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お菓子 俳句

石川県加賀市大聖寺とか。

ダラダラよく寝た。立秋を過ぎるとやっぱり空の色が変わる。俳句を作らねば。これも苦行だなあ。楽しくもあるから続けているけど。

山梨のお土産、菊水屋さんのもものわらび餅を食べている。熱い緑茶と。小さな袋から小さなお皿にあけるとプルンと透明感あるピンクのプルプルが出てきた。かわいい。凍らせてもおいしそう。

石川県加賀市には「日本百名山」の深田久弥の生家と記念館がある。JR加賀温泉駅からキャンバスというバスを使ってもいいけど本数があまりないので私たちはIRいしかわ鉄道「大聖寺」駅まで行ってから歩いた。徒歩20分くらいで「深田久弥 山の文化館」に着くが、その前に石川県九谷焼美術館、松尾芭蕉が「奥の細道」で曽良とともに訪れ、一泊した城下町の全昌寺へ寄った。すごい日差しで時々すれ違う街の人と「暑いですね」と言葉を交わしながら歩いた。どこも素晴らしく面白くひとつの駅から徒歩圏内でこれだけ見どころあれば大満足。全昌寺は芭蕉好きは絶対に行ったほうがいいと思う。五百羅漢もすごく楽しかった。全昌寺から「深田久弥 山の文化館」に行く途中に老舗和菓子屋さんを見つけた。くずアイスバー「涼しん棒」に惹かれて入ったけど小さな冷蔵庫に「すいか大福」を発見。種も食べられちゃう加賀のスイカを使っているとのこと。ひんやりおいしそうだったので私はそちらをチョイス。ひんやりスイカがちょうどいい厚みのひんやり大福にゴロンとくるまっててシャクシャクでびっくりなおいしさだった。小山芳月堂さんという和菓子屋さん。で、元気回復。深田久弥の生家である印刷屋さんを写真に収めたりしながら記念館へ。素敵な建物。最初に少し説明してくれるのだけど地元の人のお話はいいね。生まれは東京だから東京と聞くとなんか嬉しいっておっしゃっていた。白山からの360度パノラマも面白かった。久弥は俳人でもあったそうで、全昌寺にも芭蕉のと並んで句碑もあった。記念館にはたくさん作品があって高浜虚子から送られた俳句も飾ってあったかな。能登に行くと加賀温泉や金沢も訪れるのがルーティンになってきた。海も山も人との距離感もちょうどよい地域だと思う。今回は輪島で立ち話した方が輪島塗りの工房の方で本当に小さな仮設の工房でその工程や歴史を教えていただく機会を得た。おうちも工房も地震でなくなってしまい、最近になってようやく元の土地に建物を建ててもいいという許可がおりたそう。今はすっかり更地になっているという。足の踏み場もないような小さな工房でもプロたちはこうやって地道に作業を続けていていろんなお話を聞かせてもらえて本当に幸せな時間だった。彼らも熊本のことを心配していた。

今日はもう出かける。暑いのやだなー。アイスは美味しいけど。秋を探しながら歩こう。俳句作らなくちゃ。良き一日でありますように。

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俳句 精神分析

写生

朝、窓を開けると秋の風が入ってくるようになりました。でもあと数時間もすればまた夏の熱気に覆われるのですね、この街も。すっきりと去ることはできない夏の気持ちを熱気というのかもですね。

ところで、俳句のお話ですが、俳句は素材を写生することで感動が生まれるので、擬人法は「月並み」としてあまり歓迎されません。

友死すと掲示してあり休暇明 上村占魚

どきっとしますね。休暇明けの掲示板を写生しただけなのに。これが俳句が持つ力です。たった17音なのに知らないはずのその風景がパッと浮かび、こころ打たれてしまう・・・。それでは月並みといわれる擬人法はどうでしょう。

五月雨を集めてはやし最上川

えっ、擬人法なの?と思うくらい自然。これは月並みではありません。松尾芭蕉ぐらいになると自然も人もこころの中で十分に融けあってしまうのでしょうか。月並みではない擬人法も実はたくさんあるのですが、私なんかが作ると月並みというかやや陳腐な句になりがちですねえ、やはり。

素材を時間をかけて観察してその感動を伝えること、事例研究みたいです、私たちの世界でいったら。相手のことをよく観察して、そこで生じているやりとりや二人の間の現象を細やかに言葉にしていくこと、精神分析でいえば、クライン派や対象関係論と呼ばれる学派の人たちがそうですね。事例を読むだけでその方の様子が浮かび、こころの世界まで伝わってくる。後からならいくらでもなんとでもいえる、みたいな書き方とは全く違います。私はそういう事例研究が好きだし、そう書けたらいいな、と思っています。その人の姿を勝手に変えてしまわないように。

今日はどんな風景と出会うでしょうか。目にとまったものがあったらいつもより少し長く立ち止まってみようかな、日曜日ですし。

さえざえと水蜜桃の夜明けかな 加藤楸邨