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ケースメント、ラプランシュ、スカルフォン

昨晩?今日?の0時をまわった頃の地震、びっくりした。色々と家事を終え、少し勉強せねば、と思いつつぼんやりしていたらメールがきた。PEPからで、一番上に載っている論文を見て驚いた。ケースメント?まだ書いていたのか。

Casement, P. (2026). Hidden Infantile Trauma in Adult Anxiety—Where Spock Was Wrong. Attachment: New Directions in Psychotherapy and Relational Psychoanalysis, 20:1-4.

ケースメントが臨床から退いたことや病を患っていることはいくつかのインタビューなどから知っていた。Legacy Interview Seriesでは自宅のベッドでインタビューに応じている。映像のケースメントは、声にも張りがあり、明瞭に話す。

それにしても、この論文、スポックとはあのスポック博士ですよね。サマリーを読むと

「マテーブランコ(Matte Blanco)の「無限集合(infinite sets)」の概念(1975)を援用しながら、無意識において時間がどのように働くのかを例示する。」

とある。どういう思考なんだろう。とても気になる・・・となったところで「うん?揺れてる?」「あ、地震!」となった。

「無限集合としての無意識」(マテーブランコ)における時間論か。精神分析における時間論は、私もこだわっているが、にわかにレジェンドたちの思考が集まってきた感じがある。

そういえば、ケースメントは、この論文でA personal example also illustrates how infantile “body memory” works.とも書いている。

「患者から学ぶ」「あやまちから学ぶ」「人生から学ぶ」(岩崎学術出版社)ことを続けてきた人が、今度は自分自身の身体からも学ぼうとしているわけか。本当にすごい。

さて、私の中で精神分析における時間論のレジェンド•オブ•レジェンドといえば、フランスの精神分析家、ジャン・ラプランシュである。「ラカンとは別の「フロイトへの回帰」を提唱したジャン・ラプランシュ」(十川、2018)。日本では、ラプランシュ独自の欲動論、時間論の基盤となる以下の3冊がきちんと訳されているのが大変ありがたい。一冊は辞典だが、これも同時期の著作との関連で読まれる必要があるだろう。

Laplanche, J., & Pontalis, J.-B. (1964). “Fantasme originaire, fantasmes des origines, origine du fantasme.” Les Temps modernes, 215, 1833–1868.

英訳:Laplanche J, Pontalis J-B (1968[1964]). Fantasy and the origins of sexuality. Int J Psychoanal 49: 1-18.

邦訳:ジャン・ラプランシュ/J.-B.ポンタリス『幻想の起源』福本修訳、法政大学出版局、1996年

Laplanche, J., & Pontalis, J.-B. (1967). Vocabulaire de la psychanalyse. Paris: Presses Universitaires de France.

英訳:Laplanche J, Pontalis J-B (1973[1967]). The language of psychoanalysis,Nicholson-Smith D, translator. International Psycho-Analytical Library 94: 1-497. London: Hogarth and the Institute of Psychoanalysis.

邦訳:J.ラプランシュ/J.-B.ポンタリス『精神分析用語辞典』村上仁監訳、みすず書房、1977年

Laplanche, J. (1970). Vie et mort en psychanalyse. Paris: Flammarion.

邦訳:ジャン・ラプランシュ『精神分析における生と死』十川幸司・堀川聡司・佐藤朋子訳、金剛出版、2018年

それぞれの邦訳の解題も大変参考になるが、全体を見渡すには ドミニク・スカルフォンのScarfone, D. (2013) A Brief Introduction to the Work of Jean Laplanche. International Journal of Psychoanalysis 94:545-566がいい。

スカルフォン自身が展開する理論にも私は惹かれているが、彼がラプランシュの優れた研究者でもあることは覚えておきたい。

せっかくなので(?)スカルフォンが『精神分析における生と死』に関して書いた部分を試訳しておこうと思う。欲動論に関心のある人は少ないかもしれないが、欲動論なくして精神分析はないし、フランスの精神分析家たちの本を読むなら、フロイトへの回帰はどうしても必要だろう。

以下、試訳。どうぞよい一日をお過ごしください。

精神分析における生と死

(Scarfone, D. (2013) A Brief Introduction to the Work of Jean Laplanche. International Journal of Psychoanalysis 94:545-566より)


私が別のところで示唆したように(Scarfone, 1997)、ラプランシュの研究は、まずフロイトの理論を解き広げ、次にそれを凝縮して焦点を絞る、という一連の過程を通じて進むと言える。解き広げる過程は、分析家が平等に漂う注意をもって聴くことにも似ている。それに続く凝縮の過程で、ラプランシュは論点をいくらか明確にし、自分自身の結論を引き出す。たとえその結論をもう一度解き広げ、新たな研究の循環を始めることになるとしても、である。
『プロブレマティーク』シリーズ(Laplanche, 1980–92)には、パリ第七大学における長年の研究と教育の成果が収められ、それは重要な著作『精神分析の新しい基礎』(Laplanche, 1989[1987])へとつながった。それ以前にも、『精神分析用語辞典』の執筆を支えた、フロイトの著作全体をいわば開いていく長い研究過程があった。その成果は数年後、ラプランシュが単独で書いた重要な著作『精神分析における生と死』(Laplanche, 1976[1970])に、同じように凝縮された。これらの著作のいずれにおいても、ラプランシュが1968年の論文「フロイトを(用いて)解釈する」で提案した方法を用いていることが見て取れる。
『精神分析における生と死』では、フロイトの『性理論三篇』、『科学的心理学草稿』、『快原理の彼岸』などの主要なテクストが綿密に検討される。しかしラプランシュは、ただ読むだけではない。フロイトの考えを問いとして立て、その問題点を批判的に検討する。この本の各章は、生を維持する秩序と性の発生との関係から始まり、フロイトの著作全体の構造において死の欲動が果たす機能への問いへと至る、一つの軌跡を描いている。ラプランシュが問うのは次のことである。フロイトの精神分析が生物学と接する位置にあるのは明らかだとしても、それを生物学に還元できるのだろうか。できないとすれば、精神分析に固有の領域は、その境界に位置する生や死といった基本概念との関係で、どのように成り立つのだろうか。
ラプランシュによれば、フロイトの『性理論三篇』の第一篇「性的な逸脱」は、精神分析の思考が適応の心理学からいかに抜け出したかを示している。性欲動は、生殖本能とはほとんど、あるいはまったく関係がない。ラプランシュは、この篇には「失われた本能」という副題を付けてもよいだろうと述べた。しかしフロイトが性的な逸脱を論じたのは、本能が偶然失われた事態を記述するためではない。むしろ、ラプランシュが明らかにするように、フロイトが捉えようとしたのは、人間の性の全体が逸脱を含むということである。人間における性的なものの領域それ自体が、規則正しく働く生命維持の秩序から見れば「逸脱した」領域なのである。ここに人間に固有の例外性があり、その領域を適応の領域から区別することに精神分析の固有性がある。
『精神分析用語辞典』の準備中に見いだされた「依託」(ストレイチー訳では anaclisis)という概念は、一方の適応にかかわる生命維持の秩序と、他方の欲動にかかわる性的な秩序を画するために用いられる。依託について、しばしば誤解される点がある。この概念が区別するのは、心的なものと生物学的なものではない。心的な要素も生物学的な要素も、この概念が引く境界の両側で働いている。したがって、アタッチメント理論が今日ほど広まっていなかった時代にも、ラプランシュは、適応にかかわる側面に心理的な次元が含まれることを疑っていなかった。
肝心なのは、心理的な領域一般と、精神分析が扱う心的な領域を混同しないことである。心理学的現実は、突き詰めれば人間あるいは動物の脳の働きのうちに位置づけられるかもしれない。他方、精神分析でいう心的現実は、人間に固有の現実と結びついている。そこでは、これから論じるように、他者とその他者のメッセージが第一義的な位置を占める。そのメッセージは、明確な意味を伝える一方で、送り手自身も知らぬまま、決定的な重要性をもつ謎めいたシニフィアンを運んでいる。ラプランシュはこの心的現実を、最終的に「メッセージの現実」と呼ぶ。それは精神分析が関心を寄せる第三の現実の範疇であり、言葉を話す以前の乳児(infans)の心身に作用する現実である。
このように、依託は、心的なものを身体的なものから切り離すことを意味しない。そもそも心と身体の関係を扱う概念ではない。ラプランシュによれば、動物か人間かを問わず、動物行動学が扱うのは本能(Instinkt)である。それに対して依託は、欲動(Trieb)の出現を理論化するための第一歩となる。のちにラプランシュは依託の概念を批判し、誘惑こそがその真理だと主張する。それでも依託の検討は、ラプランシュの研究方法をよく示している。まずフロイトの著作のなかで際立たせ、その後に批判する必要があった結節点の一つなのである。ラプランシュ(1993)の言い方を借りれば、この概念をめぐっては容易に道を踏み外してしまう。
とはいえ依託は、フロイトの思想の重要な点、すなわち、精神分析的な意味での性的なものの領域を、生命維持にかかわる心理生物学的領域から区別することを理解する助けになる。しかし、領域を区別することと、その起源を説明することは同じではない。まさに起源の問題を出発点として、ラプランシュは依託の「生物学化する」側面を批判し、代わって一般誘惑理論を提唱することになる(後述)。
この依託批判は、『精神分析における生と死』で、フロイトの『性理論三篇』の最終部分を論じたときに、すでに始まっていた。その部分には「取り戻された本能」という副題を付けられるかもしれない。というのも、依託を自然的な機制として捉えると、かつて本能から区別されたはずの性的なものとその起源が、再び本能の領域に取り込まれかねないからである。ラプランシュは、依託では、生命維持の秩序から欲動にかかわる性的な領域がいかに生じるかを説明できない、と強調する。依託をそのまま受け取ると、まるで蕾から花が咲くように、自己保存から性が生じるかのような印象を与える。
ところが、人間の自己保存には著しい不十分さがあり、まさにそのために性的なものが前面に出てくる。依託が働くとしても、それは生命維持から性的なものへ、そして性的なものから生命維持へという、双方向の働きでしかない。性的なものはさまざまな形をとって、自己保存の不十分さを補うことになるからである。実際、自己保存が脆弱であるためには、他者、すなわち援助する他者の介入が必要となる。これはフロイトが『草稿』で言及した Nebenmensch、つまり「隣人」である。その介入によって、性的なものは必然的に重要な役割を担うことになる。
この他者は、根源的な寄る辺ない状態(Hilflösigkeit)にある乳児の必要に、可能なかぎり応じようとする。しかし同時に、その人は必然的に、抑圧された無意識をもつ存在でもある。その無意識が、大人と子どものあいだの相互適応の関係に、ある程度入り込む。こうして、抑圧された性的なものという「混入物」が、愛着関係を運ぶ波に密航者のように乗って伝わる。したがってラプランシュが示唆するように、依託が働くとしても、それは援助する他者の介入に伴って副次的に生じる機制としてでしかない。
適応の領域と欲動にかかわる領域、すなわち性的なものとの単純な境界線から、のちにラプランシュが「根本的な人間学的状況」と呼ぶものが現れてくる。それは、あらゆる人間が、謎めいたシニフィアンに満ちた世界に生まれるというだけで置かれる状況である。その世界には、大人という他者の抑圧された性的なものによって「巻き込まれた」メッセージが満ちている。人間においては、このように性的な秩序がつねにすでに生命維持の秩序に重なっている。この点には、あとで立ち戻ろう。(以上)

小雨降る新宿中央公園。誰もいなかった。
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ボラス「境界例の欲望」とかグリーンのthe negativeとか。

時間がないないといいつつ、書誌情報をせっせと整理。これ、短時間の作業を積み重ねればいいから、時間がないときにぴったり。

そもそもボラスの書誌情報を整理しはじめたのは、先日、読んだアンドレ・グリーンの論文でボラスが引用されていて、「そんな美しくない言葉はボラスは使わない!」と思ってチェックしたのがはじまり。ボラスの重要な著作は館直彦先生が訳してるし、解題も丁寧だから、私が書誌情報の整理なんかしなくていいのだけど、そこそこボラスを読んできた身としては、「この時期に書いたからこの概念はこう書かれているのか」とか「この論文があとでこの本に入るのか」色々発見があって楽しい。短時間で区切れるので、素早く気持ちの切り替えをするときの作業として良きよ。

「そんな美しくない言葉」と私が思ったのは「解釈ハラスメント」という言葉。まあ、グリーンが明確に「ボラスがこういった」と書いているわけではないのだけど、アンドレ・グリーンは結構、引用、適当なところあるから「ボラスはそんなことしないもん」と思ってしまった。おまえはボラスのなんなんだ、という感じですね。

しかもです。今回読んだのは、André Green の Contemporary Psychoanalytic Practice(André Green, Editor: Litza Guttieres-Green)に収録された第3章 “Issues of Interpretation: Conjectures on Construction”。

そこでグリーンがボラスを引用していたのだけど、私が「あ、これかな」と思い浮かべたのは “Borderline Desire”(1996)だったのです。でも、Referencesに挙がっているのは Bollas, C. (2007), The Freudian Moment. London: Routledge. で、そこに “Borderline Desire” は入っていない。

となると、もしかしたらボラス自身が interpretive harassment という言葉を使ったのでは、という疑いが生まれてしまった。それでおそるおそる(恥ずかしいでしょ、なんか)原著に検索をかけてみたらヒットせず。なので、たぶん少なくともここでは使われていない。少しホッとした。

ちなみに “Borderline Desire” の書誌情報を整理してみると、

1995年 IPA第39回大会(サンフランシスコ)で発表。
1996年 Bollas, C. “Borderline Desire.” International Forum of Psychoanalysis, 5(1), 5–10 として初出。
1999年 Bollas, C. The Mystery of Things. London/New York: Routledge に再録。同書の Acknowledgements にも、“Borderline desire” was published in the International Forum of Psychoanalysis (1996) とある。
2004年 館直彦・横井公一監訳『精神分析という経験――事物のミステリー』岩崎学術出版社。「境界例の欲望」として邦訳。

私が読んだのは1996年版。なぜこれを読んだかといえば、アンドレ・グリーンが引用されていたから。私はアンドレ・グリーンの名前を見ると、なんでも覗いてみたくなってしまうから。

1996年版には脚注としてグリーンの Le Travail du Négatif(1993)が参照されていて、本文末の References でも1番に André Green, Le travail du négatif, Paris: Les Éditions de Minuit, 1993 とある。

ところが『精神分析という経験』所収の「境界例の欲望」を確認すると、この脚注がない。いまのところ邦訳でしか確認していないので、原著の The Mystery of Things に再録された時点で削除されたのか、邦訳の段階で省かれたのかは要確認。

でも、なぜ?これがあるから重要だったのに、私にとっては。講演を論文にするのと本の中の一章にするのでは対象も異なるから、あえて書かなくてもいいこともあるのかもね。

この論文は短いけれど大事なことが書いてあるので、グリーンがいようがいまいが読んでよかったと思う。でも、1996年のボラスが自分の議論とグリーンの「ネガティヴの仕事」との親近性をわざわざ書いていた、ということ自体が私には面白い。

こういうのがあるから、書誌情報を整理するのは楽しいのだ。

せっかくなので、『精神分析という経験――事物のミステリー』に収められた「第9章 境界例の欲望」には収められていないアンドレ・グリーンがでてきた脚注と同じく省略されたボラス自身の脚注を訳しておく。

「2 通常であればそれ自体として対象を表象するはずの心の枠組み(frame of mind)が、その対象そのものになってしまうと考えるなら、アンドレ・グリーンが「ネガティヴ(the negative)」と呼ぶものが、境界例においていかにきわめて特有な仕方で作用しているかが見えてくる。境界例の人は、主としてネガティヴな情動を通して対象への愛着を維持するのである。
実際、本論で取り上げる問題の多くは、グリーンのきわめて重要な著作 Le Travail du Négatif と響き合っている。とりわけ、境界例人格にみられるネガティヴなものへの情熱(passion for the negative)についての彼の考察と深い親近性をもっている。

3 境界例における原初的対象は、この患者のなかに、知られてはいるが、まだ思考されてはいないもの(something known but not yet thought)として保持されているのだろう。私は以前の著作でこれを「未思考の知(the unthought known)」と呼んだ。そして境界例患者との関連については、「Loving Hate」という論文で検討した。」

どちらも二人の中心概念についてごく簡単に書いてあるだけにみえるけど、私が「あれ?」と興味をひかれたのは、ボラスが、ここで Le Travail du Négatif を挙げて、境界例の場合、negative affects を通じて attachment to the object を維持する、と書いているところ。

つまり「the negativeが対象を失わないための媒体になっているってこと?」となった。私は「アタッチメント」「愛着」という言葉は使わないようにしているけど、the negativeへの気づきが対象化、形象化の起点になるとは思っているので、それ自体は同意する。

でも、グリーンにおけるthe negativeは、対象を保持する働きだけでなく、対象を消去し、脱対象化していく働きとも結びついていたと思う。だとすると、negative affectsを通じてattachment to the objectを維持する、というボラスの言い方を、グリーンのpassion for the negativeと深い親近性をもつとしてよいものだろうか、と思ったりする。まあ単にaffinitiesがあると言っているだけだから「書き換えた」というほどのことでもないし、たいして気にするところでもないのかもしれないけど、グリーンの対象化、脱対象化機能の問題は、私の興味あるところなので少しひっかかった。

それにしても、ボラスの表現は臨床的で、論理的で、それでいて情緒的で喚起的。ダンテの引用もメルヴィルの引用もいい。短い論文なのに、対象とは、情動とは、欲望とは、ということを患者の体験から離れずに考えさせる。

なのでやっぱり「そんな美しくない言葉はボラスは使わない!」という私の最初の直感は、たぶん間違っていないと思うのだ。

最後に、私がこの論文でとても素敵な表現だな、と思っている文章を邦訳(172‐173頁)のほうから紹介する。

「境界例の患者たちと作業することによって、以下の仮説を提案することができるだろう。幼児として先天的な障害を受けている場合でも、環境によって混乱させられている場合でも、いずれの場合でも、一次対象は、正常な発達の一部分として取り入れられる鏡のような現象としてよりは、むしろ自己のなかに繰り返し蘇るものとしてのみ体験される。木々の間を風が通り抜けるように、これは自己のなかを通り抜ける動きである。どんな感情であれ、この対象の存在を示唆するものがあると、境界例の人は、通常の感情を混乱させる体験へとエスカレートさせることで、この対象を探し出そうとする。」(引用終り)

とりわけ、「木々の間を風が通り抜けるように、これは自己のなかを通り抜ける動きである」が好き。関係ないけど「とりわけ」という言葉も私は好き。

ちなみに英語で読んだときには、最初の段落にでてくる“homing” intensity という表現が心に残った。homingって「帰っていく」ということだよね?ここには、帰る場所を探し当てるような欲望の強度を感じたな。邦訳ではここは特にカッコつきの言葉にはなっていなかった。でも、この homing という一語は、この短い論文全体をよく表している気がしたよ。

今日も言葉を豊かに。大切に。したり、してもらったり。東京は今日も一日雨模様みたい。みなさんの空模様はどうでしょう。能登の7時の気温は23度ですって。風邪ひかないように気を付けて過ごしましょう。

好きな道が通行止めで寂しい。
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クリストファー・ボラス(Christopher Bollas)、最初の3作について少し。

クリストファー・ボラス(Christopher Bollas)の書誌情報も書いておく。

ボラスの生い立ちから精神分析家としての仕事、「真の自己」が存在するのかという問いにまで及ぶインタビューは『Granta 174: Therapy』に掲載。ウェブで読むことができる。

“The Orange Ship”

ちなみに最近のボラスの著書はEssential Aloneness: Rome Lectures on D. W. Winnicott (2023, Oxford University Press) Streams of Consciousness: Notebooks 1974–1990 , 1991–2024 (2024, Karnac Books)。

これらの近著をだしたボラスの声は、2026年3月6日の『Granta Magazine』のPodcastで聴くことができる。ボラスは、そこで、精神分析と文学の関係、白昼夢の意味、そして現代の大きな危機に精神分析は何を語りうるのか、といったことについて話している。

Podcast | Christopher Bollas

さて、ボラスもほかの著者と同じく、同じ論考がいくつかの著書に登場したりもするが、とりあえずボラスの単著を並べてみる。これまでもこのブログでボラスの本については書いてきているので、それも少しまぜこみつつ、とりあえず第3作目までの情報を書いておく。


1987
Bollas, C. The Shadow of the Object: Psychoanalysis of the Unthought Known. New York: Columbia University Press.
邦訳:『対象の影――対象関係論の最前線』館直彦監訳、岩崎学術出版社、2009年。


→ ボラスの最初の著書。変形性対象、未思考の知、対象としての自己、気分、規範病、抽出的取り入れ、逆転移など、その後のボラスの理論の核となる概念がすでに展開されている。書名 ‟The Shadow of the Object“はフロイト『喪とメランコリー』の一節に由来する。

1989
Bollas, C. Forces of Destiny: Psychoanalysis and Human Idiom. London: Free Association Books.


→ 2作目。未邦訳。human idiom(人間固有のイディオム)などを展開。2019年に刊行されたRoutledge版はボラス本人による序文が加えられている。

出版社ウェブサイトの概要の一部を訳しておく。

「ボラスは、「宿命(fate)」と「運命(destiny)」についての古典的な考え方、およびウィニコットのthe true selfという概念をもとに、「人間のイディオム(the human idiom)」という概念を展開する。それによって、私たちが他者との相互作用を通して、自分自身に固有な「差異の弁証法」をいかに生き、展開していくのかを探究し、明らかにしている。とりわけボラスが考察するのは、患者が自分自身のイディオムと運命への欲動(destiny drive)を表現するために、精神分析家のパーソナリティの特定の部分をどのように用いることがあるのか、という点である。」

1992
Bollas, C. Being a Character: Psychoanalysis and Self Experience. London: Routledge; New York: Hill and Wang..

→ 3作目。未邦訳。人が生のなかで出会う対象に無意識的意味を付与し、その対象世界を通して自己の精神史を喚起していく過程が中心となる。


ボラスはその多くをウィニコットから引き出している。題名は「キャラクターであること 精神分析と自己経験」と訳せるか。


>>私たちは各自、世界を照らし出すこうした対象の無数の只中に生きている。それらは幻覚ではない(確かに存在する)。しかしその本質は、ラカンのいう「現実界」に内在するものではない。その意味は、ウィニコットが「中間領域」あるいは「第三の領域」と呼んだ場所——主体が物と出会い、対象によって存在が変形するまさにその瞬間に意味が付与される場所——に宿る。中間領域の対象とは、主体の心的状態と物の性質とのあいだの妥協形成である。

Introduction(出版社のサイトのPreviewでも読める)の冒頭をなんとなく訳すと

>私たちは皆、ある特定の香りが、まるで子ども時代の遠い村から呼びかけてくるかのように感じられる、あの胸を打つ瞬間を知っている。過去へ手を伸ばし、遠い昔の自己体験のエッセンスに触れられるかのように。人生のとても特別な時期に流行した音楽を耳にしても、呼び起こされるのは単なる記憶というより、イメージや感情、身体の鋭敏さに満ちた内的で心的な星座である。たとえ「この匂い、子どもの頃、うちの庭にあった花の匂いだ!」と誰かに言葉で説明しようとしても、内的体験の質感を伝えきることはできない。

以上。プルーストやシェイクスピアが偉大なのはもちろん、それを自由に取り込んで精神分析理論と重ね合わせて書く仕方が魅力的。おお、マドレーヌ、とパウンドケーキを食べながらでも喚起される香り。

ここで思い出されるのが、ボラスが最初の著書で論じた変形性対象(transformational object)である。ボラスにとって重要なのは、対象そのものだけではなく、対象との出会いによって生じる変形の過程である。

この部分は国際精神分析学会(IPA)が無料で提供しているIREDという事典の日本語版でもすでに訳されている。そこから引用する。

>>Bollas(1987)は、母親が「全体的な対象として幼児にとって人間化される」前は、「母親は変形の領域あるいは源として機能している」と主張した。したがって、「母親は、他者としてまだ十分に同定可能ではないが、変形の過程として経験される。そして、この早期の存在の特徴は、大人としての生活の中で、 対象が変形のシニフィアンとしての機能のために求められる時、対象希求の特定の形式において生き続けている。」(1987)

Bollas の「対象の統合性」については、Bollas(1992, p4)は次のように書いている。

これもIntroductionの一部。
>>かなり驚きなのであるが、対象関係論では、個人の投影のコンテ イナーとして見なされている対象のもつ際立った構造にほとんど思考が向けられていない。確かに対象は私たちを持ちこたえてくれる。しかし、十分皮肉なことに、まさに対象が私たちの投影を保持してくれるからこそ、一つ一つの対象の構造的特徴がさらにより重要になってくるのである。と言うのも、再経験の際に、 自身の自然な統合性に従って私たちを処理してくれるコンテイナーに、私たちは、 私たち自身をも預けるのだから。(引用ここまで)

