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精神分析

春の句

春の句を10句作りました。

もう冬の句はしばらく作らないのね、と思って手元にためた1月の日めくりを眺めていたら苦手な冬が少し愛しくなりました。でもそれも多分少し遠ざかってくれたからいえることですね。

1月のベスト俳句は「手袋の左許りになりにける」かな。正岡子規の句。この句は1月13日(水)の日めくりにのった俳句です。私の手袋が手元に戻ってきてくれた日でした。俳句は実景を読むことでインパクトを与えるけど、実景にならなくてよかったです。

ちなみに今日2月12日(金)は「空ばかり春めく底の信濃かな」仲寒蝉

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読書

『新プロパガンダ論』

ゲンロン叢書008『新プロパガンダ論』について早朝から呟いていた。2018年4月から2020年9月にかけて、辻田真佐憲さんと西田亮介さんのお二人がゲンロンカフェで行った5回の対談が書籍化されたのがこちら。この間に何が起きたかを私たちは共有しているだろう。ウィルスによって。

辻田さんの「辻」は本当はしんにょうに1点なんだけど2点しか出ないからすいません。本当は1点のしんにょうの「つじ」さんです。

ところで、私は対談がそのまま掲載されているような本は、対談形式が多い著者以外のはあまり好きではないが、この本は書籍化に伴い大幅に加筆修正がされたという。というか大抵の場合、そうだと思うけどそうでないものもあり、雑誌ならともかく書籍だとなんだかなとなる。

内容についてはすでに呟いてしまったので書かないけど、書籍の一部はネット上で読めるので関心のある方はチェックを。私はとても関心があったのでゲンロン友の会に入っていると選べる本の中からこれを選んだ。表紙もカラフルでポップ(ポップの意味を本当はよくわかっていないけど)で置いておくだけでもかわいい。

でも置いておくだけにしないで読んだ。辻田さんは朝ドラ「エール」の時代考証(?)的つぶやきが好きでみていたのだけど、近現代史の研究者なんですね。西田さんは公共政策の社会学がご専門だそう。

この本、「プロパガンダ」というやや古い、しかもネガティブなイメージを伴う言葉を巡って二人が語り合っているわけだが、「新」と書名につくだけあって、この言葉がこの数年で生じた出来事を眺めるときのちょうどよいフレームになってくれる。

というより、お二人、とくに辻田さんがこの言葉の使い方がとても上手なのだ(西田さんはあえて使っていない)。議論を狭めるためではなく、広げるためにこの用語を使い、結果的にこの用語自体がもつイメージに曖昧さを与えることに成功している。少なくとも私はこの用語ってこうやって役に立ってくれるんだ、という感触を得た。

知ったり、学んだりすることが何かに気をつけることばかりにつながりがちな気がする昨今、情報を自分の自由な思考のために使えるようになりたい。

プロパガンダ、要するに情報戦略だが、それがどのように人のこころに入り込み、行動変容を促してきたか。精神分析的臨床の世界でも患者やクライエントと治療者がオンラインで出会うようになった。それだけではない。セミナーなどのオンライン化で彼らをオンラインにのせることになった。私たちは彼らをどのように表現していくのか。

私は、特に臨床家が対談をそのまま書籍化することが好きではない。これらは同じ問題意識から生じている感覚だと思う。話し言葉と書き言葉は違う。ともにいる場で話される言葉と身体が別々のところで話される言葉も違う。

コロナ禍の「利用」も言い方を変えれば悪いことばかりではないだろう。経験から学ぶ、という点ではたしかにものすごく気持ちを揺さぶられ、思考を促される体験だった。そこにどういう形を与えていくか、それをなんらかの合理化のもとに情報戦略として利用するか、空気感で忖度を迫るものたちに対して冷静に思考を維持できるか、どれも人のこころをどれだけ普通に慮ることができるかという話かもしれない。

辻田さんの冷静で率直な語り口は、西田さんがいうとおり「優しい」と思った。西田さんの政策に関する話は非常に勉強になった。よい対談だった。

そして以前『ゲンロン』に掲載された「国威発揚年表2018-2020」も加筆されていた。この対談が行われた期間は加筆せざるを得ない数年であり、それは今も続いている。今回「プロパガンダ」という用語がそのイメージに反していろんな世界を見せてくれたように、情報を単なる情報として受け取った結果、ダメージを受け、思考停止に陥るのではなく、情報が単なる情報である可能性を踏まえ、あれこれ考えることを意識するにはとてもタイムリーな本だと思う。

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『往復書簡 言葉の兆し』

「言葉は浮くものです」と古井由吉は佐伯一麦への手紙に書いた。日付は2011年7月18日とある。

東日本大震災後まもなく2011年4月18日からはじまったお二人の往復書簡。

「それにしても「創造的復興」とか「絶望の後の希望」とか、「防災でなくて減災」だの、これはもう絶望の深みも知らぬ、軽石にひとしい。」

「生きるために忘れるということはある。しかしこれは、忘れられずにいることに劣らず、抱えこみであり、苦しみです。風化とはまるで違います。」

古井由吉は空襲を体験し戦後を生々しく肌に感じながら書き続けた作家だった。

ラカンが示したように、作家は精神分析が明らかにするまでもなく、事の本質を知っている。古井由吉の言葉には怒りが滲む。

あれから10年。私は何も変わっていない。ただ歳をとった。多くのものを失った。

私ひとりを抱えられない言葉で私は誰かのこころと何ができるのだろう。軽石のような言葉に傷つき浮かんでこなくなった言葉とどうやったら出会えるのだろう。

あれから10年。その事実の重さをそれぞれの小さな肩に感じながら生きる人たちを支えるのはなにか。私には想像もつかない。それがあることをただ願うばかり。そしてせめて私が軽々しく人の尊厳に踏み込まないように。

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ヒトの言葉

毛布みたいなロングスカートと静電気とともに帰る。

見出しだけでウンザリするようなニュースを読むべきかどうか迷って結局読まないまま電車を待つ。

静かな空。東京の空は暗くない。

こうしてなんとなく言葉を書きながら川添愛さんの『ヒトの言葉 機械の言葉』をぼんやり思い出す。

言葉がもつ曖昧さを処理する私たちの無意識。AIには困難なこと。私たちは「ヒト」だよね?

