ひらりさ『沼で溺れてみたけれど』(講談社)をほぼ読み終えた。Kindleで半額セールをやっていると著者のツイートで知り、かわいい表紙も「ああこういうことが書いてあるんだろうな」というわかりやすい書名も魅力的だったので買った。女が女の話を聞いて書く「沼」は男か金か親か最近だったら推しが関わりの中心となる。そこまではわかる。読んでみようと思うのはその中身が絶対に想像できない個別性に満ちていると知っているから。インベカヲリ★『私の顔は誰も知らない』(人々舎)はまた趣の異なる女が女の語りを聞く本だったけど、そこもそういうものに溢れていた。マスキュリニティというよりある種ASD的な頑なさや本人が一般的と思っている正確さに追い詰められ、こころも言葉も隠す方へ向かう女性たちは多いと思う。追い詰める側にしてみたらそんなつもりはないだろう。それで成功してきたのだからそれが「普通」なのだろう。
つくづく世界を消費するのが好きな人たちだな、と思いながら画面を眺めてすぐに閉じた。何年間もそうやって生きてきたんだなあ。カオナシみたい。ああであるとはバレないカオナシ。バレた方が幸せだと思うこちらがおかしいのかもしれない。生き方ってある程度一貫性がないと接している方は不安になるから。ある一言で人生変わったみたいな話もそれだけで変わってるわけじゃないし。その言葉を待っていた、ただひとつの願いを実現するために、ということだってあるし、なんかぼんやり生きているうちにすっと入りこんでくることもあるし、なんにでも経緯がある。
世界を浪費する人たち。と言ってもエゴサばかり。世界ってもっといろんな人が次に世代を繋ぎながらケアしあいながら過ごす場所かと思ってた。戸惑いと躊躇いが言いたいことを言えずにさせるけどそうであっても汲み取ってくれる関係が基盤かと思っていた。
現実はそうではない。ドラマとかでよくあるような、現実にはもっとあるようなスプリットの典型として。「きちんと帰ってきてやっただろう!」飲み歩いて帰ってきた父親の怒鳴り声。怒鳴り声に萎縮して黙りこむ母親。寝たふりを準備する子供たち。さっきまで一緒にいた人たちはこんな姿知らない。
とか。
浪費。歴史も知らない未知の土地に踏み込んでそこが持つ歴史的な圧に耐えられないまま「!」付きで世界に構われにいっている人たちと変わらないように思うのだけど何が違うのだろう。心優しいあなたはこう言われてあの人はそう言われているのマジでおかしい、と思うことがあるけどほんと何が違うのだろう。
言いたいことはすでに言えない。なんて言われるかわかってるから。辛くても軽めにしか言えない。ほしい言葉は返ってこないから。期待してもっと辛くなるのが嫌だから。
ほかの人に対する態度と自分に対する態度を比較するだけだとひどく傷つくことが多いから「何が違うんだろう」とかいっている。理由探しをしてしまう。どっちにしても口だけの人たちだよ、そういって距離をとればいいのに。面倒とわかっていて傷つきながら付き合っていくのはなぜだろう。昨日と同じ結論ということは毎日同じ結論。不毛。それでも結果から学ばないのはなぜだろう。それはそれでそういう人だからか。
こんなことを考えながらうとうとしていろんな景色を見たけれどすでに忘れてしまった。過ぎたことは過ぎたこと。とりあえず今日を。
ひとりアンビバレントもふたりからそしてその周りから生じたものだけどそこにとどまって言葉をまつだけの人はやっぱりひとりぼっちだしひとりぼっちにさせていることに気づかない人は二人あるいはそれ以上のふりして人の気持ちがわからないという意味でひとりぼっちだと思う。わかりたくないとしたらなおさらそう。
自分の邪魔をする人は中に入れてあげない。自分を気持ち良くさせてくれる相手が好きなんだ。
「そうなんだね」しかない。
そういう人は一見人気者に見えるかもしれないけれどよく見れば、いや見なくても、その支持者はいつも同じで広がりがない。とても狭い世界で、変わらない自分のあり方を愛してくれる人が集まっていればそれはそう。
でもこういう心性は誰にでもあって一部で人気の人たちみたいに偽装上手になれない人にとってはものすごい不適応の原因となったりする。同じ心性をもって同じように自分自分自分なのに、と思うかもしれないけど偽装できるって大事で剥き出しの自分を隠せずにいたらそれは受け入れてもらえない可能性が高いに決まってる。
「決まってる」のかなあ。
「おまえもじゃん」と言い返せる力がないから口のうまい人たちと差ができちゃうのかなあ。同じじゃん。むしろ内と外が違いすぎるおまえたちの方がいろんな人傷つけててやばいじゃん。
比較になんの意味もない。自分はどうするんだろう。自分はその人とどうするのだろう。これからどうしていくのだろう。結婚とか出産とかが大きな節目になるのは二者関係の重みが際立つからというのもあるだろう。責任が問われる。でもそれさえいくらでも見て見ぬ振りができる。自分がどうありたいか。相手を相手の歴史を相手の状況を考えられる人は自分もそうしてきてもらっているはず、と考えていいのだろうか。逆にそうしてきてもらっていないから仕方ないと諦めるのってだいぶ違うと思うけど。
こんなことも考えていてもしょうがない。いやしょうがなくない。行動につながることだから。めんどうだけどしかたない。そういうものそういうもの。
真夜中と早朝の間に書いてる
大好きなお布団にたどり着けずに眠ってしまった。思ったより身体バキバキじゃないかも。よくやることとはいえ気をつけねば。
昨晩写真付きでツイートしたつもりが写真を添付していなかったことにあとから気づいた。学生時代、テレビがなくてラジオでドラマを聞いた。あの感じ。泣いたなあ、あのドラマ。電波悪くて調整したりしながら。なんのドラマだったか。「トレンディドラマ」ってやつだったと思う。「トレンディ」なんて言葉使ったことないままあれから30年近く経つ。人生あっという間だな。と思うとき私は還暦を一区切りに考えているから本当にあと少しなのだけど100歳まで生きる想定の人は「まだあるのか、オレの人生」と思うかもしれない。と書くとき私はネガティブな意味で書きながら「まだあるのか、オレの人生、やったぜ」と思う人もいるか、と思ったりする。私は愛する人たちを愛していける人生ならいくつまででも生きていたい、かといえばそうでもない。やはりいずれ死ぬという前提があるから愛してもいけるのだろう。
何を朝から。まだ朝ですらないのか。でも真夜中というには朝だ。それにしても寒がりすぎるな、私は。上からも足元にも暖房が必要。循環悪すぎる。乾燥もするようになってきた。面倒だけど対策しないと痒かったり痛かったりあとが大変だからがんばりましょうね(きっと同じタイプの人いると思う)。
今のこれを仕上げたら安心していろんな本が読めるのだからやらねばな、やらネバダ。っていう大人が私の子供時代にいた気がする。あれなんだったの。ギャグでもないというか。親だったらどうしよう、と一瞬父親の親父ギャグを思い出してしまった。父親の親父ギャグってなんかそのまますぎる気もするが特にひねりを加える必要もない(当たり前だ)。
色々気になるが信じる。伝えなくても伝わっていると。そんなはずはないとも本当は思っているけど忙しくて余裕がないなか伝えても誤解が生じるだけかもしれない。だから「信じる」となんとなく陳腐に聞こえるようになってしまった言葉を自分にだけは確かなものとして使う。独りよがりでもいいや、今のところ。
まだ明るくなってないみたい。仕上げたらひと眠りしよう。
まだ10月というのにお布団が一番好きという人になってしまった。秋のスイーツは相変わらず楽しくいろんな人とそんな話ばかりしている、スイーツを食べながら。
秋は人が出会ったり別れたりも多いというか彩りを添える絶好の季節なのか恋の話もたくさん。出かける気になるもんね。私はもうお布団が一番だけど。
彼や夫のことを男性に相談してしまうことで得られたり失ったりするものとか、女友達にはバレバレなことがなぜか彼にバレない、夫はみてもいない、いやそういう部分はみたくないという向こうのニーズとあっているのだろうとか、恋愛ごっこに時間をさけるのって幸せかもねとか、配偶者と老後と死について話し合うなかで知った新事実とかこれまでとは違う愛の形の模索とか。
「恋愛」といえている間は関係が移りゆくことが前提なので秋と相性がいいのかも。冬の恋は冷めてしまうと本当に辛いだけ。寒いだけでほんと気が滅入る。温かいペットボトルで暖めあうくらいの関係を秋のうちにキープしたい。
鈴木涼美さんが書く恋愛に関しての記事にはいつも納得しかない。女のリアルな話をたくさん聞いてきた女は女に優しい。でもこれはある程度年齢がいっているからこそかもしれない。いや、でも私の年齢でもお姫様みたいな人もいて姫にお付き合いして男性性を維持している人もいて家ではパートナーが泣いていたりこっそり相談機関を活用したりしていたりするのも世の中のリアル。困ったら相談って大事。「恋愛」とくくることで見て見ぬ振りをしている部分が問題になってくるとその相談はもはや「恋愛相談」とかいっていられない感じではあるが、「恋って秋っぽい」とかいう余裕があるうちは困ったらまず鈴木涼美といいたい。女友達の優しさ。という話をしていると必ずお勧めとして登場するのは叶姉妹。これもわかる。先輩って大事。
だって女の立場は弱い。そこに身体的にも共感のある人が苦しむ女子の周りに多くいますように。男性や物語やお勉強も助けになるけどまずその前に。人と関わること自体が辛くて別の視点を取り入れること自体に負担を感じる場合はお布団かな、まずは。リズムある生活も大事。もろく傷つきやすいこころにも身体にもまずは休息、そして無理のない刺激。カーテンを開けるところからっていうでしょ。秋のスッキリ涼やかな陽射しだったらお布団かぶりなおして再び夜のふりしなくてもいられるかも。毎日色々あるね。スイートなことばかりではないわよね。今日もなんとか過ごしましょうね。
いいお天気だけど寒いね。洗濯物は出しっぱなしはだめですか。いいよね。でもいれていこうかな。臆病者だな。だってもう結構乾いてるから万が一何かあったら(雨風以外にも。鳥とか虫とか?)残念だし。
今日はみなさんどんな感じかな。元気に過ごせそうかしら。わからないよね、先のことは。まあ「元気」=「ひどくまいってはいない。」「それなりに動ける」くらいな感じでいるのだけど。
今日もスーパーで買ってきた「うまいコーヒー」を飲んだ。byドトール。私ずっと「いつものコーヒー」って呼んでたんだけど違った。
喫茶店でバイトしてた頃「いつもの」と言われたら「ブラック」、「ブラック」と言われたら「ブレンドコーヒー」だった。アメリカンが「いつもの」って人もいるだろうけどこの「いつもの」がもつ力は当時は強かったわね。今はどうなのかしら。
喫茶店バイトしていた人にもそうでない人にもおすすめなのは「僕のマリ」さんの『常識のない喫茶店』。著者のお名前も興味深いけどおしゃれな表紙もいろんな気持ちになりながらがんばってバイトしている中身もいい。最後まで読むともっといい。切ないけど。私はめっちゃわかると思いながら楽しんだし「色々理不尽だけどがんばろうね」という気持ちになった。口が悪いバイトをブラックバイトとは言わないけどなかなかにブラックなこともしているものよ、喫茶店バイトというのは。だってかなりひどいこと言われたりされたりもするんだもん。仲間内で少しはこっそり言い合えないとほんとまいっちゃう。私は当時から意地悪に対して冷めきちだったので新人いじめをされても無視してた。当時そんな言葉遣いしなかったけど今私が高校生であんなことされたら心の中で「は?知らねーし」とかいうかも。いわないか。それよりもやっぱり後から仲間内でいうと思うな。もちろんブラックなことだけではなくお客さんからもらった楽しくて嬉しい記憶で遊んだりもしていますよ(いましたよ)、この本も私も。表紙のカラフルさからもわかると思うけど。この本、「こだま」さん推薦だしとてもいいですよ。作家の皆さんのお名前とわかるように括弧付きにしてしまった、お二人とも。みなさん、それでも書く、というのが本当にすごいと思う。
ああ、柏原芳恵を口ずさんでしまう。今日は紅茶をいただきましょうか。晴れとはいえ身体は冷やさないように過ごしましょう。
よい1日を。
昨日とても美味しそうな梨が届いたので早く食べたい。でも作業が先。寝不足なだけで全然進んでない。梨の水分大好き。ちょうどいい甘さ。思い浮かべてる時間があったら食べた方がいい気がする。
パラドキシカルな文章をパラフレーズするというのは難しくて結局繰り返してるだけみたいになって袋小路にはまる。
毎日偶然とはいえ少しずつどうしようもなさを垣間見る場面に出会ってどうしようもないものにどう関わっていいかわからず途方にくれ沈黙する。偶然じゃなくて私が見ようとしてこなかっただけかな。
学会で福岡からくる友達とごはんを食べる約束をした。コロナで会えていなかった。何年ぶりだろ。私も福岡へ行きたい。福岡は空港から街まですぐにでられるからいつでも行きたい。昔、家族みんなでいって福岡の街で遊んだ、学会に少しでつつ。なんでだったか。まあなんとなく理由つけてどこかへ行くというのはいいものだ。
臨床で起きていることを耳障りの良い言葉にすることはできないな、私にはと思う。いってることとやってること違う問題は仕方ないにしても。普通じゃないことをまるで普通かのようにやっているけどはじめて言葉になること、はじめて生じる交流のインパクトは誰かに伝えるために起きるのではない。伝わらないとわかってるから起きたんだ、ということもしばしばだから。
こんなことを書き連ねている場合ではないんだった。すぐ忘れてしまう。あー。もう。とりあえず梨をいただこう。ウィニコットのことでいっぱい書きすぎてしまったのをどうにかせねばと思うけどとりあえずあと。毎日とりあえずばかりで溜まっているんだか少しは片付いているのか全然わからんや。まあ、体調だけは気をつけて過ごしましょう。
早生みかんと柿を昔LOWSON(多分)でもらったリラックマのスープマグにいれたらオレンジと茶色と緑の混ざった黄色で秋っぽくなった。意図的にやれば当たり前のことも何も考えずに出会えると楽しさ嬉しさが増す。
月末の学会でセミナーを担当するがベルギーの先生がそのために来日してくださる。私たちのセミナーはハイブリッドではなくオンラインなのだけど。ちょうど個人の旅行にもビザが必要なくなったタイミングで来日を決められたらしい。登壇者は全員集まれるんだなあ。嬉しい。
とか言っていないで原稿を書かねば。昨晩雪崩を起こした本の山が変な格好で表紙をこちらに向けている。直してあげたいけど今そこをいじると別の雪崩が起きそうなのであとで。ごめんね。
しかしわからないことをわからないと伝えることの難しさよ。書き手は伝わると思って書いていることに対してポカンとしたりむむっとなったりする自分が馬鹿なだけではないかと思うが私くらいの人は他にもいるだろうと思い直して勇気を出してわからないと書くわけだ。なかなか苦痛だのう。仕事(私の場合は面接)ではわからないことはわからないといわないとどうにもならないので割とあっさりいうわけだけど二人だけでその人の言葉の使い方に馴染みつつも敏感に注意を向けている関係とは異なるからなあ。
最近は言葉にならないことばかりでなんかもういろんなことは世界におまかせみたいな気分になることも多いのだけど実際委ねるしかないことばかりかも。私も伝わっていると思っていたことが悪意に受け取られたりしたらとても悲しいけどそういうのも相手におまかせ。そう思ってたんだとわかったらそんなことないというしかない。違うものは違う。そうだったらそう思ってしまったんだよ、なぜなら、となるし。拙い言葉でさらに悲しい事態を招いたとしてもできることってそれくらいしかないもの。できない自分を呪っても何もいいことないもの。どうしたって関わるしかないし関われば反応はくるしそうやって近づいたり離れたりとんでもないことが起きたりなんか今日もいつも通り、となったりする。なんか今日もいつも通り、という言い方は何か起きるはずだったのにという感じがあるね。まあわからんから今日も今日とて揺れて揺られて。ゆらゆらしつつがんばりましょ。
秋の虫が鳴き止むのはいつだろう。紅葉が始まり終わりコオロギが昼のみ鳴くようになったらだろうか。つまりそれが冬のお知らせ。寒いの怖い。
紅葉をわざわざ見に行くことを何年もしていない。毎日の景色に出会うそれで満足してしまっているみたい。河口湖のもみじ回廊にいったのはいつのことだったか。わざわざいくのもそれはそれで素敵。それにしても時間の感覚がどんどん曖昧になっていく、と昨日も書いた気がする。そして昨日は実際に予定を間違いご迷惑をかけた。
一度間違うと変更にもついていけない自分も現れるからもっと大変になってしまう。わかっているのに最近は余裕がなさすぎた。私はこういうところがあるのだから常にキャパを見直さなければと思ったことすら忘れてしまいまた同じことを繰り返す。気をつけるがまたやるかもしれない。申し訳ない。先に謝っておくわけではないが実際謝るしかない。
アプリとかも使いこなせればと自動翻訳とか文字起こしとかおすすめされたものは使ってみるのだけどすぐにどのアプリがどういうことをしてくれるのかわからなくなってしまう。「無料でここまでしてくれるのか!」とその時は驚くのにその便利さを享受できないのはなぜ、と思い、iphoneにいれたアプリをフォルダというのかな、それを使ってホーム画面を編集してみた。こうすればどれが何の仲間かわかりやすいかなとSNSもひとつにまとめた。そうしたらなんとフォルダに入れたアイコンが小さくなってしまって(当たり前だが)見えない!これぞ老眼!すると何が生じるか。アプリを開かなくなる。おい・・・。
はあ。でもまあ何かを使ったところで私のパフォーマンスが上がるとは思わない。この歳になるまでこんなだからなんとかなったという部分だってきっとある。無駄にポジティブなのも忘れてしまっているせいなのかもしれないがそういう時は「えー、自分がいったんじゃん」「あの日あの時あの場所で(♪)」と教えてあげて。いや、教えてください。みんなの記憶装置を外付け記憶HDDとして信頼してる(迷惑?)。
「あの日あの時あの場所で♪」と口ずさみながら明日のイベントのことを思い出した。
【イベント&オンライン(Zoom)】日常を、もっと好きになる言葉と作ることの実践――高橋久美子『一生のお願い』(筑摩書房)×宮崎智之『モヤモヤの日々』(晶文社)ダブル刊行記念イベント
おもしろ娘とのんびり息子の対談というイメージ。高橋久美子さん、チャットモンチーのドラマーだったことも忘れてしまうけど改めて思うと「ドラムも叩けるのか!」と驚く。文章も喋りもほんと面白いし。宮崎智之さんの日記はのんびり優しい少し間の抜けた新米お父さんの宮崎さんがいい。素朴なお父さん日記ってあまりないと思うし。『つげ義春日記』とかもすごくリアルで面白いけどああいうハードでユーモラスという感じとは正反対のほっこりさはマッチョの正反対でもあってちょっともどかしくも安心する。
アーカイブで見るのだ。こういうのも便利だよね。夜遅くまで仕事していても待っていてくれるわけだから。
書ける人たちの記憶装置はきっと色々豊かでカラフル。こういうイベントにでることでその豊かさをお裾分けしてもらう。「いろんな人がいていろんな生活があるんだなあ」というのは毎日仕事で実感する。それはとても密やかな語りでとても大切。公に自己開示する人たちにもそういう部分は同居する。外向けの人も密やかに仕事をする人も今日もがんばりましょ。失敗にめげず!(←自分に)。
なんともいえない空の色。前の家の屋上が濡れている。昨晩は雨降ったっけ?帰宅したときは降っていなかったような気がするけどうろ覚え。傘も持っていなかったと思うのだけど。うろ覚え。
いろんなことがぼんやりしていく。あんなにいつも心を占めていたものも曖昧に解体されていくよう。軽い頭痛と眠気。このくらいならちょうどいい。はちみつ紅茶で身体が熱くなってきた。身体が上手に狂気を捌いてくれてるのかしら。
この前もここで引用したのだけど小児科医で精神分析家のウィニコット(1896-1971)の本に『遊ぶことと現実』(岩崎学術出版社)というのがあって、原著Plaing and Reality(1971)と一緒に読むのが常。本の最後はTAILPIECEで閉じられる。なんか素敵な単語と思って日本語を見ると「終わりに」と訳されていた。オンラインの辞書で調べると「書物の章末・巻末の)装飾図案」とか。これ素敵と画像で調べると面白い装飾がたくさん出てきた。weblioで調べると「尾片、尾部(の付属物)、(弦楽器の)緒(お)止め板、(書物の)末章余白のカット」とある。画像だとギターの弦を止める部分がたくさん出てくる。書物だと単なる「終わりに」ではなさそう。ちょっと余ったから何か書いたよ、みたいな感じかな。他の本はどうなっていたっけ。オックスフォードのThe Collected Works of D. W. Winnicottではどうなっているのかな。後で見てみよう。多分、ウィニコットとtaleという単語が響き合うからなおさら気になったんだと思う。
TAILPIECE(後半のみ引用)
This conception-perception gap provides rich material for study. I postulate an essential paradox, one that we must accept and that is not for resolution. This paradox, which is central to the concept, needs to be allowed and allowed for over a period of time in the care of each baby.