ボラスが続けて書くのはこんな感じ。
>たとえば、思春期初期に野球の技に由来する喜びの感情をシューベルトのハ長調交響曲に投影し、同じ週にガールフレンドへのエロティックな反応をサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』に投影したとしよう。大人になってこれらの対象に出会えば、そこに蓄積された自己体験が喚起されるだろう。

ここまでで十分面白そうでしょう。まだまだあるから少しずつ書いていこうかな。ボラスは簡単ではない書き手だけど、ウィニコット同様、喚起的な言葉の担い手なのでたくさん読まれて、精神分析に浸透する文学や文化とともに臨床を考えていけたら楽しいと思う。

東京は今日は雨。無理しないでいきたいですね。今日もよろしくお願いいたします。

熊野神社の祭禮は今週末。
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ダナの本、アンドレ・グリーンの論文

早朝だけど、もう、少し蒸し暑い。沖縄県知事選挙で起きていることがあまりにひどすぎてずっとニュースを追っていた。今朝はなんとなく美ら海水族館で買ったクジラのTシャツを着た。

昨日はアンドレ・グリーンを読むセミナーだった。グリーンの論文に慣れてきたせいか、ウトウトしても追いつくのが早くなった気がする。

週末は精神分析における時間論に関する論文を色々読んだ。

ひとつはダナ・バークステッドーブリーンの‟The Work of Psychoanalysis: Sexuality, Time and the Psychoanalytic Mind” (2016.Routledge)これはグループで原著を読んでいる間に邦訳がでた。『精神分析の仕事-セクシュアリティ,時間,精神分析のこころ』ダナ・バークステッド-ブリーン 著/松木邦裕,富田悠生 監訳(2025、金剛出版)である。出版社が「解題」を公開している。目次はこんな感じ。

Acknowledgements xv
Introduction 1
Chapter 1 Setting the Scene 11
Chapter 2 Modalities of Thought and Sexual Identity 49
Chapter 3 The Feminine and Unconscious Representation of Femininity, a Duality at the Heart of Femininity 69
Chapter 4 Sexuality in the Consulting Room 83
Chapter 5 Bulimia and Anorexia Nervosa in the Transference 101(この章だけ邦訳されていない)
Chapter 6 Phallus, Penis and Mental Space 126
Chapter 7 Time and the Après-Coup 139
Chapter 8 The Work of Interpretation 158
Chapter 9 Reverberation Time, Dreaming and the Capacity to Dream 173
Chapter 10 Taking Time, the Tempo of Psychoanalysis 192
Chapter 11 Bi-ocularity, the Functioning Mind of the Psychoanalyst 213
Chapter 12 Termination in Process 231
Bibliography

監訳者まえがき:松木邦裕
イントロダクション
第1章 場面を設定すること
第2章 思考と性的アイデンティティの様相
第3章 女性性と女性性の無意識的表象,女性性の中核にある二重性
第4章 面接室でのセクシュアリティ
第5章 ファルス,ペニス,心的空間
第6章 時間とアプレ・クー
第7章 解釈の作業
第8章 反響時間,夢見ること,夢見る能力
第9章 時間をかけること,精神分析のテンポ
第10章 双‐眼性,精神分析家の機能するこころ
第11章 進行中の終結
文献
解題:富田悠生
索引

週末に読んだのは日本語訳だと第9章「時間をかけること、精神分析のテンポ」。原著だとChapter 10 Taking Time, the Tempo of Psychoanalysis。これについては昨日簡単に書いた。

翌日、アンドレ・グリーンの論文を少し予習しておこうとGreen, A. (1987) LA CAPACITÉ DE RÊVERIE ET LE MYTHE ÉTIOLOGIQUE. Revue française de psychanalyse 51:1299-1315をメンバーが訳してくれた邦訳を英訳と合わせて読んだ。英訳は”The Freudian Matrix of ​André Green Towards a Psychoanalysis for the Twenty-First Century”By Howard B. Levine(2023,Routledge)に収められているChapter4 The capacity for reverie and the etiological myth。この本については以前ほんの少し紹介した。

この論文のアブストラクトを訳すとこんな感じ。おかしいなと思ったら原著の内容紹介でご確認を。

「本論文は、ウィルフレッド・ビオン――グリーンがとりわけ好んだ思想家の一人――について、その象徴化の理論と母親のもの思い(maternal reverie)、そしてそれが分析技法の概念化にもたらす帰結をめぐって、個人的かつ批判的で創造的な読解を提示するものである。

グリーンは、心的発達についてのいかなる著者の見方にも、その一般的な帰結として一つの「病因論的神話(etiological myth)」があり、それが「臨床的機能についての暗黙の理論モデル(implicit theoretical model of clinical functioning)」の根底にある、と提唱する。

ビオンが母親のもの思いを特権的な位置に置いたことを弁証法的に補完しようと、グリーンは、分析家の心的作業を拡張し豊かにするものとして、父親のもの思い(reverie of the father)について考察する。

そしてある臨床ヴィネットに基づき、分析過程の主要な次元として、構成(construction)と歴史化(historization)の作業を展開している。」

まさに読んだばかりのダナの論文とつながっている、ラッキーと思いながら読んだ。

歴史化historizationとは、過去を想起し、正しい歴史を再現することではない。グリーンは、なぜ精神分析には構成construction が必要なのかを考えている。これは、ダナの論文に出てきた、分析家が即時的な反応を差し控えることで duration(持続・時間的な間隔) が生じる、という議論と並べて考えることもできなくはない。分析家の reverie は、まだ歴史になっていないものが歴史になりうるための時間をつくる働きでもあるのだろう。

ウトウトして途中までしか読めなかったが、とりあえずセミナーの時間になったので会場に向かって訳を担当してくれた人の声に耳を傾け始めると、さっきまで私が読んでいた論文と違うではないか!ビオンの『精神分析の方法』も持ち歩いていたのに。確認したら、なんと、私は2025年10月のセミナーの資料を読んでいた。最近、本当にこういうことが多い。今は2025年でもなければ、まだ10月でもない。私の中の時間はいったいどうなっているのだ。しかも、ってことは、一度読んでるってことではないか。全然覚えていなかった。これで実は自分が担当したやつだったらどうしよう・・・と思うけど、怖いから確認しない。

予習すべきだったのは、英訳が‟Contemporary Psychoanalytic Practice”の第3章に入っているIssues of interpretation: Conjectures on construction。これも「構成」の話だったし、ダナの話とつながりが深かったからよかったけど、私の時間、私の記憶、どんなふうにいったりきたりしてしまっているのか。早くも加齢によるあれか。なんとかこのくらいでふみとどまってほしい。

今日はボラスの書誌情報を書こうと思ったのにもう時間がない。東京は暑くなりそう。どうぞ良い一日をお過ごしください。

箱根のお土産!
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精神分析

ダナ・バークステッドーブリーン「時間をかけること、精神分析のテンポ」を読んだり。

今日は久しぶりに晴れるらしい@東京。早朝はまだ少し降ってように思ったけどぼんやりした頭で窓を開けて眺めたからそんな気がしたのかもしれない。でもまだ曇っている。

風邪気味かも、と昨日感じた不調はすでに治っているのにごろごろしていたからすでに時間がない。すでにすでに。

ダナ・バークステッドーブリーン『精神分析の仕事』の第9章「時間をかけること、精神分析のテンポ」を女性の精神分析家グループで読んだ。数か月に一度集まるが、その数か月があっという間にすぎる。でも現在はそう簡単に過去にはならない、というか、時間はそんな直線的ではない。ベルクソンもそういっているが、ダナがこの本で展開しているのも精神分析における時間論だ。

ダナは、ベルクソンのいう「持続」ではなく、「こころの状態は即座の反応を差し控え、結果として[時間]の持続を意味する」(邦訳185頁)といった。この「持続」はdurationである。 時計は先に進み、時間は失われていくようにみえる。しかし、分析の仕事は時間を生じさせる。現在をただちに過去に送り出したりしない。なぜなら時間は宙づりに出来るから。フロイトが「平等に漂う注意」といったように。分析の仕事は、現在において過去を思い出させることではない。現在においていまだ過去になっていないものが生じる場をつくることである、というのは私の解釈。むろん、フロイトの場合、宙づりにされるのは直接には「時間」ではなく、何かを選択し、意味づけ、判断してしまう分析家の「注意」だが。

昨晩、読んだ章では、ビオンの「もの思いreverie」のなかに時間性temporalityあるいはテンポtempoを見出しながら、精神分析家がとるべき時間に対する態度が検討されていた。症例も二つあった。temporality は構造寄り、tempo は分析の場で実際に経験される速さ・間・リズムなど具体的な臨床状況寄りなのだろう。抽象的な時間論を、精神分析状況において具体的思考が象徴的思考に変形されるプロセスとともに示す論文だった。ダナはめちゃくちゃ博識だから、ここから展開できそうな種まきもいっぱいしてくれているように思う。

関連してスカルフォン(Dominique Scarfone)のL’impassé, actualité de l’inconscient について書きたいが時間がないのでまた今度。今日は一日、精神分析における時間性について考える機会になりそう。どうぞよい一日をお過ごしください。

小雨に濡れつつ。
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『性分化疾患(DSD)の子どもをもつご家庭へ』『「回復」という毒』『はじめてのベルクソン』

毎日雨。日差しがないと痒くならないからそれは嬉しい。肌がどんどん刺激に弱くなっていく。

これまでも、今も小さな子からかなり年上の方まで色々な人の色々の心と身体に出会ってきた。病名はどちらかだけのものであっても心と身体が切り離されることはない。離人感や解離があったとしてもである。

今週は性分化疾患(DSD)の当事者である公認心理師のみつばさんの「性分化疾患(DSD)の子どもをもつご家庭へ 診断から将来設計まで寄り添うためのガイド」を読んで、周りにもおすすめした。疾患について知るのは、その対応について知ることとセットだと思う。自分の身体、自分の子ども、パートナー、きょうだい、など身近な人の身体に対してどうしたらいいかわからない心をその時点でのもっとも正確な情報にもとづいて整理しつつ、共有することの大切さ。それがどれだけ難しいかも含めて。身体とこころをファンタジーではなく、現実として抱えていくために、わからなさとどう生きるかも含めて、診断を受ける側もする側もたくさんのことを考える必要がある。そしてこれもDSDに限らないが、現実的に時間をかける必要がある状況で影響をうける人たちにも心を寄せる必要がある。とくにきょうだいは、「きょうだいなんだから」という理由で我慢がふえることもあるかもしれない。疾患や障害に対してみんなのこととして考えるためにこういう本はとても助けになる。

最近、出たばかりの風間暁『「回復」という毒――支援に埋め込まれた構造的暴力』(日本評論社)も読んだ。これも当事者としての経験をもちながら現場に関わる人の本だ。

どちらも言葉がもつ影響力を重みをもって伝えてくれる本だった。大変勉強になったし、励まされた。

先週は平井靖史さんの『はじめてのベルクソン』にはまっていた気がするが、一週間があまりに早いので、過ぎたことはどんどんどこかへいってしまう。今回の平井さんの本は、かなり読みやすいが、かなり難しい。楽しくも読めるが、すごく腑に落ちたとか、これってこういうことだったんだ、という本ではなく、思考の場にどんとご招待、という感じで、大広間でキョロキョロするジブリの脇役になった気分でもある。ベルクソンが述べたことを平井さんはこれを書き、読ませることで実践しているし、実践させている。宿題が増えたな、と感じたが、多くの患者さんとの間で生まれた宿題に長い間、取り組み続けている私にとっては支えにもなる。それらは単に失敗の徴ではないし、失敗とかいう一者的な言葉を使うのも憚られる。結局、なにかし続けるには支えが必要ということだろう。肌も身体も心も記憶もなにかを受け取るための容器ではない。受け取れば変形し、変われば受け取り方も変わる。現在の経験によって過去の布置もまた変わる。

「一つひとつの出来事が、それを受け取る側のかたちそのものを変えてしまう。」ーー平井靖史『はじめてのベルクソン』

これは精神分析過程にもそのまま当てはまる。精神分析で重要なのは、現在を因果関係の線に乗せないことだ。

「感受性の地形そのものが、経験とともに刻々と変わり続けている」(平井)

精神分析は経験が生じる場である。

「感覚を受け取ってから行動に移るまでのあいだに、遅延が差し挟まれる。その遅延のなかで、生物はいわば記憶の中をまさぐり始めます。」(平井)

この場合の「遅延」はウィニコットが述べた再早期の乳児の時間間隔のように、ほぼ一瞬だと思う。それでもそこには「あいだ」が生じる。

「結果が保証されない探索が、完了した反復の流れに「未完了」の時間をこじ開けるのです。」(平井)

自由連想をする身体はその時間性に伴う。身体と心は切り離せない、と最初にも書いた。内と外という空間の意味にも意識的でありたい。

患者が「いま・ここ」の現実とぎりぎりの接点を保つために分析家は身体も心も使う。双方が「遅延」の豊かさに開かれること。

「生への注意 attention à la vie」という言葉もまた魅力的だ。この本もまた私の経験を広げようとしてくれている。すっかり目が悪くなって本を読むのが大変だけどこれもできる範囲と限定的なことをいいつつその可能性に目をむけるとする。

東京は結構強い雨。風がでないといいな。みなさんもどうぞお元気で。よい週末をお過ごしください。

新宿中央公園
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エディス・ジェイコブソンとニック・ウォール

Early Women Psychoanalysts: History, Biography, and
Contemporary Relevance(Klara Naszkowska編、2024、Routledge)のことはすでに何度か書いた。雑誌の海外文献紹介で、本書をとりあげようと思ったが、あまり時間がなかったので別の本を紹介した。どちらにしても私は、そこにいたのに、語っていたはずなのに、なかったことにされている声、あるいはそうされることへの抵抗を大切に思っているので、紹介した本もフロイトの患者たちの回想録である。掲載されたらSNSでお知らせすると思う。


Early Women Psychoanalysts: History, Biography, and
Contemporary Relevanceについて、また少し書いておく。

編者Klara Naszkowskaが序文で明確にしているように、本書は、14人の初期女性精神分析家の個人的・職業的伝記を再構成するもので、ジェンダー、ユダヤ性、女性教育、政治、移民を反復するテーマとして、彼女たちの人生そのものが、第一次大戦、戦間期の反ユダヤ主義、大恐慌、第二次大戦、ショアによって「影響され、挑戦され、破壊された」事実を記述する。


Ⅳ部構成で、すべて冒頭に Beyond が付いている。「○○の妻」「○○の恋人」「女性分析家」「亡命者」「ホロコースト生存者/犠牲者」といった、カテゴリーによって一人の人生を回収してしまうことへの抵抗だろう。


第Ⅰ部Beyond Wife, Lover, Muse は、SpielreinをJungとの関係、Andreas-SaloméをNietzscheやRilkeとの関係、Beata RankをOtto Rankの妻という位置から解放する。第II部 Beyond Psychoanalyst は、分析家であることだけでなく、フェミニスト、マルクス主義者、社会活動家として読む。第III部 Beyond the Homeland は国民国家や精神分析の中心地から離れて移動を読む。そして第IV部 Beyond the Holocaust は、ホロコーストを忘れるのではなく、その人の人生をホロコーストだけによって語らない。This is not a Holocaust story.なのである。


推薦者たちの言葉にはneglected, marginalized, forgotten, ignored by males, Jewishness, antisemitism, Holocaust, trauma, memory, genderが繰り返し使われているようにみえる。読んでいてクラクラするような出来事が多いのもこれらの単語から想像できるだろう。

昨日は、イディス・ヤコブソン(→ジェイコブソン、(Edith Jacobson))の誕生日だったそうだ。ハルトマンに自己表象という概念を提案したのも彼女だ。エディス(イディスと迷う)はベルリンから戦火をさけてニューヨークにきたが、彼女がナチに逮捕された事件をご存じだろうか。


本書ではPartⅢ Beyond the Homelandの第8章ニック・ウォール(Nic Waal)Speaking in Tonguesの「ニック、アーネスト・ジョーンズ、そしてエディス・ヤコブソンの逮捕」という小見出しのもと、詳しく書かれているので、少し訳しておく。

“1935年、ニックは奨学金を得てイギリスへ渡り、英国精神分析研究所(British Institute for PsychoAnalysis)で働くことになった。到着して間もなく、アーネスト・ジョーンズ(Ernest Jones)から、彼女の友人のエディス・ヤコブソン(Edith Jacobson)が1935年10月24日にドイツでゲシュタポに逮捕されたことを知らされた。ヤコブソンは、フェニケル(Fenichel)の被分析者の一人としてベルリン精神分析協会(the BerlinSociety)に所属しており、ヴィルヘルム・ライヒ(Wilhelm Reich)の親しい友人でもあった。また彼女は、政治グループ「新たな始まり(Neu Beginnen)」の活動に関与しており、それが逮捕の背景にあった。彼女は大逆罪に問われ、拷問や、長期にわたる過酷な投獄に直面することになった。
逮捕から4日後、ヴィルヘルム・ライヒは、この緊急事態についてニックに手紙を書いた。ライヒの説明によれば、ゲシュタポはまず、ヤコブソンの左翼の患者の一人を逮捕していた。その患者はその後、自殺した。また、ライヒは、コペンハーゲンで彼らの双方と親交のあったデンマーク人作家エレン・シアステッド(Ellen Siersted)をベルリンに送り、ヤコブソンが法的な援助を得られるよう手配したこともニックに伝えた。さらにライヒは、イギリスの著名な公人たちのできるだけ多くと連絡を取るよう、ニックに強く求めた。

「私の名前を出して、[Bronistaw| Malinowski, [Henry] Havelock Ellis, [Max] Hodann, [Alexander Sutherland] Neill, [Ber-trand] Russell, Stella Browne, Mrs. Jameson (friend of Trygve Braatoy), and [Julian] Huxley.[ブロニスワフ・]マリノフスキー、[ヘンリー・]ハヴロック・エリス、[マックス・]ホダン、[アレクサンダー・サザーランド・]ニイル、[バートランド・]ラッセル、ステラ・ブラウン、ジェイムソン夫人(トリグヴェ・ブラートイの友人)、そして[ジュリアン・]ハクスリーと連絡を取ってください。[……]
肝心なのは、ゲシュタポがエディスを釈放しないとわかった場合に備えて、すべてを準備しておくことです。そうなれば、私たちは報道機関を通じて介入することができます。ジョーンズとIPAについては触れないでください。エディスを精神分析と結びつけてはなりません。」(Reich, 1935)”

なんと緊迫した事態であることか。精神分析はこういう文化をずっと生きてきた。多くの精神患者・分析家の死亡、亡命。戦時中、精神分析家たちは個人を救うのか、精神分析を救うのか、を考えなくてはならないほどに追い詰められていたこともエディスをめぐる動きからはみえてくる。フロイトは書物を焼かれても生き残り、書物もまた蘇ったが。本書もこうして、ようやく女性分析家たちの体験を立ち上げてくれている。


この章はSpeaking in Tonguesと名付けられているがどういう意味だろう。文字通りには、ニックが複数の言語・文化圏を横断したことと関係しているのだろうか。ニックは、ベルリンで精神分析を学び、ドイツ語圏の分析家たちと関わりをもち、ノルウェーへ戻り、さらにロンドンへ渡ったそうだから。


しかし、英辞郎をみると、speak in tongues は「主にキリスト教に関連して使われる表現。宗教的高揚状態にある人などが異言語を話すこと、または「外国語のようにも聞こえるが明確な意味のない不可思議な音声」を発すること。」とある。したがってこの章題には、「複数の言語を話す」以上に、まさにニックのような、いくつもの声・言語を媒介する人という含みがあるのかもしれない。祈りの意味もあるだろう。


Nic Waal : Speaking in Tongues ニック・ウォール――「異言を語る」とすれば、エディス救出のために奔走した彼女の生涯と重ねることができるだろうか。

本書では、SokolnickaやMorgensternについても、母国語、精神分析を受ける言語、臨床で用いる言語、論文を書く言語が交錯していたので「多言語」より「異言」のほうがしっくりくるか。この前、私は土居の「甘え」を「旅する言葉」と呼んだが移動の「移」を「異」とかけてもいいかもしれない。これは日本語話者の発想だが、精神分析はそうやって生き残ってきた。多くの犠牲を出しながら。

精神分析における戦争体験というとビオンの外傷的な体験が語られることが多い。しかし、女性分析家たちが戦争をどう生きたのかは、それほど語られてこなかった。当時も今も戦争はいたるところで人を殺している。


精神分析において「生き延びる」という言葉を簡単に使わないようにしているが、その言葉でしか表せないような事態も現実としてある。私は、精神分析はマイナーであることが大事なのだと思う。マイナーな言語と出会っていくマイナーな学問であり、文化として、地に足をつけた実践をしていきたい。そんなことも考えさせる一冊である。

東京は今日も雨。疲れが出てきた頃だと思う。私はそんな感じ。また一日なんとか過ごそう。どうぞよろしくお願いします。

紫陽花に絡みついてた。
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七尾

無名塾が解散するという。能登演劇堂で一度はみたいと思っているうちに仲代達也が死んだ。最終公演は10月31日からの4日間。

七尾駅前の大きなきれいな建物mina.cle(ミナ.クル)の3階には七尾市立図書館があって、その一角に無名塾や仲代達也の写真や映像や本などがあった。それをみて、今度こそ必ず行こうと思った。先日、能登を訪れたときは公演日と合わなかった。

ちなみに図書館がはいっているきれいなミナ.クルは複合施設パトリアとつながっている。そこが修繕・更新費の回収が困難で、今後どうなるか、ということになっているらしい。たしかに採算はとれなそうな雰囲気はあるけどあのくらいの規模の街にはすごく必要なインフラだと思うなあ。私は青柏祭(せいはくさい)のときにいったのだけど七尾はお散歩にもとてもいい街だった。あのとき、パトリアのイベントスペースでは写真展をやってたかな。のんびりした雰囲気で、市役所の部署も入っていたから公的な施設なのかと思っていたけど、市が使うことで回収できない費用の一部を負担しているということなのかもしれない。エスカレーターで上のほうに行くと中高生みたいな子たちが勉強してたり、無料で安全に使えるスペースがあって、みてるだけで安心だし、直接関わらなくてもいろんな人がいるなあ、ってこういう場所で知ることも多いでしょう。これからの街づくりには若者に希望をもってもらわないといけないだろうし、本当に大切だと思う。その重要性がわかる企業が立て直しにはいってくれたたらいいなあ。今は大雨のせいで七尾も川の方は特に大変みたい。心配。

能登演劇堂は、のと鉄道七尾線の能登中島駅が最寄り。歩いて20分くらいらしく七尾線の車窓からみえないかなー、と思ったけど無理だった。能登半島地震で演劇堂も被害を受け、昨年2月に修復が終わり、復興公演も行われていた。これからどうするのかなあ。震災で壊れてしまったもの、なくなってしまったものはあまりに多いと思う。変わらないものやゆっくりした変化が意識して大切にされますように。

今日はみんなどんな空模様の下で過ごされますか。被害がでるような空にならないといいですね。どうぞお気をつけて。お元気で。今日もよろしくお願いします。

蛸足みたい
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精読の醍醐味

と、まあ、なんと時間のないことよ。とりあえず書くけど。

土居が『精神療法と精神分析』で述べたこと、特にここまで私が引用してきたことは、その16年後の1977年の『方法としての面接』にほとんど書いてある。「劇としての面接」という章立てもある。これはこれで土居が臨床経験を積み、精神療法を教える立場になり、大学紛争を経て、より広い意味での診断的考察や精神科臨床の基本に関する本を記す必要性のもと書かれた本であり、臨床家がまず読むとしたらこちらだろう。

しかし、精読の醍醐味である、著者の思考への同一化を味わいたいなら『精神療法と精神分析』のほうが断然面白い。ここにはまだ「方法」になりきっていない土居の思考の動きの痕跡がはっきり残っている。1990年代になると土居の文章は雰囲気はそのままだが、もっとすっきりしてしまう。

平井靖史は『はじめてのベルクソン』で以下のように述べる。

‟歴史にも同じ構造があります。「あの事件が時代の転換点だった」という語りは、その後の展開を知っている者だけが構成できる。明治維新も、後から見れば日本近代化の出発点として語られます。しかし渦中を生きていた当事者には、それが何の始まりなのかは見えていません。何が決定的で何がそうでないかの区別すら存在していなかった。歴史の筋書きは、つねに結末から遡って編まれます。出来事の「意味」がその後の展開に応じて変わり続けるということ自体が、時間の未完了性を示しているのです。”

