久しぶりによく寝た。奇妙で面白い夢をみた。ぼんやり思い返しているとぼんやりつながってくる景色や出来事があった。やっぱり睡眠は大切。
外は雨。昨晩からずっと静かな雨。途中強まったりした時間もあったのかしら。夢の中では雨は降っていなかった気がする。
身体が動かなくなることについてよく考える。それは徐々にかもしれないし突然にかもしれない。身近な人たちのことを思い浮かべる。同じ病気でも進行の速度が全然違ったり、ちょっとしたつまずきが長く動けなくなるきっかけとなったり、時が過ぎるだけで以前できたことができなくなったりやりづらくなったりする。先が読めないのはなんであってもそうなのだが、いろんな状態がありうるものなんだなと実際に見て知って考えることは自分の生活を考えることにもつながる。私は最近、より細かなルーティンを作ることを試みている。料理だったら似たようなものでまわしていけるように常備しておく食材をそろえておくとか余ってもそのまま食べられるものを使うとか、それ基本じゃないの?みたいなことばかりだけどおいしく食べきることを意識してそれをするようにしている。まあ、料理の場合はあれが足りないこれを買い忘れたとかあっても一個の食材でなんとかすることは可能なので別にいいのだけどなにがなくともこれがあればとおいしいものがちゃちゃっとできてしまう人は別の工夫を持っている人だと思うので、私みたいな人は平日は堅実に定番メニューを繰り返し、時間があるときに手間をかけるのがなんだかんだ一番無難においしいし、気持ち的にもストレスがかからない気がする。
今月は自分の臨床を細かく振り返る機会が多かったのでとても濃かった。学術大会で私の発表を聞きにきてくれたスーパーヴァイジーや友達からも細やかにフィードバックをもらえて土居健郎の『「甘え」の構造』をきちんと読もうと思ったと意外と多くの人からいってもらえたのが嬉しかった。私は臨床素材で説得力をもたせたいほうなのだけど、そもそもの基盤が共有されていないとそれも難しいということは実感した。それでも臨床素材によって抽象度をあげた議論に興味をもってもらえたのであればやはり方法としてはなしではないとも思った。実感のない引用は軽くなりがちだったり、単なる知的な食べ物として消費されがちだから、実感をもって書いている人の文章を実感をもって引用することも続けていきたい。
これだけ寝てもまだ眠気が残っているが今週もはじめよう。東京の空は今日もぱっとしないみたい。のんびり過ごせるといいですね。どうぞよい一日をお過ごしください。

