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母方言

言葉は難しい。

中井久夫が『私の日本語雑記』(岩波書店)の「翻訳における緊張と惑い」の章で、母方言と他の全ての相違を調べるテストを紹介している。

「それは端的なワイセツ語を口にするというテストである」「大学に行って北海道ではこういうのだと教わったが、私が「へえ、そういうの?」とその言葉をふつうの音調で返したところ、相手は「やめてくれ」と身をよじった。そのように、母方言とは、一般にこれほど激しい羞恥心を起こす「情動に濡れた言語」である。私にとっては共通語の四文字や他地方の方言は、タブーに対して強い原始的反応を示さない点で少しばかり外国なのである」。

これは精神分析臨床をしているととてもよくわかる。そこで話される言葉は特別だ。なんかね、言い始めるとそれこそ原初的なこころが動き出しそうで眠れなそうだから書かないけど、というか夢がカウチでひそやかに語られることが必要なように、こういう言葉は大事にした方がいいと思うから話しすぎないことだね。

生々しく身体と共にある母方言。単なる母国語ではない言葉。こころ揺さぶられる人もいればそうでない人もいるだろうけど、私は臨床家なので傷つきのほうに注目する。ひどく傷つく人がいる以上、簡単に言葉で説明することは避けないとと思う。

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責任

痴漢にあったという話を聞くのは全く珍しくない。これだけ被害の数が多いのは日本のどういう部分と関係しているのか、あるいは関係ないのか、ということを考え始めたところから先日「被害と加害の言葉」というタイトルで書いた。日本文化というものを組み込んで考えるには力量不足なので、とりあえず広辞苑、日本語シソーラスなどを調べ、言葉の面からなんとなく書いた。

ちなみにジーニアス英和辞典ではsexual molester,groper,sexual pervert,child molesterとあり、日本語の「痴漢」は意味の幅が広い、とあった。また仏和辞典のプチロワ4ではsatyreとあった。驚いた。それにしても最近、ギリシア・ローマ神話とよく出会うな。サテュロスは好色、酒好きな半人半獣の森の精である。フランスではこれが「痴漢」の訳だそうだ。また、英語でもフランス語でも例文には「電車(地下鉄)で痴漢にあう」とあった。どの国でも車内は被害の場となりやすいのか。公の場でもあるのに。

ちなみに日本の鉄道で痴漢が発生した時期については原武史が『鉄道ひとつばなし』(講談社現代新書)のなかで少し書いている。これは牧野雅子の『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』(エトセトラブックス)とは全く目的が異なる本だが、原の「当時の人々の手記を見ても、列車内で見知らぬ人どうしが会話することは珍しくなく、その習慣が通勤電車にも継承されていれば痴漢は発生しなかったはずである」という言葉は、牧野が痴漢取り締まりの担当警察官の言葉としてあげた「被害に遭いやすいのは、全体から受ける印象が、おとなしそうなタイプの人」というのと関係してくるだろう。ちなみに肌の露出と被害の相関は特にないそうである。

被害者がひとりの抵抗、ひとりの勇気で「声をあげる」のではなく、自然な会話が外からの一方的な侵入を防ぐ、そういう環境は本当に大切だ。無言の群衆のなかで声をあげる勇気を持て、なんて無責任なことは言えない。非対称的な関係自体がすでに言葉を奪ったり歪めたりしている可能性にも敏感である必要があるかもしれない。

さて、言葉には、その人だけの言葉、二者にしか通じない言葉、第三者に向けられた言葉という分類(北山修が書いているかも)があったり、オースティンの言語行為論など様々な視点があるが、専門用語を使った論考はきっと誰かが書いているだろう。だからとりあえず思考をめぐらす。

牧野の本で引用されていたフレーズには一定のレトリックがあった。そもそも痴漢を加害と思っていたら公の媒体で軽々しく語るなんてできないわけだが、公にして悪ふざけにしてしまうことで悪意のなさを示し、責任を問われないようにという意識的、無意識的な動機が働くのだろうか。

悪意のなさというのは実際本当に厄介で「そんなつもりはなかった」という言葉も嘘ばかりではなかろうと思うと、もう天を仰ぐしかないというような気持ちになる。一方で、牧野が書いているように冤罪のことになると急に我が事として心配しだすというのもまた不思議な話で、すでに起きている被害とまだ起きていないことは本来別次元で取り扱うべきものだと思うが、そうではないので書名にも「被害と冤罪」が並んでいるのだと思う。

また、被害者に被害者資格のようなものを想定し、いつのまにか被害者から個別性をはぎとり、被害者の言葉を奪っていくのもこれが暴力であるゆえんかもしれない。もちろんこれは女性と男性という二分法において生じていることではなく、男性の被害者に対するラベル貼りなども事例として思い浮かぶ。

「そんなつもりはない」「みんなやってる」という言葉に戻ろう。「つもり」とか「みんな」というのは空虚な言葉だ。みんなって誰。つもりって?個人の意思というのがいかに間違いやすいかはすでによく知られているだろう。

「つもり」はどうであれ、生じた出来事には責任が発生する。

とはいえ責任をどうやってとるか。これもまた難しい問題だ。大人が子供に「ごめんね」と言わせて仲直りさせるような形ではなく、自分で責任を引き受けることの困難さについても考える。もしかしたら加害者は今いる位置から一度降りてみる、ずれてみることが必要かもしれない。非対称であることを十分に意識するために被害者と同じ立場、子供と同じ目線に立つこと、つまり加害者も被害者である可能性を保持する事である。そこにも支援があるとよいと思う。

自分から自分を引き剥がす。それは結構大事なことのような気がしている。

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「ニンフの蹄」

『エコラリアス  言語の忘却について』ダニエル・ヘラー=ローゼン、関口涼子訳(みすず書房)、言語哲学の本である。

第十三章「ニンフの蹄」にはユピテルに見初められ愛人にすべく連れ去られた可愛いイオの話が載っている。ユピテルの妻、ユノーから隠すために雌牛に変えられてしまったイオ、それでもユノーの嫉妬から逃れることはできず監視され、助けを求めても牛の声しか出せず、腕を伸ばしたくてもその腕はすでになく、自らの声もおぞましくて聞くこともできなくなったイオ。

そのイオが父親イナコスにだけは自分が変身したことを告げることができた。イオが使ったのは蹄だ。イオというアルファベット2文字の名前だったことも幸運だった。I、O。

「変身が残らず完全なものになるためには、逆説的なようだが、まさに変身というその出来事を記す跡を保持していなければならないのだ。」(P140)

I、O、すでに雌牛であるイオの蹄はイオのものであり、「二つの文字は、あらゆる意味で、変身を「裏切るー露わにする」」(P141)。

この始まりの部分だけでも様々なことが連想されるがこの後も非常に興味深い「痕跡」に関する話が続く。

精神分析が夢を記憶痕跡としてその探究の素材とし、それを言語で扱おうと試みてきたことはその変容可能性を、潜在性を信じているからにほかならないだろう。

昨日書いた被害と加害の言葉とも繋げて考え続けている。

伊藤詩織さんがデータ(痕跡)をもとに戦っていることも考える。私たちひとりひとりがもつ痕跡を言葉にしていくこと、それによって初めて変容の可能性が生まれること、それをたやすく希望とはいえないけれど、そのことはこころに留めておきたいと思う。

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被害と加害の言葉について

その人が話す以上、その人だけの言葉だと思う。一方それは私の耳はそう聞いたというだけのことでもある。

被害者の言葉について考えていた。多弁で、巧みなレトリックを駆使する加害者にさらに傷を重ねていく被害者の姿を思う。

被害者は実名のまま孤立しやすく、特定できたはずの加害者はいつの間にか同じような姿を纏った人の集まりになり、膨らんでいく。言葉の暴力はあっという間に拡散され、被害者はさらに孤立を強いられる。

電車で男たちに取り囲まれて痴漢された女子高生の話を聞いたことがあるだろう。

誰もが傷つけ傷つけられて生きていく。その理不尽さだけでも語り尽くせないものがある。被害、加害関係は「してされて」の関係ではない。圧倒的な非対称がそこにはある。

私たちはみんな集団の一員である以上、常に集団力動のうちにあり反転しやすい世界を生きている。その人だけの言葉を発揮するには環境に守られることが本当に大事だけど、その環境を人が構成する以上、そこにも反転可能性が潜む。本当に安心できる場所なんてあるのだろうか。

『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』(エトセトラブックス)という本を読んだ。著者は、元警察官という職歴を持つ社会学、ジェンダー学の専門家。彼女自身の体験が書かれた部分はなんの説明もいらない説得力を持つが、それ以前に著者が豊富に引用するのは雑誌などに掲載されたフレーズだ。多くは痴漢について語る男性の言葉であり、有名な作家も多く登場する。この作家がこの話題になるとこんなに貧困な・・・とその想像力に、というかその想像力のなさに驚く場面も少なくない。

「痴漢行為が自然の欲求の発露であるとみなすことは、性「暴力」の矮小化」だと著者は書く。痴漢行為が罪として立件されるときも被疑者調書の作成に暗黙の因果性(自然の欲求の発露というような)が書き込まれてしまうことを知ると信じ難い気持ちになる一方、そういう発言には馴染みがあることも思い出す。

