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2月21日(水)朝

毎朝迷うほどの種類のお茶が我が家には今ある。今日は寒くなるのではなかったか。まだ寒くない。昨晩は帰るときは行きの服装では寒かったのでいつもリュックに小さく詰めている薄手のダウンを羽織った。冬の間、暖房効果のためにというより外はまだ暗いだろうからとカーテンを開けずにいたが今も開けていない。今外はどんな感じなのかな、というのをカーテンの向こうの気配から推測する遊びをしている、心の中で。まだ暗いと思ったらめっちゃ明るかった、夜明けがこんなに早くなってる!とかはまだ全然なくてむしろ逆で日が長くなってきたと思ってたのに朝の空はなんだかどうしたいのかな、という感じ。冬の朝の方がすっきりしてピンクとブルーの混じり合いと凍てつく雲がきれいだった。晴れが多かったからだろう。今、晴れが腫れとなっていたのに気づいて直したのだけど最近どっか腫れたっけ、しかもそれどっかに書いたっけ。腫瘍という言葉は使った。あと書いてないけどこの前松屋でシュルメクリだっけ、あれを食べたらあれグツグツさせながら出てくるのね、びっくり。いつ食べればいのだろう、と思ったけどお店の人から何も言われなかったしいつでもいいのだろう、でもこのグツグツ怖い。どうしよう、と思ってグツグツがおさまってから食べたのだけどあちちであった、案の定。なのに一度食べ始めるとなんか止められず途中口の中の上の方がプクって膨れたから焦った。またやってしまった。口の中の火傷。口の中だから治りは早いだろう、と思ってしまう私は甘いのだろうけど怖いは怖い。氷の入ったコップを手に取り氷だけ口に含んで冷やす。一体何をしているのだろう、カウンターだけのちっこい松屋でいろんな人の出入りを眺めながら。この日は隣の席の男性がバッグで1席取っている上に逆側に長い足を不自然に伸ばしており3席分を占めていた。足が邪魔という感じの長さがなんだか羨ましい。私がバッグの隣に座ると何かをしてくれようという動きをするのだがこの松屋の椅子は動かないのよ。ありがとう。なんだかいっぱい食べていたな、そんなに細いのによう食べるのう、と思っていた。小さくカーブしているカウンターだから視界に入るのよね。そうそう、シュクメルリの正しいお名前を調べよう。お!あってるじゃん!松屋でラジオだか掲示だかで「これで忘れないよ」みたいな感じで名前の説明があったおかげかな。自然にそれに従っていたのかな。私は本当に固有名詞覚えられないからなんだか嬉しい。この前なんてなんだっけな、ああ、忘れた。ずーっと勘違いしていてその食材の専門店だと思っていたら読み間違えていただけで注文するときにその食材のを頼むときに「○○にきたんだから食べないとね」と言ったら「だから○○ではないって」と笑われた。みんなでやりとりしてる時からおかしいなと思っていたけどまさか今の今まで間違っているとは、と呆れられつつそれをいただいたのだけど肝心の○○が思い出せない。これは間違える人いるでしょ、と言いたいのだけど。まあいいか。なんかすごいどうでもいいことを書いているね。資料プリントアウトしていきますよ。今日は東京は雨っぽい。みんなの住んでいるところはどうかしら。鳥たちはお元気らしい。私たちもなんとかがんばりましょう。

ちなみに今朝読んだブログ。

PRE-OEDIPAL FREUD AND THE LOST SIBLING

Author: Mary Adams

ここで著者はThe trauma of being a replacement childに注意を促す。長男を失ってすぐの両親から生まれたジェイムズ・ジョイス、生後すぐに亡くなった姉をもつルイーズ・グリュック、そして一歳のときに弟を亡くしたフロイトなど語られない喪失を体験した家族のなかで彼らがなにをどう表現したかなどが書かれている。

Why is the concept of the ‘replacement child’ not more widely used?  