心底ウンザリする言葉には本来言葉がもつ力がない。何を言っても無駄だ、そんな言葉ばかり浮かんでくる。

そんなとき私はヒトだよね、と確認したくなる。

これ以上は、と感じるときAIのようになれたらと思うけど何も感じなくなるのは嫌だ。

人間の言葉はもっと難しくて複雑なはずで私たちはそれとともに生きていけるはず。

これ以上は、と思いつつ日常の一切はまだまだ言葉になっていないことに希望を。

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「この道」

新宿西口駅から都庁のほうを改めて写真にしてみると未来都市っぽいです。

2020年のままの記載があるのも。

過去が本当に過去になるなんてありうるのでしょうか。

昨年2月、敬愛する作家、古井由吉が亡くなりました。

彼の言葉を引用します。

生きているということもまた、死の観念におさおさ劣らず、思いこなしきれぬもののようだ。生きていることは、生まれてきた、やがて死ぬという、前後へのひろがりを現在の内に抱えこんでいる。このひろがりはともすれば生と死との境を、生まれる以前へ、死んだ以降へ、本人は知らずに、超えて出る。

古井由吉『この道』からの引用です。

先日、帰宅してテレビをつけたらエヴァンゲリオンをやっていました。

もう20年以上が経つのですね。

当時は結構熱狂して全て見ていました。

今回、14年間、眠り続けたシンジが目にした廃墟、

昨日、新宿西口駅から都庁の方へ歩きながらその場面を思い出していました。

ここは未来都市のようで廃墟、あるいは墓場だ。

そんなことを考えながら都庁に大きく張り出された2020年のオリンピックの広告を眺めながら通り過ぎました。

都庁は淀橋浄水場が破壊された跡地です。

そして古井由吉の言葉。

「とにかく、死はその事もさることながら、その言葉その観念が、生きている者にはこなしきれない。死を思うと言うけれど、それは末期のことであり、まだ生の内である」

過去の定義の難しさは死のそれと同じであるように思います。

瓦礫、廃墟、墓場という言葉は被災地へも心を向かわせました。

もうすぐ10年、以前もここで取り上げた小松理虔さんの文章をゲンロンβで読みました。「当事者から共時者へ(9)」。多くの人と共有したい記事でした。

Facebookに載せましたが今日、辛夷の蕾が膨らんでいるのをみました。花も何輪か咲いていました。

過去がなんであれ、死がなんであれ、今年も真っ白な花が咲く場面に出会えました。

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『没後70年 吉田博展』はじまる。

没後70年 吉田博展』が上野の東京都美術館ではじまった。特設サイトだけでも訪れる価値があるが、やはり現物が見たい。今日の時点では事前予約不要だそうだ。

吉田博、1876年福岡県久留米市生まれ、1950年没。様々な土地を旅し、風景画を残している。ケンジントン宮殿でのダイアナ妃の写真で背後にみえる絵画が有名だろうか。

そしてご存知だろうか。フロイトの待合室にも吉田博の富士山が飾られていたのを。私もここを「精神分析という遊び」場のひとつにしている以上、フロイトの部屋みたいな感じで色々飾りたいが、技術がなくてひたすら「ブランク」のテンプレート(?)に書き込んでいる。まあ、ブランクスクリーンも精神分析っぽいからいいか。

フロイトの吉田博作品には最初ハテナがついていた。なぜならkiyoshi yoshidaの作品とあったから。このあたりのことは西見奈子『いかにして日本の精神分析は始まったか』に詳しく書かれている。フロイトが眺めていたのは吉田博の「山中湖」。同書に図版も載っている。山梨県側から見た富士山(これ、こだわる人はこだわる)。山中湖の静かな湖面に映る逆さ富士はやはり美しい。合宿で行ったな、山中湖。河口湖も大好きだ。

さて、これも同書に詳しいが、フロイトにこの作品を贈ったのは日本の精神分析最早期を支えた古澤平作。『フロイト最後の日記』1932年2月18日木曜のページには「古沢から富士山の贈り物」と書いてある。そして「この美しい絵を見ると、本当にいろいろ読んだものの、まだ実際に見ることを許されていない風景が、味わえます」とフロイトが1932年2月20日に古澤に宛てた手紙が紹介されている。吉田博の絵は現在ロンドンのフロイトミュージアムの食堂に掲げてあるそうだ。

ちなみにこの手紙の約一ヶ月後、フロイトは、費用面で悩んでいた古澤に規定の半額以下の分析料を提案する手紙をだしている。これらの手紙については北山修編著『フロイトと日本人 往復書簡と精神分析への抵抗』に詳しい。

吉田博も古澤平作も現場に出向いた人だった。北山先生もそうか。サンドラーやアイゼンクがいた場所へ行っている。でも北山先生の場合、いろんな現場が重なり合っていて「出向いた」という動詞がしっくりこない。西さんは資料を通じて日本の精神分析草創期に出向いた。

ところで、吉田博展のポスターには「美が、摺り重なる」とある。「摺り重なる」という言葉を聞いたのがはじめてだったのでインパクトがあった。版画というのは本当に魅力的だ。平面の微細な凹凸にさらなる深さを与え、再び平面に戻す。昨日読んだフロイトのグラディーヴァは版画ではない。浮き彫りだ。そしてフロイトのマジック・メモは、など色々思い浮かぶがとりあえず仕事にもどろう。

無事に展覧会に出向くことができますように。

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『グラディーヴァ』と手紙

グラディーヴァ ポンペイ空想物語 精神分析的解釈と表象分析の試み

前に書いたように『グラディーヴァ』にもいくつかの翻訳がある。種村訳はフロイトの『妄想と夢』論文とセットで種村氏と森本庸介氏の論考も読める。こちらはヴィルヘルム・イェンゼンの小説と訳者山本淳氏の表象分析のセット。

フロイトを読むときは時間が許す限り関連文献も読んでいる、というか読みたくなってしまう。このグラディーヴァ本のオリジナリティは、「『グラディーヴァ』をめぐる書簡」について書かれているところだ。作品と解釈をめぐり、イェンゼンと精神分析家が、あるいは精神分析家同士が交わした15通の手紙が取り上げられている。シュテーケルからイェンゼン、ユングからフロイト、フロイトからユング、イェンゼンからフロイト、フロイトからイェンゼン、といった具合に。

手紙というのはその内容だけではなくて、書かれ方、送られ方、受け取られ方などいくつかの側面から手紙の書き手についても教えてくれる。

置かれている立場、その人のペース、リズム、パーソナリティなどいろんなことが手紙には断片的に現れる。フロイトが出した手紙に淡白な返事を出すユングとか、フロイトを立てつつも苦言を呈するイェンゼンとか、せっかちですぐ反応がほしくなってしまうフロイトとか。

「応用精神分析」という用語はラカンによってその意味を変えたが、フロイトを読むときはフロイト自身のテキストとそれを取り囲む政治、社会、文化、思想などの文脈の双方を参照する必要があることは間違いない。

手紙はその双方の橋渡しをする。イタリアに強い思い入れがあるフロイトがイタリアから出した手紙は岡田温司『フロイトのイタリア 旅・芸術・精神分析』でも読めるはず(またもや発掘が必要)。

それにしてもなんでも分析対象にするものだ。今となっては、私たちが家族や身近な人を精神分析することは危険というのは共通認識だが、文学や芸術に対する分析ってどうなのだろう。危険ではないだろうけど、なんだか偉そうだよね、と思ったりもする。小さい時から文学に助けられてきたせいかもしれない。

私は大学生の時、夏目漱石の病跡学をやりたいと思っていたが、それも偉そうだったかも。夏目漱石は実家に全集があって、今でも文庫で持ち歩くことはよくあるほどに好きだから触れたかったのだとは思うけど。今だったらどうかな。精神分析は治療としてだけでいいかな。文学とは山本貴光さんの『文学問題(F+f)+』みたいに関われたらいいなと思うけど、あれはすごい本だからなぁ。私は人に対してあのようなエネルギーを注いではいるような気はするが。