都合よく解釈され、カジュアルに、ゲーム感覚で加害が語られるとき、そのすり替えレトリックが被害者を幾重にも傷つける。シソーラスで「痴漢」と調べてもこの言葉が犯罪とゲームの意味を含み込んでいることがわかる。

被害と加害の関係をどう生きていくか。治療者としても考えるべき事柄だ。

匿名でSNSに書くことの暴力性が、実名で公の文書に書くこととは責任の引き受け方が異なることは明らかだろう。しかし、実名であっても集団化すればそれは匿名的になることもあるから単純ではない。

では治療場面は?二人だけの部屋で交わされる言葉、眼差し、レトリック、価値観について振り返る。

被疑者調書がステレオタイプ化してしまったら被害者の姿はさらに見えにくくなる。「若者よ怒れ」「女性はもっと怒るべき」という言葉も時代に応じて使われるが臨床はそれらとは馴染みの悪い個別性のもとに行われている。

怒るべきことがあれば治療者や指導者、良き仲間とのやりとりで振り返る。ひとつひとつの現象を単純化したり、集団化しない努力はしたい。

もしそういう言葉を控えることができたら「取調官によって供述が作られてしまう。被害者は痴漢行為に怒ってはいけない、恥ずかしがらなければならないとでもいうようである」という類の、個人の体験から離れた、なのに、ありがちな「価値」が臨床に持ち込まれることを回避できるかもしれない。その人だけの体験に向き直るような。

暴力と倒錯の間、ギリギリ子供の遊びっぽさで許容を強要する甘え、そういうものについても引き続き考えていきたいと思う。

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パーソナル

アルゴリズムが高度化した現在、私たちは簡単に嘘をつけるようになった。あるいは瞬間的な気持ちをどこかに書きつけることをするようになった。SNS環境においては匿名の人(本当はわかっていたりすることもあるけど)も匿名じゃなくても拡散は無邪気に行われ、誰のどんな言葉なのかという吟味のないまま、自分的「正しさ」のもとに裁かれる、あるいは捌かれることが増えた、という印象がある。

特に非難や裁きに関しては、実際に会ったら言わないであろう言葉が使われることもしばしばで、実際に会うことは言葉を育てることである、とコロナ以降、特に感じる。

ファクトか、フェイクか、人間関係ではそんな簡単に二分できないことがたくさん生じる。好きだと悟られないようになんでもない感じに振る舞ったり(嫌いとか言ったらかえって好きとバレるかもしれない)、空想が現実を覆ってしまったりいろんなことは重なり合う。

ウィニコットのtrueとfalse、北山先生のオモテとウラなどもそうだけど、とか色々思うけど、私は最初に何を考えていたのかな。うーん。忘れてしまいました。まぁ、続けよう。

先日、飯間浩明さん、山本貴光さん、吉川浩満さんの辞書編纂に関する対談で、飯間さんが「正しさ」という警察的、規範的な考えで辞書を作っていないというようなことをおっしゃっていて「それも含めて日本語」という言葉が印象に残った。

ところで、パーソナルな言葉って何かしら。精神分析でパーソナルというとき、というか私が使うとしたら、それを二人の間にある無名の誰かを「パーソナル」と定義づけたいし、そのために四苦八苦すると思う。

そう考えると(突然だけど)夏目漱石はやっぱりすごい。「吾輩は猫である。名前はまだ無い。」

写真はムクドリ。知っている方には声も聞こえてくるでしょうか。小学生の男の子たちが「すげえ、こええ」ばかり言いながら見上げていました。

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精神分析における切なさと懐かしさ

昨日は寒くて泣きたかったですね。冬のコートを着てしまいました。昨日がちょっと特別でもう少し暖かい日もまだあるでしょうけど季節は確実に先に進んでいますね。今日はどうなのかな。

切ない、という言葉をシソーラスでひいてみました。分類としては「哀愁を帯びる(気配)」という「抽象的関係」の「不快な気配」に入るようです。切ない・・・遣る瀬無い、ほろ苦い、甘酸っぱい、ペーソス(使ったことがないです)、など色々ありますが、「不快」と言われるとそうかなぁ、という気がします。少なくともフロイト のいう快不快という一次過程的な言葉ではないでしょう。

こんなはずではなかったのにこうならざるをえなかったというような、愛を基盤とした叶わない複雑な想い、というのが私の定義です。胸がギュッと締め付けられるのを服の上から押さえてしまうような幾重にも狂おしく、でも絶望までいかずとどまる健気さをこの言葉には感じます。

そしてこの「切ない」をワークスルーできたとき、「懐かしい」という言葉に開かれるような気がしています。

長い期間、本当に多くの患者さんと密な関係を築いてきて、この二つの単語はキーワードになると感じてきました。「懐かしい」という歴史性を帯びた言葉に開かれることは諦念と希望を感じます。

精神分析は痛みを生きる場です。だからアクセスしやすいものにはなっていません。痛みに触れながら生きる場所は特別である必要があるからです。頻回の設定にお金と時間を費やしていくことの意味はこの痛みを除去するものとみなさず、関係を繋ぐものとみなすことと関係するのでしょう。たやすくはないデリケートな作業です。

そこでの二人の関係もまた切ないものです。お互いが絶望せずそこにとどまれるように言葉を単なる言葉として聞き流さず、その声に含まれるものに開かれていくこと、フロイトを読んでいると、彼がここに見えないけど確実にありそうなものをとても大きくて緻密な網の目で捉えていることに気づきます。

大切と書こうとしたら、ここにも「切」。無意識に、「そんなつもりはなかったのに」、こころを切ったり切られたりすることが起きてしまう、精神分析は誰もが持つこころの凶器、あるいは狂気に触れます。そしてそこに敏感に注意を払い、価値判断をできるだけ退け、関心を向け続けます、お互いに。だから、精神分析家になる訓練では患者を持つ以前に自分が患者になる必要があります、十分に。それがどんなものかを知ることなしに他人のこころに触れることは不可能です。

今日は日曜日。誰かと関わらないことでえる休息もとても大切です。精神分析の場合だと、お互いに。毎日会って日曜を休む、フロイト的、精神分析的生活は、一次過程における快不快の水準ではない「不快」さ、疼く痛みを感じながらも「切ない」にとどまることを可能にする仕組みでもあります。痛いけど、狂おしいけど、それが憎しみを含む愛情関係である限り、憎しみだけに覆われてしまわない限り、いずれ懐かしい痛みへ。それは目指されるものではなく、精神分析において生じうることとしか言いようがないけれど。

良い日曜日をお過ごしください。

付記

精神分析における日本語の使用については北山修、妙木浩之が詳しいので、『日常臨床語辞典』北山修監修、妙木浩之編、誠信書房と『意味としての心 「私」の精神分析用語辞典』北山修、みすず書房をみてみたが、単独の言葉としてはどちらも取り上げられていなかった。ただ「切ない」は『意味としての心』の索引にあり、「神経をつかう」「つながる」の項目で取り上げられている。

ちなみに『日英語表現辞典』では、せつない(つらい)painful; trying;stabbing

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『記憶のデザイン』

昨日今日とたくさん走って疲れた。といっても向こうの信号が変わるまでにとか、せめてあそこの角までとか、断続的にドタドタ急いだだけだが。周りからは重たい荷物によろめいている風にしか見えなかったかもしれない。

急ぐ事情は毎日色々だが、腰をやられてからは極力急がないですむ方法を選択している。

でも、昨日は山本貴光著『記憶のデザイン』(筑摩書房)の発売日だったのだ。しかも昨日は電車に乗る時間が長い日だった。ちょこちょこした隙間時間ではなく、ある程度まとまりのある移動時間にこれを読みたくて走った。

少し前までNew Directions in the Philosophy of Memory Edited by Kourken Michaelian, Dorothea Debus, and Denis Perrinを読んでいたが、それもこの本を読むための助走だった。これは英語だし、基礎知識に欠けるので読みたいように読んだ感じがあるが、自由連想と外傷記憶について考えを深めることができたと思う。

山本さんはこの『記憶のデザイン』の冒頭で「コンピュータの記憶装置にしまいこんでから、そうした土地勘のようなものが失われたことに気づいた〜」という表現をしているが、昨日の私は土地勘に助けられた。

オフィスのある西新宿は10代後半から私のフィールドだ。新宿東口は劇場と本屋くらいしか今はわからない。歌舞伎町も今はすっかり変わってしまい、ペペとバッティングセンターしかわからない。

私は画面上の地図を見るのが苦手だし、目的なく歩くことが多いので、どこかに目的をもってたどり着かねばならないときはいつも迷う。大手町なんて一生慣れなそうだから迷う時間も移動時間に組み込まねばならない。

でも昨日の私はインターネットいらずで最短距離をさくさく(ドタドタ)いけた。一軒目の本屋の新刊コーナーにないとわかるとすぐにレジへ。「まだ入ってきていない」と言われて時計を見たら「まだいける!」とわかり二軒目へ(居酒屋みたい)。そこなら確実にあるだろうと思っていたが、万が一のために次にまわる本屋への最短ルートもパッとイメージした。

長年歩き続けた土地では足も頭も自然に動く。「ここ、前はこうだったのに」と変化を横目にみながら急いだ。アスファルトはすでに晩秋のような色をしていた。自然が残す足跡は濃い。反復ではなく巡っているものの強さだ。

