雨は、降って、いるのか?というくらいの微妙なお天気。外は大分寒くなってきたのに、部屋の中は蒸し暑い。
さて、本日も土居。関係ないけど、京都には御土居があるよね。大河ドラマ『豊臣兄弟!』でもでてくるのかしら。
土居健郎は『精神分析と精神病理』第2版(医学書院、1970年)の冒頭に「改訂にあたって」という短文を載せている。
「近頃若い人々の間で精神医療の現状に対する危機意識から、少数の患者しか治療できないような精神分析は時代おくれで現実的でないという声を聞く。これは日本だけの傾向ではなく、アメリカでも同じような声が聞かれるようである。」
昭和45年(1970年)にはすでに今と同じような声があがっていたわけである。これに対して土居は、精神分析の価値を守るために「正規の分析」の特別さを強調したりもしない。精神分析を換骨奪胎して似て非なる心理療法に変える気配もない。ただ、まず、自分が提示した症例はいずれも「正規の分析」ではないと明記する。そのうえで、外来治療だけでなく、精神病院に収容されている患者にも精神分析的治療は可能だと述べている。
そのうえで土居は言う。
「私の考えるには、結局問題は治療法というより、精神科医の心構えである。」
ここで土居は、技法や枠組みの差異そのものを議論の中心には置かない。土居が「自分のできる範囲で」おこなってきた精神病院で学んだことは「精神科医の心構え」であり、土居はそれを精神分析に依拠している、ということを述べるのみである。そして「本書が将来の精神科医の教育に役立つこと」を願うと結ぶ。
土居は、1995年の「精神分析療法と文化的背景」――『「甘え」理論と精神分析療法』(金剛出版、オンデマンド版、初版1997年)において、精神分析のトレーニングの制度化を文化的変容の一つとして捉え、それが精神分析の特権化および階層化と結びついていると論じた。その際、IPAの階級的組織を日本の家元制度になぞらえながら、その背後に働く妬み――甘えと背中合わせ――を、文化を越えた普遍的な集団力動として捉えた。土居の立場は一貫している。
土居が広げようとしているのは、精神分析という名称でもなく、当然イメージでもなく、患者を理解する方法と治療者の心構えだ。差異を消して間口を広げることは目指さず、差異を保ったまま、精神分析がもつ臨床的な働きを制度の外へ開く。土居は、たまたま患者が述べたことからヒントを得た、と書くことが多い。これまで、ここで取り上げてきた『精神療法と精神分析』からもわかると思うが、土居は、常に、患者との具体的な出来事から考え、それを精神分析的に考え抜き、それを書いている。土居は、そこでも、正しい技法があるかのようには書いていない。ただ、精神分析に依拠した治療者の心構えが、実際の臨床場面でどう現れるかを記述しているだけ、といえば、だけである。このような、地に足のついた土居の啓蒙姿勢は、臨床家として学ぶところがとても多い。
では、土居が精神分析をどのような態度で学んだか。土居は、本書の「序論」でこう述べている。
>日本ではあまり知られていないイギリスの特異な宗教哲学者 von Hügel,F.が、これまた一部専門家の間でしか名の知られていないドイツの哲学者 Troeltsch,E. について述べているつぎの言葉は、不思議に私の心を打つ。
「あらゆる時と所で,深く学ぶこと、すなわち問いを発しながらそしてまたわれわれの全精神において成長することの,もっとも手っ取り早いがそれでいてもっとも高くつく方法は、われわれ自身よりも才能に恵まれ、より多く訓練を受け、より多く経験を積んだ者として認められている何者かに傾倒しながら学ぶことである。・・・・・・非常に偉大な精神の一つ一つの見解に対し、それを本気で採用しようと繰り返えし試みた後,それと対決することは、それをまったく受け容れまいと決心するときでさえ、恐らく、その精神が過ぎし日々に多くをわれわれに教えたときとおなじように実り多い経験であり得るのである。」
この言葉はFreud に対する私の態度を思い出させる。(引用ここまで)
土居は、そのあとにこう書く。
>ちょっと大袈裟に聞えるかもしれないが、本書は私がFreudと取っ組んで格闘の末に生れたものである。格闘したのは Freudが敵であったからではなく、天使と格闘したヤコブとおなじように、むしろ私が彼に傾倒したからなのである。(引用ここまで)
この序論は昭和40年(1965)年に書かれた。土居は、それより前、昭和36年(1961)の『精神療法と精神分析』(金子書房)の「まえがき」では、「実に本書の最大の苦闘は、教育分析に引き続く自己分析の完成にあった」と書いている。
土居は、苦闘し、格闘してきた人なのだ。昭和40年(1965)刊行の本書は、1961年の『精神療法と精神分析』とは異なり、「甘え」の概念を精神分析理論に位置付けていこうとする土居の姿勢が明確である。
土居は、まずフロイトに「傾倒」し、「取っ組んで格闘」した。そして、その格闘は、書物の上だけで行われたものでもなかった。土居は、まず自分自身がその方法のなかに入り、「傷ついた獣のごとき心境に陥って」しまったにもかかわらず、自己分析を続けた。その過程を、土居自身が「最大の苦闘」と呼んだ。「甘え」概念は、土居の格闘の歴史の痕跡でもあるのだろう。
毎日、こうして書いてみると、精神分析概念としての土居の「甘え」は、『「甘え」の構造』(弘文堂、1971年)だけ読んでも使用するのは難しいと思う。でも、あの本はベストセラーになった。精神分析由来の概念は臨床心理学や精神医学のなかにもそれなりに浸透していると思う。それでもなお、精神分析を受ける人が多いとはいえない。はてさて、ではないか?
まあ、今日は日曜日。しっかり休めたらいいですね。