これはウィニコットの生前に編纂されたものとしては最後の論文集となる一冊。TAILPIECEはウィニコット理論のまとめみたいな文章なんだけどThis conception-perception gap とか音もいい。ウィニコットのパラドックスに対する態度は一貫していて最後のこの部分はこう訳されている。
This paradox, which is central to the concept, needs to be allowed and allowed for over a period of time in the care of each baby.
私はひとつの本質的な逆説を措定する。それは,私たちが受け容れなければならず,そして解決されるべきではない逆説である。この発想にとって中心的なこの逆説は,おのおのの赤ちゃんの世話のなかで,ある程度の期間,くりかえし許容される必要がある。
これは本当に重要な治療態度だと思う。
ウィニコットの書き方って曖昧で読みにくくて読み手を選ぶのがもったいないところだと私は思うのだけどわざとそうしてるみたいだし、臨床素材がそうなるのは仕方ないと思う。
ウィニコットが自身の死を意識する(途中病気で会えない時期もあったり)年齢になって取り組んだ2歳の女の子との精神分析的治療の記録『ピグル』THE PIGGLEの「はじめに」INTRODUCTIONでも「私は、記録をとったときのままに、曖昧な素材を曖昧なまま意図的に残しておく。」と書いてある。
I have purposely left the vague material vague, as it was for me at the time when I was taking notes.
ーD. W. Winnicott, November 22, 1965
臨床においてというか、人間関係はテキストを読むのとは異なるのでvagueであるのは前提なのではないかな。ASDの人たちの困難はその曖昧さや多義性にとどまることが難しいからというのもあるけどASDと言わなくても私たちってどうしても何か意味を固定したがるところあるよね。言葉遊びの仕方も曖昧さが好きな人と正確な意味が好きな人とでは違うと思うし。好みの問題ではないのだろうけど「そういうのが好きなんだよね」ということにすると大体のことは納得がいったりする。しない?とりあえずそう考えておくと少し楽な気がするけどそうでもないかな。
雨の音がした気がした。窓を開けてみた。やっぱり雨の跡だけ。今は降っていない。これからかな。ぼんやりと解体されていく悲しくて傷ついたような気持ち。さっき食べたりんごはちょっと不気味に赤かった。切ったら白くてちょうどいい甘酸っぱさだった。
TAILPIECE、今の私ならこのリンゴを切る途中を書くよ。実際描いたら「これは何??」って言われそうだけど🍎(←りんごの絵文字、反映されますように!)
柿と梨。どちらも大好き。スルスルむけるわりに桃みたいに手首までタラーっと濡れることもないし。むきやすいから好きというわけじゃないけど。桃も大好き。秋の果物はほんと豊か。
気持ちを教えてほしいというから伝えたら不快な顔をされた。それ以上いえなくなってしまった。対話というのはこういう状況を避けることはできないという前提のもとそうなったときの自分の感覚や気持ちに対して防衛的にならず、相手の様子にもそれ以上は被害的になることなく次の言葉や態度をお互いに待ちながら続けていくものと思っている。
ルール設定のある対話なら不快な状況が生まれないように、ということはなんとなくできるかもしれず、自分の話をする、相手の話を聞くという役割を取ること自体が貴重な経験になって日常生活でもこういうのって大事だな、と思ってそういうルールのある対話の場での学びを生かすこともできると思う。
でもつまりやっぱりそれはかなり限定された意味での対話ということになると思う。
うちと外で違うというのも普通のことでなんでそんなことしちゃってるの、気持ち悪いって思われるよ、カッコ悪いよ、みっともないよ、他人は言ってくれないよ、ということを思ったとしてもそれが仕事でそれが生活費を稼ぐのに役立っているとしたらそんなこと言えない、という人もいれば、そういう態度が社会的な関係ではない自分たちの関係を侵食する感じを嫌ってそう伝える人もいる。でもこちらがどう判断してどう行為した(しない)としてもその次を作るのは相手だ。そして多くの場合、親密な関係におけるずれはお互いを傷つける。ルールに守られればできることがそこではできないことがさらに複雑な気持ちを掻き立てもする、お互いに。だから私たちってどういう関係なの、と問い直す事態がよく生じるのだろう。それはつまりその人の考えではこの関係でそういうことは言ったり言わなかったりしたりしなかったりするものだと思うけどおかしいよね、と言いたいわけだ。そして大抵期待通りの返事はこない。それだって家族のように通常は続けることが豊かさにつながると期待される関係においては当たり前に生じることだ。そういう関係は嫌なことや思い通りにならないことがあってもそこに居続けることが前提になっていると同時に何度でもやり直す機会がある。そしてまたやはり同じことを繰り返すのだがそうこうしている間に別のことも生じる。いろんなことが起きてそれらを共にしていく、ただそれだけ。ただそれだけということの貴重さ。
もし関係を続けたいなら圧力のかかる負担な状況が生じるのは当たり前だという認識が必要だし、お互いがお互いに関心を向けている限りは別のことも生じているということに対する希望も必要。だから相手を決めつけたり利用したりしないでとりあえず自分の問題として考えていけばいいんじゃないの、暴力とか明らかに離れた方がいい事態は別として、というのが私の仕事の前提だし仕事でなくてもそういうものだと思っている気がする。
私は「対話」という言葉が苦手なのでほとんど使わないけれどもし使うなら対話をする相手は自分自身でもあり自分が何をどう感じてどういう態度をとっているかを相手を通じて知ることに対して使うかもしれない。ルールのある場所での対話はそれがどういう感じかをイメージすることに役立つかもしれない。そういう時間を持つことさえ普段は難しいわけだから。でも私たちはそんなに簡単ではない。変わらない変わりたくない自分を愛してほしい、自分で愛するのは難しいから。今日も自分は嫌なやつ。それでもそればかりではないだろう。そう思ってやっていく。
最近、夜中はずっと工事をしています。時々家が揺れます。さっきはすごく揺れました。と思ったら地震でした。被害がでないことを祈ります。工事の方々もどうぞお気をつけて。
もう10月も半ばですね。一般社団法人東京公認心理師協会のNewsLetter42に8月に主催した言葉イベントのことが載っていますよ、と一緒に主催した松岡宮さんが教えてくださいました。もう2ヶ月も前のことなのですね。載せていただいたのは11ページの地域活動推進委員会の欄です。会員の方はぜひご覧いただきご自身の地域でもぜひ企画してみてください。地域ってなんだろう、というところから考えさせてくれると思います。
私たちもまた何かやりましょう。
ずっと感じていた違和感がなにかなんてずっとわかっていたはず。涙が止まらなくなった。
「ふつう」が揺らぐ。追い詰められる。こうやって乗っ取られていくのだと思った。
追い詰められ、乗っ取られる恐怖を感じながら、自分の「ふつう」が脅かされたのは私ではなくあなたなのだと思う。私はあなたの突発的な怒りの表出に脅かされたのだから。
私は脅かされなくなる。
でもこのわからなさが不気味さであり、とても人間味を欠いたものであることと改めて認識する。「やっぱり」という気持ちと戸惑いで少し呆然とする。
先日、中国、韓国、台湾、インド、オーストラリア、日本の専門家たちと話し合ったことは私を少し変えたようだった。
周りに指摘された。
英会話をやらねばやらねばと思いつつほとんどしないまま当日になってしまったが原稿を作るプロセスで英語を使って考えている部分が多くあったらしかった。
以前、ロサンゼルスで中国の子供たちとなんとなく仲良くなってテニスをした時の感覚だった。言葉の壁を全く感じなかった。いろんなことを話して笑ったのに。
英語は絶対的に拙かったのだが議論は時間が足りないほどだった。表現することでその対象が自分にとってどれほどどのような思い入れがあるものかということを実感した。たいして使えていないが生活になんら支障を感じない母国語で議論していたら、こんな身体感覚は生じなかっただろう。
異質なものと出会う。この仕事はそれの連続だ。共有できるのは日本語は話すけどお互い全く別の人間だという事実だけ。そこでお互いの持ち物(私の仕事では言葉)をどう扱うか、どう許容していくかがその後に関わってくる。その言葉がここで生じたのは相互作用だと考えるから。
そういえばそこばかりいく居酒屋の店長の耳が遠くなっていた。「聞こえないな」と少し苛立ちながら呟く店長の声をカウンター越しに聞いた。声が届くうちに。そんなことを思った。
女同士で話していると絶対に変わらないであろう男の話になる。外面だけフェミニストで自分からまめに絡みにいって求められていると勘違いしたい人、身近な関係の彼女(妻)には甘やかしているつもりで甘えることだけしていたい人、大抵の人は思うであろう文句を言っても聞こえていないふりか別の女に相談するか被害的になってこちらが悪いような気分にさせるのがうまい人。自分の聞きたい話だけ聞いて「対話」が大事とかいっている人。漫画とか本にもよく登場する典型的に自分のことしか考えることができなくなってしまった人たち。みんなもっと辛辣な表現でこういう相手のことを表現するけど「ダメな私たちがこういうのを許容しちゃうからいけないんだよねー」と笑う。辛い目にあってようやく別れても「また似たような人選んじゃったりね」と笑う。怒って泣いて寂しくて悲しくて何も手につかなくてそれでも家事や仕事はしなくていけなくてその現実の世知辛さのおかげでなんとか身体を動かしている。そんな体験を時々集まっては話しまた繰り返す。女友達は貴重だ。辛さが変わるわけではないけれどこんなにみんなで共感できるほどダメな相手に振り回され続ける愚かな自分たちを笑い合う時間のおかげで別の可能性を模索するまともな自分の部分を維持できているとわかるから。この歳になればいろんな別れの形もみたり聞いたりしているけれどどれもそうしてよかったねというものばかり。この前もみんなで喜びあった。「どうなった?」「別れた」「よくがんばった。」抱きしめる。まだ怒りも痛みもたくさん残っている彼女の話は自分たちにもとても痛い。いいかげんその決断を迫られている友はその行動を羨ましがってた。女の立場は弱い。無理するからなおさら辛い。でもなんとかやっていこう。実はとんでもナルシストな相手、実はでもないけどわかっちゃいるが変えられない愚かな自分に見切りをつけるときもつけられない間もまたこうして集まろう。別れたあの子もまだ眠れない夜を過ごしたらしい。
LINE。おはよー(スタンプ)。眠れた?(スタンプ)そりゃそうだ。(スタンプ)今日仕事?うん。ちょっと会う?(スタンプ)(スタンプ)(スタンプ)
またあとでね。きっとボロボロだろう。自分が抱きしめたいときしか抱きしめてくれなかった人のことは少しずつ忘れていこう。そのままおいで。なんとでもなるかどうかはわからないけどどうにかはなる。今までもそうだったもんね。どうしようもなく繰り返す私たちは支え合う。どうにかこうにか今日も過ごす。怒りながら泣きながら。女であることのどうしようもなさに身を浸しながら。
雨の音が止んだ。走り去る車の音は雨の日のそれだけど。
まとまった時間がとれないので深夜や早朝の作業が増えるが静かな時間に耳を澄ますのはいい。
ウィニコットは「生まれる体験というのは幼児がすでに知っていることの誇張された一例なのである」といった。そして「生まれている間は、幼児は反応する存在となり、重要なものは環境である。そして生まれた後には、重要なものは幼児である事態に戻る。・・・・健康な場合には、幼児は生まれる前に環境の侵襲に対して準備ができていて、反応する存在から反応しなくてよい状態に自然に守ることをすでに体験しているのだが、この反応しなくてもよい状態が自己が存在し始められる唯一の状態なのである」と言った。(「出生記憶、出生外傷、そして不安」Birth memories,BirthTrauma,and Anxiety,1949,p183)
ウィニコットは「リアルであると感じる」ことを自己感の中心に据えた。ウィニコットの「自己」は新生児に備わった潜在力であり、ほどよい環境によっていずれ自分meと自分でないものnot-meを区別するようになるいわば主観的な感覚のことである。
先の出生に関する論文に登場する患者はウィニコットにいう。「人生のはじまりにおいて、個人は一つの泡のようなものです。もし外側からの圧力が内側の圧力に積極的に適応するなら、泡は意味があるもの、、すなわち赤ん坊の自己であるのです。しかし、もしも環境からの圧力が泡の内部の圧力よりも非常に高かったり低かったりすると、その場合、重要なのは泡ではなく環境なのです。泡が外界の圧力に適応するのです」(孫引きなので原典チェックできてないけど「出生記憶、出生外傷、そして不安」Birth memories,BirthTrauma,and Anxiety,1949,p182-183)
ウィニコットは自己を出生前から位置づけ(彼は小児科医でもあるので自然なことだと思う)赤ん坊が誕生する際、環境から身体的自己に及ぶ侵襲をいかに扱うか、もしそこで自己が環境からの侵襲に反応しなければならないパターンができあがってしまうと、自己は存在し始めることができないと考えた。
ウィニコットはその後、存在することを母と子(環境と個人、殻と核)のユニットとして描写し、殻と核の相互作用によって境界膜と内部を獲得した統一体が成長していくプロセスを記述した。ちなみにウィニコットは「自己」と「自我」の区別を曖昧にしており『原初の母性的没頭』論文において「自我」は「経験の総和」を意味すると述べたあとすぐに「個人の自己は、休息の体験、自発的な運動と感覚、活動から休息への回帰・・・などの総和として始まる」と書いている。
また「始まりはいくつかの始まりの総和であるということを思い出すのが適切だろう」ともいう。(『子どもの発達における自我の統合』p56脚注)ウィニコットはさまざまな水準の精神病理をもつ患者との実践を続けるなかでフロイトの本能論、クラインのポジション論とは異なる仮説をたて、存在の始まりの時期とプロセス、そしてそこで解離、分裂している自己について模索した。「本当の自己」と「偽りの自己」というスペクトラム上の概念がその中心的な概念である。
と理論というのは追い始めるとその厚みを知ることになり、閉じられることのなかったその展開には謎がつきまとう。今回は二つの世界大戦を経験したビオンとウィニコットという精神分析家が存在や経験についてどのように考えていたかをその著作から追うことになるが壮大すぎるので私は私の限界、つまり実践から離れない範囲で何かをいえたらいいと思う。
木曜日、このまま爽やかに晴れてくれたら嬉しいけど予報は曇りみたい。どうぞお元気でお過ごしくださいね。
何言っちゃってんだろ、何しちゃってるんだろ、と眺めつつ自分の作業の進まなさにぼんやり寝たり起きたりする。これ家族だったら大変だなと思うが他人のことは他人のこと。特殊な状況以外では優先すべきことではない。
話されないこと、書かれないことが重要なんだと考える精神分析からするとその人がそのことを書かないのは当たり前なのにそれが書かれていないではないかと指摘する人がいた。この二人はあからさまであることに対する態度が異なるのだろうと面白く思った。
いいかげんバレバレなのはその人のプライベートに関わり続けている親密な相手にとってであり、私たちのデフォルトは偽りの自己なので精神分析状況のように特殊な状況以外で「それが書かれていないではないか」と指摘されるようなことは隠されてしかるべきだろう。隠すためになされているさまざまな行為を無下にするのは大きなお世話かも。もちろん身近な人の不安や恐れは強烈だと思うが本人だってそうだしそれらを抱え合う関係を親密というのだろう。
まだとても小さな子がかまってほしさにやっていることを甘えだのなんだの叱られたりしているのをみるとおじさんおばさんになってやられるよりはいいのでは、と思ったりするが、小さいときにほどよくそういう部分を満たされてこなかった子どもがそういうおじさんおばさんになるかもしれない可能性を考えればいろんなことはその人と出会い次第ということになるだろうか。大人になるとあからさまなかまってちゃんとそうは見えないけど一部の相手だけが困るかまってちゃんがいるのでそれはそれで複雑だなと思う。