またもやとりとめなく書いてしまった。朝のウォーミングアップ終了。身体も動かさないと。

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パーソナル

先日、久しぶりに新宿三丁目の方を歩いた。地下はよく歩くが地上は久しぶりだった。新宿東口から新宿三丁目にかけては10代後半から長い間遊び場だった。よく通ったカフェは二軒とも残っていた。当時いろんな話をした。シアターモリエールはしまっていた。改装中らしい。なくなっていなくてよかった。

昨年は別役実が亡くなった。チケットをとっていた新作公演が彼の病気療養のため演目変更になり、別の別役作品をみた。淡々とした不条理から生じるゾクっとする怖さとほかでは体験できない笑いは私の身体に心地よかった。彼の死がとても悲しかった。

最近出版された松木邦裕先生の『パーソナル精神分析事典』にも別役実が登場するのをご存知だろうか。意外な出会いに感激した。といってもビオンを信頼する松木先生がベケットに影響を受けた別役実と近づくのは自然なことだったのだろう。

松木先生のこの事典は事典というより本だなと私は思った。事典も本だろうけど。最初から読んでもいいと思う。私は最初、興味のある概念をパラパラしていたが冒頭から読んだら可笑しくて、本として読むことにした。多分、私でなくても読者は、これまでの松木先生の著書より軽妙な語り口で精神分析の難解な概念について学ぶことができるだろう。わからないならわからないなりについていけばそのうち実践を伴ってなんとなくわからなさの感触も変わってくるはずだ。私は概念も人もなんでも「あーあのときの」と何度も出会い直せばいいような気がしている。

ところで、この本のことを先生からお聞きした時、先生が「私説」とか「パーソナル」という言葉を使っておられるのが印象的だとお伝えしたのだが、実際そこにはわけがあった。それもこの本に書いてあった。多くの問いと答えを(そしてまた問いを)くださる先生からの学びを私も少しずつ伝えていけたらと思う。

それにしても、こころを「こころ」と平仮名で書いている場合じゃないくらい疲れてしまったとき、私は精神分析と出会っていなかったらこんなにこころを使う(精神を使う、って変な感じだから使えない)ことなんてあっただろうか、と考えることがある。精神分析は様々な他者をこころの中に住まわせる手法だ。そこには悲劇も喜劇も不条理もある。負担も喜びも憎しみもある。リスクもあるが生きがいもある。持ち堪えるとか生き延びるとかそういう言葉が使われるほどに結構ギリギリの体験を内包した拡張可能性を秘めた技法であり文化だ。書くだけなら簡単だがそれでも結構大変だ。生きるって大変だ。

「パーソナル」であること。この言葉自体何度も問われる必要があるのだろう。とりあえず今日、とりあえず明日、ベイビーステップでやっていこう。

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『グラデイーヴァ』

イェンゼンという名前のノーベル文学賞作家がいるのですね。こちらはW.あちらはJ. ドイツ人の名前なのですね。

フロイトが取り上げたことでとても有名になったというこの作品。でもシュテーケルやユングがこの本の紹介をフロイトにしたというのだから、すでにそれなりに話題だったのでしょうか。

昨日取り上げたフロイトの1906年の論文はこの小説(でいいのかな)を精神分析的に理解してみるというもので、前半はこの小説の要約に紙面が割かれます。フロイトはまずはこの話を読んでからこの論文を読むことを読者に願っていますが、今も手に入るのでしょうか。種村訳にはイェンゼンの小説とフロイトの論文の両方が載ってるはずですが、それも入手できるかどうか確認してみないといけません。私は持っていますがどこにあるか発掘しないといけません。

とはいえ、たとえフロイトの要約で省略された部分にこそ重要な部分があったとしても、フロイトの紹介の仕方はとても魅力的です。グラディーヴァのレリーフに魅せられた考古学者の主人公が、抑圧された欲望と近づいていく様子(内容はやっぱり読んでほしい)をいろんな気持ちになりながら観察する一読者の体験をフロイトはわかりやすく示してくれています。当然フロイトは『夢解釈』の技法を用いてこの小説を読んでいるので、合間合間で現代の精神分析では前提となった現象の説明を挟みます。もちろん現代でも、精神分析と馴染みのない読者にとっては「え!」という説明かもしれません。

一読者であれば、精神分析家は、というか、フロイトはそう読んだ、ということで全く構わないわけですが、精神分析とともに生きている立場としては、この後30年間、精神分析を科学たらしめようとしたフロイトが死ぬまで受け続けた批判と称賛の対象(「性」と「生」という欲動)について考えざるを得ません。

一方で、文学作品に対するこの同一化力(そんなものはないと昨日書いたばかりだけど)、そしてそこで緻密な思考を展開するフロイトはなんだか生き生きしていて読んでいてニコニコしてしまいました。私はフロイトがとても好きなんですね。

ソフォクレスのオイディプス王やシェークスピア作品を愛したフロイト、作品と作者、そして読者、この三者が織りなす無意識の交流。昨日、書いたようにこの論考は応用精神分析の始まりでもありました。「読む」「書く」という行為が、この小説において分析家の役割を担う女性の名前ツォーエ=「生命」を蘇らせたように、私たちもその行為を続けていくことは、精神分析が生命を保つためにもきっと必要なことなのでしょう(なので楽しくやりましょう、と読書会メンバーを密かに応援しています)。

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「W.イェンゼン『グラディーヴァ』における妄想と夢」1907

なんだか傘を持つのは久しぶりな気がする。

1月の東京は本当によく晴れた。

次世代を担う臨床家がやっているオンラインのフロイト読書会、次回は私がアドバイザー。

読むのはフロイト「W.イェンゼン『グラディーヴァ』における妄想と夢」1907年

Delusions and Dreams in Jensen’s “Gradiva” (1907)

1907年、この頃にフロイトはカール・グスタフ・ユング(1906年に論文集を送付)、マックス・アイティンゴン、カール・アブラハムと出会った。

グラディーヴァ、小説の主人公が熱烈に魅せられて古代レリーフのなかの女性。「歩き方」へのこだわりはとても興味深い。私もいくつかのエピソードを思い出す。

ユングがイェンゼンの小説をフロイトに紹介したことから始まったフロイトの文学研究と芸術論、これはapplied psychoanalysis(応用精神分析)のはじまりでもあった。

そういえばユング派の候補生ってユングの故郷チューリッヒにいくけど精神分析家候補生はもうそういう場所をもっていない。私は普段も旅するときもひたすら歩くが、私が精神分析に向かって、あるいは精神分析とともに歩いてきた仕方について少し考えた。