土居はもう死んでいるのでこれ以上書くことはない。なので、最後の方の著作のほうがすっきり洗練されたことが書いてあるのは当然と言えば当然だが、実はこれはそんなに当然ではない。ベルクソンが『道徳と宗教の二源泉』でみせたような飛躍は土居にはなさそうだ。土居の思考の動きは臨床家ならではだろう。臨床は常に患者とともにある。だから「臨床」なのだが。患者をおいてひとりでどこかへいくことはできない。どこかへいったとしてもまたいつもの時間、いつもの場所に戻ってくる。精神療法は特にそうだ。そうやっていつまでもその基盤を確かめるような作業を繰り返す毎日だからこそ日常語が大事になる。

今日はすごく風が強い。昨日は名古屋の様子を映像でみてびっくりした。電車も大変なことになっていた。どの地域も安全に一日が過ぎるとよいが。どうかお気をつけて。今日もよろしくお願いします。

初台もお祭りかな。
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土居健郎『精神療法と精神分析』続きとちょっとベルクソン

土居健郎は『精神療法と精神分析』(1961、金子書房)の最初から、精神療法を劇にたとえていた。治療の開始において「あなたには精神療法が適当である」と言われた患者は、舞台にあがることを誘われた観客ということになるだろうか。そのように言われた患者の心の中に生じる様々な思惑、それをとりあげるのが「探りあい」にひきつづく段階である。


土居は、ここで、いくつかの受けとり方を例示しながら、その対処について述べる。土居は、まず理論の記述をして、症例を素材として提示する、という方法はとらない。この本は、高度に専門家向けの内容ながら、多くの人が経験している、あるいは想像しうる精神療法の診察場面の実際が「こんな場合もあるし、こんなことだってあるし、と提示される。そしてそれが、次の理論的記述への種まきになっている。理論的記述といっても土居が使用するのはほとんどが日常語であり、専門的なことが誰にでも読める言葉で書かれている。


土居の頭の中ではつぎのような場面が次々に浮かんでくる。精神療法を受けるようにということは精神修養しないさいといわれることと同じこと、つまりこうなったのは修養が足りないからだ、と治療者にいわれたように受けとる患者、すなわち自分が責められいていると感ずる患者、土居は、そのように感じる患者は、以下の二つの態度のいずれかをとるであろうという。


現在の苦しみの原因について自分には責任がない、なにか身体の病気かもしれないし、周囲の出来事ないし他の人間の所作が原因である、と治療者のいうことを信じないという態度、もうひとつは、精神療法を精神修養と解する自らの解釈に甘んじ、よってこれは治療の問題でなく、自ら解決しなければならない問題であると信じ込む態度である。どちらも治療関係の断絶の危険をはらんでいる、と土居は述べる。

土居は、これらを精神療法の適応の話にはせず、信頼の話としている。それに私はとても共感する。精神分析は信頼し、協力できるこころを信頼して、協力するものと私は考えるからである。

土居は、精神療法の筋書きとして精神分析を採用したので、私が土居の考えに共鳴する部分が多いのは当然と言えば当然なのだろう。

土居は筋書きを「骨組み」「枠組み」としてとらえており、「その場その場の状況は治療者によって一方的に与えられるものではなく、むしろ患者自身がそれを作るのである。ただそれに対して治療者は、それぞれの治療の方針すなわち筋書きにしたがって解釈を施す。これは即興劇における相手方の台詞に相当するものである。」(p35)と述べた。

ここで少し、最近読んだ哲学の本で心に残った部分と重ねてみる。私はフロイトの「事後性」を考えるためにはベルクソンの時間論が必要なのではないか、と思い、何年か前からベルクソンを読んでいるが、平井靖史の本に出会ってから、少し解像度が上がった気がしている。そして先月、平井靖史『はじめてのベルクソン 時間をひらく哲学』(2026、講談社現代新書)というさらにわかりやすい入門書がでた。平井も土居と同じく、専門用語は最小限にして、生活に落とし込んだ言葉で高度に専門的なことを書く。

たとえば、土居は、患者が、先ほど書いたような受けとり方をした場合、すかさず次のような手を打つことが必要であるという。

「たしかにあなたの病気は気のせいだといってもよい性質のものです。しかし気のせいといっても、あなたが自分勝手にそうしているということではありません。その証拠に、あなたが苦しむまいとしても止めることはできないでしょう。ですから気のせいといっても、それは自分の思うままにならない気です。」

これは「気」という日常語を使わないとできない表現だろう。彼らはわかりやすくするために日常語を使ってはいない。日常語だからこそ捉えられる運動があり、その言葉を動かすことで、高度に専門的な思考を続けている。

と、平井の本と重ねて考えたことを書こうと思ったが時間がない。今朝はここまで。

各地、奇妙なお天気が続いているようで気候変動の影響が本当に心配だし、怖いのだけど、みんなで無事に過ごせますように。今日もよろしくお願いします。

文章と関係ないが鳥好きには欠かせない展示だった。
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土居健郎『精神療法と精神分析』第4章「精神療法の受けとり方」

土居は「(1)初めの探りあい」で 、精神療法に導入する過程が既に精神療法であり、「治療者に関する限り、患者に会ったその瞬間から、精神療法は開始される」と述べた。そしてそれは、単に患者に病名をつける、という狭義の診断ではない調査を必要とする。患者の病気を正しく理解するためには、症状や問題に対して、いつ頃から、環境因子は、生活の上に何らかの変化が、などを問い、さらに、生い立った家庭環境、受けた教育、結婚ならびに職業における適応性、交際の範囲など「患者の全貌」を調査する必要があるとした。それは患者の健康な面を知るためでもあった。

土居は、ここでまたいつものずらしをする。

「これだけでは精神療法に移行することは不可能である。」

土居は、患者が治療や治療者との出会いをどう経験しているかにも着目する。自分から来たのか。誰かにすすめられたのか。無理に連れてこられたのか。患者自身は、自分の症状や問題をどう考えているのか、実際にどのくらい困っているのか、治療の成果はどのような形で期待しているのかなど。問われるのは患者だけではない。治療者は「果たして患者を助けることができるか、それにはどうすることが最善であるか」と自分自身に問わねばならない。

第3章「(1)劇としての精神療法」で、土居は「治療者といえども、相手が知らない筋書きを知らない以上、具体的にどのようなやりとりが両者の間に展開されるか、初めから完全にわかっているわけではない。かくして治療者も患者も、通常の劇における観客のごとき興奮を精神療法の中でもいくらか味わうことが可能になる」と述べた。

探るのは治療者のほうだけではない。患者の方でも目の前の知らない相手になんとなく探りをいれる。

「治療者は果たして真に自分を助けようとする誠意を持っているであろうか。また実際に助けるだけの能力を持っているであろうか。そして最後に、治療者は自分の問題を本当に理解したであろうか。そして一体どのようにして彼は私を助けようとするのであろうか。」

患者と治療者の関係は内実は反転可能なのだ。だから題も「探りあい」なのだ。もちろん、治療者は治療者で、患者は患者なので、形式的には反転もなにもない。土居は、役割の対称性を主張しているわけではない。土居は、どこまでも具体的だ。土居がいう診断は、問いと答えだけで成り立つものではない。今ここで起きているふたりの態度と感情の探りあいという動的なものである。「診断」という言葉に含まれる動詞を探れば「見る」「訊く」「問う」「答える」「探る」「探りあう」のほかにももっと見つかるかもしれない。このような態度も、おそらく、すでに、精神療法的だ。

そのような動きをしばらく続けた後、「治療者は、今ここに出来かかった治療者患者の関係を精神療法という形で続けるか、それとも別の治療方法を処方するか、決定しなければならない」。

とても土居らしい書き方だと思う。「今ここに出来かかった」関係を「精神療法という形で続ける」かどうか。

そしてそれを患者に告げなければならない。土居はここで、精神療法以外の治療との対比を持ち出す。

「精神療法以外の治療の場合は、患者が治療者の権威を信頼している限り、どのような治療を行なおうともそれほど問題とはならない。」

では、精神療法はなにが異なるのか。土居はいう。

「あなたには精神療法が適当である」と聞いただけで、患者の心の中に色々な思惑が生まれてくるである。したがって最初の探りあいの段階にひきつづいて、精神療法についての患者の思惑をとりあげることが必要となるのである。」p72

土居は、権威をもつ者としての自分に自覚的である。治療者には診断し、治療法を選択し、それを告げる権限と責任がある。形式的な非対称性によって維持される治療法はある。しかし、精神療法では、治療者の言葉を患者がどう受けとるかによって、そこに揺らぎが生じる。治療者に言われたことを患者がどう解釈するか。そして患者が、自らの解釈によって治療者を信じない場合にも、信じこんでしまう場合にも、治療関係は断絶の危機にさらされる。

この「(2)精神療法の受けとり方」で書かれる精神療法の実際は、臨床家、土居を知る醍醐味である。

各地の雨は大丈夫だろうか。東京は予想よりもいつも通りに動けるが、それでも警戒は必要だろう。またもや月曜日。安全に、健やかに過ごせますように。

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土居健郎『精神療法と精神分析』第2編第4章「探りあい」

日曜日。東京は曇り。雨も。明日の朝は災害級の大雨が関東でも予想されているらしい。無理なく過ごしましょう。

さて、土居健郎『精神療法と精神分析』(1961、金子書房)の第1編を読み終えたのだった。第2編は「精神療法の過程」である。全部で6章からなる。最初は「治療の開始」。最初が肝心、というのはどの世界でも変わらない。

さらにその前に、土居は第2編のエピグラフに「不思議の国のアリス」をおいた。

第1編のエピグラフはカロッサ『医者ギオン』の引用だった。


「最高の姿では、医者は芸術家に劣らないほどのものだ。しかし芸術家のように霊威の時を待ったり、自分の対象を選んだりすることはできない。対象が彼を選ぶのであり、時は常に彼をうかがっている。初めから人をことわることは、絶対にできないのだ。やさしい邪念のない感激的な性の人である場合、それから大抵の医者がそうであるように、患者と両人だけで診療に従事する場合、世のあらゆる要求に、汚れた力のあらゆる圧迫に身を曝さなければならないのだ。多くのものが彼の技術ではなく、彼の人間的なものをあてにやってくる。」


土居は、対象が治療者を選ぶのであり、治療者の技術ではなく、人間的なものをあてにやってくる、という言葉に共感したのだろう。そしてその「人間的」とはどういうことかを探求した。


そして第4章のエピグラフは『不思議の国のアリス』 。毛虫にWho are you? 「誰ですか、あなたは」と問われるアリス。「あなたこそ、あなたが誰であるか、先におっしゃるべきだと思います」、とアリスがいうまでになされる「わかる」「わからない」の会話はおなじみだが、土居の文脈でいえばこれこそ治療者と患者の関係で生じることだろう。


土居は「第4章 治療の開始」を「(1)初めの探りあい」という項目から始める。土居は「患者が合意の上で精神療法をうけとることはまれで、多くの場合精神療法に導入する過程が必要となってくる。そしてこの導入過程が、患者はそうと意識しないが、実はすでに精神療法とならねばならない。いいかえれば治療者に関する限り、患者に会ったその瞬間から、精神療法は開始されるのである」と述べる。


毛虫とアリスが出会った瞬間から「探りあい」をはじめ、それが「わからない」ことをめぐってなされていることはとても重要である。

そのあと土居は「精神療法の開始は患者の診断と同時している」(原文ママ。「同時に」かな。)というが、それは「単に患者に病名をつけることをいうのではない」という。土居は「狭義の病歴を越えて、患者の生活一般についても調べる必要がある」としてその内容を書く。「患者の全貌」を知ることがなぜ重要か。土居は言う。「というのはこれらによって患者の病前の人柄がわかるとともに、現在病んではいるがなおかつ存在している健康な面についても、大凡の見当をつけることができるからである」。


それでも土居は「これだけでは精神療法に移行することは不可能である」という。そりゃまたなんで、と読者は思うだろう。

ここで土居が問題にするのが、患者の治療に対する態度・感情である。アリスと毛虫のやりとりを思い浮かべる。土居は「患者自身どう考えているかが探られなければならない」とする。そして治療者自身は「果たして患者を助けることができるか、それにはどうすることが最善であるか」を問わなければならない。この問いは「見立て」の基本だろう。

「探り合い」のあとは「受け取り方」について検討がなされる。はじまりというのは常に大切で、土居がこれを「インテーク」とか「初回面接」とかいわずに「探りあい」と書くのがそこでなされることの大部分を表していると思うが、毛虫とアリスの会話をエピグラフにおいたのがまことに効果的だと思わずにはいられない。北山修も「不思議の国のアリス」を愛しているし、ウィニコットもそう。私も何度かここでアリスのことを書いている。学びは専門書の外にある、というより、外を知らずして学びはない。「あなたは誰」「私は?」という問いが決して閉じることはないということも、土居を通じて学ぶことである。

昨日の空。晴れたり曇ったりだった。
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書誌情報とか。

今日こそおいしいカルダモンロールを食べて(昨日のはシナモンロールだった。見かけで区別がつかなかった)。ひとり精読シリーズを再開しようと思ったのだが・・・。

アンドレ・グリーンの書誌情報を整理していたら大混乱。ひとつの論文がいろんな著書になっていたり英訳されていたりいなかったり、改訂版があったり・・・。AIにも聞いてみたがみてすぐにわかる間違いが多すぎる!結局二人(?)で直したりしていた。

しかもグリーンの論文を読みながらトーマス・オグデン(Thomas H. Ogden)も読んでしまったので、オグデンの書誌情報も気になり・・・。これのほうがAIは正確に拾えていたがThe Primitive Edge of Experience (1989) は未邦訳だよね。どうして「体験の兆すところ」ででてくるのだろう。どこかで訳されているのかな。ラカン派の人たちが精力的に試訳作っているみたいに。なんにしても邦訳がないものはそう書くか、せめて英語併記にしておいてほしい。AIが勘違いしてしまう。本末転倒感は否めないが。英語の出版物はResearchGateが一番チェックしやすいかな、私は。

オグデンの邦訳は現時点では多分これら。

The Matrix of the Mind. Object Relations and the Psychoanalytic Dialogue(1986) Jason Aronson, Inc.(1992) Routledge
https://www.taylorfrancis.com/books/mono/10.4324/9780429482403/matrix-mind-thomas-ogden

『こころのマトリックス――対象関係論との対話』藤山直樹 訳、岩崎学術出版社1996

Subjects of Analysis (1994)Routledge
https://www.taylorfrancis.com/books/mono/10.4324/9780429480515/subjects-analysis-thomas-ogden

『「あいだ」の空間――精神分析の第三主体』和田秀樹 訳、新評論1996

Reverie and Interpretation Sensing Something Human (1997) Routledge
https://www.taylorfrancis.com/books/mono/10.4324/9780429479670/reverie-interpretation-thomas-ogden

『もの想いと解釈――人間的な何かを感じとること』大矢泰士 訳、岩崎学術出版社2006

Conversations at the Frontier of Dreaming (2001) Routledge
https://www.routledge.com/Conversations-at-the-Frontier-of-Dreaming/Ogden/p/book/9781855759060

『夢見の拓くところ――こころの境界領域での語らい』大矢泰士 訳、岩崎学術出版社2008

Rediscovering Psychoanalysis Thinking and Dreaming, Learning and Forgetting (2009) Routledge
https://www.taylorfrancis.com/books/mono/10.4324/9781315787428/rediscovering-psychoanalysis-thomas-ogden

『精神分析の再発見――考えることと夢見ること、学ぶことと忘れること』藤山直樹 監訳 ほか、木立の文庫2021

Projective Identification and Psychotherapeutic Technique (1992) Routledge
https://www.taylorfrancis.com/books/mono/10.4324/9780429478574/projective-identification-psychotherapeutic-technique-thomas-ogden

『投影同一化と心理療法の技法』上田勝久 訳、金剛出版2022

Reclaiming unlived life: Experiences in psychoanalysis (2016) Routledge
https://www.taylorfrancis.com/books/mono/10.4324/9781315665948/reclaiming-unlived-life-thomas-ogden

『生を取り戻す――生きえない生をめぐる精神分析体験』上田勝久 訳、金剛出版2024

オグデンのcreative readingsはでるたびに自分の整理に加えていたのでそれほど混乱しなかった。自分のが間違っているかもしれないが。

最新の17本目は、Ogden, T. H. (2026). Playing as a Basic Form of Living: On Winnicott’s “Playing: A Theoretical Statement.” International Journal of Psychoanalysis, 107(3):332–351.

時間ができたら全部表にしておこう。今日はもうすっかり余裕なし。雨がひどい地域はどうなっただろうか。奄美大島のきれいな海もすっかりにごってしまっている映像をみた。今年の台風の多さも異常気象のひとつかな。みなさん、どうかご無事で。ご安全に。

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フロイト「否定」論文を少し。

大好きなお店の大好きなカルダモンロールを解凍して、おいしく焼くという大切なミッションがあるから、たった5ページしかないフロイトが1925に書いた『否定(Die Verneinung)』論文(岩波書店、フロイト全集第19巻)を精読することを今日はしない。フランスの精神分析に関心がある方はぜひご精読あれ、5ページだから。

といってもこの5ページにものすごい読解を披露したのがヘーゲル学者のジャン・イポリット。今はBruce finkのÉcrits: The First Complete Edition in Englishとか、同じくフィンクのLacan to the Letter: Reading Écritsなどで読むことができる。邦訳はジャック・ラカン 『フロイトの技法論 (上)』 (ジャック=アラン・ミレール編、 笠原嘉、小出浩之 、鈴木國文、小川豊昭 、 小川周二 訳、岩波書店)とかブルース・フィンク『「エクリ」を読む――文字に添って』( 上尾真道、小倉拓也、渋谷亮訳、人文書院)など。私は『エクリ』の昔の翻訳で読んだ気がする。

フロイトの『否定』論文、ラカンの「排除(Verwerfung / Forclusion)」とグリーンの「情動(affect)」がぶつかるわかりやすい地点もここ。あと、抑圧(Verdrängung)、否認(Verleugnung)、否定(Verneinung)を区別することも大事。

フロイトは「否定は、抑圧されたものを知る一つの方法」であると述べる。「私の母ではありませんよ」というとき、母という表象は意識に到達している。これは「抑圧の一種の解除」であるが、言語との関係でみれば、知的機能と情動的過程がここで分離する。「抑圧の一種の解除」というのは解除される一方で保持もされるということらしく、知的な承認は成功しても、抑圧過程そのものは解除されていない。

キノドス(Jean-Michel Quinodoz)が『フロイトを読む』(Lire Freud)のなかで、この年代にみられるフロイトの概念をまとめていて、それとの関係を考えるのも面白い。

たとえば「自我の分裂(Ichspaltung)。これは1938年の『防衛過程における自我の分裂』(フロイト全集第22巻)につながる。フロイトはそこで、自我は現実を拒否する一方で、現実に由来する危険を認識し、症状の形で不安を引き受ける、という葛藤に対するふたつの矛盾した態度の併存を「自我の分裂」と記述する。「知りません、でも知っています」というような二重性は、「母ではありません」と言うことによって「母」という表象を意識に到達させる「否定」論文の構造を思い出させる。

とまあ、いろんな方向から何度でも読まれるべきなのが「否定」論文じゃないかな、ということで、また今度。

今日は金曜日。東京は雨が降ったりくもったりらしい。がんばろう。

シナモンロールだった。
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アンドレ・グリーンの「ネガティブ」、フロイトの「否定」

さてさて、今日は日本の精神分析があまり取り入れてこなかったフランスの精神分析にとんでみよう。

アンドレ・グリーンAndré Green (1927–2012)のことはよくここにも、もうひとつのブログにも書いてきた。しかし、この一年で修正すべき点もみえてきた。自分の言葉とはいえ書き散らかしているので修正箇所を特定することはできないし、いまだ理解が十分でないところが多いので、ここに書いていることは正しい知識というよりは、すべて理解へのプロセスだと思って読んでいただきたい。勉強する時間がもっとほしいし、もっと賢ければいいのだけどないものねだりはまた今度、と自分に言い聞かせる。

グリーンは、フロイト以降の様々な精神分析理論の発展において、とくに英国対象関係論やアメリカにおける対象や関係を前景化するモデルのなかで後景化してきたフロイトのメタサイコロジー、とりわけ欲動・表象モデルを、対象関係論の成果を取り込みつつ、第二局所論の見直すことでアップデートしてきた。

グリーンはフロイトへの回帰を強調するでも、フロイトを批判するでもなく、対象関係論から発見したものを取り込みながらフロイトのメタサイコロジーそのものを再構築しているようにみえる。

グリーンは、抑圧(Verdrängung)モデルでは捉えきれない心では、なにかが表象されていながら意識から排除されている、というより、表象すること自体が困難であったり、いったん成立した表象や対象への備給が撤回されたりしている状態を考えた。

私はアンドレ・グリーンの対象化/脱対象化機能objectalisante/désobjectalisante (fonction)に関する論文にインパクトを受けてから約2年か3年、グリーンの著作を読み続けている。このブログでの登場回数もその頃から急に増えたと思う。

グリーンといえば、 The Dead Mother、The Work of the Negative、Life Narcissism, Death Narcissismに書かれているように、不在、喪失、脱備給など「ネガティヴ」の働きに関する理論が、その仕事の重要な軸をなしている。

「ネガティブ」は単に「ない」ということではない。重要なのは、「ない」ことによって生じる空間、表象、思考であり、「ない」ことによって消されたり失われたりする備給、結びつき、表象可能性であり、この概念が示すのはそうした心の運動である。

そうだ、グリーンを読むときには、まずフロイトの「否定(Die Verneinung)」論文(全集19 1925-1928)を読んでおきたい。土居を読むときのように、少しだけ読んでおこう。

「私たちの患者が精神分析の作業中に思い付いたことを明かす際の語り口は、若干の興味深い考察をするきっかけを与えてくれる」

フロイトはまず「語り口」に注目する。何を語ったのかではなく、どのように語ったのか。

「本当にそんなつもりはないのです」「私の母ではありませんよ」

患者は、思い付きを言葉にしながら、この言葉との関係を切ろうとする。

フロイトは「解釈する際、否定は度外視して、思い付きの中身だけを取り出す」。

私もそうするときがある。しかし、これは結構大技なので注意も必要だが、フロイトはそうするもんだ、くらいな感じで書いている。

もういかねば。今日はここまで。木曜日だ。がんばろう。

オペラシティのこの道はあまり人は通らないけどいつもきれいに整えられてる。
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土居健郎『精神療法と精神分析』第1編のまとめ

なんとなく毎日読んできた土居健郎『精神療法と精神分析』ですが、といってもひとりでやっているわけですが、いつのまにか第1編(65ページ)を読み終わりました。せっかくなので、昨日からの続きの部分に触れつつ、これまでのところをまとめておくことにします。

土居健郎は『精神療法と精神分析』(1961)の「第3章治療の方針と目的」で「筋書きの種類」をいくつかあげます。a精神分析、bアドラー派、cユング派、dランク派、e ホルナイ派、f サリヴァン派、g ロージャス派(原文表記のまま)、h 実存分析と実存療法、i グループ療法、j 森田療法です。種々の治療学派を「筋書きの種類」という項目で分類するのも土居らしいところではないでしょうか。


土居はここまで精神分析と異なるものとして森田療法に特別な位置を与えてきましたが、それが最後にくることを不思議に思う人もいるかもしれません。土居が森田療法を別物とするのはここでも変わりありませんが、ほかの精神療法との間にも境界線をひいています。ここにあげられた森田療法以外の学派はすべて精神分析に影響をうけている、と土居は考えているからです。


土居は、森田療法も精神分析を意識し、それに対立するものとして生み出された、と考えれば、ここにあげられたのはすべて精神分析以降といえる、と述べます。それ以前の説得、暗示、催眠などが対症療法的であって、真に症状の背後にあるものを動かすことを目指していなかった、と土居はいい、精神分析及びそれに準ずる治療方法を力学的(dynamic)であると総称します。


土居は、それぞれ独自のパーソナリティ論を展開し、それに基づいて治療を行なうこれらの治療方針を力動的体系的精神療法とします。しかし、精神分析以前の治療がたとえ対症療法的であるからといって、それらは不必要になったわけではなく、力動的体系的精神療法の枠の中で適応を考えて行なうことは可能だし、実際に行われているといいます。土居が催眠術についての治療的応用を論じる文献としてあげるのが蔵内宏和・前田重治の「現代催眠学」(慶応通信、昭和35年)であるのも興味深いところです。