依存というのは誰にでもあるけどそこで自分自分となるか相手にも依存心があるという事実を思い出せるかどうかで対等な関係に対する態度も変わってくる気がする。部分的に依存をみたしあう関係は快楽とか利用とかいう言葉と結びつき排他的である可能性も含むので対等というより差異を否認するじゃれあいといったほうがフィットするか。遊びとしては必要な側面もあるけど同時に誰かを傷つけている可能性もあるだろうから難しいところ。
甘えとはなにか。土居健郎を再読した方がいいですね。
鳥よ、虫よ、おはよう。先日芝居で「虫の目で」というセリフを聞いた。言葉と国、全体主義に向かうとき私たちが愛しているふりをするものたち。異質なものを排除する力、排除された記憶は誰にでもあったはずなのに。
ハイイロチョッキリという鼻の長い虫のことも知った。アリクイみたいと思ったけどゾウムシの仲間ですって。どんぐりから出てくる虫のこと。今年、もう見かけたかしら。木が出す液から幼虫の成長を守ために親が枝をチョッキリ切り落とすからこの名前。特徴的な動作を名前にするのはわかりやすい。「ホモ・サピエンス」は賢い人だっけ。名前負けっていうんだっけ、こういうの。
どうでもいいことを考えて過ごす毎日。こうやって書くとなんとなくどうでもよくないのだけど私は基本的には「時間をめっちゃ無駄にしている人」の部類に入ると思う。きっと今がそうだし。それでいいと思ってるのだけど。自分ルールでキチキチしてても私の場合は特に何もいいことがないし他人ルールに縛られるのも居心地悪い。これらどっちもあった方がいい人もいるに違いないのだけど私はルールは基本的なものしか覚えられないしぼんやり刺激に委ねて反応してから考える感じかな。反応が遅いからそうなるだけだけど。そうすると必然的に効率は悪くなる。その効率の悪さを面白がれるのは余裕のあるときだけだけど生活のために必要なことはいいかげんできるようになっているので不安定にはならないかな。仕事のこととか不安にはなるけど当面なんとかなってるというのも大きいか。
精神分析なんて効率重視の人から見たらめっちゃ時間の無駄だと思う。でも自分のあり方自体に変化を求めるならそれはもうしょうがないと思う。異質なものと出会う方法を変えていくわけだから色々起こるしそれ自体が重要になる。
誰かと生活を共にすると外向けの自分と全く違う自分のことを知る、相手が先に。「知らなかった」というのはお互い様。知る由もないでしょう、他人だったのだから。今も他人だけど生活を共にするなかで「他人なんだから」より「家族なんだから」が強調されるのはお互いに今までのあり方ではいられないんだよということ。外からは見えないいろんなことが起きる。子供ができればもっと大きな変化を強いられる。迎合ではない仕方で親密になっていくことは本当に難しい。だから長年溜め込んで苦しんだりしてしまう。でもそれだって誰のせいともいいがたいから周りにちょこちょここぼしながらもひとりになればずっと苦しかったりする。愛したくて愛されたくてすることが全て裏目に出ている気がする。空回りしている気がする。生活を共にするとひとつひとつの行為が自分の習慣とは異なっているのを見て見ぬふりできないことばかりだし本当に大変。それでも、というのが私たちの愚かさというか幸福というか、やっぱりひとりよりは、と思うところなのではないかな。もともとひとりでは生きていけないところから出発してるから賢くなくてもそういう生き物であることに折り合いをつけて楽しかったり面白かったりする瞬間をもてたらいいと思う。深刻さなのなかにもそういう瞬間はたくさんあるから効率もいいけどのんびりも推奨していきたい気分。今日も色々あるに違いないけどなんとか過ごしましょう。
週末は第一回アジアパシフィックオンラインカンファレンスだった。
参加者は国際精神分析協会(IPA)に関連するオーストラリア精神分析協会、中国スタデイグループ、インド精神分析協会、韓国スタデイグループ、台湾スタデイグループと日本精神分析協会の会員と候補生。
テーマはGender in the Consulting Room and in Culture。Individual paperでは日本、インド、台湾の先生方がこのテーマで発表をしてその後にみんなで議論。
Clinical small Conferenceでは各国の分析家、候補生が6つのグループに振り分けられて国の異なる2人のモデレーターのもと準備されたclinical materialを素材に議論。
India: 07:00- China and Taiwan: 09:30- Japan and Korea: 10:30- Australia: 12:30- という時差のもとスタート。
私はいつもの仕事より遅いスタートだったので景気付け(一日英語使用という苦行に向けて)に行きたかったカフェのモーニングへ行ってみた。そしたらなんとゆで卵が生卵だった。「ゆで卵が生卵だった」を自動翻訳にかけるとThe boiled egg was raw.うむ。ありえない事態になるので言葉足らずは誤解を生みますね。でも実際この事態ありえなくて卵をトントン「うん?」トローリ。面白かったのは一瞬それをありうることとして理解しようとしている自分がいたこと。カフェのモーニングはトーストとサラダとゆで卵が一般的だけど「ここって何かに生卵使うの?」とサラダとか眺めてしまう自分がいた。ごく普通のサラダにみえるのに。というのも入ったときから違和感が多かったのだ。一番は店員さんの独特のペース。The boiled egg was raw.はおしゃれな容器に入って出てきたドレッシングと蜂蜜のことも「これなに??」と勘ぐったあとの出来事だった。蜂蜜大好きなので蜂蜜でよかったけど。いやいつもだったら疑いもせず喜ぶのだけど。
「これってゆで卵ではないんですか」。自動翻訳だとIsn’t this a boiled egg ? 見りゃわかるだろうみたいな話だが見てわからないのが卵だということがわかった。この質問、変だろうと自分でも思ったが思わずこう聞いたら例の店員さんがさすがに普通にびっくりした。安心した。おお、私がおかしいわけではなかった。
あ、私は記念すべき第一回アジアンパシフィックオンラインカンファレンスについて書いていたのだった。お昼が終わってグループに振り分けられたあとに雑談する時間も少しあったからこの話して各国モーニング状況を聞けばよかった。食べ物の話なら英語がよくわからなくても楽しいし。
しかし皆さんよく話す。議論はよい感じで盛り上がり大変勉強になった。グループでの作業はグループメンバーによるところが大きいが、私たちのグループはモデレーターの先生方のマネージメントのおかげで2時間があっという間に過ぎた。
「この病理のこういう状態にある患者さんに通じる言葉は」ということも検討できた。日本語臨床については常々考えているが英語でも同じようなことができて楽しかった。言葉についてはオーストラリアの訓練分析家の先生が中心になってくれた。アジアの先生方も英語圏でトレーニング受けてたり帰国子女だったりして英語が達者な方が多かったけどその人にインパクトを与える言葉を探す作業に含まれる色々を話しあう基盤は精神分析理論にあるので私もなんとかついていけた、気がしている。
今日もちょっと別の角度から言葉について考えることになる。そしてウィニコット再読。先日も書いたがウィニコットの「対象の使用」という考えは言葉を象徴として使える患者かどうかのアセスメントと関わっている。これは病理をどう理解するかということでもある。患者が現実の対象をそれとして認識することが難しいにも関わらず分析家がコミュニケーションをしないことの重要性を理解せずコミュニケーションを促すことは患者にとって侵入的である。ウィニコットは解釈するということは分析家の理解の限界を示すことであるといった。何かをせずにいること、それをできるだけ少ない言葉で語ること、私は「安全」ということを考えるのであれば、精神分析に限らずケアや支援というのはどれもそこを目指せたらいいような気がしている。
お世話になった先生方にお礼のメールをしているがもっとも感謝しているモデレーターの先生方にも書かねば。一番が一番遅くなるというのはよくあることですよね?そんなことないか。
今はインドは何時かな。時差はあれど国は違えどそれぞれの場所でそれぞれの一日をどうぞご無事に。
開業してまもなくだっただろうか、しばらくしてだろうか、いずれにしても5年ほど前に神経麻痺で右手の手首が上がらなくなった。うたた寝をして起きたら手首がだらんとしたままだった。寝ぼけながら混乱していたのだろう。シャワーを浴びた。ものすごく不便だということだけわかった。利き手だ。頭痛もひどかったのでどうしたらよいか病院へ電話したらすぐにくるようにと言われた。脳の異常ではなかった。それだけでとても安心した。血圧は異常に上がっていた。
私は落ち着きがなく怪我をしやすいので自分が怪我をしたときにオフィスまでどう辿り着くかのシミュレーションはなんどもしていた。いつの間にかそうするようになっていた。できるだけ楽に、と思ってのことだがその前に気をつけられる自分になるべきだろう、本来的には。
しかしまさか手首がこんなにだらんとなるとは・・と途方に暮れた。記録が書けない。お箸が持てない。混雑した電車で吊り革をつかめない。シャワーを上手に浴びられない。両利きになっておくべきだった。
ということを句友の句がずらっと並ぶページに鉛筆をあてながら思い出した。右手で追えなくなるかもしれないんだなと思って左手であててみた。景色が変わる。でもすぐにやめてこうしている。どうにかなるか、予防したところで防ぎようもないでしょ。切迫感がないとなかなか・・
うとうとしてしまった。あぶない。圧迫に気をつけないと。
何を思って書いていたんだっけ。忘れてしまった。
聞いたことに答えない、答えてないだけで嘘をついているわけじゃない、小さく情報を操作する、誤解を招くだろうけど嘘は言っていない、誰も傷つけたくない、ほしいものはほしい。そんな人でも深く愛情を向ける対象がいる。それらは全て両立する。人の気持ちがわからないというか分かりたくないのだろう、傷つけているとか気づきたくもないだろうし、優しい自分でいるために、といういつもの見立て。そんなことを考えながら橈骨神経麻痺のこと思い出して書き始めてうとうとしたんだっけ。まあいいか。
この句友はそういう人とは正反対だな。受賞の言葉があまりに素直に自分にも他者にも開かれていて余計な加工が全くされていなくてびっくりした。子育てと一人でされているお仕事で猛烈に忙しくて余計なことを考える暇がないのか、いやそういう問題ではないか。すごい人だ。読んだことのないタイプのいい文章だった。励まされた。
またうとうとしそう。素敵な気持ちのまま休みましょうね。
空がとてもきれいだった。ブラインドの隙間から見える色ですぐわかった。ベランダ側の大きな窓を開けるとピンクと水色と白とグレーとがたなびいていた。グラデーションではなくそれぞれの色をきちんと残して。空がきれい、月がきれい、飽きることもなく言い続ける変わらないきれいさ。これはとっても昔から変わらないことなんだろうなあ。いろんな言葉でただ指差しながらただ見上げ汚いの対としてのきれいではなくてただそのままきれいと思える対象はこうして古来からある。戦いの現場へわざわざ出向いてそこが戦場ではないと言い張りたい人はこのただきれいであるということをを知らないのだろう。どうしても汚いがあるはず、そうでなきゃおかしい、と思っているのかもしれない。変わりゆくものにも対応できず変わらないものに驚嘆したり感動したりすることもできずとどまることをせず自分で耐えられない自分のもやもやを投影できる先を探しにわざわざ遠方まで出向く。カメラとか引き連れて。その問題はあなたとは関係ないからだよね。心揺さぶられない場所へ。私たちはそのためならなんでもするよね、意外と。そういう「抵抗」は精神分析ではずっと言われてきた。現実の理不尽に抵抗するのではなくて外側と関わりたくない、正しいのは自分、だから変わりたくない、と関わる前から怖がっている自分をどうにかごまかすために関わりの薄い場所へわざわざ。よく考えれば、いや考えなくてもそこは全然関わりの薄い場所ではないよ。私たちがそうやって負担を押し付けてきた結果でもあるんだよ。その加害性を認識するのは私たちにとってもっとも怖いことかもしれないけれど。
高校時代、タバコくさい喫茶店でヤンキーの仲間とバイトをしていた。上下スウェットで長い髪を垂らし愛想など全くないゆっこちゃん(仮名、子がつく名前が多い時代だった)の接客はかっこよかった。全然もてなしていないが存在の迫力は全く無駄を生なかった。多動気味の私は歩き方からして落ち着きがなくよく笑われた。でもまあ仕事はそこそこできたので高校卒業できたら(バイト三昧でいつも単位が危なかった)働こうと思っていたけどとりあえず大学に行くことになった。とりあえずで勉強を続ける場を与えてもらえるのは恵まれているのだろう。大学では出会いに恵まれた。それまでも本だけは読んでいたので大学という場所は私にあっていた。季節ごとにいろんな姿をみせる小さな森の図書館でいつも過ごした。ずっとじっと静かに本と。
ゆっこちゃんは幼馴染で怖いことが起きる世界にいたけれど私のことを守ってくれた。「あみはやめときな」全く無駄のない言葉だった。彼女がいえばそれが正しいと思えたしそれは実際に正しかった。
何かをしている人に対して「何もしてないじゃん」と言いたくなる人に「何かしてる感しか出してないじゃん。その人あなたに関係ないのにわざわざさ」といったらどれだけ自分が「良い」ことをしているかを説明してもらえるのだろうか。「何もしていない人ほど言葉でそれを埋めていくんだよ」っていったら黙ってもらえるだろうか。ゆっこちゃんの静けさをあげたい。私もほしい。
空をきれいと思う。好きな人を好きだと思う。怖いものを怖いと思う。汚いものは汚いという。そのままを言葉にしていくなら饒舌さなど必要ないはずだと私は思う。
今日は韓国、台湾、インド、オーストラリアの精神分析家や候補生が集うカンファレンスに参加する。ふだんづかいしていない言語でどこまで表現できるだろうか。できるだけそのまま感じそのままいえたらと思う。
昨日は雨風が強い時間に移動時間が重なって大変な目にあった。濡れて寒かっただけだけどどっちもつらかった。夜は暖房をつけっぱなしで眠った。起きたら足元が寒い。私は寒がりすぎるけどそれなりの対策してこれだから暖房器具の発展をいつも待ち望んでいる。人間っていろんな姿勢になるから姿勢に応じた暖房があるのね、とこれまでの私の暖房器具体験について書き出してしまいそうだけど書く意味は特にない、まあそれを言ったら毎日書いていること全てに特に意味はない。
学会の発表原稿が揃った。シーズンですね。私は討論のための原稿を作らねばです。発表のひとつが英語なので自動翻訳に助けてもらいながらざっと読んだ。登場する文献は私が好んで引用する文献とほぼ全て重なっているけど「うーん、こう読むか」と思った。私の読み方の間違いか私(と自動翻訳)の翻訳の間違いである可能性があるからどちらもチェックしないとならない。難儀じゃ。
その前にも英語を使わねばならないけど先方からネイティブではない私の不安を和らげてくださる長文メールをいただいた。とっても嬉しかった。でもこれに返信をしなければ・・・なのだった。「・・・」はもちろん「英語で書くのか・・・」である。あ、また「・・・」で終わらせてしまった。言葉にならない気持ちに終わりはない。
さまざまなニュースに思うところはあれど(特に戦う人を嘲笑う戦わずして勝っているつもりの人の心性について)10月はひたすら精神分析。そろそろ待ちくたびれていたウィニコット『情緒発達の精神分析理論』の新訳にして完訳『完訳 成熟過程と促進的環境』(岩崎学術出版社)もようやく登場。学会直前なので私の原稿は古いヴァージョンの翻訳に助けてもらうことになるが大矢泰士先生の翻訳での出版は大変ありがたい。
あ、洗濯物が。チャーラララーチャーラララー♪の音が聞こえた。何度も書いてるけどなんで音楽にする必要があったのか。思わず一緒に口ずさんでしまうけれど。洗濯物を干すモチベーションがそれによって上がるわけでもなかろう。いや、上がるのか。データとかとってたりして。そんなことを言っている場合ではない。干そう(これだけだといろんなものが思い浮かぶね)。そして読もう。書こう。
今日も一日。お天気どうなのかな。とりあえず寒いから風邪とかひかないようにお大事にお過ごしくださいね。
『遊ぶことと現実』に収められた「第6章 対象の使用と同一化を通して関係すること」を再読。小児科医で精神分析家のウィニコットが1968年、NY精神分析協会で行った講演が翌年IPAジャーナルに掲載され、こうして書籍にも収められた。ウィニコットのこの講演はアメリカの精神分析家に受け入れられなかったという。ウィニコットはこの論文で「対象と関係すること」という概念と密接に関連する「対象の使用 use of an object」という概念を俎上にのせた。なぜ受け入れられなかったのか。この論文を読めばわかるだろうか。