この小説の主人公は考古学者。彼の夢と「妄想」。考古学と精神分析、フロイトは文学作品に対しても優れて臨床的な観察力を発揮し、ここに類似性を見出した。

『夢解釈』で明らかにした不安夢の理解以外にも、フロイトは後年探求することになる現象にすでにここで触れている。精神病や倒錯に見られる現実の否認や自我の分裂など。

小此木啓吾先生の熱い語りも思い出すなあ。母を求める青年。小此木先生の同一化力(とはいわないが)はすごかった。

フロイトも面接室のカウチの足側の壁にグラディーヴァのレリーフのレプリカを掛けていたという。

Library of Congressのサイトを探ればいろんな写真も見られるかもだけどグラディーヴァのレリーフは普通に検索すればすぐ見つかる。

私がフロイトの何かを絵や写真で見たいときは鈴木晶『図説 フロイト 精神の考古学者』(河出書房新社)、ピエール・ババン『フロイト 無意識の扉を開く』(小此木啓吾監修、創元社)

フロイトのカウチに横になったら左側のグラディーヴァをぼんやり見ながらいろんなことを連想すると思う。カウチの横の壁には大きな絵がかかってるのだけど、私だったらカウチの横は小さい絵をかけるな。落ちてきたら嫌だし、圧力感じそう。でもフロイトの部屋はものすごくいろんなものがあるから、その一部なら気にならないか。私も賃貸じゃなかったら掛けたい絵がたくさんあるなあ。細々した思い出の品々はたくさん置いてるけど。

この論文もいくつか訳がでている。読書会は岩波書店『フロイト全集』を基盤にしている。今回私は種村季弘訳も参照。

グラディーヴァ/妄想と夢 – 平凡社

Quinodoz, Jean-Michel. Reading Freud (New Library of Psychoanalysis Teaching Series) (p.73).

日本語訳、ジャン−ミシェル・キノドス『フロイトを読む 年代順に紐解くフロイト著作』(福本修監訳、岩崎学術出版社)だとp.77〜も参照。

もっとこの論文について書こうと思ったけど面倒になってしまった。キノドスにも小此木先生の本にも色々書いてあるから私はまた今度にしよう。

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精神分析的心理療法とは

臨床心理士になって20年、様々な領域の職場で働きながら、毎週1回、同じ曜日、同じ時間に会う面接を続けてきました。今は、週1、2回、あるいは4回、患者さんやクライエントと、カウチあるいは対面で、自由連想の方法を使って行う面接がメインですが、当初は、固定枠を持てる職場は少なく、週一回固定枠では10ケースも持っていなかったように思います。ただ、少しでもそれを持てたことは本やセミナーで学んだことに実質を与えてくれました。

そして、そこを基盤にして細々と、限られた資源の中で、そこを環境として安全な場所にしていくこと、何が人のこころを揺らしたり脅かしたりするのか、ということを考え、何を提供し、何を控えるかなど、構造化、マネージメント、コンサルテーションの重要性に気づき、試行錯誤を重ねていきました。

30代になると、自分も週1日、2日の精神分析的心理療法を受け、スーパーヴィジョンを重ね、自分自身も多くのケースを担当するようになり、ようやく精神分析的心理療法ってこういうものなんだ、ということを実感できるようになりました。

さらに、精神分析家になるための訓練に入ってからは、そうやって少しずつわかってきた精神分析的心理療法を基礎づけている精神分析と直に触れるようになり、フロイトの症例にも精神分析を生み出した生の体験として出会い直し、開業し、実践を重ね、それらに通底する精神分析の普遍性を感じることができるようになってきました。

精神分析はとても長く、苦痛を伴う体験ですが、驚きの連続でもあります。それを「美しい」体験という人もいます。

このように精神分析を体験しながら精神分析や精神分析的な実践を行なうと、それらはこれまでよりもたしかな技法として手応えを持ち始めました。職人と同じで、訓練を受けている人の指導を受けながら見様見真似で行なってきたそれは、言葉にしてしまえばとてもシンプルなもののような気がしています。

以下はプライベートオフィスでの精神分析的心理療法をご希望の方に向けたご案内です。オフィスのWEBサイトにも載せています。https://www.amipa-office.com/cont1/main.html

たどり着くのはいつもシンプルなことなんですね(これも実感)。

ーこんな場合にー

人は誰でもなんらかの違和感や不自由さを抱えています。
それがあまり気にならない方もいれば、それらにとらわれて身動きが取れなくなっている方もおられるでしょう。

当オフィスでは、もしそのようなことでお困りの場合、ご自身のとらわれについて考え、変化をもたらしていく方法として精神分析的心理療法をご提案することがあります。

ーたとえばー

たとえば、いつも自分はこういう場面で失敗する、いつも自分はこういう人とうまくいかない、と頭ではわかっているのに苦しむばかりだったり、その結果、不安や抑うつなどの症状を呈したり、なんらかの不適応をおこしている場合、かりそめの励ましやその場しのぎの対処ではもうどうにもならないと感じていらっしゃる方も多いでしょう。

そのようなとらわれたこころの状態から自由になりたい、別の可能性を見出したいとお考えの方に精神分析的心理療法はお役に立つと思います。 

ー方法ー

この方法は、自分でもよくわからない自分のこころの一部と出会うために、こころの状態に耳を澄まし観察してみること、そして頭に浮かんできたことを特定の他者にむけて自由に言葉にしてみることを大切にします。 

ひとりではなく他者とともに、みなさんがより自分らしく生活していくためにそのような時間と場所をもつことはきっと本質的な変化と新しい出会いをもたらしてくれることでしょう。 

ーアドバイスは難しいー

同時に、この方法は、考え方や対処方法にいわゆる「正解」があるとは考えていないことを示してもいます。
そのため即効性のあるアドバイスを必要とされる方にはお役にたてないと思います。

アドバイスというものはとても難しく、「一般的にはこうかもしれない」ということはお伝えできても、単に個人の主観的な意見を押し付けてしまう危険性を孕んでいるように感じます。 

法律に反することなどはお互いのために禁止事項になりますが、生き方、考え方については誰かが答えを持っているわけではないと私は考えております。 

そのため、問題を整理したうえで一般論をお伝えすることはありますが、それ以上のアドバイス、ましてや「即効性のあるアドバイス」は難しいと思うのです。 

ー定期的で継続的な時間、少なくないお金を必要としますー

また、精神分析的心理療法の場合、ある程度長い期間、定期的で継続的な時間(週1日以上)を維持することが必要になるため、お受けになる方にも一定の時間を確保していただく必要があり、それに伴うお金も必要になります。

ー別の方法をご提案させていただくこともありますー 

このようにコストがかかるうえに、これまで知らなかった自分の一部と出会い、情緒的に触れ合うプロセスは決して楽ではないため、状況や状態によっては負担が大きく、ご希望されても始めないほうがよい場合もありうるでしょう。

そこで、ご自身の現在のこころの状態が必要としているものを明らかにするために、最初は見立てのための面接を数回行うことにしています。 

そのうえで精神分析あるいは精神分析的心理療法をご提案することもあれば、別の方法をご提案したり、別の機関をご紹介することもあります。

まずはそれぞれのお話によく耳を傾けることから始めたいと考えています。 

ー低料金での精神分析ー
週4日か5日、寝椅子に横になって行う精神分析をご希望の方は、
私は現在、精神分析家候補生ですので通常より低料金でお引き受けしております。

日本精神分析協会のHPもご参考になさってください。
http://www.jpas.jp/treatment.html

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精神分析とはなにか

精神分析ってなんだろう。ということについて色々考えます。今のところの考えは「精神分析と○○」シリーズ(なんとなくそんな感じで書いてきたこれまでの記事を集めただけだけど)としてオフィスのHPにまとめました。