「記憶のデザイン」プロジェクト、と著者はいう。このインターネット時代を生きる自分の記憶をどうお世話するか、この環境と私たちの記憶がよりよい関係を結べるような仕組みを作れないだろうか。それはそうと記憶というのはそもそも何か。

コンピュータと早くから関わり、ゲーム作家としてそれと生産的な関係を結んできた山本さんは、その背景をなすものすごい博学ぶりを注に潜ませながら、時折柔らかな笑いを誘うツッコミ(かどうかわからないが)とともに語る。「思考の散歩」という表現も穏やかでいい。

ガタリの3つのエコロジーもここでは柔軟に用いられる。でもなぜガタリ なんだろう。基礎知識がないからわからない。

以前、ガタリの入門書で4つ目のエコロジーとして「情報」があげられていたが、ここでは「技術」が取り上げられ、ひとつずつ、説明に紙面が割かれる。

個人的には山本さんが自由連想的に書きつける彼の記憶がとても面白かった。人の記憶を面白がるなど失礼な話かもしれないが、その内容というよりはその想起の仕方がなんとも興味深かったのだ。このあたりから付箋を貼ることも忘れて読んだ。

私の場合は精神分析と関連させずには読めないので、この辺の興味は精神分析の醍醐味を感じるからにほかならない。

この本はどんな立ち位置からでも読みやすいし、自分を取り囲む情報環境とどうお付き合いするかについて素朴に考えさせてくれる。とても豊かな情報量なのに押し付けがましさは一切ない(山本さんの本の特徴だと思う)。情報量に圧倒されるのは辛いな、私は。だから私もお世話の仕方を考えよう。

記憶に対してニュートラルでありたい。そんなことを思った。

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美しさ

穂村弘『ぼくの宝物絵本』(河出文庫)には美しい「赤ずきん」の本が載っている。

私は卒論を幼児が絵本の読み聞かせをどう体験するかというテーマで書いた。題材はグリムの『赤ずきん』。絵はバーナディット・ワッツのだった。

児童文化・児童文学と発達心理学の両方を学びながら緩やかに自分のやりたいことをみつけていけばよかった大学生活は至福だった。小さな美しい森の中にある図書館の陽だまりで、鍵を借りて入る地下書庫で、何冊もの児童書や専門書を読んで過ごした。図書館のそばの池には毎年おたまじゃくしがたくさんうまれた。

私は発達心理学のゼミだったが、卒論は児童文化・文学との重なり合うものを選んでいたんだな、と今になって思う。当時の私にはとても自然なことで意識していなかった。

大学院を修了後、療育と精神分析という組み合わせで臨床を続けてきたのも私にとっては自然だった。精神分析といっても、セミナーとスーパーヴィジョンを受けながら真似事のような、なんとなくそれっぽいふりをしたことを長らくしていただけで、訓練に入ったのは心理士としての経験年数だけが増えたほんの数年前だが。

なんにしても歳をとった。

先日、美しいものをみた。私の絵本を二人で覗き込む女性たち。モノクロのその絵本にはさまざまな石が描かれていて、ページをめくってもめくっても違う石と出会える、つまり驚きと出会える。レオ・レオニの「はまべにはいしがいっぱい」という絵本だ。

少女が大人になること、美しいプロセスだと私は思う。そしてその人に子どもの姿を垣間見るとき、それもまた美しいと感じる。彩色はあってもなくてもいい。ただ別のものとしてそこに存在しながら同じものを眺めている。彼らの歴史がスッと繋がったとき、眺めている私には彼らが少女に見えた。

そして小学校2年生の時の自分を思い出した。彼女と私はいつも一緒に遊んでいた。少し大きくなって会わなくなったあとも家の前を通れば彼女の部屋を見上げた。

「狼とともに吠えよ」。穂村弘が紹介する最も美しい「赤ずきん」、『Dressed/Naked』のエンディングだという。今はもう手に入らない。

精神分析には同一化という概念があるが、様々な水準で重なり合っては離れていく私たちの無意識は個人のものであり集団のものでもあり、子どものそれでもあり大人のそれでもある。

「狼とともに吠えよ」。美しさはピュアではない。

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ステレオタイプ

世界では物事が順序立って起こると予測していなければ、ユリの香りがすることやハチに刺されたら痛いことなどを予想せず、絶えず驚いてばかりだろう。ステレオタイプとは心が行なう速記であり、自分の体験を理解可能なカテゴリーへと区分けすることから避けがたく引き起こされるものである。ーマーク・W・モフェット『人はなぜ憎しみあうのか』(早川書房)より

そうね、でも、と思う。精神分析はこれに抗ってきたと思う。というか「驚き」をもっとも大切にしているのではないかな。ものすごい負担や痛みはあるものとして。

でも、抗っても抗っても常にいつの間にか何かのカテゴリーに回収されるというのも本当かも。人のこころは不自由で、いろんなことを決めつけることばを使ったほうが簡単で、微細な揺れなどなかったことにできる抽象概念を扱えたほうが「賢く」生きられそうだ。

無意識と出会う驚き、双方が。なのに言葉を使う。この矛盾。矛盾ではないか。言葉を使うことでズレを知るわけだから。だからこそ言葉の使用は重要。でもその前に身体がないとなんとも。身体は大事だから、眠れないときは眠れるように。具合が悪いときも環境や気の持ちようのせいにしない。心身というくらいだからこころのことももちろん連動はしているけど身体がないとこころは存在できない。

冒頭にあげた「驚き」は、知らないことに出会う驚き。私はユリの香りが強くて苦手だし、ハチに刺されるのも嫌。確かにそういう知識が速記されてる、私のこころにも。いつのまにか書きつけられたそれらで世界を掴もうとすることの繰り返しが毎日だ。それは似たような身体が持つあまりに個別な体験のはずだけど。

ステレオタイプは、一方ではこころを守るために、一方では誤魔化すために、攻撃するために用いられる。物語も同じように危険だ。驚きつづけることの負担も相当なものだけど大事にしたいと思ってきた。今はそれもな、と思っているけど。迷ってばかりだ。

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エピソード記憶

駅前のひまわりが雨にうなだれながら咲いていました。あそこのひまわりもきっとまだ咲いているでしょう。いつまで咲き続けるのかしら、と通るたびにチラッとみて少しほっとすることの繰り返しでした。

いつまでも、と願う気持ちもあるけれど、いつか、いずれ、と思うことも素敵なことです。そんな日はこない、とどこかでわかりつつ奇跡を願い続けた人はいつの時代にも存在します。だから希望という言葉が消えることは多分ないのでしょう。

旅に出てネイチャーガイドさんと一緒に出かけると自然の連鎖と循環を知り胸を打たれます。厳しい気候のなか、壊されながら、自力で修復しながら生きる植物、落ちた場所を選べなかったために生まれてすぐに土に還った種、小さなひだまりを知って細い腕を伸ばすようにしている蔓、鳥も動物も様々な形で生命を交換しながら生き、死に、別の形でまた存在していきます。

存在を消すことは難しいです。私たちは記憶するから。

最近読んでいた記憶の哲学の本ではエピソード記憶は過去の単なる想起ではなく、記憶は再構築される、あるいは生成されるというようなことが書いてありました。すると記憶に関する因果説の説得力は弱まります。この話は、少し前にここで書いた記憶に関する実感に根拠を与えてくれました。

mental time travel。魅力的な用語です。外傷と記憶の関係を考えながら、多くの事例を思い浮かべるとき、過去の記憶がいかに未来を想像することを妨げてしまうのか、そこに希望という言葉が存在することの難しさに思い至ります。

mental time travelにはある種の偶然が必要かもしれません。そのためには時間も必要かもしれません。いつまでこんなことが続くのだろう、と苦しくて辛いときも「いつか」「いずれ」と願うこころが瞬間的にでも作動しますように。

雨の音を聞きながら旅の景色、音をなぞっています。

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1939年9月23日

1939年9月23日、フロイトが死んだ。その生涯はあまりに有名だ。でも、未公開の資料がいくら公になったところで、フロイトについての本が何冊書かれたところで、彼や彼以降の精神分析家が患者のことを知ったようにフロイトが理解されることはなかった。精神分析の創始者である彼には自己分析という方法しかなかった。

先日、認知行動療法家の先生から本をご紹介いただいた。『認知行動療法という革命』という本だ。原題は、A History of the Behavioral Therapies: Founders’ Personal Historiesなので本当は「行動療法」の第一世代の個人史だが、翻訳は「認知行動療法」となっている。

錚々たる顔ぶれが集まったこの本は、新しい世代の行動療法家が技法ばかりで歴史を重視していないことに対する警鐘から始まるが、精神分析を専門とする私が興味があるのはやはり精神分析に対する彼らの態度である。

「精神分析から行動療法へのパラダイムシフト」という章もあるが、精神分析に対して最も明快な態度を示しているのは「社会的学習理論とセルフエフィカシー ─主流に逆らった取り組み」を書いたアルバート・バンデューラと「認知行動療法の台頭」を書いたアルバート・エリスだろう。特にエリスは精神分析実践をよく知ったうえで書いている。