読む。
ウィニコットはすでに晩年を迎えていたが、近年になってようやくできるようになったこととして解釈を待つことの意義をまず強調する。ウィニコットはフロイトよりもずっと幅広い病態、特に境界例と精神病患者から多くを学んだ。「答えをもっているのは患者であり、患者だけである」という原則のもと、彼は解釈の作業と関係する「分析家を使用する患者の能力」について論じ始める。
彼がいうには、解釈すること(making of interpretations and not about interpretations as such)は自己分析と精神分析を区別するものであるが、それが効果的であるかどうかは「分析家を使用する患者の能力」「分析家を主観的現象の領域の外側に位置づける能力」が関わっている。
ちなみにウィニコットのいう主観的現象とは原初の対象がまだ「私ーでない」(not-me)現象として切り離された「対象」ではなく赤ちゃんが創造した主観的なものである段階の現象である。その段階の授乳では赤ちゃんは母親の乳房からではなく自分自身からのんでいるのであり乳房はまだ分離した対象ではない。
この論文は後期のものであり、主観的現象という用語のようにウィニコット理論における基礎概念はある程度共有されたものとして論じられている。ウィニコットはここで新しい概念である「対象の使用」を既出の概念である「対象と関係すること」との対比で論じようとするが説明は少しずつ慎重になされる。
「対象の使用」とは精神分析場面では「分析家の使用」のことである。分析家は授乳する母親や教える人とは異なり「分析家を使用する患者の能力」を前提としていない。分析家は患者にその能力がない場合はそう認識する必要があるのだ。ウィニコットは精神病状態にある患者にその能力がないことを認識せず漫然と治療を続けた場合にそれが招きうる深刻な事態を記述し「精神分析は生活様式ではない」と断言する。分析家は分析の作業が終われば忘れ去られる存在だからだ。
ウィニコットが「この論文で述べようとしている局面とは、すなわち、自己ーコンテインメントや主観的対象と関係することから離れて、対象の使用の領域に入っていく動きのことであるp121」。ウィニコットは対象と関係することが対象の使用の前提であり「対象は、使用されるためには必ず、投影の集まりではなく共有された現実の一部であるという意味において現実(振り仮名はリアル)でなければならないp122」という。ウィニコットは環境的な要因を排除したがる精神分析家たちに「もう逃げ道はない」という。「分析家は対象の性質を、投影としてではなく、そのもの自体として考慮に入れなければならないのである」。
対象を主体の体験とする対象と関係することから対象を外的現実の一部であるとする対象の使用へという継起は「成熟過程だけによって自動的に生じるものではないp122」。ウィニコットは対象の存在を「ずっとそこにあったという属性の受容という観点からでなければ記述できないp122)という。そしてウィニコット理論の中心的な考えである「移行対象と移行現象の概念における本質的な特徴は、逆説(パラドックス)と逆説の受容である」ことを読者に思い出させる。「その逆説とは、赤ちゃんが対象を創造するけれども、しかし対象はもともとそこにあって、創造されるのを、そして備給された対象になるのを待っていた、というものであるp123」。そして私たちは赤ちゃんに対して「あなたがそれを創り出したの?それとも見つけただけなの?」と尋ねたりしない。
以上がウィニコットが対象を使用する能力について述べるために述べた前置きである。
ウィニコットは高校時代にダーウィンから強い影響を受け、精神分析の訓練に入ってからはフロイト読解はもちろん、クラインとの密な関係においてその理論を消化しつつ、自らの臨床経験に基づいてオリジナルな理論を打ち立ててきた。二人の精神分析家との分析には満足がいかなかったらしい。
ウィニコットは個人と環境の相互作用において個人が環境に適応しようと奮闘するのではなく、発達最早期には環境である母親が「原初の母性的没頭」によって能動的に赤ちゃんに適応しようと奮闘する様子に光を当てた。ウィニコットには精神分析が排除してきた環境としての母親の役割を見過ごすことはできなかった。それは彼が小児科医として多くの親子を見てきたせいもあるだろう。ウィニコットが環境としての母親(=分析家)に対して与えた役割は「主体による破壊を生き残る」ことである。「対象の使用」を俎上にのせたこの論文には対象と関係することから対象を使用することにいたるプロセスで対象が破壊され続けながらもその破壊性を生き残る様子が描写されている。それが共有された現実を創造し、主体はその現実を使用する。これらの循環によって個人は私以外(other-than-me)の本質を主体にフィードバックできるのである、とウィニコットはこの論文の最後で述べている。循環というのは私の言葉だが。
学会でウィニコットの概念について話す必要がある。読むだけなら楽しいのだが・・・・。まあやるしかない、と言い聞かせつつ。
雨やだな。気が重い。頭も重い。だるい。どんよりする。という文字が目に入ってくる朝。私も今日の雨は憂鬱。
後ろめたいことがあるときにしがちな振る舞いについて話していた。隠しておきたいことなんてすぐにバレるのにね、と笑った。相手の気持ちがわからないからどうしていいかわからなくてパターン化しちゃうのかな。色々工夫してるつもりなのかもしれないけどなんでそれでどうにかなると思えるのかな。ほとんどこっち頼みなんだろうから知らないふりしてるけど子供じゃないんだからさ。自分が後ろめたいだけなのに防衛的になられるとこっちが悪いことしてる気分だよね。この前さ、うちの子が嘘ついたの。すぐわかっちゃうんだけどね、こっちには。しばらく知らないふりしててあげたんだけどこれはちょっとというところで言ったんだよね。そしたらすごい怒ってぶってきてさ。ママのためにせっかく隠しておいてあげたのにくらいなこと言って。えー、かわいい。そういうのは小さいうちだよね。こっちは大人だからもううんざりなんだけど私もマゾっぽいところがあるからさ。わかる。ペアの問題だよね。
こういう会話もパターンがあるからいくらでも思いつくし実際にあるわけだけど当人たちはそれぞれ辛いわけでそれをこうして話すことで少しだけ生き延びる。毎日はその連続。今日は特にだるいかもだけどそれぞれ少しずつ生き延びよう。
寒い一日だった。反射的で心ない言葉には心が寒くなる。意図も聞かず勝手な解釈をしてはねつけたくなるときは自分で自分を守らねばならないくらい余裕のないとき。そんなに余裕がないなら休めばいいのにというのは外側からの意見で余裕があると色々考えなくてはいけないことに気づいてそれはそれで嫌な人もいる。薬で眠ってようやく自分の余裕のなさに気づく余裕ができる場合もある。余裕をもつって難しい。
子供に育てられる、というけど子供がいると一番大変なのは自分の都合より相手の都合を優先しないと実際に危険が生じることだと思う。自分の食べ物、自分の睡眠、自分の身体、自分の時間、それまである程度コントロールできていた自分の色々が否応なく奪われたり侵食されたりしていく。もちろんそれは子供のニードへの反応だし、子供にも奪う意図などないけれど気持ちはめちゃくちゃでどろどろになって疲れ切って半分以上発狂したりする。それすらかなり我慢しながらだけれど。ケアの文脈は狂気の文脈でもある。これを体験したからこうなる、というわけではないけれど自分を差し出しながら自分として生きていこうと奮闘する毎日は大変すぎる。たくさんの支えがあればいいと思う。
小児科医で精神分析家のウィニコットは
“Mature adults bring vitality to that which is ancient, old and orthodox, by recreating it after destroying it.”
というようなことをいった。The Collected Works of D. W. Winnicott: Volume 6, 1960-1963に収められている”the family and emotional maturity”という論文において。まさに子育てを通じて成熟していく大人の体験そのものといえるかもしれないし、その大人のもとでなら子どももその体験を繰り返すことができる。
論文のアブストラクトはこちら。
In this paper, Winnicott discusses the idea of maturity as a maturity appropriate for a particular age. An intact family is fundamental to healthy development and if the family is threatened this becomes very clear. For each family the actual father and mother are alive in the inner psychic reality of the children. But individuals need to become independent of their families for psychic health. Adult political institutions unconsciously reproduce home and family constellations. Children carry unconscious dependence on their actual father and mother, and it is within this dependence that the growing child’s need for independence can be safely asserted. An important feature of emotional development and maturity is the individual’s capacity, after acting out, to rediscover the original maternal care, parental provision and family stability, on which that individual was dependent in the early stages of life.
「本論文において、ウィニコットは、特定の年齢に応じた成熟という考えについて論じている。健全な成長には健全な家族が不可欠であり、家族が脅かされると、そのことがはっきりと明らかになる。各家族にとって、実際の父親と母親は、子供たちの精神内界という現実に生きている。しかし、精神の健康のためには、個人は家族から独立する必要がある。大人の政治制度は、家庭や家族の布置を無意識のうちに再生産している。子どもたちは、実際の父親や母親に対する無意識の依存を抱えており、成長する子どもが自立を必要としていることは、この依存関係の中で安全に主張することができる。情緒発達と成熟の重要な特徴は、行動化を経て、その個人が人生の初期段階で依存していた、母親のケア、親からの提供、家族の安定を再発見する個人のキャパシティである。」
このことは『完訳 成熟過程と促進的環境 情緒発達理論の研究』(岩崎学術出版社)のp67「5.健康なとき、危機のとき、子どもに何を供給するか(1962)」にも詳細に書いてある。
「子どもに供給するということは、個人的なこころの健康や情緒的発達を促進する環境を供給する、ということ」
「健康とは成熟であって、その年齢に応じた成熟である」
「ほどよい諸条件が供給されれば、個々の子どものなかで情緒的発達が起こり、発達への動因は子どもの内側からやってくる。」
などウィニコットの読者にはおなじみの考えが並べられるところからこの論考ははじまり、母親(ウィニコットはここにつねに父親を含めている、と書いている)が乳幼児との同一化によって彼らのニードを知る機会を与えられること、そして子供がありのままのその子として扱われる必要があることをウィニコットは主張する。
ウィニコットは最初の妻との間にも二番目の妻との間にも子供がいなかった。死ぬ間際まで続けた臨床が同じように巻き込まれる体験として子育てと重なる部分はあったかもしれないがウィニコットの場合、何かをしないこと、しなかったことの方へ注意をむけていると思う。
ウィニコットが1968年、NY精神分析協会で行った講演は翌年のIPAジャーナルに掲載された。『遊ぶことと現実』に収められた「第6章 対象の使用と同一化を通して関係すること」がそれである。
すでに晩年を迎えたウィニコットのこの講演はアメリカの精神分析家に受け入れられなかったという。ウィニコットはこの論文で「対象と関係すること」という概念と密接に関連する「対象の使用 use of an object」という概念を俎上にのせた。
ウィニコットはそれまでの豊富な精神分析体験から解釈を待つことの意義を強調し、「答えをもっているのは患者であり、患者だけである」という原則のもと「分析家を使用する患者の能力」を見出した。
当時NYの精神分析コミュニティには通じなかったかもしれないが全員が全員そうというわけでもなかっただろう。私は今になってウィニコットのいいたかったことがわかる気がしている、と一気に論文の中身を省いて書きたくなるがもう遅い、時間が。夜中だ。どうかみなさんの夢がなにかしらの仕事をしてくれますように。少し楽に目覚められますうに。
今日はいろんな鳴き声が聞こえるな。秋だな。色とりどり鳥とりどり。
酒井泰斗さんの読書会ツイートが面白い。読書会といってもいろんな活動の中からそれを取り上げて分析してみよう、ということなので彼のメソッドを使用できれば行為分析とは言わないのかな、振る舞い分析は私たちの用語か、なんていうんだろう、さまざまな実践を成立させている論理がわかるという感じかな。
そのためにはまずその行為(としておこう)はなにかというところを分析したい。「あなたの感想でしょ」って言葉は流行ってるの?なんかTLで流れてるのを見たけど。文脈知らないけど、話し合いのときに「質問というより感想です」とかいったりするでしょ。自分でいっててもこれ別に何か応答求めてないや、対立点が特にない、と喋りながら思って「感想です」といったりする。
私もそのうち、訓練が終わったらエスノメソドロジー研究会とか出て勉強したいし読書会も出たいけど時間がない。教え子(子ではないけど)たちにもおすすめしたけど多分まだこういうことの重要性がわかっていないからそんなに必要と思わないだろうなあ。
私はこの技法は有効だと思っているのでツイートを追いつつ準備。ツイート自体に一貫性があるというか内容の繰り返しがあるから少しずつ「あ、こういうことか」と読書という行為に関する知識が増えていく。教え子たちにおすすめするときは酒井さんのWebサイトとかそのまま紹介してしまうとそれだけではだめなんだよね。「一緒に参加しよう」とかならいくと思うのだけど。見通しの立たないことってとっつきにくいのかもしれないけどまずはとっついてみないと見通しを立てる行為を始めることもできないのでそこはなんでも最初の一歩が必要ね。
何かこねくり回して考えるよりも与えられたものに素直に取り組んでみる、あれ、と思ったらチェックして、また戻る。いちいち止まらない、引っかからない。そのまま聞きながら患者の言葉の動きを読んでいく感じが初回面接っぽい。自分の気持ちを動かしたり相手の気持ちを想像したりするのはあと、まずはそのまま聞く、もちろん臨床場面では巻き込みが生じるから読書とは異なる行為だけど行為を分析する仕方は対象はなんであれ変わらないと思う。まあ、私もきちんと勉強してないからこういうのも印象に過ぎないけどね。今後教える立場が増えていってしまうのだろうからいずれしっかりやりましょう。
今日は寒くなるみたいって昨日聞いたから服装気をつけて風邪ひかないようにしましょ。
どうして「自分は別」と思えるのだろう。それはそう思える環境を作っているから。そういう自分を守ってくれない相手は突き放せばいいだけ。簡単簡単。
簡単?マニックに乗り切れるうちは。その小さな王国の内側で戯れているうちは。
裸だよ、あの人。そんなこといっちゃだめ。ほんとのこというと嫌われるよ。
でもそれって「本質は」とかいうやつでしょ。その人を見てたわけじゃないから気づいたんでしょ。なんでも口にしちゃうのはそれが何であるかなんて気にしていないからっていうのもあるでしょ。ってことはその人が誰だか知っていたらそうは見えなかったかもしれない。わかったふりってよくないことみたいにいわれるけど世界ってそんな確実じゃない。曖昧だもの。わかったふりから始めるしかないんじゃない?