先日、中公新書ラクレから出たばかりの『ゲンロン戦記』(東浩紀)を読んでいました。副題は、「知の観客」をつくる。私は東浩紀さんの本もそうですが、「ゲンロンカフェ」という開業哲学者、開業批評家としての彼の実践に関心を持って応援してきました。

東浩紀さんがいう「観光客」という概念は、精神分析を語るときにも重要です。

私はゲンロンや哲学の結構良い「観光客」であり「観客」だと思っています。彼らのことを人としてはよく知りませんが、私にとってそれは重要ではなく、彼らの思考や活動に触発され続けているものなので、その内側にいけなくてもずっと支えていきたい知がそこには存在するように思います。

ところで、そこにはいってみてはじめて「知らなかった!」と驚く景色があります。

東さんがチェルノブイリにいわば素人として降り立って知った、ガイドブックにはあったけどその姿を知らなかった景色、私も旅をするのでそのような驚きをたくさん体験してきました。

精神分析もまた、多くの「観光客」を持つ「知」のプラットフォームです。ここでいう「観光客」は、精神分析を受ける(単に「する」が正解かも)、という体験をするより、精神分析家の本を読んだり、ファンになったり、精神分析に触発されていろんなことを話し合ったり、そうやってゆるい繋がりを維持している人たちのことです。

そしてその人たちの存在こそが精神分析という文化を維持しているように私は思います。私がゲンロン友の会にはいったり、本やアーカイブを購入し、そこに触れ続け「観光客」であり続けることでその一端を担っていると感じるように。

精神分析家になるという選択をする人はそれほど多くないでしょう。哲学者になるという選択と同じです。内側での作業はひどく孤独なものですが「観光客」の存在が励みになります。私はそのマイナーな立場から彼らに注意を向けて精神分析という体験を少しずつ対話的な言葉にしていけたらいいなあと考えています。

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日本の精神分析家の本

日本の精神分析家の数は多くありません。国際精神分析学会(IPA)所属の分析家でいえば1学級ほどの人数で、訓練のための分析を提供する訓練分析家となると数えるほどしかいません。(日本精神分析協会HP参照 http://www.jpas.jp/ja/

だから精神分析なんて全然身近じゃない、かというとそうでもなく、精神分析家は意外と身近なのです。たとえば土居健郎先生、たとえば小此木啓吾先生、たとえば北山修先生、たとえば、、とあげていけば「あ、この人知ってる」という方は結構おられると思います。

精神分析家の先生方の発信力が強力、というか大変個性的なので、これまた少しずつですが、先生方の本について下記URLのブログでご紹介したいと思います。すでに書いたものもご関心があればどうぞご覧ください。

日本の精神分析家の本(妙木浩之先生)

日本の精神分析家の本(北山修先生、藤山直樹先生

精神分析の本

ちなみに私は、大好きだった合唱曲、「あの素晴らしい愛をもう一度」の作者が、この北山修先生だとは全く知りませんでした。

精神分析ってまだあるんだ、と言われることもありますが、精神分析は特殊な設定にみえて、というかそれゆえに、すごく生活に近く、先生方の本に出てくる人たちはみな、私たちが自分自身のなかにもみつけられる部分をお持ちです。あまり難しいことは考えず、できるだけ無意識にしたがって共有していけたらと思います。

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フロイトを読む


noteで一番読まれている記事。みなさんがフロイトに関心があるのなら嬉しい。精神分析のアップデートの基本作業が「フロイトを読む」だと思うから。

以下はなんとなく書いたnote引用。

「フロイトを読む」という試みは世界中でいろんな方法で行われている。

私がフロイトと出会ったのは随分前で、子供の頃から「夢判断」(今は「夢解釈」と訳されている)は知っていた。自分で読みこなしていたわけではなく、大人が引用する部分を耳で聞いていたわけだが、夢には無意識的な意味があるということは、子供の私にもごく自然に、なんの違和感もなく受け入れられていた。私に限らず、夢の意味を考えるということはクラスでもテレビでも本でも普通に行われていたことで、「無意識」は現在の精神分析がその用語を使用する以上に生活に浸透していたのだろう。

あえて取り上げると物議を醸すというのは精神分析臨床ではそうなのであり、有るというならエヴィデンスを示せ、というのは、愛情でもなんでも多分そうなのである。そしてそれが不可能であることも大抵の人は承知しているはずで、だから切なくて苦しいのに、精神分析はいまだに厳しい批判に晒されている。でもフロイトの意思を継ぐ者はその人だけのこころが可視化するのは生活においてであることを知っている。

またもや適当なようだけどそんな気がするな、私の体験では。

月一回、私の小さなオフィスでReading Freudという会を行っている。少人数で1パラグラフずつ声に出して読み、区切りのいいところで止め、話し合い、なんとなくまとまりを得て、また読み進める。この方法はとても有意義で、声のトーンやスピード、フロイトの書き言葉との向き合い方はわからなさに持ちこたえようとするその人なりの仕方をあらわしているようでもある。

随分前に、小寺記念精神分析財団という、精神分析及び精神分析的心理療法の知識的なことを学べる財団主催の臨床講読ワークショップというセミナーでフロイトを系統立てて読むようになった。このセミナーは毎月一回、平日夜の3時間、フロイト論文を一本、それと関連する現代の論文を2、3本読むというものだった。

このセミナーは私がやっている小さな読書会と違って20人ほどが参加していて、毎回担当を決めて、レジメを作り、この時間内でそれをもとに議論をするという形だった。日本の精神分析家の福本修先生が論文の選択と解説をしてくださり、数年間でかなりの数の論文を読むことができた。フロイトを中心とした現代の精神分析家のマッピングが自分なりにできたのはとてもよかった。

キノドスの『フロイトを読む』(福本修監訳、岩崎学術出版社 http://www.iwasaki-ap.co.jp/book/b195942.html)はこのセミナーのメンバーが訳したものである。私が参加する以前のメンバーなので私は翻訳に参加していないが、この本はフロイトを読むときのお供として活用すると精神分析概念を歴史的に学ぶことができ、何年にも渡って加筆するフロイトの思考の流れを追いやすくなる。

サンドラーの『患者と分析者』(北山修、藤山直樹監訳、誠信書房http://www.seishinshobo.co.jp/book/b87911.html)のような教科書もコンパクトに重要概念とその歴史、現代的な意義がわかってとてもおすすめだが、まずは「フロイトを読む」、精神分析に関わるときの基本の作業はこれだろう。

とか書いているが、私は読んでもすぐ忘れてしまう。もうずっとそうなので、読んだときのインパクトが大事、精神分析ならなおさら内容よりインパクトが大事、だってそれは無意識が揺すぶられた証拠だから(言い訳かも)、と思って読んでは忘れる、をそのつもりなくり返している。


