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俳句 散歩 旅

山日記

日本百名山の那須岳に登ってきた。日本百名山は久弥が決めた。先月、久弥が登山中に亡くなった茅ヶ岳(標高1,704m)に行ったが、小雨が降り続いており、そのあとの予報もあまり変わらないようだったので30分くらい歩き、林道と交差する地点で林道歩きに切り替えた。今回は曇予報ではあったが、山は天気が読めないので、雨だった場合のルートも準備して出かけた。久しぶりに樹木がほとんどない山に登った。ここはロープウェイで1,690m地点まで行けるせいか小さな子たちもいた。ロープウェイを待っている間に、雨のせいでシルバーウィークの客足が伸びず、お土産も売れず、という深刻な話を係の人が大変楽しく話してくれた。前の日は風速30mの風が吹いた、という話に恐れおののいた。私は山の風がとても怖い。小さい頃は、毎年スキーに行っていて、吹雪にも慣れていたが、大きくなるにつれて怖いものが増えた。何かを知らないことで怖いもの知らずでいるよりはきちんと怖がりたいは思うが。山は天気が変わりやすいだけでなく、急に風が吹き抜ける場所にでて、一気に冷えたり、よろめいたりする。ロープウェイ駅を降りると視界は真っ白だったが、はじめての山なのでいつも広がっているはずの景色を想像することもできなかった。ただ、目の前を遮るような霧ではなかったので、時々、霧の間から現れる青空にそびえたつ茶臼岳をみあげることができた。いろんな大きさ、いろんな形状の石や岩の合間に咲く小さな花がかわいかった。しばらくのぼると霧が晴れてくる時間が増え、周りの山がみえてくるようになった。はじめてみる景色に私も歓声をあげた。こんなに人がいる山も久しぶりで、周りの人はどこになんの山があるか大体わかっているらしく、その人たちの会話を聞きながら同じ方向を眺めた。茶臼岳の山頂に着くと岩の間にも人がいっぱい。見事な雲海を前にたたずむ人間たち。空の上に旅してきたみたいで楽しかった。山頂からお鉢回りをして朝日岳(1,896m)へ向かった。とにかく岩場ばかりだった茶臼岳と違い、少し緑が増えて安心した。鎖を持ちながら歩くような崖に面した細い道もあるが、風がなかったのが本当にラッキーだった。それでも風の通り道にくると冷たい風を一気に浴びて冷えた。それにしても人が多かった。私は低山しかのぼらないし、それほどマイナーな山をのぼっているとは思えないのだが、大体の山では本当に人に会わない。頂上でようやくそこそこの数の人たちと出会うことはあるが、歩いている間は数えられるほどの人としかすれ違わなかったりする。百名山だからか?人気なのだな。私は砂利やゴツゴツした石の道を下るのが下手すぎるので、足腰に負担はかかったが、上りやすい山だしね。一気にみっつの頂を目指せるのもいいのかもしれない。今回、私はふたつしかいっていないけど、体力的にはもうひとつの三本槍岳も行けたと思う。とかいって、普段コンスタントにのぼっているわけではない。どこで一気に疲れがでるかわからないから安全第一。下山途中からまた濃い霧がでてさっきのぼったばかりの山もあっというまに見えなくなったが、すでに景色を知ったので霧のむこうにそれを思い浮かべることができた。峠の茶屋に寄ったら、おつまみをだしてくれて、急げばまにあうはずだったバスの時間を過ぎてしまったが、こっちのほうがありがたかった。ロープウェイの下の駅で一時間後のバスがくるまで頂上で食べるはずだったおにぎりを食べたりしてのんびりした。那須塩原駅行きのバスは途中の温泉(名前を忘れてしまった)が有名らしく、混雑していた車内が一気にすいて私たちも座れた。私たちはその少し先の松川屋さんの日帰り温泉へ。足腰回復。そこから歩いて行ける那須温泉神社のほうの殺生石に行きつつバスの時間をまとうということになったが雨。神社の本殿の屋根の下で雨宿り。下山したころにはすでに気温がだいぶ下がっていたのでレインウェアはすでに防寒のため取り出していた。もってきてよかった。リュックの雨カバーを忘れたので折りたたみ傘を併用しつつ雨散歩。そうしたら期せずして芭蕉の句碑が!ここにもきてたか、芭蕉!と嬉しくなった。硫黄の匂いが「九尾の狐」伝説としっくりきて、雨で怪しさもましたその場所に芭蕉がきたのは旧暦4月19日午前とのこと。