覚えてる。あなたがはじめてお城の絵を書いたときのこと。囚われたとはいわないけどそう見えたお姫様のこと。家も定まらない、親も定まらない、この世界のどこに定点を見つければ?どこからスタートすれば?あなたの書いたお城には大きな門があった。「囚われたほうが幸せじゃないの?」あなたは言った。
自分はあんな人たちとは違う。そうかもね。そしてそうじゃないかもね。自分は特別ではないけどそういう奴らとは別?そうかもね。そしてそうじゃないかもね。正直どっちでもいい。どうして比べる必要が?堂々と誰かを好きになって堂々と誰かを突き放せば?そういう奴らと違うのならきっと大丈夫だよ。その罪悪感に耐えられずなにやら曖昧なものをまとってしまうのも私たちだし。
あなたが私に向けた敵意。「お前に何がわかる」。わからない。あなたが私を他の大人とは違うと認識した途端あなたの怒りは強まった。「あの人、裸だ」そういえなくなった。無邪気さは特定の対象として見ていなかったから。環境は自分で作れると思っていたから。
空想。現実。夢。現実。現実がいつも少しだけ優勢。今夜はどんな夢をみるのかな。今日を消すことも明日を消すこともできないけれど。
夜遅くまで「心を無にしてがんばるんだ」と書類を作っていた。「心を無に」は全くできなかったけれどある人のデータ整理の仕方を真似したいなと思っていたら全く別の形式なのになんとなくうまくいっていつもの半分くらいの時間でできた。帰り道、坂道の向こう、西の空に大きな三日月が出ていた。「三日月なのに大きいなあ」と思ってから「三日月でも大きいか」と前の晩と同じことを思った。
今朝は秋川渓谷のおみやげのおやきを食べている。トースターで温めてカリカリ。つぶあんとカボチャ餡を半分ずつ。秋だねえ。秋川渓谷だけに。私は学生時代、檜原村の施設で重度の自閉症の人たちと週末を過ごしていたのであの辺は懐かしい。彼らは私と同年代の人が多く、当時は20代。女性はひとりだけだった。彼らとドライブして温泉のお土産さんに入ったことはあるけど温泉にはいったことがない、そういえば。温泉は難しかっただろうなあ。彼女との入浴は私が担当していたのであれこれ思い出す。大パニックも彼女の鼻歌を真似してなんとなく穏やかな時間を過ごしたのも懐かしい。山の中をよく散歩した。迷ったときも地元の人が助けてくれた。地元の人はここの施設の人たちだと知っていてくれたので彼らがパニックを起こすこともなかった。食べ物が導く記憶はなんとなくいい感じだな。一方、重度の障害者に注目が集まるのはよくないニュースの時が多く、そこにどんな人たちがいて何がされているかは知られていない領域だ。毎日ひっそりと暮らす彼らや彼らと過ごす職員さんたちへのサポートに関する研究と実践が積み重ねられていくことを強く願う。
今晩も三日月が沈むまでには帰れるだろう。週末は英語を話さなければならなくてこんなのでマジでどうするのと思っていたけれど同じグループに仲間が振り分けられていてとっても安心した。彼らが通訳してくれるわけではないけれどいてくれるだけで嬉しい。
今日もいろんな思い出や気持ちを支えにがんばりましょうかね。東京は爽やかないいお天気ですよー。遠くのみんなも元気でね。あ、遠くの人にお返事するのを忘れていた。今思い出しました。こういうこともあるけどなんとかやりましょ。
ふぞろいみかん、ちょっと味がうすい。この時期のみかんはみんな早生みかんっていうのかな。保育園の早生まれの子たちは今日も元気かな。きみたちが大人になる頃には私はもうおばあちゃん、というかすでに保育士の母、きみたちの祖母みたいな感じで保育園にいるけど、今日もみんなのこと考えますね、みんなで。
先生たちは誰が泣いているか遠くからでもわかる。「○○ちゃんだ」私もあゝあの子か、と小さくてパワフルなあの子を思い出す。「この時間は一度電池切れになっちゃうんですよね」そうかそうか。3月生まれだしね、と思う。その子のお兄ちゃんのことも思い出す。あの頃はまだあなたは生まれてなかったね。話しながらその子のいる部屋へいくと保育士に抱っこされて指しゃぶりをはじめてた。眠いね。
みんなこんな小さいのに自分がしたいこといっぱい止められたりできない時もあるだろうけどそれはまだみんながこんな小さいからでもあるんだ。でもまだわけわからないよね、泣いたり怒ったりしちゃうよね、ごめんね。こっちも大人のやってることが本当にきみたちに必要かどうか考えるからとりあえずトライしてみてね、なんでも。大人になっても泣いたり怒ったりすると負担がられたりするからわかる気がするよ、みんなの気持ち。嫌だよね。負担だろうけどなんでそうなっているのか考えてほしいよね。私もこの歳になっても愛情というものがよくわからないけれど突き放されず特別に大切にしてもらえる体験ってこの世知辛く理不尽な世界でもうダメかもしれないと思ったときにきっと助けてくれる。私たち大人ががんばることだよね。
あれは2010年、震災前。あの子のお兄ちゃんもまだ生まれていなかった。震災はいつからかこうしてその前その後の目安となったがあれからずいぶん時間が過ぎた。
愛情のようなものをめぐってどう考えていいかわからなくてでもそれに囚われている場合ではなくてでもどうにもできずにいたとき、その頃のことを思い出した。思いが通じたようなあの日のこと。今はとても穏やかに笑いあう私たちだけの時間。どんなにもやもやしても相手は変わらないだろう、変えていくならお互いに。でも本人が困っていない限り変わる必要はないのだから、とぐるぐる考えながらいずれくるなんらかの諦めに向かう。当時すでに若くはなかったが私は人というものをよくわかっていなかった。今もわからないけど当時よりはずっとよくわかる。いろんな人に教えてもらってきた。今だったらできると思うことを本当にできるかどうかといったら相当怪しいけど。まあそんなもんだ、くらいには思うようになった。
あの漫画はなんだっけ。題名が思い出せないけど密やかで静かなやりとりをすることももうないけれど幻滅し傷つけあった日々もこえた。大切に想い想われることの積み重ねのなかにあなたもいた。変われる私たちでよかった。
でもまた同じこと繰り返してるよ、と苦笑いする。森を抜けて高速を見上げ地下道へ。私たちだけの時間。言葉にすればよかった。でもできなかった。でもありがとう、出てきてくれて。こういうのは記憶力じゃないんだね。
「先生は無意識が助けてくれるってよくいうけどなんか今日少しわかった気がしました」と言われた。文脈ないと怪しい言葉だけど分析コミュニティでの会話。うん。こんな感じの想起もそう。分析受けはじめてからしばらくは「無意識怖い」だったんだけどね。今はあるかないかわからないけどなにかがんばるより無理ないし委ねたほうが安全って思う。自分が一番信用できないってことあるもの。こうして変に色々考えたり自分に向かないこといっぱいしちゃうんだけどね、いまだに。「まあそんなもんだよ」とあなたはいうに違いなくて私もそう思う。どうなることやらなんだよ。悲しくて苦しくて辛いんだ。でもこれもあなたと経験してきたこと。いろんな人と経験してきたこと。なんとかなるよね、なんとかなってきたから。
はああ。大人になっても泣いたり怒ったりするんだよ。でももう大人だから自分で考えないといけないことも多くてさ。結構大変だけどお互いがんばろう。できるだけみんなが無理をせずほしいものをほしい、得られないとしても願うこと、諦めること、でも別の何かが得られたりすること、そういう体験を積み重ねていけることを願うしできることをするね、みんなで。
思いがけず伝わってしまった。「えーわかってくれるの!?」と思ってしまった。もちろん嬉しかったが、なぜということを考えてしまうのがこの仕事、多分。
私の描写のどの文脈が共有されたんだ、と振り返ってみる。今回はいつもは生じにくい少し離れた人が自然にやりとりに参加する場面もみられた。たしかにいくつかの準備的な要素が思い当たる。
精神分析的心理療法において転移の文脈が動き出す前、多少は動いてるとしてもそれが優勢になる前になされる初回面接をエスノメソドロジーを用いて検討することは初心者を教えるときに有効なのではないかとお世話になっている先生に話した。先生は「ありかもね」といった。私は酒井泰斗さんがいろんなところで紹介しているものを読んでいるだけなので時間ができたら勉強したいと思うがなかなか難しい。
でも多分説明に有効だ。私の理解する限り、エスノメソドロジーは現象を部分や個人のものとしない。普通に考えれば当たり前じゃないかという話なのだがこちらとあちらを相互独立的ではないものとして記述するのはなかなか難しいのだ(なかなか難しいことばかりだな)。
しかしちょっと考える。どうして人間ってこうやって情報処理したくなってしまうのかしら。なんでわかりたくなっちゃうのかな。そうしようとすれば必ず自分ルールを持ち込むことになるからきちんと勉強してからのほうがいいのに。言い換えをするってそういうことだと思うし。でもまあそういうわかっていないくせにという前提のもとに書こう。
ちょうど今日話していたのだけど「それってこういうこと?」というのだって文脈からなにかとりだしたつもりで埋め込まれにいってる側面があるわけでなにかを明確にするためだけの作業ではない。次への準備的な作業でもある。そういう構造を知っておくことは初回面接に役立つのではと考えている。臨床の場合は症状や病理を伴う相手との相互作用だからその見立てと並行したフォーミュレーションになる。するとかなりパターン化された作業とそうでない作業の両方ということになるか。こうやってあれこれ文脈とか構造とか意識すると「あー、そこだとそうなるかも」とかいう一言に含まれるものが次を作ったりもする。終わりなき作業をどこで区切るかという話も出てくるわけだ。面接の場合だと時間ですかね。
今書いたのはどちらもアクションを起こしている場合の相互作用だけどそうでないものもある。
横断歩道の向こうで怒鳴り声があがってみんながそっちを振り向いた。私も。そこに一台の自転車が猛スピードでやってきた。私のほうへ。動けずにいる私に自転車の人は「どけよ!」とどなり私にぶつかるようにして電話を手にし「もしもし!!」と怒鳴り声をあげながら走り去っていった。あっという間の出来事で私は顔色を変える余裕もなかったのか落ち着いたような変な気持ちでいた。そばの男性が気にした様子で私をみていた。
こういうときはもう文脈とか構造とか考えられるって余裕があるってことだよね、男の人はいいな、とか思ってしまったりする。一気に気持ちがちぢこまってしまう。女性の被害という問題を記述するときってどんなだろう、というさっきまでの感じで考えられたらいいのだろうけどそんな力はどこかへいってしまう。とりあえず仕事だけはしよう、とりあえず家事だけはしよう、とこれ以上できることが狭まらないようにとなってしまう。「わかってもらえてうれしい」という気持ちもどこかへいってしまう。今はこうして思い出せたけど。
勉強、仕事、遊び、食事、睡眠、一日の間にはいろんなことがあったりなかったりして感じ方も一気に変わったり変わらなかったりして何も意識せず過ぎている日もあれば眠れずに忘れることもできず引きずり続ける出来事もあったりする。人間って難しい。生きてくって難しい。みんな今日はどうだったんだろう。このあともまだまだ長いという人もいいことあったからこのまま寝てしまいたいという人もまた明日かどうかはわからないけどまたね、という気持ち。
あくびばかりしている。外は明るい。麦茶が減らなくなってきた。水分を意識してとらないといけない季節。
昨日は日本精神分析協会の定例のミーティングがあった。世界中の精神分析協会がそういうことをやっている。
定期的に会うというのは大切なことでそれで足りなければ臨時で会を開催することになる。
たまたま手元にあったジョージ・マカーリ『心の革命』(みすず書房)をぼんやり読んでいた。
多くを破壊され追放され失いながらも死ななかった精神分析の戦後についてこの本は詳しい。
戦争による大量の亡命は精神分析の地政学に変化をもたらした。
英国精神分析協会ではウィーンとロンドン、つまりフロイト(アンナ・フロイト)とクラインをめぐる大論争へと発展した。
その結果、英国精神分析協会における訓練は3つのグループによってなされることになった。
精神分析のコミュニティとは、科学的自由とは、という問題は日本で精神分析的な臨床を試みる人たちの間でもアクチュアルだろう。
さて、この論争の詳細はThe New Library of Psychoanalysisシリーズの一冊”The Freud-Klein Controversies 1941-45” Edited By Pearl King, Riccardo Steiner(1991)に全て書いてある。大著。
『心の革命』にも引用されているこの大論争におけるウィニコットの発言は印象的だ。
1942年3月11日、The Second Extraordinary Business Meeting(第2回臨時総会)においてウィニコットは単にフロイトを信奉するのではなく科学的であることの重要性を
Freud would not have wished us to limit our search for truth,
フロイト教授は「真実の探究の幅を狭く」したかったわけではない、(652頁)という言葉で示した。
この日の議長はDr.アーネスト・ジョーンズ、出席者は以下の25名である。
Dr Glover, Mrs Klein, Dr Rickman, Mrs Riviere, Mrs Isaacs, Dr M. Schmideberg, Dr Wilson, Dr Friedlander, Dr W.Hoffer, Dr Weiss, Dr Herford, Miss Freud, Mrs Burlingham, Miss Low, Mrs H. Hoffer, Dr Lantos, Mrs Ruben, Dr Franklin, Mr W.Schmideberg, Dr Winnicott, Miss Sharpe, Dr Gillespie, Dr Thorner, Dr Heimann
錚々たるメンバーがどんな立ち位置から何をいったのかを追うのは興味深い。歴史は重要だ。記録も大切だ。
ウィニコットはこの発言の冒頭、I implied that the present chaotic state would be healthier than order resulting from any agency other than pursuing a scientifc aim. といっている。
そして科学的な目的とは何か、についてこう説明する。
What is this scientific aim? The scientific aim is to find out more and more of the truth, I was going to say, to seek fearlessly, but the question of fear and fearlessness must be left out of the definition. We as analysts should know better than most that some fear of truth is inevitable. Playing the scientist can be quite a good game, but being a scientist is hard,.
クラインはこの発言に賛同した。ウィニコットはクラインに師事したからそれを擁護するのは当然と思われるかもしれないがウィニコットはインディぺンデントであり誰かを信奉するよりも自らの臨床体験から精神分析を科学的に探求した人だった。だからフロイト信奉者よりもクラインを支持すると同時に二つに分裂しそうな協会にカオスであることの重要性、真実に対する恐れは避けがたいが探究を続けなくてはならないと語りかけ第三の立場として機能した。ウィニコットの発言を受け、クラインもフロイトを引用してこういった、と続けて書いていきたいがまた今度。
今日もカオスかもしれないがそれぞれの場所でどうぞご無事に。こっちはカラスが大きな声でなきながら通り過ぎましたよ。飛べない私たちは地道にいきましょ。良い日曜日を。
久しぶりに顔をみて変な一時停止をしてしまった。「あれ?髪伸びた?」「みんなにいわれる」髪は伸びるものなので変な会話だがこういう会話をした。近況報告といってもお互いほぼずっと仕事をしているだけだから「特に変わらないね」「そうだよね」。日本やばくないかなどといいながら、そもそも自分たちの年代でこれってやばくないか、という話をいくつもした。主に男女関係の。「それは私たち的にはひくよね」「うわー、熱い、若い」「自分から拗らせにいってるね、それは」とかいうところの基準が同じで安心した。
私たちの会話は若い頃と比べて「うわ、めんどくさ」という言葉が増えたと思う。私たちの優先順位と私たちが「めんどくさ」と感じるものや人の優先順位は異なる。そのめんどくさい相手や事態にどのくらいエネルギーをさくかという類の話をよくしている気がする。「我が子ならともかく大人の甘えは時々すごくめんどくさいよね、余裕があるときはいいけど」など。
短時間だったけど話せてよかった。「やっぱり直接話さないとね」とたくさん笑ってたくさん手を振って別れた。慌ただしくて美味しいお茶を残してきてしまったけど楽しかった。それにしても直接あっているときの情報量はすごい、と実感する。またすぐに会いたいけどまたしばらく会えない。大人になると一年に一回会えれば会っているほうとなったりするけどどんな頻度でも実際に会って話す機会がこの先もずっとあるといいな。いつ何が起きて会えなくなってしまうかわからないけど。というか同年代の私たちはもう老後を意識した語りをするようになっていた、そういえば。お互い一人だけで営んでいるこの仕事をいつまで続けることができるんだろう、という不安もあるがそれを共有する相手がいるのは幸せなことだろう。
10月は発表が多い。準備は常に不足している。以前だったらもっと焦ったであろうことに「これぞ身の丈いつものこと」と落ち着いてはいるがやばいかもしれん。今日から明日からがんばろう。でも発表が多いということは会う人も多いということ。それは楽しみ。久々にオンラインではない句会はちょっと変わったメンバーで別のアルゴリズムができそう。
しょっちゅう書いてるけど何があっても回復しよう。時間をかけよう。めんどくさいけど落ちても落ちても少しずつ少しずつ。
玄関を出ると金木犀の香りに包まれる。駅に着くまでにも何度も。行く先々でふわっとかぶさってくるその香りを見上げ小さなオレンジを探す。不思議とそばにはいない。あちこちを見上げながらふらりふらりと歩く。いない。かと思えば太陽の光にオレンジが薄くなっただけですぐそばにいたりする。毎年「金木犀」とつぶやく友人がいるのだけど今年はすごく早かった。同じ都内に住んでいるはずなのに、と私もその香りを探した。でも出会えたのはここ数日。待ち望んでいる人の感覚は鋭い。
昨日、元陸上自衛隊員の五ノ井里奈さんの訴えが認められたというニュースを見て一気に涙が出た。まだ20代前半の女性がここまでしなければならないこと(ならなかった、とは書けない)、そして今後も彼女に投げかけられるであろう言葉の数々をたやすく想像できてしまうことがとても悔しく悲しかった。
女性の性が蔑ろにされる事件は彼らが声をあげない限り事件とはならない。目撃者が多数いたとしてもだ。いじめもそうだろう。弱い立場がなぜ弱いか、なぜ弱いままか、といえば声をあげても聞いてもらえないからというのがひとつだろう、というか実際は弱い立場と言われる人たちが全ての面において弱いわけであるはずはなく、ただ、それ以外を考える力をどんどん弱められていった結果、分別できるほどの差異が生じ、それを二分法で言葉にしたい人にとってはこう、ということかもしれない。私もそうしたい人かもしれない。本当はそうしたくないのに。