私たちのReading Freudで現在読んでいるのはウルフマン症例、「ある幼児神経症者の病歴より」である。使用しているのは『フロイト症例論集2 ラットマンとウルフマン』だ(藤山直樹監訳、岩崎学術出版社 http://www.iwasaki-ap.co.jp/book/b341286.html)。

1910年にフロイトが出会ったロシア人貴族である男性。この患者がみた夢から「ウルフマン」と名づけられた。あまりに有名で、関連文献もたくさんでているこの症例論文、当然私も何度か読んでいる。そしていつも通り忘れていた。

ひとりひとりが全く異なる声で、1パラグラフずつ読んでいた。私は読まれ方で喚起された疑問などをぼんやり考えながら聞いていた。その日はちょっと眠くて「夢」という言葉が出てくるたびにうんうんと夢見がちになっているのを感じた。

章で区切って、とりあえず書いてあることの理解を手助けしながら意見を聞いていたら、なんだかこれまであまり感じたことのない感慨に耽ってしまった。

宗教からして、言葉からして、身分からして、とにもかくにもいろんなことが違いすぎる。病歴も大変すぎる。方言だって理解できない私が、まるで違う環境を生きてきた彼の体験を追体験することは到底できそうにない。

なのになぜだろう。話をしているうちにやはり私たち(私だけではないと思う)はこの症例に身近さを感じてしまう、視覚像を共有したような気がしてしまう、普遍的な情緒を、こころの動きを捉えてしまう。少なくともそんなときがある。それはフロイトの思考に導かれているからだ、逸脱も含めて。どうやら私の感慨は、精神分析がもつ普遍性に対するこれまでとは異なる水準の気づきだったらしい。知らんけど、といいたいけど。

この多神教の国、日本においても精神分析が生き残っているのは、この普遍性ゆえに違いない。この普遍性は確実に、私(たち)が精神分析臨床に持っている信を支えている。たぶん。

以前も書いたが、フロイトの著作の翻訳に完全なものがありえず、それが夢解釈と同様に多義的で、精神分析と同様に終わりのない作業であることから示唆されるように、精神分析がもつ普遍性というのは関わり続けることで生じる変容可能性であり、身体の死を超えてなお生き残るなにかなのではないだろうか。

夢見がちでこんな感慨に耽っただけかもしれないが新鮮な体験だった。

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精神分析

保育園巡回というお仕事

若い保育士たちと対等に仕事を共にできるのは他職種だからだろう。

彼らは現場の切迫感でこちらと対峙する。みてもいないようなこと言うなよ、という迫力を感じることさえある。

違和感に敏感で、傷つきながらもそこに居続け、笑えない状況だとしても遊びと生活を絶え間なく提供する。そういう役割を毎日生きている。あるいは生きようとしている。保育士の仕事は過酷だ。

一方、外部から短時間、年に数回出向く私の役割はかなり限定的だ。というよりむしろ限定的であることを意識し、どこを切り取っていくかを観察によって短時間でアセスメントしていく必要がある。今は様々な保育園の形態や動きがわかるので集団力動も読みやすい。でもこの現場の事情に慣れるまでは苦労した。

限られた時間でおこなう支援は、見かけはのんびりと静かに、しかし実際は現場のスピード感を邪魔しないようやりとりをする必要がある。自分の持ち物と役割を自覚することが大事と感じる。

いくつかの中学校でスクールカウンセラーをしてきたが、保育園のスピード感は育児のそれであって、時間と空間を構造化するスキルは欠かせない。症状や障害のある子どもの行動観察、テストを取りにくい子どもに対する臨機応変な態度、15分間インテークで身につけた聞き方、何かしら役立つものをシンプルに言葉にする努力、などなどこれまで体験から学んできたことを総動員し、反応を確かめつつ、お互いに試行錯誤しながらなんとかやってきた。もう何年になるのだろう。

「先生がくる日はいつもと全然違う」

多くの巡回相談員が言われる言葉だ。

普段の姿を見せたい保育士が、小さな子どもの手を取って笑いながらそういえるような関係はいい。本質はそこではないと彼らはすでに知っている。

私をみて泣き出す0歳児に「人見知りするようになったんだよね」と優しく抱き上げて報告してくれる関係もあたたかい。

私たちは年に数回、合わせても数時間しか会わなくてもお互いの仕事を知っていく。

0歳児からの最初の数年間、子どもたちの成長はこちらの予想を裏切り続ける。大きく見れば本に書いてあるようなことが起きているだけと思われるかもしれない。でもここで起きていることは今ここの関係でしか見られないとても個別の現象だ。

毎年0歳児から5歳児まで新たな子どもたちを迎えながら、毎年毎日、同じように戸惑い、ときに荒ぶる気持ちを抑え、彼らの仕草に笑い、一緒に手をたたき、成長に驚き続ける。

数年も付き合っているとお互いの仕事が浸透しあって観察はさらに精緻になる。真剣な遊びのように共に仕事をする。その点では精神分析と同じだ、と私が思うのは、私の持ち物がそれだからだろう。

多くの人に、多くのことを習ってきた。習うより慣れよ、というより、習い、慣れる、をひたすら繰り返し、特定の文化に所属し、浸透するように型を身につける。0歳児の苦闘に戻ったような、その頃の視線や腕を思い出すような、そういう体験をこの年齢になっても積み重ねている。そこで得る得難い想いは小さな彼らのそれであり、若い彼らのそれとも重なり合うのだろう。

保育園に通い、子どもたちや保育士たちと「遊ぶ」ように仕事をする。保育園巡回はそういうお仕事なんだろう、私にとって。

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精神分析

歩きながら撮る

相変わらず歩きながら空ばかり撮ってる。

山手線を降りて人混みを縫いながらオフィスへ向かう。新宿パークタワーの三角の屋根が空を指している。モノクロの夕暮れに向かってぼんやり歩いていると、時々後ろの人がぶつかりながら追い抜いていく。さっきよりもっと端のほうをだらだら歩く。

文化服装学院のほうに出ると道が開ける。西新宿は東や南と比べると同じような色が多いが、この辺りは華やかだ。

さっきよりモノクロの夕暮れに近づいたが、グレーの雲の濃淡ははるか彼方まで続いている。少し圧倒された。あの明るい鱗雲はどこへいってしまったのだろう。美しい水色に規則正しく並ぶ白い雲たち。立冬を過ぎた頃から感染者数が増え始めたが、その頃はまだそんな空が見られた気がする。

外灯で少し不自然に輝いている銀杏を見上げる。銀杏にも個性があって、日当たりなど環境との相互作用で色づき方は異なるという。高層ビルが好き好きな高さで建つこの街の銀杏を見ているととても納得がいく。

店の窓はクリスマスの灯りが増えた。この時期、西新宿の高層ビルにはいつの間にか大きなクリスマスツリーが現れる。オフィスを構えてからは、毎年11月に東京オペラシティのサンクンガーデンでの設営場面を見るようになった。

20年以上前、できたばかりのオペラシティを通って家に帰っていた。あの頃、一階にはドーナツ型のソファがいくつかあって、この時期になるとその真ん中にサンタクロースが置かれていた。