もっとも精神分析に向けられる批判はいつの時代も実証性のなさなのだが、体験した人にとってはそれ以上にこれを退ける意味や理由があるのだろう。実際、実証性に関してはエリスの時代よりも効果研究が進んで、それなりのデータを持っている。一方、もし、体験が精神分析を遠ざけたとしてもそれも十分にありうることだろうと、精神分析を体験している私も思う。むしろ体験したからこそわかるのだ。

精神分析はそんなに希望にあふれていない、不幸を「ありきたりの不幸」に変えるかも、とフロイトが書いたことからもそれははっきりしている。そんなものをどう信じればいいのか、と言われれば、まあそうだよね、という気にもなる。

でも、私たちはそんな簡単に何かが修復されたり、改善されたり、正しくなったり、美しくなったりする世界に生きているだろうか、とも思う。

他の場所でも書いたが、実際、精神分析は、設定と技法以外は臨床で生じる驚きを説明するには十分ではない。そしてそれは精神分析にとっては当然のことである。無意識を扱うとはそういうことだ。したがって、比較対象にはなりにくい、と私は思う。エリスのように経験してそれを放棄するのもよくわかる。

対象の選択がその人の歴史性を示すように、私たちが何かを選択するということはそれほど意識的なものではない。精神分析を選択する人もいれば、認知行動療法を選択する人もいる。また、患者からみれば、その治療者の技法が何かよりも自分のニードを繊細に受けとってくれることのほうがずっと大切だろう。

フロイトはこの日付に死んだ。私たちはいまだに精神分析が精神分析らしいか、あるいは精神分析と認知行動療法はどちらが効果的か、という議論をしている。先人たちは丈夫な種を蒔いてくれた。改めて感謝したいと思う。

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『ピグル』

Twitterで東畑開人さんが、青山ブックセンター本店のブックフェア「180人が、この夏おすすめする一冊」で北山修先生の『心の消化と排出』を挙げていた。北山先生の本から「おすすめ」を選ぶとしたら私もこの本を選ぶ。「夏」っぽいとは思わないけど。

北山先生の『錯覚と脱錯覚』も私に大きなインパクトを与えてくれた。ウィニコット の『ピグル』とセットで読むべきこの本も「夏」かといえばそうでもない。

2歳の女の子とおじいちゃん先生ウィニコットとの交流が描かれた『ピグル』、16回のコンサルテーションの間にピグルは5歳になった。最初は1ヶ月に1回、二人が会わない時間は少しずつ増えていく。それでも1年に3,4回というのは私が保育園巡回に行くペースだ。3歳、4歳ともなればその頻度でも「また会えたね」となる。

ウィニコットはピグルと会わなくなった4年後に亡くなった。これからを生きる子どもと死の準備をする大人。妹の出生によって母親の不在を体験したピグルはウィニコットを一生懸命使い、持ちこたえ、生き残るウィニコットを発見し、「私」とも出会っていく。ピグルの名前はガブリエルだ。

1964年7月7日、6回目のコンサルテーションの冒頭、ウィニコットは「今回は、ピグルではなく、ガブリエルと言わなければならないとわかっていた」と書き、そこからの記録はすべて「ガブリエル」に代わる。そして帰宅したガブリエルも母親に「ウィニコット先生に、私の名前はガブリエルだよって言いたかったの。でも先生はもう知ってたの」と満足そうに言った。母親からの手紙でウィニコットはそれを知る。

子どもの治療の重要な局面だ。二人は通じ合っている。

夏の休暇前のセッション、「私はサンドレスと白いニッカーズを着てたの」とひなたに仰向けに寝転がるガブリエル、私はこの場面が好きだ。子どもが安心して空想に浸れること、複雑な情緒を体験する場所はいつもこうして開かれている必要がある。

そして夏の休暇後、二人がはじめて会う7回目のセッション、ガブリエルは「ウィニコットさん」とよそよそしい。「先生」ではないウィニコットの休暇に対する抗議のように「だれにも一緒にいてほしくなかったの」とひきこもっていた自分を知らせるガブリエル、このとき、彼女は3歳になったばかりだが、大きくなった。ウィニコットの記録を読むとそう感じる。

精神分析は週4日以上会っているので休暇の意味は大きい。たまにしか会わなくても会えない日々のことを想うのだから、この二人のように。

いない人のことを想う。いたはずの人のことを想う。そうやって描かれる私たちは大抵いつも現実と違うけれど、想うことだけが私たちを生かすこともある。

この夏、『ピグル ある少女の精神分析的治療の記録』(ドナルド・W・ウィニコット著、妙木浩之監訳、金剛出版)を読んでみるのはどうだろうか。彼女が青い瓶を目に当てて「ウィニコット先生は青いジャケットを着て、青い髪をしているのね」というように、本を読むことで(もはやなんの本でもいいかもしれない)この暑さを違う色に染めてみたり、2歳の頃の目で世界を見直してみる。この夏は、そんな旅もいいかもしれない。

(翻訳作業についてはオフィスのサイトに少し書いてあります。)

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出自

小此木啓吾先生の古希とフロイトの誕生日を祝う学術集会が収められた『精神分析のすすめ』(2003、創元社)という本は冒頭に三浦岱栄先生(小此木先生が慶應の精神科に入局したとき(昭和30年、1955)の教授、『神経病診断治療学』の著者)との激しい葛藤が綴られている。ものすごく高度な戦いで、その中で「僕は精神分析に負けた!」といえる三浦先生がすごいなと思った、とTwitterで書いた。

本当にそう思う。「第一部 各研究の個人史的背景と次世代へ」と名付けられたこの最初のセクション「神経学との出会いー三浦岱栄先生と」でこのエピソードを話す小此木先生の討論者が狩野力八郎先生で、もうお二人ともいらっしゃらない。

小此木先生が書かれた何冊もの本、遅筆だったといわれる狩野先生の著作集、そして日本の内と外を橋渡しした土居健郎先生、北山修先生の著作などは精神分析は精神分析でも「日本の」精神分析について深く考えさせられる書き方がされている。

精神分析がクライン、ウィニコット、ビオンによって母子のメタファーを用いることでその潜在力を開花させたように、私たちも何かと出会うとき、自分という存在、自分の考えの由来を早期のできごとから探らざるを得ない、わけではないかもしれないが何かを人に伝えようとするときその基盤となった個人史に言及する人は多い。

出自を知る。多くの文学が描いてきたようにそれは類型化されるものではない。生まれることの理不尽を、生きることの理不尽を、私たちは感じながらどうにか生きている。自分とは違う誰かとの出会いがいかに生を揺さぶるとしても、その生を規定されたものとして諦めることなく、その潜在力を信じたい。

様々な報道を目にしてふとそんなことを思った。

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「その後」

昨晩は『フロイト症例論集2 ラットマンとウルフマン(藤山直樹編・監訳、岩崎学術出版社、2017)』のラットマンの部分、つまり「強迫神経症の一症例についての覚書(一九〇九)」を読了。

昨年度からオフィスで始めた小さな読書会。4月から新しいメンバーを加え2年目をスタートさせたけど、コロナの状況を考えてまだ一度も対面でお会いできていない。

昨年度は同じく岩崎学術出版社から出ている『フロイト技法論集』をちょうど一年かけて読み終えた。今回のラットマンは
 Ⅰ 病歴の抜粋 Ⅱ 理論編 というシンプルな構成。1ヶ月に1回2時間で4ヶ月、8時間で読んだ。強迫神経症の症例としても、転移を扱わなくてもよくなった症例としても、フロイトとラットマンの幸福な時期の描写としても読める本である。

ラットマンという名前は彼の病歴からとっている。私も自分の問題に名前をつけるとしたら何かな。病名よりはその人固有の感じが出る方がいいなと思う。

ラットマンはフロイトにお母さんのようにお世話をされ、陽性転移の中よくなっていくが、第一次世界大戦で戦死する。だから「その後」は「戦死」以外、分からない。

ウィニコットの子どもの治療記録『ピグル』に出てくる女の子は50年後にインタビューに応じている。

死に方には色々あるし、いつどうなるかは誰にも分からないけど、できたら「その後」を死以外のなにかで伝えたり、伝えられたりしたいな、と思う。

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どうして5年日記とか10年日記は続かないのに毎日の日記なら続くのかしら。と思ったけど、日記ですものね。その日のことを記す場所として好きに紙面を割けばいい。その自由度の高さ、気ままにやれる感じがきっとよいのでしょう、私には。紙じゃないけど。

雨が降っています。昨晩より強く土砂降りのような音。レインコートと長靴かな。

フロイトは『夢解釈』が有名でしょうか。以前は『夢判断』と訳されていたけど精神分析ではやっぱり「解釈」かなぁ。

夢は本当に不思議で矛盾する出来事が普通に生じる時間を生きられる唯一の場所です。小学生の頃から「夢占い」とかもしました。フロイト を持ち出すまでもなく。

でも持ち出すと、フロイトには A  Lovely Dream(「素敵な夢」フロイト 全集5『夢解釈2』p12)、「すてきな夢」という題がつけられた夢が登場する。どんな夢だと思いますか。きっといろんな「すてき」を思い浮かべますよね。これ、読むとわかるのだけど夢だけみても特に素敵ではない。「すてきはどこ?」と思って読んでいくと、実はこれゲーテ『ファウスト』からの引用である。「いつか見た夢すてきな夢さ」。

