集めてはやし最上川

えっ、擬人法なの?と思うくらい自然。これは月並みではありません。松尾芭蕉ぐらいになると自然も人もこころの中で十分に融けあってしまうのでしょうか。月並みではない擬人法も実はたくさんあるのですが、私なんかが作ると月並みというかやや陳腐な句になりがちですねえ、やはり。

素材を時間をかけて観察してその感動を伝えること、事例研究みたいです、私たちの世界でいったら。相手のことをよく観察して、そこで生じているやりとりや二人の間の現象を細やかに言葉にしていくこと、精神分析でいえば、クライン派や対象関係論と呼ばれる学派の人たちがそうですね。事例を読むだけでその方の様子が浮かび、こころの世界まで伝わってくる。後からならいくらでもなんとでもいえる、みたいな書き方とは全く違います。私はそういう事例研究が好きだし、そう書けたらいいな、と思っています。その人の姿を勝手に変えてしまわないように。

今日はどんな風景と出会うでしょうか。目にとまったものがあったらいつもより少し長く立ち止まってみようかな、日曜日ですし。

さえざえと水蜜桃の夜明けかな 加藤楸邨

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俳句

虫の息

アブラゼミも虫の息か、と少しトーンダウンした声をききながら帰ってきました。アブラゼミに「虫の息」とかいうものかしら。虫が虫の息なのは当たり前か、など考えられるのは平和なことかもしれません。

今日は俳句の日だそうです。バイクの日でもあるそうです。ハイクの日、と山へ向かう人もおられるようです。819. 他にも何かあるかもしれません。

今年の夏はお祭りの音をほとんど聞きませんでした。「あ、お祭り!」と思って音のする方へ向かったらお寺のなにかだったことはありましたけど。駅や電車が色とりどりの浴衣でいっぱい、という光景も見ませんでした。来年はどんな夏になるのでしょう。と思う前に秋ですね。木々は今年も変わらず色づいてくれることでしょう。

現れて消えて祭の何やかや 岸本尚毅

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俳句

立秋(仙台七夕まつり)

さっき「つぶやき」で今日は立秋ですよ、びっくり、というようなことを書いて、日めくりの写真を載せました。その右上に小さく「仙台七夕まつり」と書かれていたのを見つけた方もいらっしゃるかもしれません。

一度は行ってみたい仙台七夕まつり。今年は8月6日から8日まで行われるはずでしたが「250万人もの大勢の観客を安全安心な形でお迎えすることは、その準備を含めとても難しく」中止を決定した、と「仙台七夕まつり」のサイトに書いてありました。日本一といわれる誇りある伝統行事の中止、悔しさ、悲しさ、虚しさ、決断を余儀なくされたみなさんがどんなお気持ちかははかりかねます。現実的な損失も大きいかもしれません。それでも「伝統を絶やすまいと、市内の各商店街では素敵な七夕飾りが飾られています。いつもとは違った思い思いの七夕を、ぜひお楽しみ下さい。」と「仙台七夕まつり」のFacebookに書いてありました。たしかに、伝統のはじまりはひとりひとりの小さな、でも切実な願いだったりするのかもしれません。

それにしても250万人ですか。宮城県の人だって全員が行くわけではないでしょうけど宮城県の人口を超えていますね。

華やかな喧騒をのんびりのんびり移動して、賑やかな通りを抜けて、ほとんど人気のない場所に出るときのあの感じ。東京の満員電車から吐き出されるように外に出て互いの顔も知らなまま四方八方に向かっていく、あの無言の群衆とは全く異なる人の流れ、音、空気。ひとりひとり全く異なる文字で書かれた願い事。

お祭りは身体とこころの全部で感じるような特別な瞬間を思い出せてくれるような気がします。移動や集まりが難しいのであれば記憶のなかで、夢のなかで出会えたらと思います。 

今日は立秋。まだ真夏と出会ったばかりだけど秋がどんな感じかはよく知っています。

そよりともせいで秋たつ事かいの 鬼貫

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俳句 精神分析

「月がきれい」と思いながら帰宅できる日が続いている。とかくと、そう思えない日もあるのか、と思われるかもしれないけど、不思議とそうでもない。ほんとに不思議と。

山を 海を 川を 空を 月を 私たちは嫌ったり憎んだりすることができるのだろうか。私は山育ちだから山に対する怖さと海に対する怖さは質が全く異なる。知っているからこその怖さと未知ゆえの怖さ。しかし知っているといってもごく一部。災害と会えば呆然と立ち尽くすしかない。憎むにはあまりにも知らなすぎる。

一方、私たちは本当に小さなことで誰かを好きになったり嫌いになったり愛したり憎んだりする。自分とよく似た姿の相手は自分とよく似たこころを持っている、という前提があるせいかもしれない。

フロイトは精神分析の創始者だけど、やっぱり怖かったんじゃないかな、両方の意味で、と思うことがある。読んでいると。

こころと自然。昔からあるテーマ。似たような木々が立ち並ぶ山を切り崩すことはその多様性を奪うかもしれない。表面ではなくそのなかをその背後を見ようとすることはとてつもなく侵襲的かもしれない。

最初に何かをしようとする人が背負うであろう大きな何か。フロイトも、地球が回っているといった人も、「神は死んだ」と言った人も、月を目指した人たちも、はじめての子を持つお母さんお父さんも、この世界に出てきた赤ちゃんも、と書いていると先のことを見通すことができない私たちみんなが主語になりうるか、とも思う。積み重ねては振り出しに戻るような、でも最初の最初とはちょっとずつ違うような軌跡を積み重ねる。ひとりひとりがみんな。