土居は、次に、精神分析を初めとして互いに相違する治療体系が存することをどう説明するかという問いをたてます。それぞれの治療が何がしかの成功を収めているという事実を鑑みれば、治療効果に関しては各治療体系に共通する因子があるだろうと土居は考えます。ここでは、それは、治療体系の如何よりも個々の治療者の能力とされます。それでも、ある一つの筋書きにしたがって精神療法という劇が実際に行われれば、患者はそれによってなにがしかの利益をうるだろう、と土居は言います。実践面はそうだとしても理論面はどうでしょうか。土居は、どのような治療体系でも治療効果は得られる、としても、その結果は決して一様ではないというところに着目します。


土居はここで、Glad,Donald D.のOperational Values in Psychotherapyを援用し、精神分析を受けた場合、サリヴァン派の治療をうけた場合、ランク派の治療を受けた場合とそれぞれの治療の目的を示す。そしてこの著者が言っているのは要するに、それぞれの治療体系の中に含まれている価値が治療の状況の中で患者によって学ばれるといいます。


土居は「筋書きの種類」に入る前に「精神療法の筋書きは、それぞれの学派によって異なるが、価値や思想よりも、むしろ精神構造もしくはパーソナリティについての理論の基盤の上に立っている」と書きましたが、上記では「価値が学ばれる」と書きます。
土居は、治療体系ならびに治療効果の多様性として、治療体系が異なるに応じて治療効果もいくらか異なる、という現象を説明するにはもの足りないようで、このような現象を説明する普遍的な精神療法の理論体系はやはりありうるのではないか。それはやはり精神分析の理論ではないか、といいます。


土居は、以下のように第3章を締めくくります。
「すなわち精神分析の出現は、それに対立する多くの治療学派の発達を促進する結果を生みだしたが、このことは特に初期の精神分析が不完全であったことを示すとともに、精神分析の中にその後の対立する学派が芽としてすでに潜在していたことをも暗示すると考えられるからである。けだし対立は無縁を意味せず、むしろこれらすべてがある意味で一貫した発展であり成長であることを暗示しているのである。」(p64)


土居は「したがって折衷的立場においてではなく、精神分析を主体とする統一的立場から」精神療法の過程を記述する、と第2編に向かいます。


この『精神療法と精神分析』は第1編「精神療法の構造」、第2編「精神療法の過程」、第3編「精神療法をめぐる諸問題」という三部構造です。第1編は、土居が精神科医として精神療法を劇にたとえ、その構造を「治療者患者の関係」「治療場面の設定(時間の条件と場所の条件)」「治療の方針と目的」の観点から検討するものでした。それは土居がなぜ精神分析の立場に立つのかという説明でもありました。


土居は、精神分析をいちばん正しいとは考えていません。ただ、不完全であるがゆえに、対立し分岐する学派を生み出したり、発展や成長の可能性を含んだ豊かな土壌として機能しうるのではないかと考えます。土居は、それぞれの学派に歴史的・力動的関係を見出しているので、それらを横並びにしたり、それらを折衷して使用するという発想にはならないのでしょう。土居は「筋書きの種類」において、ページ数はたいして割かないにも関わらず、かなり詳細に各学派を検討しています。森田療法の専門家であり知り合いが「土居は森田を一番読めた人ではないか」というのも腑に落ちます。だからこそ土居は、安易に複数の体系の寄せ集めをしないのでしょう。ここまでみてきたように、土居はなにか結論を導くときに差異をなくすという方向性をとりません。差異や対立が生じるなら、それはなぜ、という観点からひとつの立場にたどりつこうとするのです。これをヘーゲル的にとらえることもできますが、土居は精神分析の発展のプロセスに自分の態度を重ね合わせてもいるのでしょう。土居は、対立を保持したまま、その対立を生んだ歴史をさかのぼります。


土居は、医師と患者の関係の特殊さを語るにもそれを簡単に「非対称」とは言いませんでした。一精神科医として、権威をもつ立場であるという十分な自覚のもと、しかし患者と同じ舞台をみる観客として、同時に同じ舞台にたつ役者として、枠組みはあるが予測不能の、多様な筋書きを生きる関係が精神療法であると書いているように思います。このあとの第2編では、精神療法の過程が詳細に記述されます。楽しみです。楽しいですよ。

今日は水曜日。9月も2日目。さっそく憂鬱ですよね、たいてい。無理せずいきたいものです。今日もよろしくお願いいたします。

初台にできたカヌレ屋さんに行った!
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9月1日、言葉の仕事

土居健郎が、精神療法をひとつの劇にたとえたことはすでに書いた。

土居は、『精神療法と精神分析』の第3章で、「精神療法の筋書き自体はある思想なり価値なりを前提としている」。「精神療法の筋書きの中に含まれている思想なり価値なりに断固として反対する者は、その精神療法によって利益を受けることができない」。ただし、「それら思想や価値は表面には出ていないのであるし、またある思想や価値に断固として反対するという者は稀である」。なので「実際にある患者がある一つの精神療法によって何ら利益を受けないということは、少ないといってよい」と述べた。

筋書きとは「単に仮装された思想や寓話ではない」。また、精神療法が目的とする自己洞察も「単なる観念的なものではなく、治療によって起きる患者の性格変化に伴なう新しい精神的視界のことである」。

「自己洞察」という言葉には、ものすごく頭でやってる感があるが「性格変化に伴なう新しい精神的視界」と書かれると日常生活となじむ。土居は、理解→変化、ではなく、変化すると見え方が変わるという体験のことを「洞察」と呼ぶ。

この「洞察の出現」に関しては第8章で詳述される。

精神療法を劇とすると、そこには「物語」があって、患者がその筋書きのなかで自分を発見していく、と読めてしまうかもしれない。たとえば「あなたの苦しみを深堀りしていくと幼児期の葛藤につきあたります」という精神分析的寓話に患者を当てはめるような。

土居はそうはいっていない。土居は「精神療法の筋書きは、それぞれの学派によって異なるが、価値や思想よりも、むしろ精神構造もしくはパーソナリティについての理論の基礎の上に立っている」という。

筋書きを規定しているのは、人間の精神がどういう構造をしていて、どう変化しうるのかという作業仮説である。


それでも精神療法の筋書きに暗黙の思想や価値が含まれることに変わりはない。だからこそ、土居は、理論的偏見に左右される可能性も認める。そのうえで「最も普遍的であり、概念的に構成されたもの」として精神分析理論を採用する。ここで「精神分析が治療の筋書きとして最も実用的であるというよりも」と書いているのも面白い。実用性が最優先される現代に精神分析がはやらないわけである。というか、これまでだって日本で精神分析がはやったことなどない。

土居は、精神分析を絶対的な立場に置かない。そういうことをしない人であるらしい、というのはこれまでの書き方からも推測できるだろう。比較はする。境界線は引く。でもそれは序列をつけるためでも、壁を作るためでもない。


ちなみに土居は「精神療法の学派のうち何れが正しく何れが間違っており、何れが完全でありまた不完全であるか、と詮識することは思かなことといわねばならぬのである」と述べている。深く同意する。


精神分析にはその歴史のなかで埋め込まれ、いまいちど取り出して問わねばならないジェンダー観、家族観、自立観、そこに含まれる歴史的、社会的文脈がある。土居は「甘え」をキーワードに社会と精神分析をつなげて思考し、言葉にして伝えた。


現代は、即座に、しかも、わかりやすい応答が好まれるため、待たずに済むAIの需要は多いだろう。しかし、応答するには意味を固定しなければならず、言語の距離作用はむしろ失われる。精神分析が待つことを苦にしない、むしろ仕事にしているのは言葉のそのような機能をものすごく大切に考えているからである。

土居を読むときは、土居の書きかたに従い、議論の運動を保持したまま、要約をせず進んだほうがいい。切断によって失われる意味ではなく、新たに現れる意味を追う。地図を描きながら移動し、修正し、また移動し、道に迷い、少しずつ世界を知っていく。そういう書き方に応じた読み方ができたらと思う。

今日から9月。毎月1日の早朝に、ホームページ作成会社からの領収書がメールでくる。「あー、ついたちか」とやや憂鬱になるので決済を15日とかにしてくれたらいいのに。気分の問題ではあるが。

今日は火曜日だって。学校がはじまるね。みんなどんな感じかな。無理するもしないも自分で決められたらいいと思うけど、そんなあなたにきちんと関心を向け続けてくれる人がいますように。良い一日になりますように。

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境界とか。

‟精神療法においては、言葉の真の意味において「私は誰なのか」「私は何をしてきたのか」「私は何を感じているのか」「私は何をすることを欲するのか」という問いに、自ら答えることを学ぶのである。”

土居健郎は『精神療法と精神分析』(1961、金子書房)「第3章治療の方針と目的」で述べた。

土居はここでも、精神療法の目的を「自己発見であり自己洞察であるといえるが、しかし単にそういってしまっただけでは、あまりに広範囲になってしまう恐れがあるだろう。もともと「己れを知れ」という命題は、すでにソクラテス以来の哲学の課題であるといわれているからである。」として簡単に名詞にはしない。

ここで比較の対象にするのは宗教・哲学その他である。土居はカトリック信者であり、そこでの自己発見・自己洞察と土居が精神分析によって得たそれとはおそらく異なるが、それはまた時代的にもあとのお話。今はまだ1961年。

土居は「ただここでいっておきたいことは、これらがたとい重複し平行するところがあるとしても、厳密にはそれぞれ区別されねばならぬということである。精神療法は哲学のように存在の意味を問らものではなく、宗教のように価値を教えるものではなく、またイデオロギー(思想体系)のようにすべてを説明しつくそうとするものでるない。」

という。

そしてまた「しかしこのことは、精神療法の中に存在の意味や価値や思想が全然入らないということではない。」という。土居のこの書き方にもみんななじんできたことだろう。

切断しては動かす。境界線は壁を作るためにひくのではない。

そして大事な一文が来る。「 むしろそれらは精神療法という劇の筋書きの中に暗黙のうちに含まれているのである。」

土居は「その劇的筋書きの枠組みの中で患者が自らの態度・感情・行動を理解するに至ること」が精神療法の目的であるという。土居は「この筋書きの中に含まれている思想なり価値なり断固として反対する者は、その精神療法によって利益を受けることはできない」というのだが、「しかしそれら思想や価値は表面には出ていないのであるし、またある思想や価値に断固として反対するという者は稀であるから、実際にある患者がある一つの精神療法によって何ら利益を受けないということは、少ないといってよいのである。」で述べる。

土居がせっかくあれやこれやと思考を巡らせながら自分の立場の表明に向かおうとしているのに、単純な言葉を使うのはどうかと思うが、実践に即していうならば、精神療法は「話しても意味がない」と本気で思っている人に対して役に立つことはできない、ということだろう。「話したくない」とか「なにを話していいかわからない」とかではなく、話すということ自体がなにかを動かすとは思わない、という強い信念があったりする場合は、である。

そういう人は最初からこないのでは?と思うかもしれないが、そんなことはない。それは、精神療法の筋書きの中の思想や価値が表面には出てこない、からではなく、私たちが言葉を使う以上、強い信念の表明もまた言葉によるものであり、その働きから自由ではないからである。私たちは「意味がない」とわざわざいいにいくこともする存在である。

舞台に上がる、土俵に上がる。まず、私たちは、そこには筋書きやルールがあることを前提とする必要がある。そこでの二人がこれから何をしようとしているのか、そこではなにが起こりうるのかわからないからこそ、土居は「治療場面の設定」に一章を割いた。精神分析的な心理療法の教科書のほどんどがそこをはじまりとするのではないだろうか。枠組みは大切である。

土居は、このあと自分自身の理論的立場を明らかにする。私たちはすでに知っているように、彼がとったのは精神分析の立場である。同時に、土居は、精神分析に対する懐疑もずっと持ち続けていた。宗教との深いつながりもあった。それらもまたずっとあとに語るべきことだろう。

8月も今日で終わり。またもやあっという間だったが、いろんな土地へいき、いろんな人の話をきくことができた。時折、ひきこもりたい気持ちにもなるし、時折ひきこもることは大切なことだと思うが、動けるところは動いておきましょう、ということで月曜日。今週もよろしくお願いいたします。

山梨側からの富士山
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8月30日、30年ほど

8月末〆切の仕事がふたつあったがギリギリではなく提出できた。ルーティン以外の仕事は時間のやりくりが難しく、労力を考えると全くお金になる仕事ではないので厳しい面もあるが、ボランティアは大学時代からずっとやってきていることだからその精神でやっている。ボランティアで入った場所で、少しお金をいただくようになって、そこに就職する道もあったけど、いろんなことが重なって私はそっちを選ばなかった。もし、あのまま、重度の自閉症の人たちと過ごす仕事を選んでいたら、今の私はどんな感じだっただろう。彼らと言葉でやりとりができない分、ほかで言葉を尽くす必要は生じたに違いない。具体的な危機管理を常に怠らなかっただろう。コロナの期間はむしろ少し安心したかもしれない。普段から人里離れていたから。当時、私と同年代だった彼らは元気だろうか。仕事としては選ばなかったけれど、今の私にもっとも影響を与えたのは彼らであることは間違いない。だからなにかとこうして話し相手になってもらっている。人は言葉だけでコミュニケーションしているわけではない。

大学時代、週末や長期休みは自閉症の人たちか不登校の子どもたちと泊まりこみで一緒にいた。大きなお鍋で料理をするのも仕事だったが私の役にたたないことこのうえなく、ある程度作ってもらったものをまぜるとかみはるとかそんなことばかりしていた。いい匂いがしてくる。みんながなにもいわず、目も合わさず、そばにべたっと座る。「いい匂いがしてきたね」と私が言う。誰も答えない。私はにこにこ楽しい気持ちでいる。そんな時間を過ごしていた。

みんなー、私はね、精神分析家という資格をとって経験と理論が離れないように試行錯誤する日々です。私が使ってきた言葉はみんなのなかでどんな形になっていたのだろう。精神分析には事後性という言葉があって、言葉ってあとから過去に作用したり、文法的な計算を超えてくるんだっていうことを日々実感してる。一緒に日本語の歌のワンフレーズをなんどもなんども繰り返したりもした。小さな声で。大きな声になるときはとてもつらそうなときもあって、そんなときは反省ばかりだった。責められてもいないのに私が自分を責めるという形でなにかするのも違うと思ってた。

みんなと会わなくなって何年かしてから単科の精神病院に勤めたのだけど、そこは面接時間は特に決まっていなくてお医者さんが「今日はなしてく?」みたいなかんじで希望する方とは大体おはなしできた。予約制ではないからたくさんお待たせしたりもするのだけど何も話さずただ一緒に数分を過ごしたり、絵だけ描いていく方もいたけど、そういうときこそみんなとのことを思いだした。面接しているときに、人で溢れる待合室で大きな声が止まらない人の声を聞きながらいろんな要因を考えたりもした。世界は生きづらい。本当に生きづらい。そんなことも思った。

あれから30年。親御さんたちはどうされていますか。地域の皆さんは?話したいことがたくさんあるよ。不思議。この前の地震、この前の雨、怖くなかったですか。心配は尽きない。みんな元気でありますように。スタッフのみなさんも変わらずいてくださいますように。

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土居健郎、七尾線

土居健郎が『精神療法と精神分析』を書いたのは昭和36年、1961年、1920年生まれの土居は41歳だった、ということになる。41歳までの臨床経験をこんな風に言葉にできるのはやっぱりものすごいことだと思う。理論的なことなら若くてもすごいことはたくさん書けるかもしれないがこの本は極めて臨床的な本である。

土居が書いていることは今だったらストロロウらの間主観的な考え方や、ミッチェル、ホフマンなどの共構築的、社会構築主義的な考え方で説明できることがかなりあるように思う。しかし、当時、彼らはまだ登場していない。土居は今だったらわかったようになれてしまう概念をたくさん持ちものにできる時代の人ではないし、概念を道具として使う人でもない。徹底して臨床と実感発の人だ。

フロイトは精神分析は哲学ではないとはっきりいったが、土居も「精神療法は哲学のように存在の意味を問うものではなく、宗教のように価値を教えるものではなく、またイデオロギー(思想体系)のようにすべてを説明しつくそうとするものでもない。」といっている。もちろん土居なのでそのすぐあとに「しかしこのことは、精神療法の中に存在の意味や価値や思想が全然入らないということではない」と続く。常に留保がある。

患者には治療者が必要で、治療者は患者がいなければなにもできない。至極当たり前のことだが、だからといって治療者と患者が対等というわけではない。

赤ちゃんとお母さんという組み合わせで治療者と患者を見立てるならば、というかそれが最近の常だが(ここでの土居は違うが)、お母さんにも先のことはよくわからないけど赤ちゃんの鏡になることで赤ちゃんになり、とまではいわないが、赤ちゃんに同一化しようとしながらその人は母親になっていく。そこにはウィニコットのいう存在し続けること(going on being)が双方にみえる気がする(もちろんウィニコットはそんなこといっていない)。同時に、非対称な方向性へ分離していく人の姿がみえなくもない。土居が例にあげた即興劇における患者が舞台にあげられ、治療者はいつのまにか舞台にいて、でもどちらもまだ観客であるように。

こう書いていて思うけど、土居が医者でありながら医者の権威を意識的にとりあげるのは土居がまだ41歳だったからかもしれない。戦時中の言語に対する抑圧、使っていい言葉と使ってはいけない言葉の存在、精神療法の場で患者が医者としての自分に使う言葉、時代も立場もすべて、土居が権威というものに対してものすごく重く感じるところがあったかもしれない。さらにその後の聖路加病院での勤務とアメリカへの留学、精神分析の訓練、1960年代後半の世界的な学園紛争、その後の東大教授時代、土居の言葉や思想に影響を与えたものの大きさを思うと頭痛がするが土居は日常語にとどまり、ひとりの精神科医にとどまった。臨床と実感、その泥臭さのなかにとどまること。土居には別に聖書があった。私はどうやってとどまるすべを見出していくのだろう。土居の著作がその役割のひとつをこうして担ってくれてはいるが。文学かな。詩かな。俳句かな。どれもこれも言葉の世界。豊かにしていけたらと思う。

今日は土曜日。もらったばかりのおいしい幸水を食べた。いとみずみずし。今日も七尾線は大変そう。特急花嫁のれん号も運休だって。金沢から羽咋、七尾、和倉温泉にいくのに何度か乗った。金沢で新幹線を降りて、特急花嫁のれん号が泊まるホームまでの特別っぽい壁紙をみながら階段下の小さなセブンイレブンでおつまみとビールを買ってのりこむことを何度かした。また行くから、こうやって使う人いるから七尾線さんがんばってください。どうかみなさんご無事で、ご安全にお過ごしください。

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劇としての精神療法

土居健郎が『精神療法と精神分析』のなかで、精神療法を一つの劇にたとえたことはすでに書いた。それは即興劇らしい。状況についての簡単な描写と相手役の台詞だけが与えられ、それに応じて即興的に演じることを繰返しているうちに、自分にあてがわれていた役割が何であったかを発見し、それとともにこの遊戯も終わる、と土居は書いているので、この劇はplayであり、ウィニコットのplayと近い。

土居は、精神療法の中で与えられる筋書きは劇のそれとはかなり異なるとして、それは物語ではなく「全くの骨組みにすぎない」という。しかもそれは治療者によって一方的に与えられるのではなく、むしろ患者自身が作るのだと。それに対して治療者がいう台詞が解釈である。このことを繰返しているうちに、患者は何のことか自分でも十分にその意味がわからなかった自分自身の物語を、治療者のさし示す筋書きにあてはめて考えることができるようになる。

昨日は土居の比較対象のみつけかたと深め方がすごいのだ、みたいなことを書いたが即興劇を例にしたのはそんなに成功していないと思う。土居はこの前の段落で、相手が筋書きを知らず、具体的にどのようなやりとりが展開されるか、完全にはわかっているわけではないので、治療者も患者も、通常の劇における観客のごとき興奮を精神療法の中でもいくらか味わう、と書いている。

そのあとに、観客の一人が選ばれて舞台に上らされて行なわれる即興劇のことを書く。土居はたぶん、まだ客席に残っている観客のこともみている。舞台に上らされた観客はここで複数化する。サリヴァンの関与しながらの観察を思い浮かべたりもするけど、土居の場合は観察する位置が舞台と客席にある気がする。

土居は、このあと、精神療法においては、即興劇のようにたまたま自分にあてがわれた何らかの役柄を探りあてるのが目的ではなく、言葉の真の意味において「私は誰なのか」「私は何をしてきたのか」「私は何を感じているのか」「私はなにをすることを欲するのか」という問いに、自ら答えることを学ぶのである。精神療法で患者が獲得するはずの洞察とは、このような答えをさしているのである、と述べる。

これらは夢見、夢思考、夢解釈として、今ならビオンを引用していわれるようなことにつながるが、土居の考えを詳細に追うと、そういう言葉を使わずにどのくらいのことがいえるのか、という問いは、そういう言葉を使わずにこれだけのことがいえるのか、という驚きになる。詳細はもっと時間がないと言葉にできないけど少しずつしていく。

一個書いておくけど、土居は、あっさり「自分にあてがわれた何らかの役柄を探りあてるのが目的ではない」と書くが、人生において、これを一生懸命時間を割いてきた人たちを舞台にあげるのが精神療法ということだよね、いってみれば。

今日は時間がないからここまで。

昨日は石川、富山、ネパールの映像をみてどんどん力がでないかんじになった。今月初めに乗ったばかりの七尾線も大好きな羽咋も加賀温泉駅も大変なことになっていた。本当にもう雨も地震も被害を起こさないものであってほしい。追い打ちの連続では身も心も持たないでしょう。もとにもどすための作業の手が早くたくさんはいりますように。

絡みついてる「目」っぽい植物。
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書評、土居の書き方

書評の仕事は謝礼がでるものだとしても(でないものもある)、書評のために使う時間や参考文献にかかる費用などを考えるとものすごい赤字である。それでも自分が読んで勉強したことをシェアすることには、それ以上の意義があると思っている。予算の問題でその本は買えない、という人にも少しでもその本のことを伝えたいし、精神分析に関していえば私は幸運なことに実践の場をもっている。なので精神分析実践の実感を伴う本であればそれを損なわずに捉えることはできると思う。だから、たいして得意なわけでもないのに依頼をいただいたらお引き受けするようにしている。

そもそも私は、どのような書評が読者を引き寄せたり、役に立ったりするのかよくわからない。身近な人に読んでもらったりはするが、彼らはだいたい臨床家であり、私が書いたものを読む前に私がいいたいことを大体つかめてしまったりする。

何年か前、『インターセクショナリティ』(パトリシア・ヒル・コリンズ、スルマ・ビルゲ著、小原理乃訳、人文書院)で、インターセクショナリティはポリグロット(多言語的な存在)であるため、私たちは複数の言語や言葉遣いで話す必要性が出てきた。」というのを読んだ。生きる社会によって使う言葉は異なる。そこの言葉を使わないとわからないことがたくさんある。まずそこから。同時に今の持ち物でできることをやる。言葉はすぐには習得できない。

今のところ、私は狭い世界に向けた書評しか書いたことがない。もちろんその外側にいる人たちのことを意識はしているが、私が使用している言葉はものすごく狭い社会でしか通じないものだろう。

土居健郎は『精神療法と精神分析』の「第3章 治療の方針と目的」で精神療法を一つの劇と見立て「劇としての精神療法」「筋書きとしての治療方針と目的」と書いた。土居は第一章でキェルケゴールを引用し、精神療法を演劇にたとえる発想はすでにしていた。土居はここまで「普通の人間関係」「精神療法以外の一般の医学的治療」と「精神療法」の区別をしたり、精神療法のなかでも精神分析と森田療法の区別をしたりしてきた。この章で、土居は、通常の劇と精神療法の似ている点、異なる点を検討する。土居は、精神療法の場合は、筋書きを心得ているのは治療者だけである、と述べる。通常の劇でも脚本家の頭のなかには筋書きがあるが台本があがってこないとかはあるかもしれないが。

しかし、治療者が筋書きをあらかじめ持っているとしても、相手が筋書きを知らない以上、具体的にどのようなやりとりが両者の間に展開されるか、初めから完全にわかっているわけではない、と土居は続ける。だから、治療者も患者も通常の劇における観客のごとき興奮を味わうことができる、という。

土居はここでもありふれた比較対象を選んだのに、そこに見出す差異に読者としてちょっと驚くし、発見した差異を吟味してみると別の形で差異が類似点に変わってしまったりする。この運動が非常にうまい。これはたぶんフロイトよりうまい。土居の文章は読みやすいときと読みにくいときがあるが、土居の書き方になじめば楽しく読める。

フロイトも類似から差異へ進むのはものすごくうまいし、その語り口も面白い。でもフロイトの場合、それがすむと自説の展開へぐいぐいと進んでいくので「ちょっと待ってー」という気持ちになる。土居にはそんな気持ちにならない。土居は、比較対象のあいだを何度も往復して、境界線そのものをいつのまにかずらしてしまうのである。