AさんとBさんというように個人対個人であったとしてもそこにはたくさんのスティグマの芽がすでに撒かれている。たとえば女性と男性、貧しい人と裕福な人、子供がいる人といない人、知識のある人とない人、声をあげやすく、かつ声を聞いてもらえやすいのはどちらだろうか。
どちらだろうか、と聞かれたらパッと答えてしまうだろう。やはり私たちはとても二分法的な世界でその差異を自明のものとして過ごしているように思うがそうでもないだろうか。私はやっぱりそうみたいだ。自分で自分をどちらかの立場にたやすく振り分けてしまうことにも自覚的でありたいのだけどそれもいつも難しい。
五ノ井里奈さんのニュースの続報をみるたび胸が痛む。これは「解決」などではない。最低限これだけはしてもらわねば個人の尊厳が守られないという水準の行為だと思う。その背景に様々な事情が透けてみえたとしても「弱い立場」の人の言葉がそうではないと見なされている人の行動を導いたという事実は大きい。五ノ井さんが実際に何を感じ何を思っておられるかは全くわからないが、彼女がここまでして守ろうとしたものが本来なら当然守られるべきものであったと考えるとまた涙が止まらなくなってしまう。
私も個別に彼らと会う仕事を続けながらずっと思っていつつなんの寄与もしていないのでいつも口だけと言われても仕方ないが書く。
今回に限らずだが、女性の性が蔑ろにされる事件のときに、当事者がTwitterアカウントなどを用いて個人として戦うのではなく「これは女の問題であり男の問題でもある」と当事者を矢面に立たせないための男女関係ないし集団を作り戦うことはできないだろうか。もちろん支援団体や支援者はすでにいるし私もそのひとりだがそれより早くこういうときに素早く集結して当事者をどうにか弱体化させようと躍起になる何をいってもいいと思っている人たちからの注意を分散させることはできないだろうか。そのときに女性だけではやはり難しいと思う。「弱い立場」として勝手にまとめあげられ弱体化を狙われるだろう。経験的にそうだがどうなのだろう。
私はこういう考えなので五ノ井さんご自身のツイートや関連のニュースをRTする気になれない。彼女に何かを任せてしまう感じがするからだ。そこに注意を集めてしまうことに加担したくないからだ。孤独ではなく、でもひとりでゆっくり考えたり何もしないでいられる時間と場所、それこそ金木犀の香りに気づき、ぼんやりその姿を探せるような余裕を大切に思うから当事者がそれを得られる方法を考えていきたい。
それぞれの戦い方があり良い悪いの話ではない。私だったら、ということだけ書いている。私は反射的に動くと失敗するので時間をかけて動きたいのだ。だからまずはこんな感じで考えている。でも誤ったパラフレーズはよくないので日々会う人たちと話し合ってみる。今後も彼女に力をもらい語る人が出てくるだろう。この戦いは終わらない。間違いなく終わらない。だから助けてくれる人がたくさん出てくるといいと思う。異なるパースペクティブから状況を照らしいくつかの形に解体し時間との兼ね合いで効果的に動ける部分を同定していく。そのためには様々な人が必要ではないだろうか。いつも考えてしゃべって心揺さぶられるときだけ思い出すだけみたいになっているのは現状維持に加担しているだけのような気がしたので書いてみた。
言葉を奪われる取り戻す
読書会が終わるともう深夜。オンラインなのでそのまま寝ることもできる。ということでなにもせずスマホをいじりながらゴロゴロしてそのまま寝たり起きたりした。
毎日定期的にやってくる人たちの話を聞きながらいろんな気持ちになる。
精神分析には「癒し」とか「相手を信頼して」という言葉はフィットしないという話をした。彼らは世界に対する猛烈な怒りや不信感を症状に出したり世間とのズレでみせたりしながらどうにかこうにかやってきた人たちだ。治療にきて自分のうまくいかなさの理由でもあるこれらに気づくと治療は緊迫感を増す。治療者は投影先となり追体験をさせられ巻き込まれていく。そうなるようにある程度意識的なコントロールを手放して彼らから発せられる言葉とそこに潜む情緒に自ら侵されにいく。「患者はカウンセラーを信頼しているから話せる」という意味での「信頼」は精神分析とは馴染まないと読書会でいったが、カウチによる頻回な自由連想という設定に対する信頼ならある。そして患者がこの設定を信頼し時間を守りお金を払ってくれることを治療者は信頼している。すべきことは多くない。非論理的で理不尽で曖昧で耐え難い世界を言葉で再現し転移状況として治療者を相手に出来事を反復するために精神分析のシンプルで強固な設定はある。そこに何か「癒し」のような「良い」ものを与えるという発想は生まれにくい。それはある程度距離を保てる関係だから生じるものだろう。手も出さない。ものも渡さない。使うのは言葉のみだ。相手に合わせる言葉ではなくてその人の言葉。といっても言葉はどうしても正しさや人目を気にしてとても不自由。言葉を自由自在に使用しているかのように見える人でも自分のことを語る言葉となればいつもの言葉はなんだったのだろうと自分で思うほど不自由。誰かに奪われたという体験になることだってある。精神分析の場では「治療者に」となり、自分が今の言葉を使う人にならざるをえなかったプロセスが反復される。ほとんど沈黙の中にいることもある。
言葉を奪われる。「気持ちをわかってもらえない」というのはその人の言葉が奪われている状態、少なくとも本人はそう感じているということの表現だと思う。本人がそう感じている。それがどんなに辿々しくても怒りに打ち震えながらでもほとんど叫ぶようにでも表現されるときやっと治療は動き出す。言葉をその人の乗り物として、あるいは言葉がその人を乗り物として治療が動き出しても辛いことばかりだ。でもこのときすでに私たちはこの「動いた」という感覚を信頼できるようになっている。ものすごく時間はかかったとしてもどこか別の場所へいけるかもしれない、それはまるで「癒し」にはならないが希望ではある。
今日も言葉が奪われている状態からはじまる。これから先もきっとずっとそうだ。でもなんとかやっていく。それはきっと変わることはない。どこまでも落ち込んでいくときに思い出される言葉が「ずっと忘れていたけどこんなこともあったな」と少し別の視点を回復させてくれますように、と自分にも願う。奪われては取り戻す。それは意識的に頑張ればできるようなことではないけれど相手とともにいようとするプロセスで何度も生じるはず。それを感じることができますように。辛いけどじっと身を浸すように今日も過ごそう。
鍵垢で一対一のやりとりを見せられている感じってなんだろう。「こっそり〜してもらいました」と言って全然こっそりじゃなくなされている「良いこと」ってなんだろう。プチナルシシズムによる葛藤なき開示。それによるプチ他害。誰に対しても同じ文句で近づきそれに反応する人と良いところだけで付き合っていく?そんなことできるはずないけどオンラインはそれができると錯覚させる力がある。幻想でごはんは食べられないけどごはんを食べる余裕のある人には幻想だけで構わないし、それで恋もできるし憎むことだってできる。私にとって今のところ利他も幻想。プチ他害をしていることに対する防衛。
鈴虫は今日もきれいな声。
精神分析は話されないこと書かれないことに関心を向ける。内輪だったら正論、薄っぺらいいつもの饒舌にプチナルシシズム、プチ意地悪、プチフェミニズム、プチ利他が混ぜこぜにされている背景を探る。そんな面倒なことをしたくない、今の状態が気持ちいい(ナルシシズムだから)人には必要とされないものだけどこれを必要として求めてくる人もいる。
沈黙している部分に注意を向ける。「これって中毒ですよね」と自分の症状への気づきを得る患者は多いがまさに。反復強迫を実感を持って表現するには中毒という言葉はぴったり。診断ではなく。特定の相手のことを考えるのが苦しいからぐるぐるぐるぐる相手を変えて反復される出来事。自分のことはとりあえず誰か相手を決めないと見えないことが多いから治療者をくるくる変えることはしないわけだけど治療でなければ相手を変えることはいくらでもできる。それこそネットの世界では無限に。AIもいるし。
悲しい寂しい苦しい辛い、少ない言葉と一緒に抱きしめていてほしい。そう願うこと、そうしてもらうことが当たり前ではなかったと気づくとき、私たちのこころは危機だ。あるべきところにそれがなかった。加害に関する論考を読みながらそれがもたらす悲劇に沈黙するしかなかった。
鈴虫が遠くなったけどさっきの一匹が分裂したようにあちこちで鳴いている。今日も私たちはプチかいりで自分を守りつつなんとかやっていくのだろうか。壊れないように崩れないように。自分も誰も信頼できないなかただそう願いながら。
やだもうこんな時間。昨晩、まじめに書き出した言葉が誤変換で不真面目な感じになっちゃってひとりで笑ってたのだけどその言葉なんだっけと思い出そうとするのにこんなに時間取られちゃった。しかも思い出せてないじゃん。あー。
2、3日前かな、夜、え、こんな時間に?と鈴虫が一斉に鳴き出した気がした。最初、鳥か、地震でもくるのかと思ったのだけど、これ鳥じゃないや、鈴虫だ、と思った。今思ったけど私は「一斉に」と思ったけどたまたま数匹集まって鳴いていただけかも。一匹でもこれだもの。今多分結構近いところで鳴いてるんだけどね。大きくて澄んだ声。これが数匹集まれば結構な合唱団かも。いいなあ、私なんて中学校の合唱コンクールで地声が大きいって審査員に言われてね、というか審査員っていっても先生たちか。私個人に対してではないのだけど音痴なのに声がでかい私のことに違いないって言われたし私自身そう思った。あれも秋だったのかな。この曲歌えば優勝みたいな確実な選曲だったと思うし、「合唱コン」とかいうんだっけ。なんかやたら練習時間多くてみんな熱くなってるなかそんなで優勝を逃したわけですよ。そんなんで罪悪感持ちたくないよー。かいじゅうたちのいるところみたいな曲で今でも元気に歌えりゃそれでいいじゃん、かいじゅうだぜ?みたいな気分になる。鈴虫に生まれたかった、とかは思わなかったけどこんな年取っても思い出すのだから絶対傷ついたんだと思う。マイペースでのんきなところがあったから当時そう感じてたかは覚えていないけど。むしろそういうところを暗に注意されていたとか?空気読めよ、的な。えー。
空気読めよ、っていう人いるけどお前が読めよと言いたくなるときがある。今ここでその声でその態度でそういうこというのまじでどうかしてるよと思うことがある。カフェとかで電話で相手に怒鳴っている人とか。どうして私の貴重なまったりタイムの邪魔するのー!と電話の相手が感じるであろう怒りとともにぶつけにいこうかと思うけどこんな私では戦えない。女ってこういうときほんと無力。。男性は自分の身体が発する圧力にあまり自覚的じゃない人が多いと思う。舌打ちされたり睨まれたりぶつかってこられたり(ぶつからなくても通れますよねという距離で)ちょっとした動きでこっちをびくつかせているつもりかもしれないけどそれがこちらに感じさせる圧力や恐怖を軽く見積もっていると思う。その場の衝動的な動きが相手のその先の時間にずっと影響する可能性を知らないように思う。もちろんそれをわかっていて守ってくれる人もいるわけだけどそうやって守ってもらわないと危ない身体とそれと連動する感情を持っているということは変わらない。こう書きながら男性がそうなってしまうまでのいろんな苦しさにも思いを馳せるけど私が実感を持って書けるのは自分のことだからとりあえずこっちを書くね。
それぞれが相手を脅かさない形で素直に自分の気持ちを言えてお互いに配慮できればいいのだけどそうはいかないのが人間のコミュニケーション。人二人いれば巻き込みあう。でも気をつけたり減らしたりすることはできるよね。少しずつ少しずつその場しのぎの衝動を行動以外におさめられたらこれから乗る満員電車も平和かしら。多分今日もいろんなことが起きるけど心が痛かったりざわつくときに放っておいて溜めこむのではなく手を当てる場所がわかる範囲に収められるようにその場から離れたり信頼できる人に伝えたり少し眠ったりして回復しつつ過ごせたらいいかもしれない。今日もお天気が良さそうなのは少し助かりますね。お互い無事に過ごしましょう。
今朝は飯能のおみやげシリーズ。天覧山珈琲の「ビターブレンド」とお菓子。ティーバッグみたいに浸して引き上げる方式のコーヒーだから私でも失敗なし。ディップスタイルコーヒーというんだって。
地域の子供会の活動に自閉症児親の会の皆さんが加わって障害の有無を問わないお泊まり活動を最初にしたのはいつだったか。小さい頃から地元の仲間とのキャンプ活動に慣れている友人に自閉症の子どもたちに対する配慮を考える担当をお願いされたのがきっかけ。私が大学のときから施設やデイサービスで自閉症の人たちと過ごすのに馴染んでいたから。キャンプ自体は10年以上続けていたのにいまだに設営とか色々できないことだらけだけどそういうのはプロみたいな人たちがいっぱいいて全部助けてもらった。私は自閉症児親の会のお母さん、お父さんたちと一緒に重たい障害を抱える子どもたちが環境の違う場所で楽しめるように試行錯誤した。特にお母さんたちはすごかった。さすがだった。この子たちといってもみんなもう成人しているけど彼らが赤ちゃんの頃からものすごい大変な子育てをしてきたわけでその経験の集積が鮮やかでかっこよかった。一緒におしゃべりするのも楽しかった。
このお泊まり会は私たちがNPO化して毎年の夏のキャンプへと変わっていった。2泊3日。夜は真っ暗になるキャンプ場でテントをはって過ごす。大変だった。人間がいっぱいいるというだけでも大変なのに。ながーくやっているうちにだいぶ慣れたけど若かった私たちもそれぞれに家庭をもち仕事が忙しくなり色々あって解散した。
でもこのNPOがすごかったのはほんとうに地域に開かれた保育園を作ったかと思えばそれが認可化されるほどに整えたり、地域の人が集まれるカフェを作ってこども食堂やフードパントリーを実施したり、組織が解散しても個人がまたそれと関連した別の組織を立ち上げて実績を積んでいるところだ。組織がなくなると活動がなくなる団体も少なくないと思うが個別の力の強い組織だったのだろう。そして離れても協力関係は続く。ふと思ったけどこれだけ人が集まればそれぞれの人生に色々なことが起きるわけで私たちはそれも共有してきた。こういう協力関係の背景に静かに流れている公にいうようなことではないそれぞれのこと。外からはわからないことで私たちはつながっている。
震災後まもなく石巻へ向かったときも阪神・淡路の体験もあるNPOのみんなの行動は心強かった。私はまるで無力で、みんなは千葉で私は東京でなんか心細くなってしまって「何かあったら助けてくれる?」と聞いた覚えがある。当然みんな笑いながら駆けつける約束をしてくれたわけだけどこどもがえりしたような瞬間だった。
NPOになる以前、小学校の校庭を借りて行った一泊行事のときから一緒に活動してきたご自身も重い自閉症のお子さんを育てる西宮敬子さんは現在「家族丸ごとおたすけデイサービス(富山型デイサービスがお手本とのこと)」として高齢者や障害者、子どもたちの居場所としての宅幼老所(共生型ミニデイサービス)のオープンを計画しているそうだ。相変わらず超パワフル。お元気そうで嬉しい。
西宮さんは千葉県市川市で「おもちゃ図書館Cafe Santa(カフェサンタ)」 を運営しているNPO法人みんなのサンタ代表でこども食堂やフードパントリーも実施しておられる。2021年には第11回地域再生大賞の優秀賞もお取りになったとのこと。
今回その宅幼老所(共生型ミニデイサービス)オープンのためにクラウドファウンディングを立ち上げたそうだ。NPO仲間が作った保育園にはいまだにコンサルテーションをしにいっているがカフェサンタの方にはなかなかいく余裕がないのでこういう試みに協力していきたいと思う。
今回の水害も心配だが、地域のつながりの有無は災害など緊急事態のときに明暗を分ける可能性がある。私が自分だけ東京で心細くなったのも実際の距離の問題が絡んでいる。実際に手の届く距離でできることを支援していく政治をのぞむけど実際に行われていることはどうだろう。莫大なお金がかけられる先はどこだろう。今も水害で大変な地域に一刻も早く支援の手が届きますように。そばにいる人を大切にできますように。
パフェが食べたい。おいしいパフェが食べたい。デニーズへ。ロイホへ。珈琲館へ。本当はパフェ専門店に行きたいけどあまり知らないしフルーツパーラーとかいくならゆっくり行きたいしインスタとかみだしたら「ここも九州かよっ!」とか残念時間になっちゃうしさくっと立ち寄れる場所からトライ。うーん。ちょっと違うの。コンビニデザートは秋の新作もほとんど試したと思う。うん。これらは半分くらいの量で食べたい。パフェみたいにいろんな味が入ってるわけじゃないから。パフェってそれぞれの分量が大事だと思いませんか。コーンフレークが多いのはどう?私は結構好きだけど下のほうにいるでしょ。長ーいスプーンはそれ用だから途中にカリカリがほしくて下から救い上げるでしょ。そうするとなんかそればかりになってきちゃってほかの部分が崩れちゃうのも嫌なの。こう書くと食べ方の問題か、とも思うけどさ。生クリームが多いのも苦手だなあ。気持ち悪くなっちゃう。生クリーム自体は大好きだけどちょっとがいいの。アイスも小さくていいしソースも少なくていい。ぜんぶちょっとずつでいいの。ゼリーが入ってるのもあるね。私はゼリーは珈琲ゼリー以外はいまいちかな。うーん。あー急がないと食べる時間がなくなっちゃう。
私、フルーツがあればいいのかも。フルーツとあまり甘くないプリンとか買ってきて一緒に食べるのでもいいのかも。こんな注文の多い客はだったらご自分で、という話よね。うんうん。バナナだったらチョコソースちょこっとほしいな。クレープだってバナナチョコばかり食べるしお祭りだってチョコバナナだからこの組み合わせならなんでもいい気がしてきた。でもバナナ一本はトッピングには多いよねえ。おなかいっぱいになっちゃう。でもちょっと光が見えたな。自分にちょうどいいパフェを作ろう。今だったら甘栗のっけてもいいよね。あとはちょっとナッツを砕いたのとか。こういうことを考えて一日のすべての隙間時間が消えていくってどうなの、と思うけどいいよね。多層的であることについて考えていたってことで。
あぁ、カイリね。エゴサといいねは寝ててもできるようになったからよくない?前と比べたらそんな死にたいわけでもないしバイトもいけてるし。あー、あいつにはたまに死ねよとか思うけど思う分には自由じゃん。過食も最近はしてないよ。
もう7年になります?そうかぁ、この子ももう年長だから、そうかぁ。あの状態でよく産みましたよね(笑)この子もよく生きた(笑)落ち着きなくてこの前なんて道路に〜
そー、すごく大変でしたー。ほんと迷惑かけちゃって。でもやっとですよー。ありがとーございましたー。今日こそ寝る。もうそればっか考えてた(笑)子どもは意外と大丈夫みたい。誰と似たんだろ。あっちかなあ。やだなあ(笑)でもほんとよかったです…(涙)。
絶対断ろうと思ったんだすよ。信じてもらえますよね。でも途中からめんどくさくなっちゃって。ま、いいかなって。だって子どもがどうしても〜
繰り返す何度でも。年齢は関係ない。「好きでやってる」「やりたくてやってる」そうでないとしても「決めたのは自分でしょ?」
わかってるわかってるわかってる。何を?わからない。
血だらけになって痩せ細って倒れて自然に笑えてるのが少し気持ち悪くて何人目かのパートナーができて過食して吐いて泣き叫んで取り押さえられてまたやり直し、どうしていつも、なんで私だけ、世界中が憎らしく妬ましくみんな死ねばいいと願う。でもひとりはいやだ。こわい、誰か!と叫ぶ力はもうないけれど。
夜。眠ったら明日がきてしまうから薬は飲まない。もうそういうのやめなよ。っていうかおまえそういってたくせに消えたじゃん。なんで?なんで一緒じゃダメだったの?