石の香や夏草赤く露あつし 芭蕉


さあ、連休明け。今日も一日がんばりましょう。良い一日になりますように。

石の香や夏草赤く露あつし 芭蕉
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散歩 旅

おくの細道、花火

これだけ様々な土地へ行っているといつのまにか松尾芭蕉が歩いた「奥の細道」と重なりあいが増えてくる。芭蕉の頃は街はこんなに高くなく、きっともっと遠くまで見渡せたであろう。山に入ってしまえばもしかしたら似たような景色に立っているかもしれない。

1689年3月27日、河合曽良と江戸深川(江東区)を旅立った松尾芭蕉。芭蕉が船で向かった千住も先日歩いたばかりだ。芭蕉はそこから草加へ。日光街道を歩いたのだろうか。私は東武伊勢崎線で草加へ。今は東武スカイツリーラインというのか。以前、北千住と草加の間にある新井薬師の看護学校に教えに行っていた。オフィスのある初台からの行き来は途中秋葉原を使っていたことを思い出した。


「もし生きて帰らばと、定めなき頼みの末をかけ、その日やうやう草加という宿にたどり着きにけり」

「おくのほそ道」の冒頭だが、旅のはじめから不安でいっぱいの芭蕉とは全く異なる軽やかさで草加に行ける現代の私の不安もそういう一歩目のところで語れるものなのだろうと思う。今はわからないわからないと不安をどんどん漠然としたものにしてしまえる気がする。

毎日夜遅くまで仕事をしていると大体のことは「まあいいか」と考えない方に仕分けしているところがある。動けば面倒になること、動いても伝わらないであろうことは最初から動かないで受身的に応じるか、何か起きたら考えるか、という感じでいつのまにか忘れていくことも多い。今週はルーティンの仕事を休んでいるのでちょっと面倒だけど、ということや、どうせ言っても変わらないけど、ということをやってみている。推測通りのことしか起きないがやっぱり意識的に動くと思考は展開するなあ、と思う。旅に出ると、というのと似ている。そしてそれが表現のチャンスとなる。誰かが何かを書くために読んでいるとどこかでいっていたけどそういうのも近いのかもしれない。人は表現をしたいものなのか?

声はあげていきたいかな、自分が率先して何かを主張するよりも自分が大切だと思うものを守ろうとする人たちの味方として。草加松原だって高度経済成長に伴う変化、例えば車の排気ガスの影響とかで松がどんどん枯れていくのを見かねた市民団体が声をあげたから今みたいに美しく安全な松並木が維持され、俳人たちの句碑をのんびり眺めることができる。草加市的にもこのほうがずっとメリットがあったのではないか。みんなの表現が生まれる場所、受け取る場所がこうしてできるプロセスに意識的でいたい。

今年は大きすぎない花火を偶然みられている。夏はオフィスから毎日のように神宮球場の花火の音をきいているが数分で終わってしまうし音しか聞けないことも多い。先日、長岡の花火が話題になっていた。昔、花火職人の方にお話を聞いたことがある。身体的な危険も困難も具体的な職人の世界。山下清も愛した長岡の花火、芸術家は実際にみたら表現するしかないという衝動に駆られるのだろう。

先日、加賀温泉郷片山津温泉に泊まったときも納涼花火まつりがあるからよければ中庭でといわれた。ショートパンツでも蚊に刺されない涼しさを喜んでいたら花火の音がした。ひょろっとした花火が上がって消えた。え?となっていたら今のはテストだろうといわれた。へー。しばらくするとヒュルヒュルヒュルと火の玉があがりボーンと大きな輪が広がった。ゆったりあがる派手さのない花火に私たちもゆったり歓声をあげた。人に触れ合うこともなくこんなにそばで見上げられるとは。

能登半島地震の年の夏、羽咋(はくい)に泊まったが、それも偶然復興花火in千里浜海岸の日だった。私は寝てしまい見逃したがそういうのも含めて心に残っていく。

どうして花火はいつまでもぼんやりみていられるのだろう。抽象画を見るのとも違う。ロールシャッハのように意味を見いだすことも求められない。雲よりずっと情報量が多い。大きな音、全く日常的ではない火の輪。なのにすっと懐かしさのなかに静けさをくれる。日本の花火はそのあげかたを含め特別な文化の一つだと思う。危険を避けたいのか巻き込まれたいのかよくわからないこの国で職人さんの技術や街の意気込みが守られていきますように。来年は花火大会の会場にいってみたいな。

海の事故が増えているみたい。怖いね。私は海の知識も経験もほとんどないから山よりずっと怖く感じる。みんな気をつけて過ごしましょう。良い一日でありますように。

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お菓子 俳句 旅

石川県加賀市大聖寺とか。

ダラダラよく寝た。立秋を過ぎるとやっぱり空の色が変わる。俳句を作らねば。これも苦行だなあ。楽しくもあるから続けているけど。

山梨のお土産、菊水屋さんのもものわらび餅を食べている。熱い緑茶と。小さな袋から小さなお皿にあけるとプルンと透明感あるピンクのプルプルが出てきた。かわいい。凍らせてもおいしそう。