連想のたくましい患者である。精神分析ではフロイトの時代から夢と分析状況は関連づけられている。そして今も私たち臨床家は患者の夢の中に自分たちを見出す。自分の夢の中にも様々な関係が姿を変えて現れる。「現実に起こったことと空想で起こったことは、まずは等価なものとして現れる」。私たちはごくわかりやすそうな夢もみるが「巧妙に仕込まれた夢作業」をすることもある。それは小学生の時代からそうだったように他者との間に置かれると意味をもつ。

当時の可愛いイラスト満載の「心理テスト」とか「夢占い」という本は大抵「A.〇〇の夢をみた人」→「ほかに気になる男の子がいます」とか選択方式で、それを読んで「きゃーっ」と盛り上がるという感じだった。現実的に好きな子が今いないとしても一部あっているような気がしてしまうのは昔から変わらないことである。みんな想像してしまうし、「ちょっと気になる子」は大抵いる。だからちょっと興奮して盛り上がる。ちょうどよい遊びだ。

精神分析は選択肢がない。使うのは「自由連想」である。こちらも想像力を必要とする。が、精神分析という状況で現れる夢は今ここにいる二人の関係だったりするので結構複雑だ。秘め事としての夢だからキャーキャーできていたのにここに置かれてしまう。置かれることで連想は質を変える。その連想がまた夢想に近くなる場合もある。

ひとりの夢がふたりの夢に。精神分析ってそういう場所だ。

出かけるまでに止まないな、この雨。今朝はどんな夢を見て起きただろう。精神分析家のウィニコットは「夢をみられない」ことを主訴に精神分析を受けはじめた。夢という時間と場所を失うことは主訴になりうる。こころの世界が守られること、いつだってそれはとても大切なことに違いない。

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伝言

1990年、小此木啓吾先生の日本精神分析学会第36回大会会長講演「わがフロイト像」から引用です。全文は『精神分析のすすめ』(創元社)で読むことができます。

「むすびのメッセージとして、会員諸氏に次の言葉をお贈りします。『フロイド先生に常に初対面して下さい』この言葉は、古澤平作先生から私が、先生自身が熟読した独文の『精神分析入門』をいただいたときに、先生がその表紙に書いてくださった言葉です。このメッセージを、今度は私からみなさまにお贈りしたいと思います。」

はい。受け取りました。これなら私でも覚えられる。伝言ゲームでもたぶんずっと後ろまで正確に伝わるはず。でも「初対面」というのが大事だからそれが「対面」になっちゃったら残念。意識しておこう。

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<女性>という言葉

昨日、パラパラと『臨床心理学』(金剛出版)という雑誌をめくっていた。2003年発行のものだ。松木邦裕先生が「私説 対象関係論的心理療法入門」の連載をしていたのはこの時期だったか、など思いながらふと目を止めたのは「女性の発達臨床心理学」という平木典子先生の論考。これは5人の女性の臨床心理士(医師もかも)がそれぞれの観点から女性に関する問題を取り上げた連載のようだった。ようだった、というほどに内容はうろ覚えなのだが、あれから20年近く経つ今も私たちは「女性の」という言葉をあえて使う必要がある社会に生きている。

大学では女性であることで大変苦労されてきた先生に指導を受けた。といっても私の大学はゼミ間、専攻間の境界が緩く、たくさんの先生に大変お世話になった。「結婚して、出産しても仕事を続けなさい」と先生は言っていた。先生はフェミニストではあったけど、たまに見かけるような男性との比較において結果的に男性と対立するような話し方は一切されなかった。「強い女性」というイメージはあったが(平木先生も同様)それも男性との比較というより先生ご自身の学問に対する情熱や私たち後進をしっかりと包みこんでくださる態度から生じるものだった。

あれから20年以上経つ今も、私は女性であることに時折不自由を感じながら(もちろんそれをもたらすのは男性とは限らない)、臨床でも生活でも女性ならではの問題と出会い続けている。彼らが抱える困難は少し引いたところから見ればどれもこれも大抵の女性は体験していなくても理解はできるような問題ばかりかもしれない。でも臨床場面、特に精神分析的臨床におけるそれはあまりに個別的で、「その人の」あるいは「私たち二人の」固有の問題にほかならない。こころの世界に「よくある話」はひとつもない。

最近『野蛮の言説 差別と排除の精神史』中村隆之 著(春陽堂ライブラリー)という本を読んでいる。講義形式で読みやすい。そこではフーコーがいう意味での「言説」概念を用いて、自己とは異なる他者を表象する言葉がどのように生まれてきたかについて丁寧に議論が展開されている。私は「野蛮」を「女性」に置き換えて考えた場合、男性/女性の分割線の根拠は何か、ということについて少し考えていた。著者は「<野蛮>の表象は言語によって構築されてきたものだ」という立場をとる。

精神分析場面における患者の言語が、治療者との間主体的交流の場におかれることで新たな表象を得るプロセスを考えると、精神分析はそれまで数え切れないほどに引かれた分割線を薄める方向を向いているのではないか、と私は考えている。それは自分の臨床を「女性」という言葉で語ることを難しくさせる。同時に女性であることは私から離れることのない事実の説明でもあるので考え続けることをやめることもできない。

言葉、言説が生じるプロセス、もし何かを考えるなら私はいつもそこに立ち帰ることを余儀なくされるのだろうと思った。

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「美しい日本の私」

今日は日曜日。ここは日本。日本の私。日本の言葉。日本の精神分析、について考えていた。

「日本」という言葉を意識したのは川端康成のノーベル文学賞受賞講演「美しい日本の私」を題材にした授業を受けた時だったりして、とふと思った。殊更「日本」という言葉を使う必要がなかった子供時代を過ごしたのは平和なことかもしれない。

春は花夏ほととぎす秋は月冬雪さえて冷しかりけり 

川端康成の「美しい日本の私」の講演の冒頭に引用された道元禅師の歌である。川端はこの講演で多くの歌や禅語を引用して、日本の自然や日本人の心について話した。

授業では「美しい」は「日本」にかかっているのか「私」にかかっているのかと問われた気がする。どちらにもというか別々にできないということをむしろ川端は言っているのではないか、と答えたのか今思っただけなのかはともかく「日本の」という言葉を使うと不思議とそのものの独自性が際立つように感じるのは私がその中でそれとして生きてきたからか。

問へば言ふ問はねば言はぬ達磨どの心の内になにかあるべき 心とはいかなるものを言ふならん墨絵に書きし松風の音

これも川端が引用した一休の歌である。

心という形にならないものが姿を現す場所、そこで感じる私という実在、今生きている場所で生きることは致し方ないということでなく、私たちがそこで世界の息吹を感じることがその場所を豊かにしていく。私たちひとりひとりのユニークさが世界の独自性を保っていく。分断でもなく排除でもない仕方で。そんなことを思った。

日々是好日。今日は日曜日。

大雨で亡くなられた方々、失われた風景を思うと言葉もない。これ以上、被害が広がらないことを祈って。

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胡蝶の夢

朝、お湯を沸かす。沸騰する直前の勢いはラストスパートって感じでいいですね。お寺の鐘が6時を告げました。どこかの部屋で目覚まし時計がなっています。なかなか起きられない人のようです。

「寝ているときに見る夢がどれだけ重要であるかは、よく知られた胡蝶の夢というイメージに極まっている」とは『世界哲学史』「中国の諸子百家における世界と魂」の中島隆博の言葉。

「胡蝶の夢」ご存知でしょうか。

「かつて荘周が夢を見て蝶となった。ヒラヒラと飛び、蝶であった。自ら楽しんで、心ゆくものであった。荘周であるとはわからなかった。突然目覚めると、ハッとして荘周であった。荘周が夢を見て蝶となったのか、蝶が夢を見て荘周となったのはわからない。しかし、荘周と蝶には必ず区分があるはずである。だから、これを物化というのである。」

『荘子』斉物論からの引用です。

自他が融合した万物一体の世界が目指されているのではなく、「荘周と蝶には必ず区分があるはずである」として「物化」という政治的、倫理的、経済的な体制と利益に向かって整序されない変化、つまり世界の変容が考えられている、と中島は書いています。

「荘周が荘周として、蝶が蝶として、それぞれの区分された世界とそのあるモーメントにおいて絶対的に自己充足的に存在し、他の立場には無関心である。それにもかかわらず、他方で、その「性」という生のあり方が変容し、他なるものに化し、その世界そのものも変容する」。このような事態を物化というとのこと。

充足で変容が止まるわけではないようです。「万物斉同」という同一性の問題ではないようです。真実の世界があるわけでもないようです。複数の視点というお話とも違うようです。

この考え方には希望を感じます。「まさにこれである時には、あれは知らない」という原則のもと、充足していても、根本的な変容が起き、新しい別の世界が立ち現れる・・・・

ここには私たちが個人と個人の関係性を考えるための別の思考があるようです。生のあり方を基礎づけ、構成するものは何でしょうか。

「一生行い続けるに値する言葉は何でしょうか」。孔子が答える。「それは恕(思いやり)だ。自分がされたくないことは人にもしてはならない」。(『論語』衛霊公)

「他者とともにしか、わたしや世界のあり方が人間的になっていくことは考えられない」のです。「あらかじめ規定されたわたしや世界のあり方」などないのです。「交流の結節点」としての自己。