西新宿からも多くのベンチが撤去された。居場所を減らすことで成立する美しさとはなんだろう。

色々な色、色々な形のコートがあるものだ。まだ大きなマフラーを巻いて身をすくめるように歩いている人は少ない。上着の前も開けたまま俯き加減に、あるいは賑やかにおしゃべりをしながら女性たちが通り過ぎる。数人は新宿駅へ続く地下道へ消えていった。

まだ肩パッドが流行っていた頃の私のコートはパッドを外してもかっちりした形を保っている。これパッドの意味あったのかなと思うこともある。このコートを着ると自分のシルエットが長方形になってしまいちょっと可笑しい。背の低い私には大きすぎるような気は最初からしていた。よって着こなせず、たまにしか着なかったからまだきれいだ。でもなぜか今年はこればかり着ている。年齢がこの形に追いついてきたのかもしれない。

前方からは仕事を終えたらしきスーツ姿の男性たちが横に広がったまま向かってきた。数年前の学会で同じ学派の先生方がこんな感じで歩いてきた場面を思い出した。オーシャンズ11みたいだ、と思ったんだ、そのとき。

今年はコロナで学会なくなったけど。

道で偶然出会った年配の女性とおしゃべりをした。とても80代には思えない身のこなしで前から歩いてきた彼女にすれ違いざまに気づいた。あまり体調がよくないらしい。人を蝕むものはコロナだけではない。

お金の問題についても考えていた。オフィス街では私が一生体験することがないであろう金額の話が飛び交う。お金も人を蝕む。誰でも座れるベンチが撤去されていくように。

こころをお金で語ったのも精神分析だが、フロイトはかなり切実な問題としてこれを扱った。

精神分析家になるためには訓練が必要である。国際精神分析協会(IPA)の基準と他の団体のそれでは異なる点があるが、なんにしてもそれに「なる」ためには精神分析を受ける体験が必須だ。長い歴史に支えられた組織で長期間、ある型を自分のものになるまで身に付け、かつその少し先を見据えるために鍛錬を積む。目には見えないが手応えのある環境として、存在として、自分を提供し、かつ自分の生活を維持していくために、莫大なお金と時間をさいて修行する。提供できる自分になるために。育てる自分になるために。それは痛みにしか感じられない場合もあるけれど、もしそうならその痛みを体験する自分にじっと注意を向ける。痛みを通じて学ぶことは多い。今大人気のアニメたちもそれを描き出している。もちろんそれらが光と闇で描き出すように、痛みが憎しみに変わり奪い取ることで満足を得る自分になる可能性だってあるだろう。憎しみに覆われた彼らが空を見上げている場面はあまり見ない。

もはや運みたいなものかもしれない。精神分析家候補生になるためには訓練分析家からの査定があるが、私はそれをなんとか通過してなんとか候補生としての生活を維持している。しかし、この「なんとか」とか「ギリギリ」の感覚はいつも付き纏う。いつ終わるかわからない日々であること、大切な人をいつ失うか全くわからない日常を生きていること、その不確実さだけがなんとなく私を奮い立たせ、持ちこたえさせる。

「希望」とかたやすくいう人をわたしは疑う。というか私は言わない、たやすくは。あえてそんなこといわなくても今日もなんとかやっている、私はそういう事実を大切にしたい。そこには静かな価値が眠っている。

明日にまた会える。多分。そしたらまた写真を撮ろう。

ところで、一ヶ月前に歩きながら撮ったのはこちら。季節はめぐる。

https://note.com/aminooffice/n/n38ce1485734e

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移行

noteに書いていたものは少しずつこちらに移行します。

オフィスのメインのサイトはこちらです。

https://www.amipa-office.com/

サブのサイトです。

https://aminooffice.wordpress.com/blog/

noteにはこんなことを書いていました。

https://note.com/aminooffice

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精神分析、本

応答

國分功一郎と熊谷晋一郎の対談が一冊の本になった。『<責任>の生成―中動態と当事者研究』である。読み始めたが、書名の通り、國分が『中動態の世界』で明らかにした中動態の研究と熊谷の当事者研究についての研究を基盤に<責任>について考える本であるらしい。朝日カルチャーセンター新宿での対談に加筆修正を施し、再構成したものだそうだ。

私が國分さんに出会ってその著書を読み、いまだに機会があれば講義を聞きに行ったりしているきっかけも朝日カルチャーセンター新宿だった。東日本大震災の頃に哲学を求め通っていた。

そうしてたまたま國分さんを知ったあともその言葉に興味を持ち続けているのは、國分さんが精神分析に言及し、精神分析家と対話をしてくれているからだ。信頼し、尊敬している哲学者が自分の領域とつながってくれていることはそれだけで嬉しい。

今回、この本を楽しみに待っていた理由も精神分析との関係においてで、國分さんが、当事者研究は精神分析が民主化されたものと位置付けていることに違和感を持っているからだった。私はそれをはじめてきいたときから「え?」と思っていたが、それを自分の言葉で説明できなかった。

でもその後も著作や対談や講義に触れ、それについて考えるなかで、この<責任>についての考え方がひとつの突破口になるのではないかと思った。

國分さんがまえがきにおいて「責任(レスポンシビリティ)は応答(レスポンス)と結びついている」とハンナ・アレントを引用しているように、私も私なりのしかたで応答をしていきたいと思う。ので読み進める。

熊谷晋一郎氏は以前『リハビリの夜』を書き、当事者側からリハビリ体験を再構築した(脱構築というべきなのか?)。これは新潮ドキュメント賞を受賞しているように、ものすごく生の体験の記録として非常に価値ある一冊だと思う。

今回の本では立ち位置は異なり、その生々しさはかなり知的なものに置き換わっている気がするが、あのドキュメントは傍らにおいたうえで読みたいと思う。

お二人の日々のためらいと挑戦とそれを公にする痛みに対して応答していくこと、読者としてはそういう試みができたらよいと思う。

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精神分析

simply listen.

誰もみていないのになんでだろう。なんとなく気が咎めて反射的に奇妙な小細工みたいなことすることあるよね、と話しながらゲラゲラ笑った。

「小細工」という言葉がそのときは妙におかしかった。自分に対して行う「小細工」。
どうして私たちはそのままいることが難しいのだろう。

精神分析のお約束は「自由連想」だけどそれがいかに不自由か、ということは分析を体験している人には強く実感されることだろう。
なんか知らず知らずのうちに小細工するの、自分の言葉に。
控えたり、すり替えたり、小さな声になったり、慣れていない言葉使ったり。

夢の中での冗談は笑えないと言ったのはフロイトだっただろうか。
おそらく「機知」論文の中でフロイトがそう言っている。
最近、現実でも笑えない話が多い。
というより笑ってすますことができなくなってる?以前だったら笑えた話も笑えなくなっているような気がする。