わかってるわからないわかりたくもない。何も変わらない。あった、わかってること。何も変わらない。おかげさまで。こんなに時間かかちゃった。大丈夫だよ、そっちのせいじゃない。そうだね、あなたのせいじゃない。そうじゃなくて。そうじゃなくてなに。あなたのせいじゃない。誰のせいとかそんな話じゃなくてあなたの怒り悲しみ寂しさ苦しさ死にたさ死ねなさ、全部の気持ち気持ちの全部。
ぶちまける。しゃくりあげて泣いているうちに過呼吸になる。息を吸って吐く、ただそれだけなのに。ベッドまで行けない。今日はここでいい。寝る。また明日ね。うん。待ってるからね。うん。おやすみなさい。
いろんな夜がある。こんな夜も。あるいは書くことなど到底できない夜も。途中起きてまた泣いて苦しかったとしてもまた眠ろう。それぞれに無事に朝がきますように。
フロイト読書会の記録をツイートしたらちょうど藤岡みなみさんのラジオ情報が流れてきた。URLをクリックしたらまだ始まっていないはずのラジオの音声が流れてきた、のかと思ったらラジオではなくて過去の放送分のポッドキャストのようだった。いつもポットキャストって書いてしまう。今も描き間違えて直した。
亀の話だー、亀(も)大好きと思いながら少し聞き入ってしまった。
20代の頃、学校に行っていない子どもたちの家庭教師をしていた。メンタルフレンドと呼ばれていた。私はそれなりの数のおうちを訪問していた。精神疾患を抱える人もいた。
もう会うことのできない彼女のおうちには亀やら鳥やら犬やらがいていつも楽しかった。途中で亡くなってしまうものもいたけれど。私たちは二人で漫画読んだり眠ったりした。勉強もしたけどおおむねそんな感じだった。
もうこんな時間!と音を止めた。バタバタ帰ってきた。待ったなしタスクがあるが帰ってきてからまたつけては、、あ、つけて、るではないか。あーだめだ。聴き続けてしまう。どのトピックも声もテンションもちょうどよすぎる。あ、止まった。なんで?いいや、辿らない。待ったなしタスクは待ったなしなんだからそっちを開かねば。
とやり始める前に朝が来てしまった・・・がんばろー。
雨の音をずっときいてる。きいている場合ではないのだけどこの音は結構侵入的。まずいのではないか。被害に繋がらなければいいけど。これまでに水害にあった地域にまたその切先が向かいませんように。この言い方は人間視点で対立的。うーん。
なんか気温が下がってきた気がする。この数時間で少しずつ着膨れた。
これはまずいかも、やばいかも、という直観はそのまま従えれば多分相当に正しい。でも無理。ベルクソンとか読んで説明できればいいのだけどそれも無理。フロイトとの関連で本は持ってるしかじってはいるけどチーズをかじるネズミな感じ。
臨床にはどうしても「巻き込まれる」というか「巻き込み合う」という状態が生じるので「思わず」とか「せずにはいられない」とかいう事態にどう持ち堪えるかが自ずと課題になる。臨床ではない親密な関係においてもそれは避けがたいけど、そこでは持ち堪えることはどのくらい必要なのだろう。答えなんかないに違いない。それぞれの事情との兼ね合いだろうから。投げ出すことも捨て去ることもできる関係を維持するために消費する時間もエネルギーは莫大だ、と私は思うし辛くて苦しくてどうしようもないのにそこに価値をおいている自分ってどうかと思うときもある。その分、やるべきことは溜まり、別の大変さも襲ってくるのだから。大体相手がいることなのだからいつまで経っても正解などないのだ。仮の同意のままなんとなく続ける途上で「ああ、あのときのあれ」と出会い直しなんとなくわかったような気持ちになることはあるだろうけど。「夕鶴」でもし与ひょうが玄関を開けた時点で「ああ、あのときの」とかなっていたら物語にならない。異質なものと出会っていくには時間がかかる。対話とかいうけど私はその言葉も苦手。だって大抵対話になってないわけで、でも言葉でどうにかせざるをえなくて、それが難しいからただ黙ってじっと一緒にいるときが一番幸せとか思ったりするのかもしれないし。お互いに優しいってどんなことだろう、というのはここでも何回か書いている気がする。自分の無理や我慢ってどこからが「そんな無理しないで」といわれるべきものなんだろう。症状に対してはもちろん早め早めの対処が必要だけど。
いつもいちいち俎上に上げるのではないやり方で。相手のことを思いつつ自分に配慮する。言葉にしたら失敗ばかりで本当に戸惑うけれど。
雨はまだまだ。よくぞそこまで降らせるものがあることよ。どうぞご安全に。
まただ、やっぱりなぁ、ということが増えてきた。欲望と権力という言葉は強いけど実際はとてもマイルドな形でそれらは行使されつづけ搾取は行われつづけている。功利主義はやはり強く、それとは結びつかない自然に求めあう愛情関係は脱価値化される。一方ある目的に向かって境界を曖昧にしながら「協働」する二人がセクシュアルな関係であることを否認したり容認したりしながら排除のシステムとして機能することもある。その場合、その周辺にはそれまでの親密な関係すら鬱陶しがられ混乱し発狂する人もいたりするがその痛みを与えた本人がそれに気づくのは肥大したナルシシズムが何らかの形で傷つくときだ。文学や映画なら「本当の愛」を知って再び愛しあう二人みたいなストーリーにもなっているし、そのまま女の方だけ破滅するようなストーリーにもなっている。大抵の場合、弱い立場の人はさまざまな水準で利用されつづける。
「小4女子のグループ」ときけば大体の人は「うわぁ」となる。大人として彼らに関わるようになったときも最初は「うわぁ」となり実際大変だったが今は自分も通ってきた道としてそれをどうしても必要とする子どもたちがいるとわかる。女の子たちはやはり強くない。
大人になった。なんとなく一緒にいたい人ができた。SEXなんてもっとゆっくりでよかった。なのになんとなく身体的に近寄ってくる男性を拒めなかった。もっと一緒にいれば、もっとコミュニケーションをたくさんとれば、あとからそこに懸命に親密さを見出そうとした。でも「そもそも」だ。求めれば「重い」「もう無理」と言われ孤独は罪悪感で隠された。拒まなかった私が悪いのだ。私は泣いてばかりだった。とても悲しいことにとてもよく聞く話だ。
これは支配ではない、対等だ、そう言い聞かせようとすればするほどそれを「支配だ」「搾取だ」と感じたときに言葉が出てこない。おそらくその直観はかなりの程度正しいはずなのに。
女の子の「〜される空想」について話し合った。現実の出来事として生じれば外傷となりうるその空想は親殺しの空想に対する防衛という側面があるのかもしれないと私は言った。女の子は強くない。ひとりを分裂させ集団のなかに紛れ込ませ守らなければならない。そんなようなことを。
いつも書くがどちらがどうという話だけで出来事を考えることはできない。しかし「女の子は」という言い方は常に必要だろう。マイルドな顔をして近づいてくる欲望と権力に抗うことは本当に難しい。「自分は違う」多くの場合そんなことはない。「自分は違う、自分だけは。」そう言いたくなるときこそ立ち止まれる相手と出会っていきたい、出会ってほしいと願う。
狭い街だ。大きな街と思われているだろうけどこの街に来る人の行動範囲なんて限られている。知り合いを見かけることもしばしばだ。声をかけられる状況とそうでない状況があるが。もし鉢合わせたくないときはスッと入れるビルが立ち並んでいるので安心だ。全くの作り話なんだけどこの前、昔の彼が前の彼女とこっちへ向かってきたからスッと横のビルに入った。その彼と付き合っていた頃に通ってた英会話学校があったビルなのだけど今そこは楽器屋になっていた。何か動いた気がして暗がりに目を凝らすとヒトガタみたいのが壁にペタって張り付いてた。「どうしたの?」と聞いてみるとそいつもちょっと気まずい状況から逃れてそこに張り付いたという。正確には張り付いていたわけじゃないけど実際ほぼ張り付いているようなものだった。そういえば「都市伝説なんだけどさ」と彼から聞いたことがある。「このあたりにすごく薄っぺらい人がいてさ、なんか苦労人らしくてそれ語らせるとすっごく面白いんだって。で、客が吹き出すじゃん。そうすると乗り出して喋ってたその人が飛ばされちゃって話も終わっちゃうんだって」「最後まで聞けた人いるの?」「それがさ、いないんだよ」「えー、むしろそれがおもしろい」とか無邪気に笑っていた頃が懐かしい、と顔をあげるとヒトガタ人がじっとこっちを見てた。顔がないから見てるのかわからないのだけど。「なに?」「いえ、ちょっとニヤニヤしてたから」ニヤニヤはしてないよ。なにこのヒトガタ。ていうかどこから声が出てるの?「ねえ」「はい」「あなたってすぐに吹き飛ばされちゃうから地下道に住みはじめたんだよね」ヒトガタが頷く。「どこぞの田舎から出てきたんだけど最初から薄っぺらいのか都会で暮らすうちにこんなになったのか誰も知らないんだよね」コクリ、というかパラリ?「この街はいろんなスピードが早いから」とヒトガタが急にカッコつけたようなことをいったのでパシんとしようと手を上げたらその風でヒトガタがふわっと浮き上がった。片手でキャッチ。フリスビーより薄く軽い。「大丈夫?」「はい」「ごめんね」「はい」「いつからそんな薄っぺらいの?」「自分でもわかりません」「そうなんだ」私は当時と比べると厚みが増した。服のサイズは変わってないけど。ここはお金のかからないデートコースのひとつだった。多分何か意味がある形に積み上げられたレンガに座ってコンビニ弁当やアイスを食べたり噴水が上がるたびにキスしたりした。頭のいい彼は頭の良さそうな話ばかりしていたけれど私にはひどく退屈で噴水の飛沫の数を数えようと目を凝らし積み重なるレンガであみだくじを試みた。そんな二人に同時に芽生えつつあった言葉が「薄っぺらい」だった。一年ほど経ってお互いバイト先にちょっと気になる人が現れそれを報告しあったりしていたのだけどそんなはなししたくも聞きたくもなかったのだろう。「おまえってさ」「なに」「ほんと薄っぺらい男が好きだよな」「そうかな」「だってさ」と彼がまた頭の良さそうな言葉で私の目の前を埋めはじめた。うんざりだ。ホントにもううんざりだ。私は目の前をかき分けるようにして思いっきり立ち上がった。背の高い彼は座高も高く階段の二段下に座っていた私は立ち上がっても彼とそんなに目線が変わらなかった。彼のまんまるい目をみながら彼を圧倒した気分でいた自分の大したことなさに戸惑った。それでも一気にまくしたてた。自分でも支離滅裂なことを言っているなと思いながら。そして「お前が薄っぺらいんだよ」と吐き捨てた。上に行ったらいいのか下に行ったらいいのかわからなかった。とりあえず彼から見えない場所まで走りに走った。しばらく暗がりでハアハアして背中で壁をズリズリ落ちながら膝を抱え込んだ。泣いた。嘘泣きみたいな顔しかできなくなった頃、バッグがないことに気づいた。外は暗がりより暗くなっていた。彼はいなかった。バッグもなかった。コンビニへ行った。「ああ!」とネパールからきた店員さんが持ってきてくれた。彼はなにがあったかなんて全く気にしていない様子でいつものにこやかな笑顔で「バッグなくしちゃだめよ」と送り出してくれた。なんかのフェアのアイスもくれた。あれは秋だったんじゃないか。蝉のかけらが地下道まで運ばれてきていた気がする。「アイス」とヒトガタがつぶやいた。「アイス知ってる?」「そりゃ知ってますよ。何年ここにいると思ってるんですか」「だって覚えてないんでしょ」「このコンビニができた頃にはもういたんですよ。だから私の方がベテランです」なんの競争だよ、と思いながらヒトガタとコンビニへ行った。別の外国人の店員がヒトガタに手を振って私にも笑顔を向けた。ヒトガタが何をしたのかわからないけどすぐにアイスが出てきた。「え?いいんですか?」「いいのいいの」店員さんはあの時の店員さんみたいな笑顔でアイスを手渡し送り出してくれた。「ねえ」「なんですか?」「食べる?」「どうやって?」「そうか」アイスは硬かった。もう涙なんか出てこないけどあの頃の私はほんと薄っぺらで頭でっかちで彼とおんなじだった。一緒に食べたいろんなものが美味しかった。コンビニ弁当もアイスも制覇したと思ってた。
「ねえ」
あれ?いない。ふと空の方を見上げる。地下道には珍しい風が吹いた。「台風が来るんだって」そばのカップルがスマホをみながら話していた。
雨風の合間を縫うように鳴いていた虫たちが今朝は何事もなかったかのように一定のリズムを奏でている。
疑惑や不信をなだめるのってそんなに難しいことではないと思うのだけどそういう状態を維持したい場合もあるのだろう。人間はめんどくさい生き物だ、と断定しておく。特に親密な関係においては。自分の気持ちよさを邪魔する相手を排除できる準備をいつでもしておく。親密な者の公共圏にはいつも死の欲動が蠢いているとでもいえばいいのか。親密さとはそういうものだとかいっておけばそれは行動化の免罪符になりうるか。弔いの場をみながらこれはなんのための儀式かと考える。せめてその生がその追悼によってたやすく忘れ去られることのないように。今は亡き生のうちにあった暴力的で殺人的な排他空想と共にあった親密さはいつもこうして危うかったはずだ。フロイトのいう去勢不安はそれ以前に殺人空想があるという話をした。自らの暴力性、破壊性、それに伴う罪悪感を親密な他者を弔うことによって他者の棺に投げ込むこと、殺人空想はいつもそうやって弔ってもらう場所を他者に保証させる。それゆえに暴力や殺人、戦争に終わりはないのではないか。精神分析においてはそれをコンテイナーともモーニングワークとも言わないだろう。SEXがいつも誘惑と強要の可能性を帯びることを認識することにさえ防衛的になり、慌てて「同意」という曖昧な判断基準で自分が相手を傷つけた可能性を否認していくあり方も同様と考える。信頼はそんなところに生じない。私が傷つくとしたらそれはあなただけのせいではないのに対話のないまま勝手に処理されることで傷が現実化することもある。 vulnerabilityという性質を共にもつ相手として弔われる以前の日々の方へ。
親密な人のことを、精神分析のことを、フロイトのことを話しながら考えた。
すごい音。静かだなと思って台所の小さな窓をあけたら本当に静かだった。その5分後にはこれだ。すごい。時折うねりをあげる風に翻弄されながら大量の雨が窓に壁に屋根に行き先などどうでもいいとばかりに打ちつける。カーテンを少し開けて南側の大きな窓を覗いたら水滴がいっぱい。いつもはベランダを覆う幅広いひさしに守られてこんな風にならないのに。上から下へ落ちるだけの雨だったなら。水滴でその先は見えないが向いの屋根はプールみたいになっているかも。そしてまた虫の声。彼らをこんなに慌ただしく感じることもない。被害が広がらないことを祈るばかり。
昨晩はエリザベス女王の国葬でしたね。私は写真と流れてくる動画だけみた。今朝、会ったこともない人の喪失感は悲しみといえるかという記事を読んだ。まず悲しんでからでよくない?知的な作業にするのはモーニングワークを妨げると思うよ、と思ったけどメディアとはそういうもの。そこに有名人との一方通行の関係をparasocialな関係というとあった。1956年にHorton & Wohlが発表した用語で、テレビなどのマスメディアの普及によって個人と有名人の間にみられるようになった関係のこと。今でいえばSNSでのインフルエンサーと消費者との関係など。まだよくない?という思いが先走ったせいかそんなに興味を持てない記事だった。IPAがツイートしていたから読んだのだけど。
私はSNSを不特定多数の人に気楽に開くような使い方もしないし、自分にフィットするような言葉を反射的にRTしたりもしないのんびり使用なので、いくらそれがごもっともでも目の前で突然それやられたら嫌でしょう、という対立がRTなどで流れてくるとうんざりしてしまう。誰が誰に反応してそういうことするかもわかりやすいからこういうのは本当にパターンだなと思う。自分の言葉で書くより乗っかった方が楽なのかもしれないけど私は書くなら自分の言葉で書くかな。そのほうが不用意に誰かを傷つけることもしないで済むと思うし。まあある程度のインフルエンサーはその辺を割り切ってるからそこそこのインフルエンサーになるのかもしれない。もっとすごいインフルエンサーはもっと気をつけながらあるいはもっと偏った形で発信するからすごくなっていくのだろうし。知らないけど。
そういえばparasocial relationshipをマーケティングの文脈で書いている論文があったけどそれはちょっと面白かった。上手に使える人は使えるのだろうねえ。
私も自分の言葉で書けないことはRTさせてもらうことがある。昨日は國分功一郎さんの「国葬を考える」のシンポジウム、酒井泰斗さんの非専門家としてのふるまい方、立木康介さんが出るラカン関連のセミナー情報、藤岡みなみさんのとってもほっこりする動画とかをRTした。私にはとても言語化できないけどほんとそうだなあと思うことが攻撃的ではない形で書かれているツイートとか大体知っている範囲のみんなに届けたい情報とか関係性を優しく捉えた文章や動画は共有したくなる。普段の関係性ってそんな思いやりに溢れてなくても結構共感的だったりおかしかったりしてそんなに攻撃的じゃないと思うんだけどSNSってなんかそういうところが奇妙。昨日はのんびりできたので平和&素敵ツイート探しができて楽しかった。Likesにもためた。やることはたまったまま。まあ今日から今日から明日から。とならないように雨ニモマケズ風ニモマケズとりあえず仕事に無事にいくところからね。いけるのかな。無理せず台風情報チェックしながら動きましょう。
どうぞお気をつけてお過ごしくださいね。
外が静か。夜中、強い雨の音もしていたけど。今日もその繰り返しだろうか。九州のみなさん、どうかお気をつけて。
誰かとごはんを食べることって特別だと思う。その特別さを示す場面を書き並べることはたやすいけどいちいち書くほどのことでもない。それがさまざまな事情でかなわない人のことを思えば書くまでもない。もしかしたらそこに自分もいるかもしれない。誰かと食事をすることは経済的な事情はもちろん関係性の象徴でもある。
好きな人が別の誰かと食事をしていた。息をのみ涙を堪え引き返す。
NetflixでみていたNYガールズ・ダイアリーでもそんなシーンがあった。おおむね関係性がわかってからは流しているだけみたいな感じだが同性の友達はいい。身体のことから共有できる。恋人に言えないことをぶちまけられる。すでにガールズではなくてもここに描かれる様々な痛みはいまだに経験する。
10代後半、20代の頃からの友達とのLINE。一年に一度会うか会わないかのような、コロナ禍では一度も会っていない彼らと二、三往復のやりとりをして仕事に戻る。「元気?〇〇いく?」「いくの?様子教えて。」「(OKスタンプ)」みたいな感じで。
台風や地震のときも数日後に「この前大丈夫だった?うちの職場停電したよ」「大変だったね。こっちは大丈夫だった。」「よかった。無事に過ごそうね」「うん、お互いに。(ありがとうスタンプ)」とか。
赤ちゃんの頃から知っている子供たちもすでに写真を送るような年齢でもない。お互いの日々のことなんて全く知らない。でもいつも心の中にいる。彼らとも何度一緒にごはんを食べただろう。大学でお互いの家で旅先でお互いの中間地点で。
はあ。友達のことを考えていたら元気が出てきた。彼らにも元気でいてほしい。誰にも言えない。でも彼らになら。一緒にごはんを食べられるのはまだ先だろう。会ったばかりの相手に感じる孤独も彼らがいれば少し別の形になる。違う色に変わる。
誰かと食事をすることについてその特別さとそれゆえに感じる孤独について悲しく苦しく思うところがあったから書き始めたような気がするけど友達のこと考えたら必要なくなったみたい。それだけでいいことって色々あるね。ありがとう、友よ(スタンプ送る気持ち)。
今日もみんなが無事でありますように。色々あっても回復できますように。どうぞご安全にお過ごしください。
常に眠い。眠気をごまかすために何かをしているような生活。昨晩も起きていなければと思ってなんとか作業していたのにいつの間にか眠ってしまっていた。断続的に寝たり起きたりを繰り返しているうちに朝になった。虫が規則正しく鳴いているのを聞きながら眠り、途中雨の音に目覚めた。ズキーン、ジワーっと続く頭痛も自分だけのものではないみたい。世界との境界が曖昧。
こうしている間にも何度かウトウトした。
自分の「ダメさ」について語る人は多い。じーっと聞いているとそれがいつのまにか別の誰かの「ダメさ」についての語りになっていることがある。これを「人のせいにして」というのはたやすいが自分と他者の境界の曖昧さとして聞くことも可能だろう。
私はここで「配慮」とか「ケア」とかいう言葉を使うとき自分が相当の疑わしさを持ってそれらを使用していることを意識する。昨年は「ケア」という言葉がやたらと飛び交っていたように感じたがそれも私の狭いTLでのことかもしれない。
マイケル・スロート『ケアの倫理と共感』も昨年出版された。ギリガンやノディングズが立ち上げたケアの倫理を規範倫理学の立場から精緻化する本書は私が普段どちらかというと退けている「共感」を鍵概念としている。
「真正な共感や成熟した共感においては、共感する側の人間は、自分が相手とは異なる人間である、という感覚を維持しているのである」
「真正」という言葉にもいつもややげんなりしてしまうのだがこれも私が「共感」という言葉に示す態度と似ている。
たしかに自分と相手とは異なる人間である。それは紛れもない事実だ。でも私たちはわりとたやすく誰かに乗っ取られながら生きているのでは?と私は思う。だから差異がうやむやにされ共感は支配と紙一重となりやすいのでは?と。
むしろその状態が自分にとって危機であるという自分の声に耳を傾けられたときがその状態が他者にも生じているのではないかと想像する契機となるのでは?それを共感と呼ぶならそれはそうかもしれないなどと思う。
また契機はあくまで契機でありそれが活用されるかどうかはまた別の話である。そこで立ち止まり周りに他者がいることに気づけるか、そしてその他者が自分とはまるで異なる状況にあったとしてもこの誰かに乗っ取られている状態にあるという点では同じだというところから出発できるか、もしできないとしたらなにがそれを妨げるのか、そのようなことを考えるうえでスロートの「共感に基づくケアの倫理」は多くの示唆を与えてくれそうである。難しいので読んだり積んだり(じゃないや。電子版だから。)していてまだ途中。
カラスが鳴いているなあ。元気ってことかな。私はお煎餅も食べたよ。ちょっとしけってた。なんで「湿気てる」じゃないのかな。多分このまま検索すればわかるのだろうけど前にも検索したことあるような気がするしなのにこうして忘れているわけだしまあいっか。実は今は「しっけてる」が標準ですよ、とか書いてあったらちょっと凹むかもだし。
なにはともあれ台風に警戒しつつそれぞれの日曜日をお過ごしくださいませ。
なんか蒸し暑いな。除湿つけたり消したりしてる。梨がとっても瑞々しくておいしかった。夜の間に失われたものは色々あるだろうけどとりあえず少し取り戻した。
精神分析家のウィニコットはパラドックスをどうにかしようと思うな、とは書いてないけど
The paradox must be tolerated.