今日という時間も新しい別の世界を立ち上げることにつながっているのでしょうか。

目覚まし時計はまだ鳴っています。お仕事間に合うのかしら。それとも止め忘れかしら。「今日も一日頑張りましょう。ご安全に」(朝ドラ「ひよっこ」から)。

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もちもの

スクールカウンセラー(SC)をしていた頃、保護者や生徒、教員向けのお便りを書くのが好きだった。ここで書くノリとそれは似ている。

歳のせいか、患者さんや自分との精神分析的作業のせいか、自分の持ちもので何かをすることが楽になった。ないものはない、ということに対して悪あがきしなくなった。自分に対して「もっと何かあるはず」と思うのも素敵なことだけど、今は自分の持ちものをこうして使ってみることで何かしら見出せたら嬉しいな、という感じ。朝のバタバタの中でこうしてサラサラと書くことは自分の少ない持ち物をフルレンジで使うためのウォーミングアップみたいなものだ。というのは今思いついただけだけど書いてみるといよいよそんなつもりになってくる。特に何も考えずたまった言葉をカラダ全体に行き渡らせるように循環させる。私にとってこれを書くことはそんな作業なのだろう。

精神分析は治療者の方も精神分析(週4日以上、カウチ で自由連想)を受けることが訓練の基本なのだけど、それは身ひとつでやっているからだと思う。認知行動療法みたいに二人をつなぐツールがあるわけではないし、療育みたいに教材も使わなないし、短期療法みたいに言葉を使った戦略があるわけでもない。

ただ聞くことsimply listen、フロイトの技法論集にある言葉だ。必要な持ちものはこころと身体。それで全部。オリンパスの宣伝文句を思い浮かべる。ココロとカラダ、にんげんのぜんぶ。

だからトレーニングをする。こちらが患者さんに提供するものを患者さんがどう体験するか、そこにできる限り開かれた状態でいるために、自分も精神分析を受けて十分に自分のこころを身体に染み渡らせ、自分の中で異物感がなくなるほどに馴染ませておく。患者さんが使える存在であるように。

自分の持ちものなのに私たちのこころと身体は傷つきやすいしコントロールが難しいことが多い。一方で傷ついても放っておけるくらいの防衛機制も持っている。現実を認識する一方で否認するこころ、そして小さな傷なら手当てを必要としない身体を持っている。フロイトの遺稿「防衛過程における自我分裂」で書かれた「自我の裂け目」を思い起こす(画像はこの論文が入っている『フロイト全集22』から)。

こころと身体、セットで存在するそれが何をどう受け取ったり反応したりするのか、週4日、分析家のそばで横になって連想するということはどういうことか、人と一緒にいるというのはどんな感じか、自分は本当は何を考えているのか、これらは全部受けてみなければわからない。受けてみてもわからないかもしれない。わからないことがわかる体験も体験なくして成立しない。

自分が食べたこともないものを「おいしいから食べてみて」とはいえない。だから「こんなのがあるけどどうかしら」といえるようにトレーニングする。しかもこの技法って答えを出すことを目的にしていないから、どちらかというと「まぁ悪くないな、私は結構好きだな」というものを作るプロセスを共に歩むということをやっている感じなので、提供者側がその意義を十分に知っておかないと不味いことになる可能性がある。身ひとつでお金をいただくということは簡単ではない。

ということでウォーミングアップ終了。今日の自分はどれだけ使える自分になっているかもやってみないとわからない。とりあえず日常をはじめよう。

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日めくり

昨晩、オフィスを出るときに日めくりをめくってきた。
今日は8日だったか、と。
書類とかには7月8日って書いたのだから知っていたに違いないけど日めくりをめくる時に思う「8日か」の意味は違う。

「もう7月かぁ」と思いませんでしたか、8日前頃。そういう感じ。日めくりをめくることは過ぎていく時間に一旦切れ目をいれる儀式なのです(私には)。

昨日の日めくりの俳句。

重信忌墓は心の中にあり 高橋龍

7月8日は高柳重信の忌日だ。「俳句を多行形式で書くことを開拓実践、独自の俳句評論を展開、すぐれた時評眼をもった俳人でした」と日めくりには書いてある。

墓は心の中にあり、どういうことだろう。誰の墓だろう。自分の?大切な誰かの?高橋龍は高柳重信に師事した。

私は生誕何周年より没後何年の方が好きだ。昨年は土居健郎が死んで10年、ということで土居の本を少しずつ読み直した。直接的に指導を受けたことがない私にとって土居先生の墓は彼の言葉だ。私は彼の言葉を彼に師事した先生方から間接的に受け取ってきた。先生方の中で土居先生は生きている。墓は心の中にあり、というのはそういうことかもしれない。先生方は土居先生と生きた時間を心で弔い続けており、私はそこでの対話を聞かせてもらっているのかもしれない。

今年出版された『日本の最終講義』という錚々たる顔ぶれが集められたこの本にも土居先生がいる。「人間理解の方法――「わかる」と「わからない」」という題の講義だ。医学でも精神分析でも哲学でも心理学でも「方法」は常に問い直される。講義という方法での最後を終える先生方にとって最終講義は一区切り。土居先生はシェークスピア『お気に召すまま』を引用して講義を終えられた。この世はすべて舞台。自分も東京大学という舞台から降りる、と。「いい医者になってください」と。

私たちは心の中に誰かの死を抱え込んで生きている。きっと私たちが命をつなぐ無意識的な方法がそれなのだろう。弔うことは対話すること。私は小倉先生から「育て直し」という言葉を知り、精神分析によって「生き直す」という言葉を実感している。

墓は心の中にあり。今日は7月9日。雨。今夜、日めくりをめくる時、私は何を思うのだろう。警戒が続く地域の皆さんのご無事をお祈りします。

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紫陽花

紫陽花が徐々に存在感を消していくのをなんとなく見守っている。
上手。咲くときも少しずつ色づいていつのまにか景色を変えてしまう。
その変わった景色すらもともとそうでした、みたいな感じだし。

私たちってなにかを指摘されると「生まれつきです」とか「まえからです」とか言いたがると思うのだけど自分とひとだと見え方って違うものですよね。
ひとからしか見えない自分がいる。だから他者が必要、ともいう。
たぶん、危機管理的にも。

昨日、小倉清先生の本について書いたけど、そこに登場する子どもや親ごさんってその時代の日本の現れでもあるんだな、と思った。
小倉先生はそういう背景もきちんと書いてくれている。
ウィニコットも『ピグル』でマザーグースとか共有された母国語、母国の文化を十分に意識して治療過程を描写した。

自分が生まれ育った場所から再びはじめてみること、そこには傷つきの記憶もあたたかな記憶もあると思う。何か一色で気持ちが覆われてしまうときは記憶のなかにグラデーションを探す。紫陽花みたいな微細な違いが自分のこころを彩っている可能性って誰にでもあるような気がする。

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小倉清先生

小倉清という精神科医をご存知だろうか。私の世界では大変有名な1932年和歌山県生まれの子どもの精神科の先生である。俳人の堀本裕樹先生も和歌山県出身、パンダの彩浜ちゃんがいるのも和歌山県、熊野古道はもちろん和歌山県。良いところですよ、とっても。学歴や職歴も大事かもだけどどこで生まれ育ったかって大事よね、と思うのも私の臨床初期には小倉先生のような医師との出会いがあったせいかもしれない。

社会人になったばかりの頃、教育相談室の仲間と小倉先生の勉強会に出ていた。眼光鋭く、というか多分眼鏡の上からこちらを見る目線がしっかりしているだけなんだけど、ニコニコ笑いながらのんびりした態度で本質的なことをついてこられるので結構人数のいたその部屋は割と緊張感が漂っていた。病院内でやっていたので途中小倉先生の患者さんが突然入ってこられてしばらく座っておられたこともあったが、その時の小倉先生の眼差しはとてもあたたかかった。なのでやっぱり勉強会中の先生の目は鋭かったのかも。小倉先生はたくさんの子どもの患者と私たち専門職を育ててこられた。今もこうしてお世話になるとは当時は思い描いてもいなかった。(小倉先生は日本精神分析協会の精神分析家でもあるので、精神分析家候補生である私たちの訓練を支えてくださっている。)

その小倉先生にはすでに著作集が出ている。そこに掲載されている小倉先生が事例提供者で小此木啓吾先生が助言者の事例検討会(『小倉清著作集 別巻1  児童精神科ケース集』に収録)は大変面白い。そういう時代もあったのだな、という感想がまず最初に来るが。小此木先生が亡くなってから17年?土居先生が亡くなって11年。そうそう、7月5日が土居先生の命日だったので「甘えの構造」などをパラパラしてるときにそういえば、と久々に手に取ったのが小倉先生の本だったのでこういうこと書いているのだけど。

その小倉先生は『子どものこころ その成り立ちをたどる』の中で赤ちゃんが自分の身体で遊ぶことの大切さを書いておられる。

「結論からいえば、要するに赤ちゃんはそうやって自分自身を知ろうとしているのである。さまざまな物にふれたりしながら、それらと自分自身との対比の中で自らに眼を向ける。手の指はそれだけのものではなく、自分の一部であるという認識が身について、その上で自分を知ろうとしているのである。 この時期より前では自分と自分でないものの区別ははっきりしていなかったものが、ここにきて、自分自身のものという感覚がよりはっきりしてきて、身体を知ることになる。」