今日の香港のニュースにもいろんなことを感じた。「それって誰が決めるんですか」という問いかけも普遍的かもしれない。

こんな何十年も月がきれいと言い続けて、しかもそれは私が生まれるずっと昔から言われ続けていることで、愛でるものがあることの大切さを思った。

墓石に映つてゐるは夏蜜柑 岸本尚毅

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俳句 精神分析

精神分析は時間がかかる、というけれど、なんだって時間がかかりますよね、と思う。この歳になってもまだこんな、ということからして。

だから急がない。

いつ何が起きるかわからないから早く決めて次へ進まなくちゃ、という場合もあるかもしれないけど、いつどうなるかわからないからこそ急がなくても、とも思う。走らなければならないときは自然にそうするだろうし。そうでもないかな。たまには走っておかないと急に走ろうとしてぎっくり腰になる、みたいなことも起きるのかしら。

現実的なことには合わせざるを得ないし、それが全て、という時もあるとは思うけど、それならそれでいずれ来たるべきなのか、いつまでも来ないのかよくわからない先のことより今に委ね直すことをその都度していけたらいいなと思う。

着物に詳しい友人に博多織というのを教えてもらってそれについて調べていたらなんとなくそんな気がした。たくさんの経糸と太い横糸、中島みゆきの歌も思い出しますね。

私たちは何も知らない。

いつか、いつか、と小さく願いながら出会いをつないでいく。言葉を紡いでいく。昨日引用した石田波郷の手花火の句もそうかな。

少しずつ少しずつ。

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俳句 読書

花火

今日も暑かったですね。夜の風もなんとなくまとわりつく感じになってきました。月は良い感じに雲隠れにし、でした。夏の月って雲の向こうでもなんとなくすっきりと明るく感じませんか。

以前、お世話になっている先生に「書く」練習として沢木耕太郎を「読む」ことを勧められてとりあえず『一瞬の夏』を読みました。内容はうろ覚えですが、最初に神田でビールを呑んで、新宿でウィスキーを呑んで、1杯目のビールだけが汗を引かせてくれた、というような記述があるのです。この話って結構暑苦しいお話だと思うのですが、その前振りとしてかっこいいなぁと思いました。

ビールの一杯目ってほんとそういう感じですよね、という話ではないのですが、夏ですねえ。今年はビアガーデンとかどうするのでしょう。

今年は十勝の勝毎花火大会は中止らしいです。帯広の藤丸百貨店屋上でビールを呑みながら見たことがあります。ああいう夏がまたきてくれますよね、と誰に聞いたらいいかわからないけど、きてくれるといいですね。でも私には北海道は寒くて、その日も途中でリタイアしてガラスの内側で音と本物が放つ光をみていましたけど。東京の夏はエアコンで喉がやられてしまうし、一体どこがちょうどよいのか・・困ったものです。

今年は小さく線香花火もいいかもしれないですね。

手花火を命継ぐごと燃やすなり 石田波郷

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俳句

暑中見舞い その二

暑中お見舞い申し上げます。

先日お会いしたばかりですがお元気ですか?あのお話はまた改めてお返事しますね。

会うといつも同じような話ばかりしてしまうので、お手紙くらいなにか目新しいことを書きたいな、と思ったのですが意識するとなおさら何も思い浮かばないものですね。

明日も「暑い暑い」ばかり言っているうちに一日が終わりそうです。それはそれで平和でしょうか。

何も思い浮かばないので、今日の日めくりにあった俳句を書きますね。大好きな俳人のちょっとあれな句です(私の鑑賞を今度聞いてくださいね)。

男にも唇ありぬ氷水 小川軽舟

それではまた近いうちに。またみんなでいつものお店で集まりたいですね。それまでなんとか無事に過ごしましょう。

ということで、今日も宛先のない暑中見舞い、やってみました。書くことがない、みたいなことを書いていますが、今日は結構あったかも。月もきれいだし。十三夜ですって。でも葉書に書ける量は本当はもっと少ないですものね。自分のなかにおさめておくことも大事かもです。いずれもっと伝えたい気持ちが強まったときのために。

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俳句 読書

成長

坂の上の小さなおうちだった保育園はいまや駅前に第一、第二と園舎を持つ認可保育園になった。あの頃赤ちゃんだった子たちはもう小学生だ。長い間成長を見守っていると大きくなったその子たちに当時の面影を見ることがある。

毎月どこかしらの保育園を巡回する。4、5歳になると年に数回しかこない相手のことも覚えている。「また会ったねー」と寄ってくるスピードも雰囲気もそれまでとあまり変わらない。

万緑の中や吾子の歯生え初むる 中村草田男 

少し前にここでとりあげた句だ。その日、保育園にいくともうすっかりおしゃべりでやりとりするようになった子どもたちが「またきたー」と寄ってきた。そして口々に「歯が抜けたんだよ」と口をいーっと横にひらく。最初に生えたであろう下の前歯が抜けている。なんともいえずかわいい笑顔はこの時期だけのものだ。「永久歯」が生えてくる。

永久歯とはに抜け落つ麦の秋  桑原三郎

この歳になると目に見える変化もないので特に成長は喜ばれないが再会を喜び合うことは相変わらずある。喪失は子どもの頃よりもずっと日常になる。

ところで、女が歳を重ねることをリアルに書いたのは藤沢周平だと思うがどうだろう。今、私の手元には「夜消える」が二冊ある。何故だかわからない。第一刷が1994年。多分一度読んで、読んだことさえ忘れてまた買ってしまったのだ。古い方の一冊にはもうカバーもかかっていない。別の小説を探していたら本棚に並ぶ二冊を見つけた。並べたことすら忘れてしまっている。そもそも今これを書き始めようとしたときに私はこのことを書こうとしたのだ、そういえば。