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写真 散歩 旅

片山津温泉とか。

今朝、窓を開けたら部屋の中より涼しくてびっくり。一気に秋めいてきた、と思いきや今度は残暑がくるざんしょ。昨日の空もなんだ秋じゃんという感じの空でパシャパシャ写真を撮った。今はパシャパシャって音しないか。

昨晩、八王子で買った「ダメ人間ナッツ」を食べながらNYみやげの獺祭Blueを飲んだ。ダメ人間ナッツは八王子駅に出店してた台東区かどこかのお菓子で止まらないからダメ人間がもっとダメ人間になってしまった。結構たくさん入ってるから止められたけどね。パウチもしっかり。DASSAI BLUE TYPE35はなんと米国産山田錦とニューヨーク州ハドソンバレーの水を使用しているとのこと。わざわざ日本酒を作る意味とは。でも瓶もおしゃれで美味しかった。こちらも一気に開けてしまうなどということはせず。当たり前か。

朝から写真をハードディスクに移していたらあっという間に時間が経ってしまった。輪島の「くまのおうち」で買ってきたピスタチオのフィナンシェを紅茶と一緒にもぐもぐ。

この前、加賀温泉郷片山津温泉で見た花火のことを少し書いたけど、片山津温泉は柴山潟という湖を囲む温泉で浮御堂という浮桟橋で繋がれている弁天堂(というのかな)があったり、お散歩にとてもいい場所だった。柴山潟は一日に7回色を変えるといわれているらしく、サップとかアウトドアもやってたし、冬はコハクチョウが越冬に来るとのこと。素敵。コハクチョウ会いたいな。

ブラブラお散歩中に現れた急な階段はいかにも寺に続いている感じで登ってみたら大きなハートマーク。愛染寺という縁結びのお寺でした。愛染寺の「どこでも幸せドア」からはちょうど白山がきれいに見えるそうなんだけど鍵がかかっていた。加賀の山といえば深田久弥も愛した白山。「どこでも幸せドア」が白山信仰と結びついている感じはちょっと渋いなと思った。縁結びの寺とか場所ってこれまでもいくつかいってるけどいつも笑ってしまう。そこまでハートにするか、みたいな単純な演出やこだわりに。出雲大社なんてさすがに大掛かりで一畑電車の縁結び電車にたまたま乗ってしまったときは願ってなくても願わせる迫力があった。やるなら徹底的に、みたいのは面白みはある。

場所を戻って片山津温泉なんだけど、私が泊まった温泉からも夕焼けや日の出がすごくきれいに見えて、しかもほぼ独り占めできて、そんなにお湯に長く浸かっていられない私でも十分引き留められた。日の出の時間はシャワーが冷たくて電話で聞いてみたら配管の都合でシャワーがなかなか温まらない、奥の方の4つから温まってくるから、と言われて面白くて笑ってしまった。そんなこともあるのね。

「片山津温泉総湯」は誰でも入れる公共温泉施設で、柴山潟の湖畔にあって建物もとってもおしゃれでびっくり。朝散歩していたらすでにたくさんの人が入りにきていたのを見てまたびっくり。泊まらなくても加賀温泉駅からバスで来られるしいいなあと思った。片山津温泉の名前を今回ようやく覚えた。いつも「片山なんだっけ」となってしまっていた。失礼しました。とても良い場所でした。

今回は時間がなくて中谷宇吉郎の雪の科学館に行けなかったのが心残り。生家あとは見たけど。世界で初めて人工的に雪の結晶を作った人。

「雪は天から送られた手紙である」

とっても素敵な有名な言葉。

「雪の降らぬ地に生活している者に向って、雪の災害を説き知らせることは至難のことであろう。」というのもまさにそうで、雪国の友達にもそう言われるし、私も絶対そうだから私は雪国では暮らせないだろうなと思う。でもだからといって雪を嫌いにはなれないし、こういう科学者の文章を読んでいればもっと知りたくなる。自分の体験はものすごく限られているけど、想像ができない世界がたくさんあることに恐々興味を持ち続けるのはやめられない。

今日はこのまま涼しいのかな。少し風邪気味な気もするけどちょこちょこ仕事しよう。どうぞ良い一日をお過ごしください。

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散歩 旅

おくの細道、花火

これだけ様々な土地へ行っているといつのまにか松尾芭蕉が歩いた「奥の細道」と重なりあいが増えてくる。芭蕉の頃は街はこんなに高くなく、きっともっと遠くまで見渡せたであろう。山に入ってしまえばもしかしたら似たような景色に立っているかもしれない。

