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精神分析

週末

関東も梅雨入り。シトシトシトシト雨が降っている。関係ないが口の中が痛い。どこかの粘膜がやられてしまったのだろう。

昨日は同じ路線で乗り換えつつ一時間くらい電車に乗ってでかけたがずっと立ったまま本を読んでいた。途中、座ろうと思えば座れたがストレスの少ないほうを選んだ。

久しぶりに没頭気味の読書をしたが、それでもほとんどの本は読みかけのまま積まれたりする。若いときの日曜日は1日数冊読んだりしていた。読書はその時々の自分と時間の関係を示している。大人になっていろんな機能が落ちているせいなのかなにやら別の要因かわからないが、小説の読み方が随分変わった気がする。ぼんやりした状態でなくてもなんどもなんども同じ文章を追うことが増えた。内容よりも音からなにかを得ているような。それだけでなくなんとなく正確に文字を追いたいという気持ちも強くなった気がする。いろんな作家の文章を知ったせいもあるし、身体感覚が変化したせいもあるのだと思う。

久しぶりに砂浜を歩いた。海に近い庭園の土はすでに海の砂まじりで明治の頃は松林の向こうに海が見えたそうです、というお話からその景色もたやすく想像できた。海が近い土地は独特の空気がある。私は海なし県育ちで海をどこかとても怖く感じてきたのでそこにいけばいつも、普段なにも感じていない身体部位を刺激されたような気持になる。大正12年(1923年)、関東大震災で海底や地盤が隆起し景色が変わったときいた。

海が似合う大きな犬とも仲良くなった。犬らしい警戒心を残しつつも次第に耳を垂らしそばでくつろいで時折鼻をぐっとくっつけてくる様子がとてもかわいくて嬉しかった。動物とはじめましてをするときは保育園で0歳児クラスにはいるときと似たような気持になる。繊細でやわらかきものたちと距離をはかるのは少し緊張する。その緊張で相手も緊張してしまわないようにと自分をコントロールするような気持にもなるが、基本、自分のコントロールというのは難しいものなので経験を生かしていくという方向になる。

いろんな土地に行っていろんな人と出会ってきたことで身体も感覚も変わってきたのだろう。読書体験自体が無数の自分を空想させる機会にもなるのでそれにもずいぶん楽しませてきてもらったのだと思う。良い週末だった。今週も頑張ろう。

作成者: aminooffice

臨床心理士/精神分析家