石川県加賀市には「日本百名山」の深田久弥の生家と記念館がある。JR加賀温泉駅からキャンバスというバスを使ってもいいけど本数があまりないので私たちはIRいしかわ鉄道「大聖寺」駅まで行ってから歩いた。徒歩20分くらいで「深田久弥 山の文化館」に着くが、その前に石川県九谷焼美術館、松尾芭蕉が「奥の細道」で曽良とともに訪れ、一泊した城下町の全昌寺へ寄った。すごい日差しで時々すれ違う街の人と「暑いですね」と言葉を交わしながら歩いた。どこも素晴らしく面白くひとつの駅から徒歩圏内でこれだけ見どころあれば大満足。全昌寺は芭蕉好きは絶対に行ったほうがいいと思う。五百羅漢もすごく楽しかった。全昌寺から「深田久弥 山の文化館」に行く途中に老舗和菓子屋さんを見つけた。くずアイスバー「涼しん棒」に惹かれて入ったけど小さな冷蔵庫に「すいか大福」を発見。種も食べられちゃう加賀のスイカを使っているとのこと。ひんやりおいしそうだったので私はそちらをチョイス。ひんやりスイカがちょうどいい厚みのひんやり大福にゴロンとくるまっててシャクシャクでびっくりなおいしさだった。小山芳月堂さんという和菓子屋さん。で、元気回復。深田久弥の生家である印刷屋さんを写真に収めたりしながら記念館へ。素敵な建物。最初に少し説明してくれるのだけど地元の人のお話はいいね。生まれは東京だから東京と聞くとなんか嬉しいっておっしゃっていた。白山からの360度パノラマも面白かった。久弥は俳人でもあったそうで、全昌寺にも芭蕉のと並んで句碑もあった。記念館にはたくさん作品があって高浜虚子から送られた俳句も飾ってあったかな。能登に行くと加賀温泉や金沢も訪れるのがルーティンになってきた。海も山も人との距離感もちょうどよい地域だと思う。今回は輪島で立ち話した方が輪島塗りの工房の方で本当に小さな仮設の工房でその工程や歴史を教えていただく機会を得た。おうちも工房も地震でなくなってしまい、最近になってようやく元の土地に建物を建ててもいいという許可がおりたそう。今はすっかり更地になっているという。足の踏み場もないような小さな工房でもプロたちはこうやって地道に作業を続けていていろんなお話を聞かせてもらえて本当に幸せな時間だった。彼らも熊本のことを心配していた。

今日はもう出かける。暑いのやだなー。アイスは美味しいけど。秋を探しながら歩こう。俳句作らなくちゃ。良き一日でありますように。

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俳句 精神分析

写生

朝、窓を開けると秋の風が入ってくるようになりました。でもあと数時間もすればまた夏の熱気に覆われるのですね、この街も。すっきりと去ることはできない夏の気持ちを熱気というのかもですね。

ところで、俳句のお話ですが、俳句は素材を写生することで感動が生まれるので、擬人法は「月並み」としてあまり歓迎されません。

友死すと掲示してあり休暇明 上村占魚

どきっとしますね。休暇明けの掲示板を写生しただけなのに。これが俳句が持つ力です。たった17音なのに知らないはずのその風景がパッと浮かび、こころ打たれてしまう・・・。それでは月並みといわれる擬人法はどうでしょう。

五月雨を集めてはやし最上川

えっ、擬人法なの?と思うくらい自然。これは月並みではありません。松尾芭蕉ぐらいになると自然も人もこころの中で十分に融けあってしまうのでしょうか。月並みではない擬人法も実はたくさんあるのですが、私なんかが作ると月並みというかやや陳腐な句になりがちですねえ、やはり。

素材を時間をかけて観察してその感動を伝えること、事例研究みたいです、私たちの世界でいったら。相手のことをよく観察して、そこで生じているやりとりや二人の間の現象を細やかに言葉にしていくこと、精神分析でいえば、クライン派や対象関係論と呼ばれる学派の人たちがそうですね。事例を読むだけでその方の様子が浮かび、こころの世界まで伝わってくる。後からならいくらでもなんとでもいえる、みたいな書き方とは全く違います。私はそういう事例研究が好きだし、そう書けたらいいな、と思っています。その人の姿を勝手に変えてしまわないように。

今日はどんな風景と出会うでしょうか。目にとまったものがあったらいつもより少し長く立ち止まってみようかな、日曜日ですし。

さえざえと水蜜桃の夜明けかな 加藤楸邨