1689年3月27日、河合曽良と江戸深川(江東区)を旅立った松尾芭蕉。芭蕉が船で向かった千住も先日歩いたばかりだ。芭蕉はそこから草加へ。日光街道を歩いたのだろうか。私は東武伊勢崎線で草加へ。今は東武スカイツリーラインというのか。以前、北千住と草加の間にある新井薬師の看護学校に教えに行っていた。オフィスのある初台からの行き来は途中秋葉原を使っていたことを思い出した。


「もし生きて帰らばと、定めなき頼みの末をかけ、その日やうやう草加という宿にたどり着きにけり」

「おくのほそ道」の冒頭だが、旅のはじめから不安でいっぱいの芭蕉とは全く異なる軽やかさで草加に行ける現代の私の不安もそういう一歩目のところで語れるものなのだろうと思う。今はわからないわからないと不安をどんどん漠然としたものにしてしまえる気がする。

毎日夜遅くまで仕事をしていると大体のことは「まあいいか」と考えない方に仕分けしているところがある。動けば面倒になること、動いても伝わらないであろうことは最初から動かないで受身的に応じるか、何か起きたら考えるか、という感じでいつのまにか忘れていくことも多い。今週はルーティンの仕事を休んでいるのでちょっと面倒だけど、ということや、どうせ言っても変わらないけど、ということをやってみている。推測通りのことしか起きないがやっぱり意識的に動くと思考は展開するなあ、と思う。旅に出ると、というのと似ている。そしてそれが表現のチャンスとなる。誰かが何かを書くために読んでいるとどこかでいっていたけどそういうのも近いのかもしれない。人は表現をしたいものなのか?

声はあげていきたいかな、自分が率先して何かを主張するよりも自分が大切だと思うものを守ろうとする人たちの味方として。草加松原だって高度経済成長に伴う変化、例えば車の排気ガスの影響とかで松がどんどん枯れていくのを見かねた市民団体が声をあげたから今みたいに美しく安全な松並木が維持され、俳人たちの句碑をのんびり眺めることができる。草加市的にもこのほうがずっとメリットがあったのではないか。みんなの表現が生まれる場所、受け取る場所がこうしてできるプロセスに意識的でいたい。

今年は大きすぎない花火を偶然みられている。夏はオフィスから毎日のように神宮球場の花火の音をきいているが数分で終わってしまうし音しか聞けないことも多い。先日、長岡の花火が話題になっていた。昔、花火職人の方にお話を聞いたことがある。身体的な危険も困難も具体的な職人の世界。山下清も愛した長岡の花火、芸術家は実際にみたら表現するしかないという衝動に駆られるのだろう。

先日、加賀温泉郷片山津温泉に泊まったときも納涼花火まつりがあるからよければ中庭でといわれた。ショートパンツでも蚊に刺されない涼しさを喜んでいたら花火の音がした。ひょろっとした花火が上がって消えた。え?となっていたら今のはテストだろうといわれた。へー。しばらくするとヒュルヒュルヒュルと火の玉があがりボーンと大きな輪が広がった。ゆったりあがる派手さのない花火に私たちもゆったり歓声をあげた。人に触れ合うこともなくこんなにそばで見上げられるとは。

能登半島地震の年の夏、羽咋(はくい)に泊まったが、それも偶然復興花火in千里浜海岸の日だった。私は寝てしまい見逃したがそういうのも含めて心に残っていく。

どうして花火はいつまでもぼんやりみていられるのだろう。抽象画を見るのとも違う。ロールシャッハのように意味を見いだすことも求められない。雲よりずっと情報量が多い。大きな音、全く日常的ではない火の輪。なのにすっと懐かしさのなかに静けさをくれる。日本の花火はそのあげかたを含め特別な文化の一つだと思う。危険を避けたいのか巻き込まれたいのかよくわからないこの国で職人さんの技術や街の意気込みが守られていきますように。来年は花火大会の会場にいってみたいな。

海の事故が増えているみたい。怖いね。私は海の知識も経験もほとんどないから山よりずっと怖く感じる。みんな気をつけて過ごしましょう。良い一日でありますように。