私はこれを「言葉通じるとはどういうことか」という問いを持ちながら書いているが、それはまた時間をかけて。

東京はかなり曇っている。夜には雨も降るらしい。みなさん、無事に過ごされますように。今日もよろしくお願いします。

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時間、権威

土居健郎は精神療法のなかでも精神分析の立場にたち、フロイトが著作で述べてきたことは常に背景にみられる。一方、常に対極にある精神療法として登場するのが森田療法である。『精神療法と精神分析』の「第2章治療場面の設定」の「(2)時間の条件」は「(1)場所の条件)」の構成とほぼ同じになっており、どちらにも森田療法との比較が述べられる。森田療法は患者の反応一切を「不問にすること」が構造的特徴であると述べられていることに少し驚くが、土居はその背景に常に医者の権威をみているように思う。

時間的条件を考えるには時間の治療的意味について考えなければならないが、土居はここでランクに教えをうけていたJ.タフトを引用する。土居を読んでいると今はあまりとりあげられない治療者の名前が色々でてきて歴史を感じることができるから楽しい。土居はタフトが強調する時間の制限性よりも「時間がわれわれにとって唯一の存在の仕方である」ことを強調する。時間=存在の仕方、というのはいささか奇妙な記述だが、時間に対する態度=人生に対する態度、といいかえることもできるかもしれない。土居は時間をうけいれるということは単にその制限性を認めることではなく、「時間の中にとどまることである」と述べる。土居は私たちが苦痛の中にある時、時間から逃げ出したいとう衝動を感じることを知っている。いわゆる「抵抗」のひとつだろう。この箇所だけで私は何人もの患者とのやりとりを思い出せる。精神療法は、治療者が自らの時間を患者に与えることによって、彼らに時間の中で問題を解決することを促すことである、と土居はいう。このようにして設定された「時間の中にとどまること」ができるかどうか、同時に、総ての精神療法の時間にいつか終わりがやってくる」という現実を認め、不可避的な欠陥と限界をもつそのような時間を貴重な体験として活用できるかどうかは、治療者と患者という特殊な人間関係における双方の問題だろう。治療者においては、時間を与え、それに終止符をうつ際に現れる自身の「人間的な権威」を否定しない、ということも課題のひとつである。決定権は双方にあると口ではいえるが、それを最初にいえたり、承諾する側に立つほうに権威があるといっていいだろう。

私は若い頃、ある医者に「心理の分際で」といわれたことがある。「心理」というのはこの業界の人にとって心理職のことである。「メンタル」と同じくらい雑な言葉の使用だと思うが、それはともかく、当然「のび太の分際で」を思い出し、心底あきれ、辞めるときもなんの未練もなかった。そこで出会った人たちとの関係は今も続いているが。それにしても当時、私はまだ大学院生だったので正確には心理職ではなかったし、そこで心理士としての仕事というよりなんでも屋みたいな仕事をしていたので今思うと「心理の」という区分け自体にも疑問を感じるが、まあ、権威というのはそういうこともできてしまう、ということらしい。雇われている側が「雇われの身のくせに」とか言われたら、それは「囚われの身のくせに」というのと似たようなものだと思うが、自分の身を立てるために他人を雇ったのだから、それはものすごく対等な関係である(実はそうではないことは土居の話でもわかると思うが)ということがわからないのならひとりでやってみればいいのに、とも思う。誰かを支配することでひとりでやってるとかやってやってるとかみたいになるのはおかしいと思う。このことはこの場所は、この時間は誰のものかという話として、土居の話を重ねることもできるが、今日はここまで。

昨晩の月もとてもきれいだった。今日はどんな一日になるかな。良いことありますように。

アサガオ
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リズム、時間、共に在ること。

今朝も風がない。昨日も日射しのある時間は暑かった。ほとんど移動しなかったから汗もかかなかった。夜は涼しかった。久しぶりに明るい月を見た。もうひどく暑くなることはないのかな。台風がたくさんきてるという話があったような気がしたけど。沖縄や奄美はいつも本当に大変だな。今調べたら台風18号のため、25日、26日は休園、休校するところも多いみたい。なにごともありませんように。石垣市では沖縄県知事選の選挙掲示板も一時的に撤去したりするみたい。沖縄の選挙はとても重要。無事に行なわれるといいけど。2年前の年末年始かな、沖縄で過ごした。25年ぶりとかだったと思う。2003年にようやく開通した沖縄都市モノレール「ゆいレール」のおかげで前回まわれなかった場所も色々歩けた。ほんの数日の観光ならそれでいいけど、広い沖縄で車を使えない人たちの移動手段が増えたら見えてくるものも変わるし、沖縄の現状や未来を考える機会をもてる人が増えるのではないかな。「ゆいレール」のときも沖縄は車社会だから地元の人は使わないという意見もあったけど実際はそうじゃなかったわけだし。一方、港で生活用品をたくさん船に乗せて帰る人たちと一緒に島に渡ったりすると、その暮らしに根づくリズムの軽やかさにも重みにも心が動く。生活が守られること、それが基本だしすべてなんだと思う。

この数年、特に2022年2月、ロシアがウクライナに全面侵攻を開始した、つまり、戦争が突如として私の目の前に現れたという感覚をもってからずっと心が落ち着かない。ニュースをみたり読んだりしては途中で耐えられなくなってしまうことも増えた。

私はその頃まだ精神分析家になるためのトレーニング中で訓練分析家のところへ通っていたので、なんで、どうして、と混乱した気持ちを話す場も時間もあった。あれから日本も世界もますますおかしくなっている、と書きたくもなるが、大竹裕子が雑誌『世界』(2025年12月号)に「人間とは「共に在る」世界だ」とするアフリカ思想のウブントゥを生きるジェノサイド後のルワンダのことを書いており、世界は広く、涙を流し続けてきた人たちの笑いや言葉や音楽や踊りはよきものへ向かう力を信じなくてはいけないという気持ちにさせられる。

土居健郎が『精神療法と精神分析』の「第2章 治療場面の設定」で場所の条件と時間の条件をあげている。場所の条件に関してはここですでにふれたが、時間の条件について、土居は、治療者が患者にどれほど時間をさくかあらかじめ決めていない場合、患者にとっては今与えられている時間はいつ打ち切られるかわからないし、また再びこのような時間が与えられるという保証もないため、「お時間をおとりしてありがとうございました」と感謝はされてもそこには無意識の非難がかくされていると考えることもできる、と述べる。 

「したがって時間のとりきめのない精神療法は、原則として精神療法の体をなしていないといって、過言ではないのである。」p26

土居はここまでのところと同様に

「しかしながらそうはいってもこの場合精神療法的効果が全然怒らないということではない」

と付け加える。土居は「治療者に患者を助けたいという行為が存するかぎり、」自分の時間を与えることで患者が慰められる場合もあるだろうという。なぜなら、人生は時間だからである。

土居は「人生において各自が本当に自分のものといえるものは時間だけである」「また時間は、それを他のものと分かつことができる」という時間の特性をあげ「時間は愛情の問題と密接な関係を持っている」と述べる。

そして「治療者が個人的に患者に与える時間については何のとりきめもないもの」として取り上げられるのがここでも森田療法である。土居は森田療法とずっと対話をしている。

土居はここで場所と時間をわけて考えている。私たちが治療構造、あるいは設定という言葉を使うときはおおむね同じことをしているだろう。しかしこれをわけて説明することは本当に適切なのだろうか、と思うことがある。ベルクソンへの興味もそのような疑問から始まっている気がする。私は最初、ベルクソンってなんでも時間で説明するんだな、空間はどこいった、生じてしまうものとしての空間は時間でどう説明するんだ、と思っていた。でもちょこちょこ読んでいると、ベルクソンこそ時間と空間を分けて考えることを疑った人なのではという気がしてきた。ベルクソンの持続 duréeという概念が空間化される時間という考えにつながるとしても、その拡がり étendueは均質で分割可能な空間とは異なる。異なるリズム、緊張、興奮、これらは時間によって区別される世界の運動にかかわるものであり、空間はその内側で現れたり消失したりしているのだろう。私は今ルワンダの人たちの音楽と踊りを思い浮かべている。彼らの物理的な空間がいかに破壊されようと彼らには彼らの時間と空間があり、それは流れ続け、彼らは存在する。私たちは共に在ることができるだろうか。共に在りたいと思う。

今日は火曜日。良い一日になりますように。

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プライバシーとかシークレットとか。

個室という環境で語られたり打ち明けられたりする秘密に対して「単にあわてふためくか、あるいは患者の要求をまともにうけてそれに答えようとして無理をするか、それともせめてもの同情をして終りにしてしまうか、三つの中のどれか一つ」にならないようにするにはどう対処すればいいか。土居健郎のこういう書き方にはユーモアがある。ご本人は大真面目なのかもしれないが、三つの中のどれか一つなんだ...患者の問題が千差万別であるという認識に乏しい人はたしかに秘密を打ち明けられることに対する耐性が低いかもしれない。秘密を打ち明けられることに対して、というより、自分が知らないことに対して、と広めに考えてもいいと思うけど、秘密というのは本人がそれを誰にもいわない、いいたくない、いってはいけない、と判断した事柄だから本人も伝え方がわからなかったりもする。土居は通常の診察室のやり方では個人の秘密(privacy)は保たれない、と書いているけど、そのあとの記述における秘密はsecretではないのかな。もちろんここでは場所の条件について書いているのでプライバシーのほうが適切だろうし、プライバシーが守られればシークレットもまだ「秘密」の領域で語れると思うけど。こちらから「何か秘密おもちですか」と聞く人はいないと思うけど。言えないから秘密なんだし。でもこちらが患者が、というか人間は秘密を含め、自分の知らない部分以上に、触れられたくない領域をもっている、という認識に乏しいと意図せず秘密に触れてしまうこともある。そして触れられたほうもそれによってはじめて「秘密にしてたのに!」と衝撃をうけるかもしれない。秘密が最初から秘密として本人に認識されているとは限らないのである。そしたらきっと、こんなプライバシーが守られない場所では何も話せない、と思うだろう。この場合のプライバシーは、人には入り込まれたくない領域がある、ということと、そこには触れられたくない秘密があるかもしれないのだ、という二重の意味をもつのでやはり訳はprivacyでいいのかもしれない。

患者には、とうか、いちいち言い直すが、人には誰にでも秘密がある、という事実(だよね?)に慎重であればそれが語られたり打ち明けられたりしたとき、土居があげた3つ(それ以外にもあるだろうけど。無視するとか、いらだつとか)のような反応をしないですむこともできる一方、その内容を知ろうとしない、踏み込まない、という判断もできる。土居が書いた三つは余白や余裕のなさを示す行為である。よって、治療者が役に立てる場所をつくりたいのであれば、それらを保障するための privacy が必要であり、そこで初めて患者は「話す/話さない」を決められるのである。そしてこの保障は治療者側にとっても必要である。

土居は場所の条件について書かれた箇所で少し唐突に自由連想について触れる。フロイトが、患者と一日中眼をあわせているのは堪えられないので患者を寝椅子にねかせて話させる方法を思いついた、と述べたことについて土居は検討する。これが精神分析の「場所的構成の設定」のはじまりであることに私も改めて思いをはせる。この設定は、『精神療法と精神分析』の第一章で述べられた「精神的距離」を実際の距離とし、治療者側の余裕を生み出す。治療者側の余白や余裕がないと秘密を守る(患者がそれを言葉にする場合もしない場合も)ことは難しいので、この設定は治療者のみならず患者の役にも立つ。

土居は、この設定によって「患者はこれまで問題の解決を徒に自分の外に求めていたのにひきかえ、自分の背後について自分を観察する治療者の存在によって、問題の出発点である自分自身を見つめることができるようになり、かくして問題の真の解決に至る道が開かれるのである。」とあっさり大きな達成への道筋を書いているが、この設定の導入がもつ侵襲性についてはここでは触れていない。

と、今日も土居健郎の文章からあれこれ書いてみた。こんなことやってたら一章どころか一生読み終わらないよ、と思うかもしれないが、こういうのは何度か読んでいる人の遊びみたいなものだから。私は、読書は、最初は何も考えずに全体を読み通したほうがいいと思っている。難しいとかわからないなんて当たり前なのだからとりあえず話きこうか、みたいな感じで読む。

患者の話を聞く場合も同じである。わからなくてもなんでも最初の語りは一生懸命耳を傾けてそのまんま聞くことがなにより大事だ。問うことはいつだってできる。

そうだ。「聞く」「訊く」の違いってあるよね、と先日、ドラマをみながらふと思った。「ききたい」というセリフがあってこれはどっちの「きく」なんだろうとか。大抵はどっちもなんだろうけどどちらかが強調されることもある。「きいてもいい?」という場合は「訊く」の意味が結構含まれてるだろうし、とか。

まあ、人の話をきく仕事をしているとこんなことばかり考えてしまうわけです。私だけではないと思う。

昨日も晴れたりうっすら雨が降ったりだったけど気温はそれほど高くなかった気がする。移動が長かったので起きている時間はアイデアを少しまとめることができた。頭使うとすぐ眠くなってしまうから大体うとうとしていたけど。

今日は月曜日。また一週間、がんばりましょう。今週もよろしくお願いします。

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地震、土居、眼鏡

夜中の地震には驚いた。東京も震度5弱だったそうだが、そこまで大きいとは感じなかった。食器棚などのロックはかかったが、本などが落ちることもなかった。直後は少し水がでにくいように感じたが数時間後には戻っていた。ケガをした人もいるということだし、断水や停電で困っている人もいるかもしれない。電車にも遅れがでていたりする。せっかくの日曜日だが安全第一で過ごそう。

今朝も土居の『精神療法と精神分析』のことを少し書いておく。

土居は、通常の医者の診察室においてもある種の精神療法は行なわれ得る、という場合の治療因子は医者の権威に対する信頼であると述べた。そして、日本で、医者の権威に対する信頼にもとづく精神療法効果を最大限に利用した精神療法は森田療法であるといった。同時に土居は森田療法が、単なるムンテラでは得られない治療効果をもつことに言及するが、ここでは詳細は書かれない。森田療法の専門家の医師が、土居は森田正馬を一番読んでいる人ではないか、といっていた。土居が森田療法を精神分析に対置させ、「甘え」概念を展開していく様子はほかの著書に詳しい。

土居は、患者が内心の問題を自由に話できる(誤植ですね)ようにするためには、開いている戸(物理的な戸だけでなく、秘密を保証する心理的な戸)を閉めることの重要性を説いたベルンフェルトの例をあげる。そして精神分析前史の誰もが知っているブロイエルとヒステリー患者の例をあげ、もし個室によって秘密が保証されても、その秘密に治療者が堪えられない時は、治療的関係が断絶することを示す。個室の中では起こる色々な出来事や現象に対する対処は次章以降に示されるが、土居が患者はひとりひとりすべて違うという当たり前ではああるが忘れられがちなことを強調しながら技法を論じているのは確かである。

今日はここまで。

少しでも作業を進めねば、と昨日ははりきって仕事にいったが途中で眼鏡を忘れたことに気づいた。手元の文字を読むことができないだけなので眼鏡がなくても生活はできるが読書はできない。まだコンビニしかあいていない時間で、しかしコンビニにも老眼鏡はなく、夕方まで外にでる時間はなかったので、オフィスにかろうじて置いてあった100円ショップで買った老眼鏡で対処した。領収書を書いたり契約書を確認したりするのはそれでよかったが頭がクラクラして本を読める感じではなかったので無理せず読まなかった。いいのか。よくない。でもしかたない。こういうことがないように遠近両用を買ってかけっぱなしに慣れていこうと思ったのになんどもなんども眼鏡をなくす。どうしたらいいのだろう・・・。とにかく今日は忘れない。まずそこから。

日曜日、無事に過ごせますように。

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治療場面の設定など。

土居健郎『精神療法と精神分析』(1961、金子書房)をなんとなく再読してなんとなくメモしている今週、今日もやってみよう。


土居は「第2章 治療場面の設定」で前章のたとえを引き継ぎ「治療場面の設定とは舞台装置のことである」と述べる。このあとがかなり重要で「舞台装置が、そこで演じられる劇によって変化するように、治療場面の設定も、そこでどういう治療が行われるかということにより当然変わって来なければならない。」。「どういう治療」、つまり方針だろう。第一章で、土居は、治療者が治療方針をもたない場合「もし治療者にあり余るほどの人間的善意があったとしても、結局のところ患者は得る所がない」と述べた。私としては治療方針をもたないのはすでに善意が不足しているということではないかと思わなくはない。治療方針と目的、それと相関をなすのが「設定」である。土居はこの章において、これらは本来同時に論じらるべきとしながらもまず設定について説明を試みる。土居が最初に問題にするのは「場所の条件はそこで行なわれる精神療法の性質をどのように決定するか」である。

土居は自分がいたような大病院の診察室の例をあげ、個人の秘密(privacy)が保たれない場所で精神療法を行うことはできないという。しかし、だからといって診察室で精神療法過程が一切起こらない、というわけではなく、医者の診断と予後を聞いてわからなさという不安が軽減されたり、身体的な病気だと思い込んでいる神経症患者(精神病の場合はまた別の話)には診断自体が精神療法的効果をもたらしたりと、通常の医者の診察室においてもある種の精神療法は行なわれ得る、ともいう。ただそれは医者の権威に対する信頼が前提である。この部分は土居の森田療法に対する批判の布石である。とにかく「個人の秘密のない状況において行なわれる精神療法は、極めて不完全なものである。」
土居はさらに、個人的秘密がとりあつかわれ難い状況なのになぜ精神療法が行われているのか、医者も患者もそれほどのその不完全さを意に介しないのはなぜか、に言及する。このもう一歩先にいく書き方や思考は真似していきたいところである。


土居によると、なぜならそれは医者患者の双方にとって都合がいいから、である。打ち明け話をすること自体が苦痛を伴うものであり、それに耳を傾けてもらえないというのは一種の安堵を患者にもたらすかもしれない。そして医者だって助手や看護婦がいることでそれをきかないですむ。


よく患者さんが「こんな話聞かされたくないですよね」というが、私はきくのが仕事だからきかされているとは思わない。ただ聞くのがつらいときは確かにある。でもだからといって場所の条件を変えたりほかの人を使ったりしてそれをやめさせようとは思わない。また、患者が私に打明け話をする際の躊躇はそのこと自体を話題にする。大事なのは中身よりこのようなひとつひとつの判断ではないか。


今朝はバタバタして時間がないのでこのあたりで再読はおしまい。今月はもうまとまった時間がとれないけど8月末までの仕事がふたつあるからそっちを先にやらねば。千葉はまた雨の被害の心配があるという。九州は猛暑。気候は容赦ないが人の力はいつだってどこだって使えるはず。できることをやっていこう。

どうぞよい週末をお過ごしください。

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心の秘密性

今朝の空は秋っぽい。鱗雲っぽい。曇っている。風はない。最近、月って早い時間に出てるよね。この前も雲にまざって月をみつけたけど私がオフィスを出るころにはみえなくなってた。

今朝も土居健郎の『精神療法と精神分析』の「第1章 治療者患者の関係」に書かれている部分をとりあげる。土居は治療者と患者には精神的距離が必要であると述べた。しかしそのことは両者の間に感情の交流があってはいけないという意味ではない、むしろそれなくして精神療法は起こらないといってよい、と述べた。

これも「そんなの当たり前じゃん」とか「え?どういうこと?距離とったら感情の交流なんてできないじゃん」とか色々反応はあると思う。土居もフロイトも自分の言葉がどう誤解される可能性があるかをよく理解していたのだろう。前もって丁寧に対応している。

土居はいう。同情や共感や感情移入といった言葉によって現わされる心理的特質も「精神的距離の支配する場において働くのでなければ、真に有効であるということはできない。単なる同情だけならば、なにも治療者であることを要しない。」それはそうだ。治療にはこれらとは異なる心理的態度を要するのである。

土居はここでキェルケゴール『不安の概念』からの一節を引用する。

「彼はうち解けあった瞬間においても、自分の沈黙を守っていることによる、何かしら誘惑的なるもの欲情的なるものをもっていなければならない。かくして彼は人目のないひっそりとした状態を技巧的につくりだすことによって、心に秘密を抱いている人がそれにさそわれて忍び足にぬけでてきて、あたかも独語の際のように自分の心を軽くすることに楽しみを見出しうるように、しむけなければならない。」(1844、邦訳:岩波文庫、1954)

土居は「心理学的な観察者を演劇の役者にたとえていることに、読者の注意を促したい」という。しばしば演技は現実そのものよりも人の心に迫る。治療者も精神療法という劇において、治療者の役を演じているのだから通常の人間関係とは異なる。治療者と患者の間にはおのずから距離が存する。そのうち患者と治療者の間に相互作用が起こり、患者が今まで無意識に演じていた自己を発見するとその劇は完結する。

「そのためには治療者が、患者と「うち解けあった瞬間においても、自分の沈黙を守っている」ことが是非とも必要である。」(p15)

土居は本書『精神療法と精神分析』の初版から10年後、第12版発行に際して「秘密の観点」についてという文章を付け加えた。土居は初版で「個人の秘密に対する理解と耐容性を社会全体が失うことがあれば、治療はきわめて困難となり、事実上不可能となるかもしれない」と書いたがその頃にはその予測は現実になりつつあった。

土居は精神分析における「抵抗」のことを「秘密」といった。そしてこの秘密に対する理解と耐容性を治療者の条件とし、治療がなされるための社会の条件でもあると考えた。たとえば土居は精神病に対する社会的偏見を利用し「これは君たちの秘密なのだから。秘密だから大事にしまっておかなければいけない。」と秘密のなくなった彼らに新たに秘密をつくってやる必要性を述べた。

現代というかまさに今日、私たちは真逆の方向へ進んでいる。暴くという乱暴さに加えて晒すという下品さも加わった今の社会は、威勢のよさだけで中身もなく、排除的思考を隠さない言葉を専門家も平然と使っている。

土居は常にわかってしまわないことの重要性を説いた。一方、精神分析が秘密のヴェールをはぐ役割(主役)を演じてしまったことも指摘した。私たちは心の秘密性を宝物としなければならないはずなのに。治療者は、患者自身がまだ自分の秘密の存在を知らなくてもそれに開かれ、その秘密が展開するように導く必要がある。治療者がむりやり秘密のヴェールをはぐのではなく。

土居はフロム・ライヒマンとキェルケゴールの別の文章も引用し、治療者は、深い哲学的信念にもとづいた同情と科学的確信に発する敬意をもつ必要があること、そしてもし治療者に必要な程度の優越性があるとすれば、そのような同情と科学的確信を持ち得るという点にそれを見出せるだろう、と述べるのである。

今日も先達の言葉を噛みしめたり励まされたりしながらがんばろう。

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土居やフロイトやグリーンを読んだり。

休み明けなせいか、早速寝不足なせいか失敗が多い毎日。落ち込む。大丈夫だろうか、自分。

昨日、「精神的距離」が失われることによって生じる危機に陥らぬために、と土居が取り上げたのはフロム・ライヒマンFrieda Fromm-Reichmann(1889年10月23日 – 1957年4月28日)である。土居の『精神療法と精神分析』は1961年。土居が引用したライヒマンのPrinciples of Intensive Psychotherapyは1950年。邦訳がでるのは1964年である。精神病の精神分析に貢献したライヒマンについても書きたいことはあるがまたいずれ。ライヒマンは、きわめて重い障害を抱えた人々にも「資質(assets)」が備わっているとした。そして彼らが精神的な負債(liabilities)を資質(assets)へと転換することを示した。

土居は述べる。

「患者に接する際、現在は病んでおりしたがって自己は確立されていないが、しかし将来それを確立する能力を持っている者として、そのように潜在的には治療者として同等な者として呼びかける時、そこに精神的距離が保たれる、と考えられるのである。」

そして土居は「第12章 社会的条件と価値」において再びこの問題を詳述する、と脚注に書く。

ただ、これが12章のどの部分なのかよくわからない。「精神病患者を精神療法によって治療することの技術的困難も、その少なからぬ部分が、気ちがいに対する社会的不寛容と関係がある」という社会的条件が治療の限界となることとの関連なのか、土居がフロイトの1919年の論文「精神分析療法の道」(全16)とともに示す分析家による価値判断のことだろうか。どちらにしても治療者としての精神分析家の限界に関わる議論であることは間違いないだろう。

土居はフロイトの「患者は自らの固有の本質を解放し完成するべく教育されなければならない。」という文章を引用しているが、この部分をもう少し前から引用してくれたほうがよかったかもしれない。岩波版の訳で書いておく。