 たくさんの子どもの苦痛や困難、そして成長をみてこられた先生の言葉はこうやって細やかで、赤ちゃんの手や眼、身体の動き全体が連動して外界を発見し、自分となじませていくやり方を教えてくれる。

 若い頃、あの勉強会で緊張を乗り越えてもっと色々教えていただけばよかったかも。当時はまだ自分も社会に出たばかりで赤ちゃんのようだったし。と思うけど結局その後精神分析の世界に入って訓練を続けているわけだから私はいまだに自分の中の赤ちゃんのこころを使って色々考えているのだろう。こんな歳になってもまだお世話されているとは・・。親にとって子どもはいつまでも子ども。少しずつ大人になって親になる。心理面でいえばいつからもいつまでもないだろう。重なり合い、分離しあい、親子はその形式をつなぎ個別のこころを育てあっていく。

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people people

people peopleはpower peopleより楽しそうだ。音だけ聞くと救急車みたいで、緊急事態に対応できないのだけど、この仕事、とは思うけど。

『患者から学ぶ ウィニコットとビオンの臨床応用』(松木邦裕訳、原題はOn Learning from the Patient (1985))などで有名なパトリック・ケースメント。英国精神分析協会の精神分析家である。彼は神学、ソーシャルワーク、そして精神分析の専門家でもある。英国ではソーシャルワーカーから分析家というコースはそれほど珍しいことではない、と訳者あとがきで松木先生が書いている。

その彼が心理療法家としてB.A.Pでのトレーニングを終え、さらに精神分析家になるためにインスティチュートでトレーニングを受け始めた頃、ソーシャルワーク関連で好条件の仕事を提示された。彼はアプライするかどうか迷ったらしい。その選択を助けてもらった言葉がこれ。彼は結局アプライせず、精神分析家になるための訓練を選んだ。

There are two kinds of people: ‘power people’ and ‘people people’. I, Patrick, am a power person and I’m looking for another power person to work alongside me. You, Patrick, are a people person so I will not be short listing you for this job.” That was very clear and a most useful comment. I didn’t apply.

たしかケースメントの自伝。Growing Up? A Journey with Laughterを読んだときにメモしたのだと思う。非常に優れた臨床家であるケースメントにもこんな面が・・とちょっとひく(私はひいた)ようなエピソードもあって面白い。人はこうだから面白い。A Journey with Laughterという副題だし。

でももしかしたらLearning Along the Way: Further Reflections on Psychoanalysis and Psychotherapyのほうかも。これは翻訳がでる予定だから見てみるといいかも。

うん、ピーポーピーポー、この仕事は確かに緊急事態に駆けつけることは難しいのだけど、「ここがある」ということで日々の緊急事態を持ち堪えている患者さんは多い。身ひとつというがそこにこころを住まわせること、こころに共にいてくれる人を育むこと、people peopleであること。精神分析の仕事のひとつなんだと思う。

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『フロイト技法論集』より

精神分析において「最もうまくいくのは、言ってみれば、視野に何の目的も置かずに進んでいき、そのどんな新たな展開に対しても驚きに捕まってしまうことを自分に許し、常に何の先入観ももたずに開かれたこころで向き合う症例である。」ーフロイト「精神分析を実践する医師への勧め」(1912)

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被災地を想う

こんな時だからだろうか。以前の写真を見つけたような感じで被災地を想った。その土地が被災して間もなく訪れた場所を特に思い出す。東日本大震災後の福島、石巻、南三陸、西日本豪雨後のしまなみ海道。
様々な光景をみた。横倒しになった家の前でバラバラに散らばって水に濡れた写真や年賀状も見た。

私は、人も景色も変わった直後の姿しか知らない。その土地で出会った彼らも当時はまだそれがどんな変化だったか語る言葉もなかったように思う。まだ渦中だった。変化ではなくてその日のことを詳細に教えてくれた方もいらした。

今はどうなっているだろう。新型コロナが覆い隠してしまったのは「春」という言葉だけでなかった。あの日から長い間、語りえぬ言葉を胸になんとか生きてこられた方もいるかもしれない。春なんてすでに失っていたことを改めて思い出した方もいるかもしれない。

たまたま名前がついた季節がめぐる。聞きたくない言葉、見たくない景色、これ以上はもう、と思っても私たちにはコントロールすることができることとできないことがある。

かなり困難が伴うとしても私たちに考えうることがあるとすればそれは私たちのありようではないだろうか。今日はこの本のことも思い出した。東京から南相馬市に移住され、メンタルクリニックを立ち上げられた精神科医、堀有伸先生のご著書『荒野の精神医学 福島原発事故と日本的ナルシシズム』(遠見書房、2019)。今だからなお読まれてほしい一冊である。

都知事選間近。東京のあり方は被災地と無関係のはずがない。たとえ移動制限があったとしても人は移動する。メディアもある。見て見ぬふりなど不可能だしすべきでもない。

季節はめぐる。今日は雨。いつもなら夏休みが始まる頃には梅雨も明ける。今年は「夏休み」というものはいつも通りあるのだろうか。先のことはわからない。本当はいつだってそのはずだけど。

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オグデン『もの想いと解釈 人間的な何かを感じとること』

「耳だよ、それをやるのは。耳だけが本当の書き手で、本当の読み手だ。」(Frost 1914)

オグデンは『もの想いと解釈 人間的な何かを感じとること』(大矢泰士訳.岩崎学術出版社,2006)の第7章「精神分析における言葉の使用について」のなかで、上記のフロストの言葉を引用し考察を加えたプリチャードの「耳のトレーニング」という言葉を引用している。(ややこしい)

オグデンは「分析の言説は、隠喩的な言語を発達させることを分析のペアに求める。その隠喩的な言語とは、ある瞬間において考え、感じ、身体的に体験するということ(つまり、その人に可能な範囲で、人間として生きていること)がどんな感じがするかを反映している響きや意味の創造に適した言語である。」と書いた。

そして分析家は「高圧的な教訓主義を回避するようにしつつ、言語の機微に調律する患者の能力を強化し、また分析の言説のなかで患者自身の思考、感情、知覚などをいっそう十全に捉え/創造するように言語を使う能力を強化する努力」、つまり「耳のトレーニング」という体験を分析で提供する、と述べた。

分析において二人の間で交わされる些細な言葉を分析家の耳がとらえ、ふたりで共にいるための言語を創造しようとする患者の無意識的努力をそこに見出すこと、「どんな感じがするか」という体験を捉え、創造する言語を生かし続けること、分析の頻回の設定はささやかで繊細な作業(耳のトレーニング)の積み重ねのためにあるのかもしれない。

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Talking Cure

zoomでの会議が終わった。これまでメールでのやりとりしかしていなかった人たちとオンラインで話すようになったのは面白い。コロナがなければ今まで通りメーリングリストなどでやりとりしていたことだろう。

それにしてもみなさんなんとか元気そうでよかった。

ところで最近、チェーンの薬局や家電量販店やカフェで店員さんとおしゃべりをすることが増えた。コロナ以前と以降では格段の差がある(以前はマニュアル的な話しかしていない)。

フロイトとブロイアーの共著「ヒステリー研究」にTalking Cureという言葉が登場する。精神分析の本質は最初から患者によって語られていた。

私がここで書くように、誰かが手紙を書くように、みたこともあったこともない相手にメールを打つように、書き言葉は話し言葉とはだいぶ違う。

話すこと、今だからこそvividに語れることがあるかもしれないと、コロナ禍における患者との関わりのなかでも感じている。

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精神分析における愛とセクシュアリティ

精神分析の概念を研究する時間で私が選んだのは「セクシュアリティ」だった。最初は精神分析における「愛」とは、と仲間たちと考えたかったけどある対談を聞いて「フロイトって愛についてはあんまり語ってないの?」と思ったところからなんとなくの調査(上部を拾っただけだけど)を始め、一応こんなことを紹介がてら話したので載せておく。

十川先生の本に関連した記事はこちらに。https://aminooffice.wordpress.com/2021/01/01/『フロイディアン・ステップ』/

 精神分析家の十川幸司は『フロイディアン・ステップ』(2019,みすず書房)の刊行記念対談において「フロイトは性の偉大な理論家ではあったけども、愛の理論家ではなかった。彼は愛の背後に、必ずリビードの働きを見て取る。・・・フロイトの(唯一の)愛の理論は、「欲動と欲動の運命」(1915)の最後の部分で論じた、愛する―憎む―無関心という三つの感情の相互関係の分析です。このさいにも、フロイトはこの三つの感情を性欲動との関連で捉えようとしている。フロイトにおいては重要なのは、やはり欲動であって、愛ではない。・・一方、ラカンは愛の偉大な理論家です。」と言った。

 私はここで「へー、そうなんだ」となった。

 一方、その対談の相手であった立木康介は『狂気の愛、狂女への愛、狂気のなかの愛』(2016,水声社)のなかで「フロイトがそれを創造して以来、精神分析とは愛についての言説である。」と述べた。そして、ラカンがセミネール「アンコール」で述べた「愛について語ること、精神分析の言説においてなされるのはそれだけだ」を引用し、「話す主体の心の病はすべて「愛の病」である」といった。つまり、エディプスコンプレックスは最初に経験される愛の挫折であり、ヒステリーは自らの欲望の満足を放棄しても、他者が自分を欲望し続けるように策を凝らす。そして強迫神経症は自らの欲望とあからさまに衝突する義務や志向で日常生活を埋め尽くすことで、愛する対象に到達するのを無限に先延ばしする。一方、愛の挫折を本当には経験したことがなく、欲望のプログラミングによってその挫折の予感から身を守り続ける主体の構造が、フロイト的な意味での「倒錯」であると。