ってよくいう。母と子の間に存在する様々なパラドックスというかその空間をウィニコットは”potential space”とよんだ。正確な引用は時間がないのでしないけど私の言葉で一気に書いてみると、そこは存在しないのだけど存在する仮想領域で(すでになに言ってんだよという感じかしら。二次元とかVRを思い浮かべるのも悪くないと思う)potentialityという言葉がすでにフロイトの『夢解釈』から精神分析に登場しているように自由連想という方法はその潜在性を前提とすることで機能するのだと思う。つまりこの領域はコミュニケーションの領域であって主体は夢の中のあれって誰?というくらい曖昧で無主体といってもいいくらいかも。なのでそこで生じるのは単なる二者関係でもなく、単なる「今ここ」でもなくぼんやりした三者関係あるいは三角空間なんだと思う。
オグデンが2021年12月にはThe New Library of Psychoanalysisシリーズの一冊として出した
Coming to Life in the Consulting Room Toward a New Analytic Sensibilityのことをここで書いたときに触れたけど(なにを書いたか探すぞ。見つけた。こちら↓)
オグデンはウィニコットとビオンに十分に親しむ(ウィニコットの言い方でいえばplayする)なかでontological psychoanalysisをhaving to do with being and becomingと位置付け、「大きくなったらなにになりたい?」という問いを”Who (what kind of person) do you want to be now, at this moment, and what kind of person do you aspire to become?”とbeingとbe comingの問いに記述し直した。
この現在進行形がとても重要で、ウィニコットは特にこれを意識して書いた人だった。これはパラドックスを解消するというすっきりした方向を目指すのではなく、その曖昧さと混沌に混乱し病的になりつつもそこに居続けることで見出される希望みたいなもの、というか居続けること自体に見出されるその人自身の潜在性というものに光を当てているからだと私は理解している。
ということを書こうと思っていたわけでもないけどウィニコットのパラドックスに関する論文
The grammar of paradox: Deciphering Winnicott’s language theory
Ronnie Carmeli
を読んでいるからメモがわりということで。この論文はウィトゲンシュタインの言語ゲームとウィニコットの言葉の使用を絡めて書いているのでウィトゲンシュタインを勉強しながら読まなくてはで私には大変なのだけど言葉の使用についてはもっとも興味のあるところだからがんばれたらいいな。「がんばる!」と言葉だけでも言っておけばいいのにいえない自分なのがもどかしいですね。自分で言った言葉に縛られるなんていやだけどこうやって逃れられないものから逃れつつ。
ちなみにウィトゲンシュタイン『哲学探究』から引用がなされているので鬼界彰夫訳のこちらも参考にしている。あとは古田徹也さんの本とか。
それぞれの週末がご無事でありますように。台風にも気をつけて過ごしましょう。
フェデラー引退。Twitterで文字でも声でもお知らせしてくれてた。まだ41歳か。これだけ長い間トップ選手でいたのだからもう年齢とかで何を判断したらいいのかよくわからないけどずっと追ってきたわけでもない私でもしみじみするのだからすごい選手だった。
外がすっかり明るい。最近、いつの間にか眠ってしまうことが多く記憶がないのだがこの早朝の数時間さえ何していたんだっけとなっている。珈琲はいれた。洗濯もした。今のところ太陽が出ているので外に出した。フェデラーの動画に見入っていたというわけでもない。うむ。
昨日、本屋で一冊文庫本を買った。平積みされているのの下の方からとった。レジへ持って行くといつもなら尋ねられるカバーの有無を聞かれずささっとカバーをかけてゴムで止めて渡してくれた。確かにそれにふさわしい本かもしれない。
今井伸『射精道』(光文社新書)。こういう本が書名はともかくせめてシンプルな装丁の小さな本として出版されるのは良いことだと思う。もちろん(というほど知らないけれど)これは新渡戸稲造『武士道』にかけられた書名であるがジェンダー外来でも診療を行っているという著者は「射精道」は「女性のための思想」でもあり「オルガズム道」と言い換えることもできると書いている。
この本は大まかにいえば発達段階(思春期、青年期、妊活編、中高年期)、障害などに対する医学的メンテナンス、性教育の歴史を一男性としての著者の来し方と泌尿器科専門医としての知識と経験をもとにコンパクトに具体的に時にユーモラスに示した誰にでも読みやすい本である。
著者は「第2章 思春期編」で「第2条 セックスは「心・技・体」が伴うまでは行うべからず」といい、その基本が正しい知識に基づいたマスターベーションによる射精であるとしてかなり具体的な解説を行う。この部分は教育相談の現場などでかなり活用できるのではないか。性教育に限らず教育には何度も確認しなおせる媒介があったほうがいい。
セックスが異性間に限らず二人の行為であることは当然だが「第4章 妊活編」ではいまだ「不妊治療において最初のアクションをとるのは女性が多い」という現状が示される。そしてそれがどちらかの孤独な戦いにならないためにも月経周期や妊娠のメカニズムを知ることなどセックスを義務や苦行にしないための「妊活における「射精道」」15条が提示されている。「子どもを持たない選択をされている」人は読みばしていいと書かれているが、妊娠に関しては人間がその機能を通じて生まれてくる以上、経験の有無に関わらず知っておいた方がいいだろう。孤独な戦いを避けるためとしたらなおさら。
専門医による本なので医学的知見もわかりやすく紹介されいて助かる。男性不妊症の原因となる射精障害やED、トルコの報告によると最近増加している40歳未満のED患者のなんと85%が心因性(器質性ED約15%)とわかったそうだ。また、欧米ではデフォルトである「仮性包茎」が日本では恥ずかしいこととされていたり誤った情報は感情を刺激するから残りやすいのだろうかなど難しさを感じた。感情ではなく正しい知識を使用して対処すること、身体については徹底してそうであってほしい。
著者はよく親たちから「いつ性教育について教え始めればよいですか?」という相談を受けるという。そしていつも「子どもさんが自分から聞いてきた時が、教え時です」と伝えるそうだ。もちろんプライベートパーツの意識については、幼少期から入浴時などに親が教える必要があると書いている。著者自身は子どもたちが思春期の頃に中高生用の性教育の本を一冊ずつ渡したそうだ。なぜなら「本であれば、自分で気になった時に、気になる箇所を、誰にも気兼ねせずに確認できるからです」。
本書もそういう一冊である。書店員さんがささっとカバーをかけてくれたおかげで移動の電車の中でもそのまま読み進めることができた。配慮。性については特に、お互いに。
時間をかけて丁寧にコミットし続けることの大切さ、つまり精神分析のような仕事って普通に必要だなあ、と実感することが多くなった。マイナーな治療法として放っておいてもらえればいいのかもしれないが創始者の存在が知られすぎているとそうもゆかぬ。
精神分析を志す女性は巷で言われるほどそれをフェミニズムの敵とは思っていない。かといって顔と名ばかりが有名な政治家たちのように「私は女だけど男性の言っていることわかります」というような安易な迎合とともにフェミニズムに対して非論理的な態度をとるようなこともしない。精神分析における女性性をめぐる論争はフロイトの女性論(多くはペニス羨望の文脈)の読解と共にあった。それはそうである必要がある。これは学問でもあるのだから。
フロイトの女性性に関する論文には女性をわかろうとするたびにわからなさを強めていくフロイトの姿がみえる。一方、フロイト自身が『集団心理学と自我の分析』(1921、『フロイト全集17』、岩波書店)で明らかにしたように彼自身、そして彼の精神分析は殺しの対象となる権威として存在した。しかし、アーネスト・ジョーンズを別とすればフロイトの女性論に対して異議申し立てを行ったのはフロイトが最後まで自信を持って語ることができなかった女性たちだった。
この構図は精神分析内部だけでなく、ちょっと見渡せばどこでも観察できるものだろう。異議申し立てをはじめた女性たちを意識した男性たちの女性に対する様々な態度とその男性たちと共に暮らすほどではないが親密な関係を繋いでいく同性、異性の態度というのは継時的に追っていくと面白いと思う。状況というのは片方からは生まれないし、歴史を追えば私たちはひとりひとり被害者でも加害者でもありうるわけで、ものをいえなくなる自分、いわせなくする自分から逃れるように、「自分はそうではない」と言い続けるために他者を使用したり依存したりしつづけている面もあるだろう。自分に生まれた小さな声を無事に言葉にして大切な人に届けたいだけなのにそれが早い段階であっという間に抑え込まれよくわからない攻撃性の応酬と分断の共謀の場となるいわばSNS的世界にとりこまれてしまうのは私は避けたい。時間をかけて自分の拙い表現を大切にしていくこと、してもらうことで出会う「それは過ちだった」という慟哭は裁きの場では生じない。憎しみは内省を促さない。それはやはり戦いを促す面があるのだろうと思う。
そういえばジュディス・バトラー 『非暴力の力』の「第四章 フロイトにおける政治哲学——戦争、破壊、躁病、批判的能力」(佐藤嘉幸、清水知子訳、青土社)は秀逸だった。フロイトが単なる二元論に陥らず生の欲動と死の欲動の狭間で揺らぎを保ち戦争に抵抗する仕方は個人の小さな努力かもしれないがその努力に価値を見出せる時間と場所が維持されれば私たちはそのような心的次元まで破壊され尽くされることはないような気がした。
反射を得意技にするのではなく「いいね」でたやすく分断に共謀するのでもなく大切な人を大切にできますように、今日も、今日こそ、今日がダメなら明日以降に。時間をかけて細やかに現状においてむやみに自分を正当化することなく過ごせたらと思う。
深夜から始まる工事がまだ続いている。金属音も色々だなあ、と改めて思わされる。お疲れ様です。
小分けになったかわいいパッケージのこだわりコーヒーをもらったのに今日もたくさん入っている名もなきお得用コーヒーをいれてしまった。「しまった」と書いてしまったが実は私はコーヒーの味がよくわからない。なので割となにを飲んでも美味しがる。なので素敵なものは観賞用となっていく。でもダメ。香りが飛んでしまうというではないか。そっちの方がもったいないよ。そうだね、今夜か明日の朝いただきましょう。
相手がいなくても私たちは日々こうして対話的なことをしている。「痛っ!なんでここにこんなものが!」とかいう独り言だってそうだ。相手がある。いる。
ここ数日私が勝手に対話をテーマとした本と分類したものを読んでいた。
イ・ラン/いがらしみきお『何卒よろしくお願いいたします』(訳 甘栗舎、タバブックス)はコロナ禍であるという事情以前に、離れた国に暮らす二人の手紙による対話だった。
ドミニク・チェン『未来をつくる言葉―わかりあえなさをつなぐために―』(新潮文庫)は育ちゆく娘の環世界との対話といえるだろうか。
本は自分や他者とのたくさんの対話の痕跡だと思う。何度読んでも面白い本は文字にはならないたくさんの対話がその背景にあって読むたびにそれらを発見させられるからかも。
一方、対話が本になるときそこには他者による編集作業が加わり生の素材は客観的に削ぎ落とされより伝わりやすいように加工される。文化祭の教室をめぐるように最初は目的があっても歩くだけで別の世界と出会うような体験をしたいときに編書というのは便利だ。
先日「学生や生徒が学びたいことを自らデザインできる学生提案型ゼミナール」を立ち上げるための副読本がでた。立命館大学教養教育センターの企画だ。今回、「みらいゼミ」と呼ばれるそのゼミナールを学生たちが立ち上げる手助けとして企画された25人の専門家による対話と議論が一冊の本として外へ開かれた。
『自由に生きるための知性とは何かーリベラルアーツで未来をひらく』(立命館大学教養教育センター編、晶文社)
自由に学び、自由に考え、自由に生きる、書いてしまえば当たり前のことがなんと難しいことか。その困難に対して多彩な分野から様々な視点を提供してくれるこの本の構成、内容は立命館大学のWebサイトでも晶文社のWebサイトでも確認できる。
私が尊敬する文化人類学の専門家、小川さやかさんは脳神経内科の医師である美馬達哉さんと「なぜ人はあいまいさを嫌うのか――コントロールしたい欲望を解き放つ」というテーマで対話している。小川さんの著書で知ったタンザニアの人たちの生活にここでも学べる。「偶然であることの豊かさ」「他者のままならなさを認めるからこそ、私のままならなさも認めることができる」。分野の異なる二人の専門家の対話は著書とはまた異なる響きをもってそれらがなぜ大切かということを教えてくれる。
社会運動論の専門家である富永京子さんの登場も嬉しい。メディア論、メディア技術史専門の飯田豊さんと「わたしの“モヤモヤ”大解剖――わがまま論・つながり論を切り口に」というテーマで対談されている。先日書いたが「つながり」の本はやはり多そうだ。そして「つながり」という言葉の使われ方もポジティブなものから両義的なものまで様々とのこと。メディア研究というのは自分の持っている知識やイメージの狭さを自覚させてくれるありがたいものなんだな。
富永さんは著書『みんなの「わがまま」入門』(左右社)の中で「まずは自分に暗黙の内に強く影響を与えている人と離れてみよう、そのために、これまでと違う大人と出会える場所に行ってみよう」と提案していた。そしてその具体的な方法としてまず「大学に行ってみよう」と書いていた。さっきは文化祭と書いたが、今回のこの本はオープンキャンパスに出向くような本ということもできるかもしれない。ちなみに富永さんのクラスには高校生が見学に来ることもあるとのこと。
本書に戻っていえばこのお二人の対談では「つながり」「あつまり」「しがらみ」という言葉が並べられて検討されていたのもよかった。
トークセッションではQ&Aのほかに、これらを読んでもっと考えてみたい読者のために「もっと考えてみよう」という欄があり、ヒントが箇条書きで書いてある。こういうのも学びの場っぽい。
立命館大学はこの本には登場しない先生にも魅力的な専門家がたくさんいる。豊かだ。そういう大学がこういう本を出してくれたからには特に若い方々に広く届けばいいと思う。
「自由に生きるための知性とはなにか」。壮大な問いのようにみえるが本を開けばわかるようにその入口はひとつではない。興味関心の赴くままにとりあえず出向いてみよう、そうすればなんらかの発見が待っている。そんなことを若い世代とも共有できたらいいな、など思いながら読んでいる。