「患者は私たちと類似したものに向かってではなく、患者自身の本質の解放と完成に向かって導かれるべきです。」(p101)

また土居が書いているようにこの少し前の文章でフロイトは以下のように論じている。

「私たちがきっぱりと拒んだのは、救いを求めて私たちのもとに来た患者を、私たちの所有物にし、患者の運命を患者のために定め、私たちの理想を患者に押しつけ、高慢な創造主のごとく、私たちの似姿に患者を仕立て上げて大いに満足する、という行いです。」(p100)

土居も同じことを述べていることはすでに書いた。

フロイトや土居が繰り返し述べる治療者と患者の関係における治療者の姿勢は規則と通じ、精神療法を構造化するものなので一治療者としても何度も確認したい部分である。

それと同時に精神分析過程をよりメタで考えるために毎日色々読んでいるわけだが、私が相変わらず目をとめるのはアンドレ・グリーンであり昨日目を通していたのは時間論。“From the Ignorance of Time to the Murder of Time: From the Murder of Time to the Misrecognition of Temporality in Psychoanalysis”。Leticia Glocer Fiorini & Jorge Canestri 編 The Experience of Time: Psychoanalytic Perspectives に収録されている論文である。

これについてもメモしておきたいがもう時間がない。今日も暑くなりすぎませんように。台風がちょうどよく勢力をなくしてちょうどいい雨を九州にもたらしてくれますように。千葉に被害をもたらしたような豪雨がもうきませんように。自然災害のみならずトランプ政権によるICCの制裁やそれに対する日本の対応など心揺さぶられるニュースばかりだが今日もなんとかがんばりましょう。

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「精神的距離」とか。

涼しい、気がする。実際外に出たらどうなのかな。いいお天気みたいだけど。ほんと今年の夏は過ごしやすくて助かった。年とって色々弱っているのに仕事は増えるばかりなんだから体力奪われたくない。

さてさて、昨日は土居健郎が『精神療法と精神分析』の第1章で治療者が治療の方針をもつことの必要性を述べていると書いた。続きも読んでみよう。

土居は「治療の方針がきまっていないと、治療者患者の関係は先に定着したような職業的関係ではなく、一般の人間関係とかわらないものになってしまう危険が極めて大きい」という。「愛情と理解のスローガンをかかげて、自分の善意を患者におしつけること」をしないために、つまり「治療者の個人的要求を持ち込むこと」をしないために、あり余る善意で「患者の弱味につけこむ悪徳治療」をしないためにそれは必要なのである。

それはつまり、治療者と患者の関係には精神的距離を維持することが必要だということだ。土居は美学者エドワード・バロウEdward Bullough(28 March 1880 – 17 September 1934)の「精神的距離」Psychical distanceを引用して説明する。土居の本は引用も楽しく、幅広い本を読んで訳していたことがわかる。

ここでも土居がいっているのは当たり前のことで、患者と馴れあいの関係になってはいけないということである。「患者を助けることを自分自身の個人的要求の外におくことによって保つ距離」の重要性を論じるものはあまりないなか(今はあると思うが)、土居はそれに近い考えとしてキュビーKubie,S.L.のanalytic incognitoをあげる。私が「分析の隠れ身」という用語を知ったのは毎週木曜日に通っていた慶応心理臨床セミナーの小此木啓吾の講義だったと思う。でもここで土居がキュビーの著書の邦訳でこれを「分析の隠れ身」と訳した、と書いているのを読んでこれが土居の訳であるらしいと知った。

「分析家が個人として患者に未知の存在でなければならぬこと」、そうあることは転移の分析にとって重要である。治療者が患者と個人的かかわりをもってしまっては、患者は安心して自分をみせることができない。治療者の役割は患者を助けることであって個人的なかかわりをもつことではない。

「治療者の仕事は患者を助けることにはちがいないが、しかしもし治療者と患者の間にあるべき距離が失われて、患者の問題がそのまま治療者の問題になってしまったら、その治療者はもはやよき治療者となることはできない。」

なぜかといえば、これも治療者の個人的要求を持ち込むことと変わらないからである。

「なぜならこの場合治療者にとって患者を助けることが転じて自分を助けることになるからである。」

こういうことをすっと納得できるだろうか。教える立場にいるとこれがまったくわからないという治療者にも出会う。精神療法の場でなくても、相手のためとやっていたことを「そんなのおまえのためだろう」と突き返されるような場面はたやすく想像できると思うのだが。

さらに土居は「治療者が問題を持つ患者をいかに助けるかということに専心したとして、なおここに一つの心得るべき罠がひかえている」として「治療者が治療の成果の善し悪しにこだわって、もっぱら自分の個人的成功または失敗とうけとること」をあげている。「この場合は、治療者が患者の問題にまきこまれるのと反対に、患者の問題解決が単に治療者の自我をふくらませるかしぼませる道具となってしまう。すなわちやはり治療者患者の間の精神的距離は失われている。」

まさに、と思うが、実際はこのような治療者は多く、私はこの仕事を個人でやっていると思うこと自体が違うのではないか、と思っている。精神分析家はどこかしらの組織に属して、治療者患者の間の精神的距離を維持することを体験するため、少なくとも理解するために、自分も分析を受け、その結果、精神分析家として認定されているわけだし、そもそも人の心の治療に成功とか失敗とかって誰が決めるのか、という感じはする。もちろん「失敗」に関してはウィニコットをはじめとしていろんな次元で議論されてきたしすべきことではある。

もう準備しなくては。今日もあれこれあると思うけどがんばりましょー。

夏空に秋が混じってた
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精神分析

土居健郎『精神療法と精神分析』冒頭

土居健郎は『精神療法と精神分析』の前書きで、執筆に際してフロイドの技法論、エクスタインの講義や著作、そして教育分析の影響を受けたと書いている。土居は教育分析によって傷ついたがその傷の意味を理解するプロセスで精神分析を理解するに至ったという。土居がこの本の執筆を依頼されたのが昭和32年、初版が昭和36年(1961年)、昭和47年には第12版、 2014年には第26版、2026年現在はどうかわからないが出版社のウェブサイトによると品切れ・重版未定である。読むべき心の治療の本がすぐに入手できない現状は困ったことである。繊細で敏感な心を守るために言葉をつくすのが精神分析的な精神療法だと思うが、権威に従う心を善とするかのような現代社会にこのような豊かな本は響かないのだろう。個人的には臨床家で土居に関心がある人には必読だとお伝えしたい。先日、いつも事例検討の場で大変お世話になっている友人たちにも聞かれたからそう伝えた。日本精神分析協会みたいな小さい場でも土居の「甘え」に関する発表をしたことは有意義だったんだな、と思えた。多くの人に読んで語り合ってほしい。

この本は「精神療法はこれを構造と過程の二つの面から考察することが最もわかりやすい。」という一文からはじまる。ここにすでに、サイコセラピーのストラクチュアルな側面について書いたエクスタインの影響がある。これももとはといえばもちろんフロイトの技法論の影響であり、フロイトのOn Beginning the Treatment(1913)「治療の開始について」(精神分析技法に関するさらなる勧めⅠ)の冒頭が引用される。土居はフロイトを精読し、取入れ、自分の臨床感覚によって書きなおせた唯一の人だと思う。もちろん精神分析家なら多かれ少なかれ同じことはやっているが、土居ほどたしかな日常語で緻密にそれを行った人はいないだろう。

フロイトの「治療の開始について」(1913)は技法論集に収められている。邦訳は、藤山直樹監訳の岩崎学術出版社版の翻訳『フロイト技法論集』が現時点ではもっとも正確で新しいと思う。冒頭を引用する。

「格式あるチェスの腕前を書物から習得しようとしても、網羅的で体系的な説明が可能なのはその序盤と終盤だけであり、序盤に続いて展開する無限に変化しうる指し手をそのように説明することはできないとほどなく気がつくであろう。書物による学習の限界を補うためには、名人たちによって繰り広げられた対局を入念に研究するしかない。精神分析治療の実践のために定めうる規則にも同じような制約があてはまる。」

フロイトのこの論文も精神分析を学ぶ場合は必読だが、土居がこの章で論じたいのは「治療者患者の関係」なのでフロイトの論文の引用はこの冒頭部分だけである。ちなみに土居による「治療の開始」はこの本の第4章であり、ここも大変読みごたえがある。

同じ部分を土居の訳でみてみよう。土居の時代は「チェス」を「将棋」と訳しているのも味わい深い。

「高度な将棋の技術を書物からの習得しようとする者は、やがて知るであろう。書物にはただ序盤と終盤についてだけ、あますところなく組織的な説明が加えられているが、序盤につづいて展開される戦闘のーもし説明されたとしてもとても読みきれないほどのー複雑多様な駒の進め方については、少しも言及されていないことを。大家が互いに戦いを支えた対局を熱心に研究することだけが、このような指導上の欠陥を補うのである。おそらく、これに類した制約が、精神分析療法を実施する上に与えらえる規則にもあてはまるといえよう。」

いい訳だ。「大家が互いに戦いを支えた対局」という表現にみあう臨床を大家にならずともつみあげていきたいものである。

土居は、「規則と遊戯との関係は精神療法にもあてはまる」として、規則を精神療法の構造と呼び、その実際の進行を過程と呼ぶ。精神療法は治療者と患者という人間関係を軸とする。そしてそれは職業的関係として、普通の人間関係から区別して考えなければならない、という「至極当たり前の」前置きから土居ははじめる。このあとが土居がしょっちゅう言葉を変えて確認する事柄である。

「勿論治療者も人間であるから、彼自身助けを要することがないとはいえない。しかし彼が精神療法に従事するかぎり、その中で自分の満足を追求するこはせず、もっぱら患者の要求に応えるように努めねばならぬのである。」p4

土居もフロイトも緻密で誠実だ。「至極当たり前のこと」こそ忘れられているのだから意識をむけておくことは常に大事だ。土居がそれでもこんなことを強調しなければいけないのは

「(精神療法以外の一般の医学的治療の場合に)反して精神療法の場合は、治療は治療者患者の人間関係を軸として行なわれ、この関係を離れて別に客観的な治療は存在しないという点が、問題である。いいかえれば精神療法を精神療法たらしめるものは、外面的基準ではなく、その治療の特殊性ゆえの内面的規律である。」

だからである。「しかも」と続くこのあとの文章も精神療法を実際に提供する際のジレンマや悩みをよく拾ってくれている。なぜ治療者が治療方針をもつことが必要なのか、治療者が治療関係に個人的要求を持ち込まないようにすることがいかに困難か、は土居の実感だろう。これを実感を持って共有できるかどうかは、精神療法家としてものを考えられるかどうかのひとつの分かれ道なような気がする。

こうやって土居健郎を詳細に読んでいく会もフロイトのと同じようにやりたいが時間を合わせる余裕がないのでとりあえずひとりでやっていく。発表したりすれば対話が生まれることはわかったので協会を発表の場にしていけたらいいなと思う。発表にしても論文にしても査読を通らねばならないので、こぼれおちるものたちはこうやって個人的に書き連ねておけばいいかなと思う。

昨日の朝、今年の夏は涼しいなと思って遠回りしてオフィスへいったらやや熱中症みたいになってしまった。油断してはいけないですね。やや涼しすぎるかもくらいな環境で仕事するのが一番身体にも楽みたい。冷房大切。熊本も千葉も電気の状況はどうなのだろう。身体がつらいと気持ちもつらいし気持ちがつらいと身体もつらい。多方面からの支えが届きますように。私もできることやろう。今日もよろしくお願いします。

玉川上水旧水路は再整備の工事中。
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俳句 散歩

久弥とか芭蕉とか抹茶クーヘンとか。

旅によって、特に能登半島地震のあと、能登にいくようになり自然と芭蕉のあしあとをたどることになったと書いた。先日ここで少し言及した芭蕉が立ち寄った石川県加賀市大聖寺にある全昌寺には芭蕉と曾良の句碑のほかにも大聖寺の俳人二宮木圭による「はせを塚」という句碑、そして『日本百名山』の著者である深田久弥が芭蕉忌に読んだ句の碑もある。久弥も石川県大聖寺の出身であり、俳号は「九山」いった。芭蕉と比べたらだいぶ最近の話になるが、高浜虚子もどこにいっても登場する俳人だ。群馬県高崎市の村上鬼城(1865〜1938)の記念館(ここもいいところだった!)にいったときも「虚子がここにも」と思った。虚子は交流の幅がとっても広いというか、虚子に指導をうけたい俳人がとっても多かったということだろう。「深田久弥 山の文化館」には久弥が入隊する際に虚子から送られた「梅凛々し九山少尉応召す」が紹介されていた。石田波郷とのことも書いてあった気がするがなんであったか。久弥は山梨県韮崎市の茅ヶ岳に登っている最中に死んだ。3月21日だった。命日は「九山忌」と呼ばれている。「山の文化館」のギャラリーには仲間が遺体をかついで下山する写真などもみた。登山口には直筆の「百の頂に百の喜びあり」の碑もあるそうだ。標高1,704mというそれほど高くない山なので今度のぼってみようと話している。久弥にちなんだ俳句が作れるかな。戦争が終わり、大聖寺に戻った久弥も「はつしほ句会」を主催したが、普通よりたくさん移動する人たちが句座を囲み、その土地の俳人を結びつけ、同時に外に開いていく様子は興味深い。もちものがいらない俳句だからできることでもある。言葉は貴重だ。

加賀では昨年いきそびれた那谷寺にもいった。バスの本数がなく行きはタクシーを使った。車窓からの那谷寺への道は芭蕉がみた景色を想像できる気もした。那谷とかいて「なた」と読む。白山信仰の寺である。「奥の細道」には「山中の温泉に行ほど、白根が嶽後にみなしてあゆむ。」とある。白根が嶽が白山。それを背にして歩く。すると「左の山際に観音堂あり。」。とある。観音堂、あれのことかな、と思い浮かべる。

受付で境内の説明をしてもらって立派な山門をくぐると境内はバスの時間までに回ってこられるだろうかと心配になる雄大さだったが印象ほど広くはなかった。自然の静けさも迫力も美しさもぎゅっとつめこんだようなみごたえのある寺で、まさに自然智の道場。那谷寺には大きな石でできた芭蕉の句碑がどーんと豪快に建てられていた。芭蕉がみた奇岩のイメージなのだろう。あんな奇岩をみたらいくらでも俳句できちゃうよね、と思うが、私一句も作っていない。記憶が新鮮なうちに作っておこう。


石山の石より白し秋の風 芭蕉


芭蕉が那谷寺にいったのは7月27日(新暦だと9月10日)。紅葉はまだはじまっていなかっただろう。でも秋の風があそこを吹いていたのだ。白い秋の風が。私はあの岩々に白さを見出すことさえ難しかったが芭蕉すごすぎる。


お寺のいり口にはたくさん人がいたのに境内を歩いているうちにひとはまばらになりそのうち誰も見かけなくなった。多彩な景色に驚きながら歩いていると立ち入り禁止の道がいくつかあり行ってみたいなあと覗きこんだりした。駐車場に戻ると観光地のそれという感じで食事処があるおみやげやさんがあった。寺の周りは特になにもないのんびりした田舎道で、キャンバスというバスを待っている間も楽しかった。胡麻豆腐が那谷寺名物だったらしいのだがチェックしておらず買ってこられなかった。残念。

結局食べ物かよ、そうなのよ、ということで、今朝はまたおみやげシリーズ。群馬県沼田市中町の洋菓子工房樫の木さんの抹茶のバウムクーヘン。ここ知ってるぞ。沼田には親戚がいて小さい頃は毎年天狗祭りにいっていた。大人になっていろんなところへいくようになって沼田にもなにかの帰りに寄ったときにかわいいお店をみつけて寄ったのがここだった。私の記憶ではそのそばに小さなショッピングセンターがあってその3階かなにかで卓球をしつつ(昔は結構いろんなところに卓球台あったよね)、ベンチでそこのバウムクーヘンを食べた記憶があるのだが一緒に行った人は覚えていないのでまた私の記憶があっちゃこっちゃのと混ざっているのだろう。似たようなことをいろんな土地でしているからな。抹茶クーヘンはカルディの珈琲と一緒にいただいた。おいしかった。やっと珈琲も補充したし新しい週もがんばりましょう。このまま涼しいといいね。どうぞ良い一日をお過ごしください。

多分オナガ。
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俳句

金子兜太とか芭蕉とか。

今朝はくもり。昨晩は少し寒く感じた時間もあった。今年の夏も40度近い暑さを覚悟していたが拍子抜けするほど涼しい日もあって大変ありがたい。

今月はオンライン句会と結社誌への投句が重なった。オンライン句会は毎月、結社誌は季刊なので年4回なので4回は一日に15句作ることになる、というのは嘘で、一日に15句作らなくても済むように毎日作っておけよという話である。私は複数のことを同時にすることが大変苦手なので臨床とそれにまつわる勉強を循環させる以外の事柄がタスクに入ってくると全体の稼働率がどーんと下がる。というのもまったくの言い訳で、一日に15句、わりと短時間で作ることを年4回はやってきたのだから一日一句くらい作っておけよ、やはりそういう話なのである。あーあ。今回も旅の景色のおかげでなんとかできたけどもっとリズムをつけていかないと好きなことを自信をもって好きといえなくなりそう。

とはいえ、なにかと思い出すのは俳句でもあり、昨日は金子兜太の俳句をあれこれ書き出していた。81年前、戦争が終わったとはいえ、その記憶にいまだ苦しめられ、さらに世代間で伝達されたそれの影響も深刻だ。

1919年に生まれた金子兜太は戦争を経験している。戦地トラック島でも句会を開いた話は有名だろう。

水脈の果て炎天の墓碑を置きて去る 金子兜太

餓死した人を思いながら作った俳句だという。言葉や文学がもつ記録と伝達の力が必ずしもよきものとされない現代、戦争によって人間性まで奪われそうになりながら言葉を失っては取り戻してきた俳人が残してくれたものを大事にしたい。

芭蕉も古人の思いを俳句によって再び息づかせた。江戸時代初期というのか(中期か?)、徳川家光の時代に生まれ、家綱時代に伊賀上野で着々と実力をつけ大江戸に向かい、大阪の西山宗因の連句に触れ、俳壇活動に乗り出し、門人を集め、綱吉の時代には自らも認められ元禄文化を代表する人物になった。こう書くと、やはり戦争のない時代はいい。芭蕉は『荘子』の哲学に支えられて俳諧、俳句を滑稽、通俗というイメージからひきあげて文学とした。もちろん時代が異なるとはいえ、昨年の大河ドラマ「べらぼう」で描かれたようにひとつの文化が残れるかどうかのプロセスもまた戦いだろう。

よく見れば薺花さく垣ねかな 芭蕉

君や蝶我や荘子が夢ごころ 芭蕉

芭蕉は51歳で死んだ。金子兜太は98歳まで生きた。

白い人影はるばる田をゆく消えぬために 金子兜太『少年』

力強い決意によって生きた先人たちに励まされつつ、言葉が大切にされる世界を念じつつ、今日もがんばろう。

散歩してたら立ってた。
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写真

戦後

1945年8月15日の玉音放送から81年。今日は終戦記念日。遺族の半数は戦後生まれの時代になった。戦争が終わってまもなく生まれた人が妊娠中の母と軍の工場だったかどこかに勤務していた父から聞いた話を聞かせくれたことがある。その話はやがて幼い頃の自分の話に変わり、いろんな大人たちが登場した。戦争の文脈でないとでてこないような話ってある。

先日、NHKの特集ドラマ 「手塚治虫の戦争」をみた。それに合わせて手塚プロダクションが電子書籍割引企画『手塚治虫と戦争』(9月5日まで)をやっている。ドラマの原作は『紙の砦』。野内まる演じる京子ちゃんが踊るシーンに泣いてしまった。

大量の写真をHDDにうつす作業にだいぶ時間を使ってしまった。私のアンティークMac Book AirのOSが古くてもうできない作業があるということにやっと気づいた。まあ整理をするだけなら問題ないのでどの作業ができなかったのかも忘れてしまった。お花と空と食べ物の写真ばかりだった。よく食べてる・・・。若い頃の友人のお墓参りにいったときの写真もとればよかったなあ。もうずいぶん年月がたってお子さんもその友とよく似た歩き方、話し方をする子に育った。あなたと似て面白い子だから安心してほしいな。お寺のリンドウと鴨と最寄り駅の写真しか撮れなった。帰ってから一緒にいった友人からみんなで写真をとればよかったねとLINEがきた。ほんとだね。多分みんなどこかでそう思ってはいたんだと思うよ。ただ、なんとなく撮れなかったんだと思う。当時の写真はみんな焼き増しして渡しあっていて当時の友人を知らないご家族もそれをもっている。その日、誰も写真をもってはいなかったかけど「あの写真は」ですぐに通じた。

3歳の時に戦死した父の写真を持ち続けている人のことを思いだす。小さな小さなその写真をみては育ての親とは全く異なる思慕をみせる姿も心に残る。親を亡くし、別の親に育てられ、自らも親になったその人にとって、戦争は全く遠くないだろう。私たちの親世代の多くはそうではないか。彼らが無事に生まれ、成長しなければ私もこうして存在してはいなかった。生まれてしまえば色々あるけどそれでも生き延びれば別の色々とも出会える。ずっと泣いていてもしょうがないと立ち上がっても思い出に触れれば泣いてしまう。喪失を抱えながら、再び失いたくないという気持ちも抱えながら大切な人を大切だと何度も認識しなおしながら過ごしていることに普段は気づかなくても今日は意識するかもしれない。

関東は今日もまた雨が降るらしい。千葉豪雨の被害も深刻だ。せめて暑さが和らげばよいが。

良い一日になりますように。

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身近

晴れてる、台風一過だ、と思ったら一時的に雨がやんでいるだけらしく、しかも昨日の雨は台風ではなかった。千葉の雨量はどうなってしまっているのだろう。身近で具体的に思い浮かべられる場所の被害をみるとそれはそれでなんともいえない気持ちになる。

今日から能登輪島では三夜おどりが開催されるとのこと。マリンタウンってあそこだよな、と思えるのは実際に行ったことで身近になったから。あそこでやるんだ・・・と海沿いの隆起した土地、立ち並ぶ仮設住宅、復興作業中のトラックが並ぶ大きな駐車場を思い浮かべる。輪島港マリンタウン緑地の護岸を平らにする工事はすでに終わっているそうだから私が歩いた場所とは少しだけ離れている場所での開催なのだろう。どのへんだろう、と頭の中で視線が動く。静かで美しい能登湾の青が脳内に広がる。高い電灯の上にとまるとんびもみえる。なにごともなかったかのような景色も近くに寄れば地震の跡が痛々しく残る。新しい家と仮設住宅の人たちのおしゃべり。いろんな家やグラウンドに白い三角帽のようなテントが立っていた。あれはインスタントハウスという名古屋工業大学が開発した簡易住宅だそうだ。壊れた景色と残った景色、そのなかで開催される伝統行事。工房にいれてくれた輪島塗の職人さんも地震、豪雨と続いた災害のあと人が少なくなったこの場所で技を継承していくことについて思い悩んでおられるようだった。誰にもどうすることもできなかった出来事のなか、自分の家も工房もなくし、作業場を貸してくれた場所が今度は豪雨でいられなくなり、今もなお大変ではあるが小さな仮設の工房で仕事を続けながらしずかに街の未来、輪島塗の未来を心配している彼らも三夜おどりに参加するのだろうか。更地になった元の家と工房と同じ場所に建物を建てていいという許可がおりたばかりだといっていた。祭りはそのそばで行われるのだろう。こうして実際の景色とともになにかを思うにはそこを体験するのが一番の近道だが、あまりに想像が及ばない部分も多い。知っている、わかっている、なんてほんと限られたことにしかいえない。だからなにということはまったくなく、知らない、わからないということに関心を向け続けることをしていくのが生活なのだろう。

雨の被害が広がりませんように。

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映画

「トイ・ストーリー5」をみたり。

ゴミ捨てに出たら雨がそれなりの強さで降っていた。雨量は今はそうでもない様子。昨日は雨が降っている時間はちょうど屋内にいて、出たらちょうど雨がやんだところで傘を閉じはじめる人、まだ開いている人がいて、地面はしっかり濡れて大きな水溜まりを作っていて、という景色をいくつかの駅でみた。