 それではフロイトは、ということで『フロイト全集別巻』の索引をみると(というか別巻は総索引、年表、主要術語訳語対照表なのだが)愛、性愛、恋着という愛にまつわる用語が多く使用されていることがわかる。「愛」という項目は総索引の最初の項目であるところもなんだか良い。そして「愛情生活/性愛生活」と一緒くたにされているところを見るとやはり十川がいうようにフロイトはラカンのいう「愛」というよりは「性」の理論家だったのかもしれない。ためしに「愛」の中でも最初にあげられている「愛情生活/性愛生活」がフロイト全集のどの論文に出てくるかをみてみよう。

フロイト全集 別巻より
⑤夢解釈⑥ドーラ、性理論三篇(性的異常、幼児性欲、思春期の形態変化)⑦日常生活の精神病理学にむけて(決定論、偶然を信じること、迷信、様々な観点)⑨『グラディーヴァ』、精神分析について、子供の性教育にむけて⑩鼠男 11、レオナルド・ダ・ヴィンチ、男性における対象選択のある特殊な型について 12、転移の力動論にむけて、性愛生活が誰からも貶められることについて 13、ナルシシズムの導入にむけて、子供のついた二つの嘘、精神分析への関心、転移性恋愛についての見解 14、狼男、戦争と死についての時評、転移神経症展望、欲動転換、特に肛門性愛の欲動変換について 15、精神分析入門講義(人間の性生活、リビード理論とナルシシズム)16、処女性のタブー、「子供がぶたれる」、『宗教心理学の諸問題」第一部「儀礼」への序文 17、快原理の彼岸、集団心理学と自我分析(恋着と催眠状態)、女性同性愛の一事例の心的成因について、嫉妬、パラノイア、同性愛に見られる若干の神経症的規制について 18、「精神分析」と「リビード理論」19、素人分析の問題、フェティシズム、ドストエフスキーと父親殺し 20、文化の中の居心地悪さ、1930年ゲーテ賞、リビード的な類型について、女性の性について 22、精神分析概説(性的機能の発達)

 ざっとこんな感じである。確かにフロイトの愛は。。。幅広い。

 ラカンは、フロイトが「欲動と欲動の運命」(1915,『メタサイコロジー論』所収)において「むしろ愛を全体的な性的傾向の表現とみなしたいのだが、それでもやはり問題は解決しない」と述べたことを重視した。それに対して立木は先にあげた著書で「ラカンの「性関係はない」というテーゼですら、愛の問題に終止符を打つには十分ではなく、このテーゼが愛について意味しうるのは、せいぜい、愛の成就は性関係の充足という形を取らない、ということでしかない。反対に、愛が性関係の不在を補填する可能性は、おそらく常に開かれている」と述べた。その行方は著書を読んでいただくとして、私はやはり、フロイトの愛について考えるとき、彼がその本性を見出したというセクシュアリティに注目したい。なぜならフロイトのテキストにおいて、セクシュアリティは、異性あるいは同性を対象とし、セックスを目標とした本能行動であるだけでは決してなく、精神分析におけるそれは、人間のこころの組織化の中心をなすものであるからである。したがって、その概念の射程の広さとその使用について確認しておくことには意味があると考えるからである。

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精神分析、本

「終わりのある分析と終わりのない分析」

「無限の可能性のなかでは、何もできない。行為には、有限性が必要である。」
ー『勉強の哲学 来たるべきバカのために』千葉雅也著

有限性についてはいつも考えている。わざわざ考えなくてもそのなかに身を置いて日々を過ごしているのだけど。

 フロイトは「終わりのある分析と終わりのない分析」(1937,『フロイト技法論集』所収)において、彼の患者、ウルフマンに対して分析の期限設定を設けたことについて再考している。フロイトは患者から学び続けるという点でも天才だと思う。そのなかでフロイトは「そもそも分析にそのような(自然な)終わりがもたらされる可能性はあるのだろうか」と自問する。そして「分析家と患者が精神分析セッションのために会うのを止めたときに、その分析は終わりである」と一応の答えを出し、「終わっていない分析」と「不完全な分析」を区別する。同時にフロイトは、分析の「終わり」について「分析が続行されたとしてもそれ以上の変化が期待できないほどの広汎にわたる影響を、分析家が患者に対して与えたかどうか」という観点からそれが起こりうる可能性についても検討する。

 フロイトは「できるだけ早い対処」を願っていた初期の患者に対して、主に訓練分析として分析にきていた後年の患者はとは「治療の短縮」は問題にならなかったという。なぜなら彼らの治療の目的は「彼らのなかにある病気の可能性を根本的に枯渇させ、彼らの人格の深く進行する変容をもたらす」ことだったからである。さらに、分析作業によってなされるのは欲動を「飼い馴らすこと」であり「量的要因の優位に終止符を打つ」ことであると言えるかもしれない、と書いた。

 この論文は私に、フロイトに対するフェレンツィのあり方について書きたくなる気持ちも生じさせる。それはまさにフェレンツィが描き出した大人と子どもの構造的な違いとそこで生じる混乱という観点からなのだが、それについてはまた別の機会に書いてみたい。その準備としてひとつ書いておくとしたら、フェレンツィは、分析家が自分の「間違いや失敗」から十分に学んでいること、そして「自分の人格の弱点」を克服していることに分析の終わりはかかっているとして、暗に、というかほぼ明確に自分の分析家であるフロイトの責任を問うた。フロイトも愛弟子フェレンツィの名前を出しつつ、それに応えるようにこの論文を書いた。つまりこれは、精神分析家の資格認定に関する問答でもある。

 さて、フロイトはこの論文の後半、「分析はほとんど、あらかじめ満足のいかない結果となることが確信できる、あの「不可能な」職業の中の第三のもののように見える」と精神分析を教育と政治と並べる。ビオンは精神分析を「思わしくない仕事に最善を尽くすこと」といったが、もとより精神分析は「ありきたりの不幸」(フロイト)を視線の先におくことから出発した。それから長い思索の時間を経てフロイトは欲動を「飼い慣らすこと」にその目的に据えた。私はそこにフロイトの有限性に対する基本的な態度を見てとるし、ウィニコットの理論構築の基盤にも同様のものを感じる。

 欲動を「飼い慣らすこと」。。体験的にはわかる気もするが、精神分析体験は決してそれだけではないという実感もある。それについての考えを促してくれる良書(今のところ最強の一冊かも)が2019年に出版された。十川幸司著『フロイディアン・ステップ』がそれである。

 療育の現場では「スモールステップ」という言葉をよく使うが、私は「ベイビーステップ」という言葉をよく使う。こころの変容は決められた枠組みのなかで小さなステップを患者と分析家がともに踏み続ける時間の記憶の集積だ。それは有限に違いないけれど、いつかたどり着くかどうかさえわからないどこかのなにかへ向けられていることを思えばそれを無限にしておくことも可能だろう。

 全く違うことを書くつもりだったのだけど、千葉雅也氏の言葉から思い浮かんだことを書いてみたらこんな風になった。書くことは不思議の連続だな。

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精神分析、本

価値判断について少し

『武器としての「資本論」』白井聡著(2020)を読んでいて、そういえば、と思って小此木啓吾や土居健郎の本をパラパラとしてみた。

日本の精神分析家はマルクス主義と精神分析との関連をどう考えているのかな、と知りたくなったから。

というより、今回、新型コロナの影響を受ける臨床心理士の実情を垣間見てやっぱり経済と人権は切り離せない、と大きくいわずとも、お金と人間関係って切り離せない(金の切れ目云々とか)と考えていたら白井氏の本と出会ったわけです。

白井聡氏といえば『永続敗戦論』がとっても面白く、何度かルミネの本屋で立ち読みし、結局買って読んだ。そしてその本屋はコロナと関係ないが、今はもうないのだな。

それはともかく、最近の日本の精神分析家の本でいえば妙木浩之が『心理経済学のすすめ』(1999,新書館)でそれについて触れている。

そういえば、お金=排便→肛門愛やがてエディプスという流れは今、フロイト読書会のグループで読んでいるラットマンのところと重なるから、そっちもそのうち更新しよう。

オフィスのHPに『ある錯覚の未来』について書いたときにも触れたけど土居健郎は「宗教とイデオロギーの間」(『精神療法と精神分析』所収)という論考の中で、精神分析における「価値判断」の問題を棚上げできるかどうかについて論じている。

土居はフロイトが知らず知らずのうちにマルキシズムと同じ過失に陥っていたようだと述べる。そして土居は精神分析家の価値判断について「分析者個人の価値判断は間接的に治療者患者の関係に影響を及ぼすのであるから、分析者の科学至上主義が患者をもその信念に引き込もうとする可能性を、十分考えねばならぬのである。」と書いた。でも面白いのはここからで、というところで時間なのでまた。

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