とあったが日本の臨床では神話的にも焦点化されやすい部分だと思うけど用語としてはどうなんだろう。「代わりの子」?「取替子」だと意味が違うし「生まれ変わり」もなんか違う。私もその文脈で症例つきの論考を書いたことがあるがそのような用語としては使わなかった。ちなみに書いたのは「こころに寄り添うということ 子どもと家族の成長を支える心理臨床」の「第5章 親子並行面接という協働」です。

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自転車と親子並行面接

オフィスのそばの自転車屋さんへ行った。学生時代に新宿で買ったマウンテンバイクもどき(マウンテンバイクなのかも)はもはや枠組以外残っていない。長い年月を経て様々な部品を交換しながらも原型を保っているこの自転車がちょっと愛しい。最近、ずっと乗っていなくてごめん。

枠組みは大切だ。

2020年、私が子どもと親御さんの心理療法を行っているクリニックのメンバーで本を編んだ。『こころに寄り添うということ 子どもと家族の成長を支える心理臨床』(金剛出版)という本だ。院長を中心とした日々の試行錯誤を仲間たちとこうして形にできたことは喜びだった。それぞれがそれぞれの技法でそれぞれの患者と実践を積み上げてきた痕跡がそこにあった。

私はそこで親子並行面接を取り上げた。「クリニックにおける心理療法の実際」の「第5章親子並行面接という協働」という論考である。社会人になってはじめて勤めた教育相談室時代からこの枠組みはずっと私の実践にある。多くの親子の「子担当」、あるいは「親担当」になり、私は先輩方と協働していた。慶應心理臨床セミナーに出始め、児童精神科医にスーパーヴィジョンを受け始めたのもその頃だ。まだ「親子並行面接」そのものを問うてはいなかった初期の初期。

その後、20年、実践を重ねるにつれ、この枠組みの意義について疑問を持つことが増えた。教育相談室をやめたあとも親子の心理療法を担当する場は持ち続け、この枠組みとはともにあった。今回論考を書くにあたり、テーマはあっさりと決まった。

昨日もここで、精神分析は、こころのなかに複数の人を住まわせる作業だと書いた。私は、集団をひとつのパーソナリティとみなすと同時に、個人のパーソナリティを複数の自己と対象からなる集団とみなす、というビオンのアイデアを援用し、親子並行面接という枠組みを見直してみた。

親子並行面接はこころの複数性に形を備えたものであり、それぞれが緩やかにつながりを維持することで、子どもと親のこころが安全に重なり合う場として空間的に機能する、というのが私の概ねの主張であり、論考ではそれを事例を用いて示した。

店には美しいフォルムのかっこいい自転車がたくさんあった。私の古ぼけた自転車も当時はそこそこ素敵でたくさん褒めてもらった。スクールカウンセラーをしていた学校の嘱託の先生は自転車乗りで、私の自転車を気に入ってくれてメンテナンスの仕方を色々教えてくれた。一緒に100キロ走ったこともある。若かったな、と今思ったが、彼は当時すでに還暦を過ぎていたわけで、若さの問題ではなさそうだ。

「これとっちゃっていいですか」若い店員さんの声に振り返る。手を黒くして作業してくれている。すでに本体のない台座を彼は指差していた。昔つけたスピードメーター、そのセンサー、最初につけたライト、2番目につけたライトなどなど。台座という痕跡が本体の記憶を蘇らせ、思い出を再生する。こんなに痕跡を残したままだったんだ。少し可笑しくなって笑いながら答えると店員さんもつられて笑った。

タイヤもサドルも当時とは違う。なのに見かけは当時のままだ。だいぶ黒ずんだけど。強固な枠組みは痕跡を抱え、私の年月を抱え、思い出を作ってくれた。私はこの自転車でとてもたくさんの場所を走った。昨日も自転車をとめては降りずに写真を撮った。曇り空の向こうに残る水色の空と夕焼けがきれいだった。

オフィスのある初台は昔住んだ街だ。当時とは街並みも変わった。商店街の名前は当時のままだ。あの頃から乗り続けているんだな。あれから何人の人と出会い、別れてきたのだろう。

これまで出会ってきた親子の多くはもうすでに別れているだろう、物理的には。当時子どもだった彼らはもうすでに子どもではないのだろう。当時すでに親だった彼らはきっといまだに親であり子どもでもあるのだろう。

私は教育相談室時代の仲間と今も緩やかにつながり、コロナ禍においても支えあった。私たちは彼らとの共通の思い出がある。いろんなことがあった。この論考も読んでくれた。まだ同じことを考え続けていることを褒めてもらった。論考に「協働」とつけたのはまさに彼ら彼女らとの仕事がそうだったからだ。

私たちは親子、あるいは大人と子どもという枠組みを維持したまま世代をつないでいく。緩やかに繋がりながら痕跡を残し、壊れたり、壊されたり、修復したり、捨てて新しくしたりを繰り返しながら日々を過ごしていく。この自転車ともいずれなんらかの事情で別れるのだろう。もう危ないからやめなさい、と言われまではメンテナンスを繰り返していろんな道を走りたいと思う。