映画「トイ・ストーリー5」を見た。それまでのを全部見ているわけでもないが十分に楽しめた。しまわれるおもちゃ、捨てられるおもちゃ、寄付されるおもちゃ、受け継がれていくおもちゃ。おもちゃの運命は色々だ。船が座礁すれば同じ種類の大量のおもちゃが浜辺に散りばめられたりもするし、大人が扱うものだったデジタルの世界が子供のおもちゃの世界に参入すればおもちゃてきには乗っ取られるということも発生する。子供は変わっていくもの、大人になっていくもの、だけではなく、子供の文化が変わっていくという大きな時間の流れも見えてくる。私はこの映画のキャラクターのこともこれまでのこともなんとなくしか知らないので受け取るべきものを受け取っていないかもしれないが、印象に残ったのは「それはだれのため?」という問いかけだった。この映画は子供のため、かつて子供だった大人のために大人たちが自分の想像力と生活をかけて作られたものだと思う。誰かのためであることも自分のためにもなるという循環がうまくいく場合、そこを媒介するのは情緒であり思考だ。そしてそれをコミュニケートしていくことだろう。遊びはひとりでも成り立つが、ひとりでは遊べない。個と集団という観点からもとても面白く見られた。また今回は女子に焦点を当てたストーリーになっていた。主題歌もテイラー・スイフト「I Knew It, I Knew You」。それにしても少ない場面で強烈な印象を残すおもちゃの多さたるや。私はサングラス・ピザがとっても好き。ピザ自体はそんなに好きというわけじゃないけど生命が吹き込まれるとものは単なるものではなくなる。子供はそういう世界でなんでもなんにでも誰にでもなれることを経験して、泣いたり笑ったり怒ったりしながら大きくなる。そういう世界を守ってあげたいし、自分のそういう世界も守っていきたいし守ってほしい。映画を見る時間がもっとほしいなあと休みになるといつも思うが、こういう休みのときにみるからいいというのもあるのだろう。

今朝も朝から茄子料理をした。魚を上手に使えるようになりたいな。この前、市場に行ったせいか魚との付き合い方も考えさせられた。

今日は少し憂鬱な用事もあるけど雨ながら涼しいしなんとかこなしましょう。熊本ではいろんなところが少しずつ再稼働しはじめているみたいだけど現状でできることをしようとすればあまりに足りていないことを認識することにもなると思うので、気持ち的にも物質的にも早く多く支援が届けばいいなと思う。

良い一日でありますように。

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台風、休日

台風15号が今回は関東にもきた。1951年の統計開始以来、はじめての茨城県上陸だって。「熊本じゃなくこっちにこい!まかせろ!」みたいな感じでいろんなお寺とか神社の名前を出していろんな県の人がSNSにポストしてて、自然災害に対してはいまだ神頼みな連帯であったとしても、できないことをできる・できてるという人たちよりずっと優しく全然無力ではないなと思った。どこであっても被害がでませんように、とやはり願うばかりなのだけど、移動や連絡に困難がある人たちには特に早めの直接的な声かけや手助けがあってほしい。東日本大震災のとき、赤ちゃんや高齢者がいる人たちに向けての友人たちの声かけがとても早くて具体的だったのを思い出す。提供されるべきものが提供されるべき場所へ最優先に届く仕組みを作っていかなければと思うとき、いつも彼らの行動を思い出す。私もアクティブに動いてはいたけど、結局聞き取りをしないと何が必要かもわからないことも多く、できることをしようと思いつつ無力さは感じた。でもそれで無事でいる自分がまいっているわけにもいかないからそういうのは後回にして必要なもの聞いていこうと持ち直した。そしてまた落ち込んだり。そんなことの繰り返しは非常時に限らずかもしれないけど、どの立場の人もなんらかの負担を負うし、なんらかの支えを必要とするということは非常時ほど意識できた方がいいだろうし。大事なのは優先順位ってことになるかな。動ける方もある程度危機的な状況がおさまってきたら、自分の特性とか体調とか考えてお互いが長く支え合えるように休息や栄養をとる時間と場所を確保していかないとだし、常に双方向に支え合う輪が重なり合って広がっていく必要があるんだと思う。

昨日はほぼ籠ってのんびり仕事したり、雨風の様子を見つつちょこちょこ買い物に出たりたくさんつくおきしたりした。何種類かのマグカップも重曹でピカピカにした。そんなことはたいして特別なことではないが休みの日にすると同じことをしていても何か違う。マグカップって最初は「思い出の」みたいなのを使っていても長年経つとそれも増えてきて、お気に入りと思い出の結びつきも緩くなってくる気がする。私のお気に入りは新潮文庫の「yonda?パンダ」が描かれたマグカップと小さいのとすごく大きいのと。思い出のはどこへいったか。

昨日、一日中「眠いなあ」と思いつつもウトウトもせずずっとなにかしていられたのはやっぱり休みの余裕のせいだと思う。今朝もすでに美味しい茄子料理を作った。夏野菜は欠かさない我が家の冷蔵庫。もう秋だけど。秋の食材も楽しみ。好きなもの食べて元気だそう。どうぞ良い一日をお過ごしください。

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写真 散歩

片山津温泉とか。

今朝、窓を開けたら部屋の中より涼しくてびっくり。一気に秋めいてきた、と思いきや今度は残暑がくるざんしょ。昨日の空もなんだ秋じゃんという感じの空でパシャパシャ写真を撮った。今はパシャパシャって音しないか。

昨晩、八王子で買った「ダメ人間ナッツ」を食べながらNYみやげの獺祭Blueを飲んだ。ダメ人間ナッツは八王子駅に出店してた台東区かどこかのお菓子で止まらないからダメ人間がもっとダメ人間になってしまった。結構たくさん入ってるから止められたけどね。パウチもしっかり。DASSAI BLUE TYPE35はなんと米国産山田錦とニューヨーク州ハドソンバレーの水を使用しているとのこと。わざわざ日本酒を作る意味とは。でも瓶もおしゃれで美味しかった。こちらも一気に開けてしまうなどということはせず。当たり前か。

朝から写真をハードディスクに移していたらあっという間に時間が経ってしまった。輪島の「くまのおうち」で買ってきたピスタチオのフィナンシェを紅茶と一緒にもぐもぐ。

この前、加賀温泉郷片山津温泉で見た花火のことを少し書いたけど、片山津温泉は柴山潟という湖を囲む温泉で浮御堂という浮桟橋で繋がれている弁天堂(というのかな)があったり、お散歩にとてもいい場所だった。柴山潟は一日に7回色を変えるといわれているらしく、サップとかアウトドアもやってたし、冬はコハクチョウが越冬に来るとのこと。素敵。コハクチョウ会いたいな。

ブラブラお散歩中に現れた急な階段はいかにも寺に続いている感じで登ってみたら大きなハートマーク。愛染寺という縁結びのお寺でした。愛染寺の「どこでも幸せドア」からはちょうど白山がきれいに見えるそうなんだけど鍵がかかっていた。加賀の山といえば深田久弥も愛した白山。「どこでも幸せドア」が白山信仰と結びついている感じはちょっと渋いなと思った。縁結びの寺とか場所ってこれまでもいくつかいってるけどいつも笑ってしまう。そこまでハートにするか、みたいな単純な演出やこだわりに。出雲大社なんてさすがに大掛かりで一畑電車の縁結び電車にたまたま乗ってしまったときは願ってなくても願わせる迫力があった。やるなら徹底的に、みたいのは面白みはある。

場所を戻って片山津温泉なんだけど、私が泊まった温泉からも夕焼けや日の出がすごくきれいに見えて、しかもほぼ独り占めできて、そんなにお湯に長く浸かっていられない私でも十分引き留められた。日の出の時間はシャワーが冷たくて電話で聞いてみたら配管の都合でシャワーがなかなか温まらない、奥の方の4つから温まってくるから、と言われて面白くて笑ってしまった。そんなこともあるのね。

片山津温泉総湯」は誰でも入れる公共温泉施設で、柴山潟の湖畔にあって建物もとってもおしゃれでびっくり。朝散歩していたらすでにたくさんの人が入りにきていたのを見てまたびっくり。泊まらなくても加賀温泉駅からバスで来られるしいいなあと思った。片山津温泉の名前を今回ようやく覚えた。いつも「片山なんだっけ」となってしまっていた。失礼しました。とても良い場所でした。

今回は時間がなくて中谷宇吉郎の雪の科学館に行けなかったのが心残り。生家あとは見たけど。世界で初めて人工的に雪の結晶を作った人。

「雪は天から送られた手紙である」

とっても素敵な有名な言葉。

「雪の降らぬ地に生活している者に向って、雪の災害を説き知らせることは至難のことであろう。」というのもまさにそうで、雪国の友達にもそう言われるし、私も絶対そうだから私は雪国では暮らせないだろうなと思う。でもだからといって雪を嫌いにはなれないし、こういう科学者の文章を読んでいればもっと知りたくなる。自分の体験はものすごく限られているけど、想像ができない世界がたくさんあることに恐々興味を持ち続けるのはやめられない。

今日はこのまま涼しいのかな。少し風邪気味な気もするけどちょこちょこ仕事しよう。どうぞ良い一日をお過ごしください。

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散歩

おくの細道、花火

これだけ様々な土地へ行っているといつのまにか松尾芭蕉が歩いた「奥の細道」と重なりあいが増えてくる。芭蕉の頃は街はこんなに高くなく、きっともっと遠くまで見渡せたであろう。山に入ってしまえばもしかしたら似たような景色に立っているかもしれない。

1689年3月27日、河合曽良と江戸深川(江東区)を旅立った松尾芭蕉。芭蕉が船で向かった千住も先日歩いたばかりだ。芭蕉はそこから草加へ。日光街道を歩いたのだろうか。私は東武伊勢崎線で草加へ。今は東武スカイツリーラインというのか。以前、北千住と草加の間にある新井薬師の看護学校に教えに行っていた。オフィスのある初台からの行き来は途中秋葉原を使っていたことを思い出した。


「もし生きて帰らばと、定めなき頼みの末をかけ、その日やうやう草加という宿にたどり着きにけり」

「おくのほそ道」の冒頭だが、旅のはじめから不安でいっぱいの芭蕉とは全く異なる軽やかさで草加に行ける現代の私の不安もそういう一歩目のところで語れるものなのだろうと思う。今はわからないわからないと不安をどんどん漠然としたものにしてしまえる気がする。

毎日夜遅くまで仕事をしていると大体のことは「まあいいか」と考えない方に仕分けしているところがある。動けば面倒になること、動いても伝わらないであろうことは最初から動かないで受身的に応じるか、何か起きたら考えるか、という感じでいつのまにか忘れていくことも多い。今週はルーティンの仕事を休んでいるのでちょっと面倒だけど、ということや、どうせ言っても変わらないけど、ということをやってみている。推測通りのことしか起きないがやっぱり意識的に動くと思考は展開するなあ、と思う。旅に出ると、というのと似ている。そしてそれが表現のチャンスとなる。誰かが何かを書くために読んでいるとどこかでいっていたけどそういうのも近いのかもしれない。人は表現をしたいものなのか?

声はあげていきたいかな、自分が率先して何かを主張するよりも自分が大切だと思うものを守ろうとする人たちの味方として。草加松原だって高度経済成長に伴う変化、例えば車の排気ガスの影響とかで松がどんどん枯れていくのを見かねた市民団体が声をあげたから今みたいに美しく安全な松並木が維持され、俳人たちの句碑をのんびり眺めることができる。草加市的にもこのほうがずっとメリットがあったのではないか。みんなの表現が生まれる場所、受け取る場所がこうしてできるプロセスに意識的でいたい。

今年は大きすぎない花火を偶然みられている。夏はオフィスから毎日のように神宮球場の花火の音をきいているが数分で終わってしまうし音しか聞けないことも多い。先日、長岡の花火が話題になっていた。昔、花火職人の方にお話を聞いたことがある。身体的な危険も困難も具体的な職人の世界。山下清も愛した長岡の花火、芸術家は実際にみたら表現するしかないという衝動に駆られるのだろう。

先日、加賀温泉郷片山津温泉に泊まったときも納涼花火まつりがあるからよければ中庭でといわれた。ショートパンツでも蚊に刺されない涼しさを喜んでいたら花火の音がした。ひょろっとした花火が上がって消えた。え?となっていたら今のはテストだろうといわれた。へー。しばらくするとヒュルヒュルヒュルと火の玉があがりボーンと大きな輪が広がった。ゆったりあがる派手さのない花火に私たちもゆったり歓声をあげた。人に触れ合うこともなくこんなにそばで見上げられるとは。

能登半島地震の年の夏、羽咋(はくい)に泊まったが、それも偶然復興花火in千里浜海岸の日だった。私は寝てしまい見逃したがそういうのも含めて心に残っていく。

どうして花火はいつまでもぼんやりみていられるのだろう。抽象画を見るのとも違う。ロールシャッハのように意味を見いだすことも求められない。雲よりずっと情報量が多い。大きな音、全く日常的ではない火の輪。なのにすっと懐かしさのなかに静けさをくれる。日本の花火はそのあげかたを含め特別な文化の一つだと思う。危険を避けたいのか巻き込まれたいのかよくわからないこの国で職人さんの技術や街の意気込みが守られていきますように。来年は花火大会の会場にいってみたいな。

海の事故が増えているみたい。怖いね。私は海の知識も経験もほとんどないから山よりずっと怖く感じる。みんな気をつけて過ごしましょう。良い一日でありますように。

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散歩 精神分析

千歯こきとか宮沢賢治とか。

日の出が少しずつ遅くなってきている。東の空がピンクと水色が混じり合ってとてもきれい。昨日の東京は暑すぎるということはなかったけど陽射しのもとにいれば普通に暑く、青い空と湧き上がるような雲と濃いピンクの百日紅がとてもきれいなコントラストをなしていた。

街歩きをしたり旅に出ると歴史民族資料館に行く。規模は色々だが、どこにも農業の歴史があり、私はその道具をみるのが好き。特に千歯こきが好きなのだが多分小学生のときに見た農具の中でもっともインパクトが強かったからだと思う。名前のインパクトもあるかもしれない。どの農具もシンプルなのにすごいことをやってのける。道具の発明は人間が生きていくのに欠かせないから大昔からされてきて、生活に合わせてどんどん進化してきたわけだけど、千歯こきは江戸時代の発明らしい。意外と最近。この夏も加賀、能登の美しい田んぼや畑の景色を満喫し、美味しいお米も連日いただいた。それを維持することの過酷さを思うとうーんとなる。楽しい街歩きでさえ日陰を探しては水を飲み暑い暑いいっている私はもっと農業的労働によって汗をかくべきではないかと思ったりする。実家にいた頃はすぐそばに田んぼが広がっていたし、とうもろこし畑も桑畑もたくさんあった。学校の授業でお手伝いをしたことがあったかもしれないがそれらの間を抜けてどこかへ行ったことしか思い出せない。今は畑とはそれなりに出会うが広い田んぼとは随分距離が離れた。あれだけ身近だったのに旅に出て特別に感動するみたいな対象になってしまった。

農家といえば宮沢賢治のことも思い出す。私は小さい頃から宮沢賢治の本が好きで花巻にも2回行った。先日、句友の影響で男性ブランコのネタをみた。『だえーん!』という作品。これ銀河鉄道の夜ではないか、ほとんど、と思った。数年前、再び自分の中に賢治ブームがきて精神分析のカウチでしゃべったりしていたが、最近いくつかのドラマで賢治の言葉が取り上げられているのをみてやっぱり力がある言葉は長生きだなと思った。

「おれたちはみな農民である ずゐぶん忙がしく仕事もつらい
もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい」

と賢治は書いた。

そのあとにあの有名な一節がくる。

「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」

本当にそうだ。これだけいろんな人と会っているのだからいろんな人の生活をおもわざるをえない。思うだけでなく考えないと。情報ではなく土や植物をいじることの大切さ。今日も良い一日になりますように。

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お菓子 俳句

石川県加賀市大聖寺とか。

ダラダラよく寝た。立秋を過ぎるとやっぱり空の色が変わる。俳句を作らねば。これも苦行だなあ。楽しくもあるから続けているけど。

山梨のお土産、菊水屋さんのもものわらび餅を食べている。熱い緑茶と。小さな袋から小さなお皿にあけるとプルンと透明感あるピンクのプルプルが出てきた。かわいい。凍らせてもおいしそう。

石川県加賀市には「日本百名山」の深田久弥の生家と記念館がある。JR加賀温泉駅からキャンバスというバスを使ってもいいけど本数があまりないので私たちはIRいしかわ鉄道「大聖寺」駅まで行ってから歩いた。徒歩20分くらいで「深田久弥 山の文化館」に着くが、その前に石川県九谷焼美術館、松尾芭蕉が「奥の細道」で曽良とともに訪れ、一泊した城下町の全昌寺へ寄った。すごい日差しで時々すれ違う街の人と「暑いですね」と言葉を交わしながら歩いた。どこも素晴らしく面白くひとつの駅から徒歩圏内でこれだけ見どころあれば大満足。全昌寺は芭蕉好きは絶対に行ったほうがいいと思う。五百羅漢もすごく楽しかった。全昌寺から「深田久弥 山の文化館」に行く途中に老舗和菓子屋さんを見つけた。くずアイスバー「涼しん棒」に惹かれて入ったけど小さな冷蔵庫に「すいか大福」を発見。種も食べられちゃう加賀のスイカを使っているとのこと。ひんやりおいしそうだったので私はそちらをチョイス。ひんやりスイカがちょうどいい厚みのひんやり大福にゴロンとくるまっててシャクシャクでびっくりなおいしさだった。小山芳月堂さんという和菓子屋さん。で、元気回復。深田久弥の生家である印刷屋さんを写真に収めたりしながら記念館へ。素敵な建物。最初に少し説明してくれるのだけど地元の人のお話はいいね。生まれは東京だから東京と聞くとなんか嬉しいっておっしゃっていた。白山からの360度パノラマも面白かった。久弥は俳人でもあったそうで、全昌寺にも芭蕉のと並んで句碑もあった。記念館にはたくさん作品があって高浜虚子から送られた俳句も飾ってあったかな。能登に行くと加賀温泉や金沢も訪れるのがルーティンになってきた。海も山も人との距離感もちょうどよい地域だと思う。今回は輪島で立ち話した方が輪島塗りの工房の方で本当に小さな仮設の工房でその工程や歴史を教えていただく機会を得た。おうちも工房も地震でなくなってしまい、最近になってようやく元の土地に建物を建ててもいいという許可がおりたそう。今はすっかり更地になっているという。足の踏み場もないような小さな工房でもプロたちはこうやって地道に作業を続けていていろんなお話を聞かせてもらえて本当に幸せな時間だった。彼らも熊本のことを心配していた。

今日はもう出かける。暑いのやだなー。アイスは美味しいけど。秋を探しながら歩こう。俳句作らなくちゃ。良き一日でありますように。

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お菓子 仕事 精神分析

低め安定とか。

カーテンの向こうはまだくもりだなと思っても開けたら東の方がすごいオレンジに、ということはよくある。夏はビーチの暑さになる我が家はこの時期、東の大きな窓を日除けの布で覆ってしまうので南側の窓の向こうに広がる空でお天気を知ろうとすると早朝はいつもくもりのような空が広がっている。早朝はこの窓にはまだ光が届かない。さっきその窓を開けたら蒸し暑い空気がじっと広がっていたのでそっと閉めた。東の空から太陽の光がどんどん迫ってくるのを感じる。昨日も昼間は暑かった。沖縄には台風13号の影響が出ているらしい。毎回本当に大変だ。どうかお気をつけて。

精神分析は転移という関係というか転移神経症という一種の症状を形成するところから動きがはじまる。その手前でやるべきことも膨大にあるがまず空想や錯覚を作り出す場を整えることが大事だ。

もう25年以上前のことだが、臨床心理士として初めて入職したのは区立の教育相談室だった。そこには親子の心理相談をメインで行うセンターと適応指導教室である分室が北部と南部にあって私はセンターに配属された。大学院の頃から様々なところでいろんなことをやらせてもらっていたが、自分がこれでお金を稼ぐとなるとあまりになにもできなかったが、給料の少なさにはいつも困っていたので塾の講師の仕事も続けていた。単に慣れた場所を維持することで新しい環境とバランスを取ろうとしていたのかもしれない。教育相談室は自治体によって全く給料が異なる。私は当時そういうこともよくわかっていなかったのでびっくりした。私がいたのは最も安い地域だった。いろんな人が「お金のない区」と言っていて売れない芸人がたくさん住んでいるという噂もあった。当時はこんなにお笑いの世界は華々しくなかったのでなんとなく真実味があった。今は大学がいくつもある区になったから、大学からの税収だけでなく、移動はもちろん、若い人たちの動きがもたらす経済効果は大きいだろうから教育相談室のお給料も上がったりしたのだろうか。まだ先輩方がいるので今度聞いてみよう。自治体の経済状況がどうであれ、個人がなんとか生活を維持しているのは今も昔も変わらないのがこの国なので、無料の相談機関はとても重要だったと思う。当時「お金がかかってしまうけど」と外部の相談期間や医療機関をおすすめしていた私は、今はお金がかかる方の場所でいろんな機関からの紹介を受ける立場になった。今もカウンセリングなり心理療法が必要な方に継続面接が必要と判断して、それを提案する場合、「お金がかかってしまうけど」ということは話しあうが、会社でも法人でもないので安定したお給料はなく、収入はある程度長期的な見通しを持って考えていかないと直接的に私の生活に響いてくる。こういう実感に苛まれることは当時の方が少なかったと思う。「安定」というのはそれだけで心理面に対する効果が大きい。私は一番好きなことを仕事にできたのでそこで生じる苦労は常に乗り越えるべきものと感じるが、チームや組織でやる仕事の場合、モチベーションはそれぞれ異なる。「低め安定」を目指す場合もあるだろう。うつ病の患者さんによくいう「低め安定」は個人の心の中でも引っ張り合う矛盾する感情があってそれがどうにか悪い方へ向かわないようにどうにか小さな揺れ幅を維持できたらいいねということだが、環境は常に過酷だし、ほとんどおまじないのように「低め安定」を唱える場合だってある。チームでのブランディングもそれぞれがそれぞれの役割に徹することを好んでやっていて、かつ実力が伴っていればいいが、できあがったものを勢いある言葉で修飾することで良きものに見せようという方法を必要とする感じだと多分その仕事はあまりうまくいっていない。同じことをやっているはずなのにできあがりが全く違うということは誰もが経験していることだと思う。同じフォーマットでもそれをどう使うかというところに創意工夫がいる。

というわけで、精神分析家になった今の私は、最近の設定そのものを変えようという動きにとらわれず、できるだけ受け継がれてきた設定の中での自由を考えていきたい。それは上に書いたように、転移神経症という場で、患者と共に、行動で反復するのではなく、空想し、錯覚し、それが思考されることを願い、言葉を紡ぎ続ける努力であると思う。

だらだら書くには面倒なことを書いてしまった。こういうことを考えるのが楽しいが朝の忙しい時間にやるもんでもなかった。

今朝は石川県七尾市の「おやつ屋 Brown」のパウンドケーキ(メープル)。和倉温泉駅から徒歩10分くらいだろうか。昨年、通りかかった小さな小さなお店に今年も行けた。今回もとても美味しかった。

今回は加賀温泉駅から行けるいろんな場所にも行ったが「こんなところにこんなかわいいお菓子屋さんが!」という店に通りかかりテンションがあがった。本数の少ないバスの時間を気にしつつささっと選んでささっと買って走ったりもした。なんだこの汗だくの慌ただしい観光客はと思われたかもしれないがお許しいただけたらと思う。みんないろんなところでいろんなお仕事をしている。私のような観光客のために夏休みをずらしてとるお店も多いのかな。「開いててよかったです」と何軒の店で話したことか。

それぞれの場所でそれぞれの工夫が報われますように。適度に休みやすい環境でありますように。それぞれのペースで良い一日をお過ごしになれますように。熊本の方も能登の方も心配ごとが減っていく実感を得られますように。

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散歩

輪島

2024年元日に能登半島地震が起きて3年目の夏、ようやく輪島へ行くことができた。震災後、交通の便や宿泊など観光客を受け入れる余裕があるかどうかを問い合わせつつ、羽咋、七尾、和倉温泉と少しずつ足を伸ばしてきた。今回、ようやく輪島へ。この7月、能登空港が「のと里山ポケモン・ウィズ・ユー空港」に改称し話題だが、今回は羽田から飛行機で輪島に入った。ポケモンのぬいぐるみと一緒に搭乗している人も多く、出口ではポケモンたちがたくさん描かれた大きな壁があって写真を撮る列ができていた。少し離れた場所には石川県出身の力士たちの等身大パネルもあった。空港からは「ふるさとタクシー」という乗合タクシーを予約しておいた。乗合といっても客は私たちだけで一人1300円で輪島のホテルまで連れて行ってもらえた。街は一万円札は使えないから今のうちに売店で崩しておいた方がいい、など教えてくれた。もちろんそれは店によるわけだが、運転手さんのちょっとした一言一言は輪島がいまだに深刻な状況であることをたやすく想像させるものだった。少なくとも私よりはかなり高齢に見えるその人は今走っているその道がかつてどうだったかを知っている。隆起したままの凸凹道に揺られながら言葉少なくなった運転手さんの独り言のような声をきいた。「壊滅的」という呟きも聞こえた。雑草が青々と伸び放題なところもあれば青田もあった。「ここは商店街だった」と商店街の名前も教えてくれたが聞き取れなかった。数軒の家は見えてもどこがどんなまとまりだったのかも想像できなかった。

東日本大震災の後、相馬の仮設住宅に暮らすみなさんのところに向かうワゴン車の中、青々とした草原を「きれい」といってしまったことを思い出した。一緒に動いてくれていた地元のケアマネさんにそこが全部流されてしまったあとだと聞いたときは言葉を失った。

私はその後も何回か東北や熊本や能登の被災地に行っているが、あるときある人に八つ当たりをした。被災地を歩きながら「そっちは立ち入り禁止」と言われた。最初は携帯で調べながら教えてくれるその声に「そうなんだ」と従っていた。危ないのだから調べてくれるのはありがたいことに違いなかった。そのあとも「立ち入り禁止」の看板やマークを何度も目にしながらどうしてこうなる前にこなかったのだろうと思いながら歩いた。ここが変わり果てた景色であることは間違いないのに前を知らないからどんな気持ちにもなれなくて気持ちが重たくなるのだけを感じた。仮設住宅が立ち並ぶ道を歩きながらその人が携帯の画面を見ながらまた「立ち入り禁止」だというのが聞こえた。私は急に腹が立って「なら行かなければいいでしょ。そこまでは行けるしそこには道があったんだよ。」というようなことを言った。私は相馬での自分の無知が腹立たしくて他人にも「きちんと見なよ」ということを求めていたのだと思う。

輪島は思っていたよりずっと近かった。飛行機を使えばタクシーで30分で出られる。メインの入口がまだ使えないホテルの勝手口のような入り口から入り荷物を預けて散歩に出た。お昼までもまだ時間があった。今はほとんど更地となった輪島朝市通り、崩れたままの瓦、傾いた電柱、ボロボロになったブルーシート、足元に気をつけないとぎっくり腰になりそうな段差や大きな亀裂がたくさんあった。壊れた景色を心の中で修復するにはあまりに情報が足りなかったが少しずつそれでいいと思うようになった。またくればいいんだ、そう思える出会いがそのあとにあった。まだそこがあるのであれば何度でもくればいいんだと思うと楽しみになった。

旅に出るとなにげない会話が特別な会話になることが多い。あの運転手さんの絶望したような呟きにも希望が戻りますように。一方で、能登のみなさんが最初に口にするのは熊本の猛暑の心配だったことも忘れない。あの日、能登は雪だった。出会う人みんなが「私たちは着ればよかったけど暑さは・・・」と言うことに私はまたもやなにも言えない気持ちになった。離れた場所で体験を共有している人たちがいることを伝えることくらいはせめてしていけるかな、と思う。

東京は昨晩少し雨が降ったらしい。少しだけ涼しい気がしないでもない。今日も良い一日になりますように。

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こころ 身体

身体とか心とか。

寝ている間の温度調節が難しい。肌もよわよわになっているから色々大変。もう夜が明けてしまったよ、と平安時代に唄えば間違いなく恋の歌だが今はどうだろう。皮膚にストレスを抱えてあまり眠れないまま朝を迎えてしまったよ、という場合、まったくロマンチックではないし、今日もまた朝がきてしまったよ、だから寝たくなかったのに、と眠れないまま迎えてしまう朝は憂鬱だろう。みんな今日はどんな朝かな。熊本はどうだろう。大きな地震から3年目になる能登だってようやく公費で解体がはじまったり、まだまだ道がガタガタだったり、まだ多くの人が狭い仮設住宅を住居や商店にしている。熊本も情報の届きにくかったり移動手段に乏しいお年寄りや障害者の方はまだ被災直後と変わらない状況があるときく。言葉ではなく姿を見せること、実際の手を差し伸べ、足で運ぶこと、私もいずれ動けなるときがくるとはいえ、それまではそういうことができる心身を維持したい。

久しぶりにやった卓球でラリーが100回以上続いた。私は数えていなかったのだけど「もう少しで100回だった!」といわれてから意識し始めた。ただの遊びなのに、肩が少し疲れたなと意識したとたん失敗したり、ほんの少しの乱れにひっぱられるのが面白かった。プロはそういう心理面での揺れは技術で補えるのだろう。日々の修練は強い。どんな状況でも動く身体を作るのがトレーニングだと大谷か誰かがいっていた。それも基本が健康な場合だが。ケガをしたり病気になったり環境が変わったりすればそれに応じた心身のありかたを模索することになる。

あーおなかがすいたー、とさっきから何度も思っている。能登や熊本に限らず被災地と呼ばれてきた場所のこととか苔を愛していた早くに亡くなった友人のこととかいろんなことがごちゃごちゃと心にあるがおなかはいつもきちんとすく。たまに胃腸炎とかで食べられなくなるとそういう自分にとても不満になる。前に点滴されたときに看護師さんにカロリーはこれで足りてるから大丈夫、といわれたが全然だいじょぶじゃなーいと思った。私がほしいのはカロリーじゃないもん。カロリーは結果的についてくるものであってほしいのは味だもんと思ったけど優しい看護師さんだった。感謝。

今日もみんなどうぞご無事で。よい一日をになりますように。

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精神分析

語ること、聞くこと。

起きたら首が凝っていた。首が凝る=頭痛もする、なのでストレッチをした。この「動かせばなんとかなる」とわりと素朴に思っている自分ってどうなんだろう・・・と時折思う。私はある程度正確な動かし方ができるから自分でなんとかできるけどよけいに悪くしてしまう場合もあるから人にはお勧めできない。でも専門家のところへいったら悪くなったという人もいるから身体は本当に難しい。心と同じだね。

熊本の暑さが心配。地震のあとに追い打ちかけるなんて信じられない、と誰にいったらどうにかしてくれるのかわからない。気候に関しても私たちはあまりに無力。気温とかもどっか地震と連動しているのだろう、と思うがそんなこといったらなんだってつながってる、となって、素朴な思いが陰謀論につながったりしてしまうかもしれない。SNS時代になってから、あまりに素朴に自分の信念を反射的に発する人が多くなったけど、それが政治家でもなんでもないただの同業者の特定のポストにむけて発せられているとかなると怖いなあと思う。自分は正しい、ということを素朴にいっているようなものだけど、自分はあなたとは違う、ということって本来そんなに素朴に言えないことだと思っている、私は。自分は「絶対」そういう方向にいかないとか思ってもいつのまにか、というのはよくある。いつのまにか親と同じことしていたりするじゃないですか。人間のそういう部分を知っているからこそ不安になって私のようなところへ相談にくる場合だって少なくない。「自分は違う」ではなく、「自分にもそういう部分があるのかもしれない」という不安を自分も匿名ではなく、特定の相手に語れるって大切な力。それがとても難しいことではあるのもわかるだけにそうできることを力と感じる。

私は専門的な支援以外で被災地にいくことがわりと多いほうだと思うけどそこでも語ろうとすること自体にものすごく力を感じる。思ってもみなかった言葉を聞く体験を積み重ねてきても私は相変わらずそれを推測することはできない。私はまた思ってもみなかった言葉たちと出会うのだろうな、という推測しかできない。被災地に限らず、それぞれの言葉はものすごく個別的なもので、臨床は特にそういうものを見出していく作業だからわかりやすい言葉でひとくくるにすることには抵抗がある。ただ聞く、という時間がどうしても長くなるのはそういう人たちの言葉たちに対応しているから。なにもしてくれない、と相手が感じているのを知っていてもそれ以外できなかったりするから悩ましいが、聞くこと、黙ることに関してはかなり専門的だと思う。がんばらんとね。

あー、おなかがすいた。あさごはんは大切というよ。みんなもいい一日を。熊本に涼しさを。

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お菓子 コミュニケーション 散歩 精神分析

よく歩く。

ダラダラとよく寝た、と思っても時間にすると少ないが睡眠は量より質だとつくづく思う。一日の過ごし方にみあった休息をとることが大切。

こんなとこ誰も歩いてこない、といわれそうな山のかわいいカフェにいった。ケーキもおいしいパン屋さんとのことで実際そうだった!二階がゆったりしたカウンター席のカフェスペースになっていて、小さな洞穴みたいなところは小さな子が遊べる場所になっていて素敵だった。お店に入っていくなり「歩いてきたんですか!」とびっくりされ「かえり、送っていきますよ!」といわれこちらがびっくり。いやいやいやいや。今回はそのあとの予定を考えてパンは買わず、おみやげにクッキーを買って、カフェではとてもかわいいくまさんシュークリームをいただいた。中に小さなバナナがごろんとはいっていて、生クリームもカスタードも甘すぎなくておいしかった。日曜の15時以降はいつも静か、とお店の人とお客さんが話すのが1階から聞こえてきた。ひっきりなしにお客さんは訪れていたし、パンが中心なのに1000円以上買っていく人が多かったし(お会計もきこえてきた)今日が特別混んでいるというわけではなさそうなのに夏休みが特別なのかなと思った。それにしても送っていっていただくなんてとんでもありませんわ、好きで歩いてきたんだし、お一人でやっている大切な営業時間のお邪魔をするわけにいかないし。お客さんはほとんどこないけどそういう交流を大切にしているというお店も知らなくはないけど普段からハイキングとかによくいくからとお伝えしたり、私たちが東京からきたのを知って「東京の人はよく歩く。こっちだとどんな近くても車だから」といわれ「実家にいた頃はそういう生活でした」と笑い合ったりした。実際そうで、今も地元に帰ると「よく歩く」と笑われる。私は東京に住んでいるなかでもそうとうよく歩くタイプの人だと思うけど。

それにしても女性一人でこういう場所で素敵なお店を成功させているというのは本当にすごいことだ。私はどうしても商いの観点から色々みてしまうのだけど、業種が違っても学ぶことはたくさんあってなかまな気分。おしゃべりしながら誰かに似てるなあと思っていたのだけど、帰り道「ああ、あの人だ」と気づいた。たまにおしゃべりするカフェの店員さん。その人も女性一人でお店を任されている。みんながんばろーね。こういう小さい出会いを積み重ねて心の中で励まし合っていきましょー。

今日もよい一日になりますように。九州に涼しい空気がたくさん流れますように。

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コミュニケーション 精神分析

雨とか精神分析とか。

曇り。昨日の18時過ぎにポツリポツリと雨が降って、どんどん強くなってきて、私は駄菓子屋さんに避難した。小さな小さな駄菓子屋さんには三人家族がいた。少し前に通りかかったときに外から見かけたが親子だったんだと思った。たくさん買っていてお会計に時間がかかっていたが値段は1000円台だった。お店のおばあさんはお釣りの計算も早く、「雨降ってきちゃて」「ほんと。最近降ったり止んだりが多いですね」「ふふふ」という他愛もない会話も上品さとかわいさがあって私は楽しい気持ちで外に出て少し弱まった雨の中を少し走った。

精神分析ってまだあるの、ならともかく、本当にあるの、と問われるのが現代だと思う。日本精神分析協会のウェブサイトを見ていただくとわかるように、1クラス分の人数しか精神分析家はいないのでその存在が知られていないのは当然のことである。一方、精神分析を受けたいと申し込んでくる人がすごく少ないかというとそうでもなく、申し込みはある。しかし、お話を伺っているとそれは精神分析ではなくカウンセリングでは、というのはほとんどだ。たとえば頻度。精神分析を受けたいといいつつ、隔週でないと来られないという場合もある。しかしそれは精神分析の緩いイメージには沿ったものかもしれないし、頻度だけが大切なわけではない。わたしたち協会兼IPAの精神分析家は週4日以上、定期的に通う設定を精神分析と呼んでいるわけだが、理念だけ活用する場合でも精神分析「的」と言われることはよくあるので、隔週だと少し難しいかもしれないが、毎週一回定期的に行われている心理療法を精神分析「的」と呼んでそこに精神分析と同じ効果を見出す人もいる。私も訓練を受ける前は効果の違いがよくわからなかったが自分が週1、2、4回の治療を受ける中でそれらはどれも違って、精神分析家に受けた週4の精神分析の効果は臨床心理士として週1の心理療法を長く積み重ねてきた私が知っているものとは全然違った。それはあまりに言葉にならない体験であり、同時にそれが許容される体験であり、いずれ形になるだろうということを信じられるようになるプロセスでもあった。一生懸命やるが無理はしない、人の目が気になる場合でもそれがどんな目かを吟味する、なんにでも闇雲に不安になったり怖がったりしない、普通に論理的であり、印象で人と比べず、過剰な物語を作らず、見えないものを見えたと言わない。そういう学びだった。私はそういうことに価値を置く。それはとても苦しい期間を必要とするのでそれをみんなに「いいもの」として伝えようとは思わない。だいぶ悪いというか本当にこんな苦しみが必要なのかという部分も含んでいるから。いい悪いなんてすぐに反転するから。そんな区別がいらない曖昧な領域で自分の体験を実感を持ってしていくこと。そのためには精神分析家としても体験を広げていかないと、つまり臨床を伴わないとそれらはすぐになつかしいだけの思い出になってしまう。

昨晩、友達と別れると空には月が出ていた。少し欠けていたが相変わらず明るかった。今日はどんな一日になるのだろう。別になにも、いつもと変わらず、でくくりたくなる日常だが、実は結構たくさんのことに対応している自分の心を大切にしよう。休むことはすごく大事。どうぞお元気でお過ごしください。

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精神分析 精神分析、本

ナルシシズムとかソレール講義とか。

凍らせておいた葡萄が美味しくなくて悲しい。果物をたくさんいただいたから少しだけ凍らせたのだけど残念。上手な冷凍保存のしかたをネットで学んだのだけど少し傷んだとしても冷蔵庫で保存しておけばよかったな。七月後半は氷やアイスを食べることが増えた。鎌倉に住んでいる人に連れていってもらった老舗の甘味処のアイスが美味しかったな。おなかが強ければかき氷をチョイスしたかったけど全然こっちも正解だった。

今週は火曜日に熊本の地震があって気持ちがどんどん落ち込んでいく一方、毎週、毎日の仕事をいつも通りいろんな気持ちになりながらこなした。私の仕事はものすごく個別性が高いが長年たくさんの人と密に会い続けていると「人間って」という普遍的な部分に気づいたりもする。一番は人間はいかに人を信頼することが難しいかということで、ナルシシズムを個人の病理として捉えていない私はこの仕事を通じて社会の問題としてのナルシシズムを考えていく必要があるのだろう。

先日、コレット・ソレールの本を読んでいたついでに、別のソレールの本も読んでいた。気持ちが落ち着かないときはなんとなく手元にある本を再読することが多い。Kindleでダラダラ読んでいたのはコレット・ソレールの講義録Towards Identity in the Psychoanalytic Encounter: A Lacanian PerspectiveのChapter 6 4th February 2015。前に少し訳を載せた気がする。少しラカンを齧っている程度の私にも読めるラカン入門。先日ウィニコットの「ピグル」の読解で紹介したソレールのWhat Lacan Said About Women: A Psychoanalytic Studyのなかのhysteria and femininityで書かれていることの要約もこの日の講義では使われていて、ラカンがよく引用した有名なヒステリー患者が素材として用いられているので共有できるし、こっちに焦点を当てるとこういうことがいえるのかという発見にもなる。ソレールは倒錯を「一般化」しているものとして捉えており、その辺の議論がこの本にあったかどうか忘れたが、ラカン派の文脈では特に重要なことだと思う。この章ではファルスをどう捉えるかという議論が展開されている。たとえば以下の部分とかラカン派ではベーシックな議論なのだろうけど私には結構面白いことがはじまるぞ、という感じがする。

“二つの欠如(Two lacks)

結局のところ、存在の欠如(manque à être)は、享楽の欠如(manque à jouir)とは同じではありません。これはまったく異なる事柄です。フロイトがファルスや去勢について語るとき、彼にとってそれは当初から性的享楽の器官であり、その器官、すなわち性的享楽に対して向けられた脅威を意味していました。それでは、ラカンは何を根拠に、ファルスを一方では存在の欠如のシニフィアンとし、他方では享楽の欠如のシニフィアンとしたのでしょうか。”

という感じで続く箇所。私はものすごく曖昧な「自己」よりも「主体」という言葉を使うけど「主体」という言葉も定義するのは大変難しい。かといって「あいだ」とか「関係」とかいう言葉がちょうどよく機能してくるかというとそうでもない。自分ってなにかしらね、「私」なんているのかしら、という常に感じる思いから六月の学術大会ではパネルを立てたが、これに関してはそもそもこういう問題意識を共有していないとなかなか難しかったと思う。精神分析もどこか「本当の自己」みたいなものを目指しがちだろうから。

今日は土曜日。今日から8月。暑さにめげず元気に過ごせたらいいですね。無理せず大事に過ごしましょう。

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精神分析

本当とか嘘とか。

今朝の光はまだ白い。これから強い光がさしてくるのかな。夜もエアコンをつけないとすぐに起きてしまうし、つけっぱなしだと朝くしゃみが止まらない。

7月28日夕方に発生した熊本の地震、エアコンがない避難生活なんて心配すぎるし、こんななか車中泊も危なすぎる。色々な支援団体が寄付を募って支援をはじめており、私もできるだけお金の使われ方が見えるところに寄付をした。東日本大震災、能登半島地震に対しても継続的に寄付を続けているが、本来しっかりまとまったお金を早急に出すのは政府の役割だろう。もちろん「そんなことはやっている」とデータを出すことはできるだろうけど、熊本はこれがはじめてではないし、一般人の私でさえ熊本は大きな災害が多くて大変だなという印象がある。死傷者の数が増え、被害状況がわかるにつれ、遠い東京にいる私もどんどん落ち込んでいくが、私の場合、東日本大震災のあとまもなく向かった石巻や三陸、郡山で見た景色や場面が思い起こされるからだろう。ましてや当事者のみなさんの気持ちを思うと、といっても無責任におしはかって単純な言葉にすることは避けたいが。

昨日、オフィスを出るととても明るい月が空に輝いていた。ここ数日、突然暗くなって雨がポツポツ降り出したり、雷とともに豪雨になったり変なお天気だが夜の月はとてもきれい。被災地からも月は見えただろうか。先日、明治神宮の森を照らすように輝く月をオフィスの窓から眺めた。時折、黒い雲に覆われてもあまりに明るいのでどこにいるかすぐにわかる。かくれんぼしているわけではないが月と戯れるのは飽きなそう。

人は平気で嘘をつく、と私が断言できるとすれば私がそうだからというわけではなく、無意識を想定する以上「嘘」といえるものが出てくるということ。あなたは「本当に」それをしたいの?と「本当に」をくっつけた質問を私はしないようにしているというようなことを昨日書いたが、している場合もたくさんあるし、そうしながらなんで「本当に」と言いたくなったかなと考えている。以前、私の気持ちとかではなくて実際に起きたことを話したら「絶対嘘だろ」と言われたことがある。最初は耳を疑ったが、すぐに「すげーな」と思った。もちろん呆れたし怖かった。精神分析臨床でも似たような類のことがよく生じる。これこれこういうことがあってと詳細に話したあと、「本当は」という言葉でそれらを打ち消す。「本当」を知っているのは自分だけ、という場合はとても多い、と書くとまた「そんなの絶対嘘だろ」という声が聞こえる、としたら、私はその言葉に人間の本性をみて怖くなって、また言われるのではないかと怯えているのだと思う。だからこそ考え続けないと自分の存在が脅かされる気がしているのだと思う。実際、そうやって思考を奪われる体験を繰り返し、常に不安な状態にある人を多くみてきた。事実を嘘としてしか受け取らない人っている。内容なんてどうでもよく、その相手が言ったことはなんでもあっても信じないとあけすけに表明することで何かやった気になれる人がいる。むしろ、そうすることで相手が困ったり悲しんだり怒ったりする反応が欲しいのか。とんだかまってちゃんだな、と距離を取れればいいかもしれない。まあ、今となれば国民を守る手段を講じるはずの政府に対して多くの人が「どうせまた嘘だろ」と思っているわけで、そう思われることに全く脅かされることのない心の集まりである政府であることがナルシシズムが一般化したことをあらわしているようだし、人間って誰もがそういう自分になりたくないと思っているわけではないんだ、という理解をもたらす。イソップ童話のオオカミ少年の話は、羊が食べられる結末とか少年が食べられる結末とかみんな食べられてしまう結末があると思うが、「どうせまた嘘だろ」と情報を軽んじることはたしかによくある。精神分析においてはそれを「嘘」とは呼ばないと思うが。その行為は何がしたくてされていることなわけ、という視点は持つが。精神分析は単に言葉ではない行為としての言葉の可能性を押し広げながら展開してきた学問なので行動をみているのとたいして変わらないと私は思っているし、他者の行為を捻じ曲げたり歪めたり現実とは異なるものとして捉えたとしても自分の行為は今ここに現れるものなので毎日のように会い、言葉を聞き続けていれば少なくともその人のパターンはだいぶよくわかるようになる。語られた他者の方に目を向けるのではなく、その人がなぜ今そのような語りをそのような仕方でしているのかに注意を注いでいる。だから嘘は道徳に使用されるものではなく、抑圧の一形態として捉える。私の場合は、ということだが精神分析理論に基づいてこれを説明することもできる。日々、臨床がそれらを確かめてくれてもいる。だからといって相手に変化を起こせるわけではない。ただただその人のありように対してそれまでとは異なる描写をし、心の動きを微細に観察していくこと、観察によってまた違う言葉を使った描写が可能になることもあるが、大抵は同じ言葉の精度が増すだけで新しい語彙でそれが立ち現れるのはずっとずっと後のことだ。多様性とか可塑性とか言葉でいうのは簡単だが、まずわからなさにとどまること自体の困難を否認しないというあり方自体が最難関であり、人が自分の正しさをどうにかして守りたいものなんだなという実感がこちらには必要になる。今日も見たくない現実から過度に目を逸らさず、自分に近い場所から丁寧に関わろう。

熱中症にお気をつけて、良い一日をお過ごしください。

雷前。
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精神分析

特急とか欲求とか。

早朝の空がまだら。今日は新潟方面、大雨か。熊本はめちゃくちゃ暑い。みなさん、安全に過ごせるとよいが。

起きるなり蚊に食われた。蟹食われた、と変換されてそれはそれで嫌なシチュエーションだなと思った。私はそんなに蟹ラヴァーではないからいいけど。そういえば沢蟹の季節。昨年、箱根の飛龍の滝に行ったとき、途中からたくさんの蟹が足元にいて「お邪魔します」という感じだった。飛龍の滝は箱根湯本駅から箱根登山バスで約15分「畑宿」というバス停からトコトコ歩きはじめて楽しいコースだった。また行きたい。大好きなロマンスカーに乗りたい。私は特急は中央線も東武線も西武線もなんでも好きだがロマンスカーの特別感(なのにそんな高くない)はすごい。いや、西武池袋線の特急ラビューも愛してるな。飯能や秩父に気軽に行けるのもすごいけど池袋駅の特急ホームに行くだけでテンションがあがる。熊が怖いけど熊だってこっちが怖いだろうからお互い適度な距離感で夏を過ごせたらいいな。

さゞれ蟹足はひのぼる清水哉
芭蕉「続虚栗」

日々の欲しいもの、したいことよりも深く考えることとして、あなたはなにがしたいのか、なにがほしいのか、と問い続けるのが精神分析だけど、そこに「なぜ」と聞いたり、「本当は」とか前にくっつけたりしないのも精神分析だと思う。本当かどうかなんて誰にもわからないし、理由なんてあとから少しずつもしかしたらこういうことだったのかもなと感じられるものだろうから。最初は「なぜ」「どうして」が先走ってありがちな「物語」を作って「理解」をどんどん進めたくなるけどなぜそんな急ぐのだ、というときに「なぜ」を使うのであって、問いかけはすぐに答えが出るものに対して使うものではない。尋ねればすぐに答えねばとその場しのぎのことを言いたくなるだろうけど「わからない」と立ち止まってしまうほうが自然ではないか。試験ではなくて対話なのだから。「わからない」と言い続けて相手からの答えをずっと待っているような時間もあるだろうけど、精神分析家はそれをきちんと描写した方がいい。もちろん仮説として。なんだって最初は仮説なのだし。

今朝はラタトュイユを作っておいた。今回は生姜で。茄子、ズッキーニ、トマト、玉ねぎは夏に欠かせないお野菜たち。夏休みがはじまって親たちは大変だろう。みんなおいしいもの食べて、お水たくさん飲んで、いっぱい休憩して、元気に過ごせますように。