言葉ひとつ足りないくらいで 全部こわれてしまうような かよわい絆ばかりじゃないだろう
さあ見つけるんだ 僕たちのHOME♪

B’zのHOME。この部分、しょっちゅう口ずさんでしまう。

小さい頃、落語をラジオで聞いていた。一部、布張りのしっかりした箱に入ったカセットテープの全集は東京に持ってきて、今も私の部屋にある。

当時は何を言ってるのかよくわからなくて、でも大人たちが笑うのがおかしくて笑った。
実際音の揺れや動きやリズムは子供の私にも楽しかった。

今、私たちは言葉を音楽として聞けているだろうか。言葉の単一の意味ばかりに注目し、その多義性に心閉ざしていないだろうか。意味だけでなく、言葉が紡がれるときのなにか別のものを取りこぼしてはいないだろうか。

いつもそんなことを考えながら患者の言葉をただ聞く。simply listen.
フロイトが技法として書いた言葉だ。
シンプルな言葉は奥深いし、難しいし、ただ真似をするということをさせてくれない。
なのに響く。「だから」響くのか。


今、No music, No life.にかけた言葉を思いついたけど恥ずかしいから書かない。
どうしてこうやってサラサラ書いてると本当にどうしようもないことが浮かんできちゃんだろう。
自由連想って危険だから不自由になるのね、多分。

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精神分析

失敗

校正したのにまた間違うという失敗。

しかも何を間違ったのかわかるまでに結構時間がかかってしまった。

あーあ。どうしていつもこんななんでしょう。

英国の精神分析家のウィニコットは「失敗」という語を母親と乳児の関係で用いた。

赤ちゃんを産んだばかりのお母さんは我を忘れて赤ちゃんの世話に追われる。でも少しずつ「あれ?私誰だったっけ?」という感じでもとの自分を取り戻しはじめる。

これって精神分析を体験する人ならそのプロセスで分析家の身体を借りながら自分の赤ちゃん部分を世話している分析状況を思い起こすと思う。

それはともかく、ウィニコットはお母さんが赤ちゃんにぴったり適応している状態から離れることを「失敗」といった。

お母さんは神様のように万能ではなく、もとは小さな赤ちゃんだった人なので(わたしたちみんなそう)、当然この「失敗」は避けられない。人間である以上、本当には二人でひとつにはなれない以上、どうしても起きてしまうのだ。

赤ちゃんは泣き叫ぶようにお母さんの「失敗」を指摘し続けるけどそうしながら赤ちゃんの方も気付くことがある。

こうして目線を送れば、こうして声をだせば、このくらい待てば、お母さんやお父さんはみてくれる、きてくれるんだと。もちろんぼんやりと。無意識に。

母親の「失敗」が赤ちゃんに学ぶ機会を与えるのである。もちろんこの場合の「失敗」が傷つきになる可能性もあるわけだが、お母さんが自分のこころの揺れに無理なく付き合うことができれば、そうできる支えがあれば、きっとそれはウィニコットのいう必然的で必要でさえある「失敗」の範疇だろう。

まぁ、私が校正で失敗したのはウィニコット絡みなのでなんとなく書いてみたけどかなり大雑把です。あしからず。

今日の東京は弱い雨。失敗しては取り戻す。そんな毎日ですね。

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ぼんやり

「私、猫派」「私は犬派」みたいな話ってわりとよくある。昔、休日の過ごし方について友達とおしゃべりをしていた。「休みの日は外に行かないともったいない」派の友人はたしかにいつもアクティブだった。電車でも本を読んだり、音楽を聞いたりなにかしらしていた。私はボーッとしたりウトウトしていたら何時間も経っていたなんていつものことで、電車もそれでしょっちゅう乗り過ごしていた。バイトとかボランティアとかなんらかの活動を促される場にはいつもいたのでそのおかげで外で活動していたけれど何もなかったらずっとうちにいたかもしれない。

なのでこの仕事は合っている。いつもの曜日、いつもの時間にくる人たちを迎え、50分間一緒になんらかのことをやって、送り出して、次の人を迎える。毎日朝から晩までこうしていたいが、今はまだ外での仕事もしている。

空き時間は書類仕事などもするけど、こうして徒然なるまま何か書いたり、やっぱりぼんやりしたりしている。寒くなってくるとストーブの前でただじっと物思いにふけったりする(ものは言いようみたいになっているかもしれない。私は一応心理士でもあるからリフレーミングといおう)。

本はたくさん読むけど何冊も並行してぼんやり読んでいるので学習目的で読まねばならないときは結構辛い。知っている人が書いた本はとりあえず読んで感想を送る。相手を知っていると対話的に読めるのがいい。

今年10月に『精神分析にとって女とは何か』(福村出版)という本が出たが、編者であり著者でもある西見奈子さんは知り合いだ。この本も送ってくださったので、すぐに読んで短い感想を送った。この本についてはほかでぶつぶつ呟いたけど、何々にとって何とは何か、という問いって色々言い換えると面白いよね、と思っていた。「精神分析にとって「女である」とは何か」とか「である」を加えたり、「女にとって精神分析とは何か」とかしてみたり、問いの立て方自体にその人の立ち位置が見える気がする。「女にとって精神分析とは何か」は精神分析をなんらかの形で体験している人の立ち位置な感じがする。著者の性別を知ったときになんらかの推測をすることもあるかもしれない。

私だったら「私にとって」という問いから始めることになるだろう。

女であること、精神分析家候補生であること、それ以前に人間であること。「である」「になる」の違いは哲学でも取り上げられていることで私にとっても大きなテーマだ。「ではない」「にならない」と否定形を意識しながら思考する。ハイデガーではないが存在と時間の問題でもある。設定とプロセスの問題でもある。私にとっていろんなことはなんなのだろう。

と手が動くままに書いているとあっという間に10分、20分経つわけで、お昼においしいもの食べたいなと献立を考えだすとまたすぐ時間が経って、という感じで夜が来て夢を見て朝を迎える。

やっぱり私はこの仕事のリズムが合っている。それぞれの生活を営む誰かが同じ曜日、同じ時間に来て、夢を見るようになにかして、生活に戻る、お互いに。

今日もいいお天気。やること終えたら仕事までぼんやりぼんやりしましょうかね。良い一日をお過ごしください。

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精神分析

環境

どうしても母親の気持ちを知りたい、執拗に、執拗に。

臨床場面ではそのような切実な想いにたくさん出会います。この場合、知りたい対象が実際に生きているか、そばにいるかは関係ありません。こころのなかで、こころと言わないならば記憶のなかで(どちらも現象としてしか捉えられないけど)生きている人に向けられた行き場をなくした強い思いというものが今ここに現れることがあるのです。

精神分析でいえばそれは患者と治療者の関係として現れ、それは転移と呼ばれています。

切り取られ、リピート再生されるように同じ場面、同じ状況が不思議と持ち込まれる臨床現場はすでに時空の歪みが生じているとも言えるでしょう。過去・現在・未来が動的に作用し合う可能性がそこにはあるようです。

ただそこにはとても強力にネガティブな感情も動いています。そのため精神分析家のウィニコットが当時の精神分析に欠けていたものとして描き出した「環境」がとても大切になります。

誰かと何かを知ろうとすることはリスクを伴います。多くの傷つきを反復的に体験します。だからそこには支えが絶対に必要なのです。安易に外的な第三者を導入するのではなく、二者を守る環境を治療者側が外的、内的、心的に準備する必要があるのです。それを可能にするのが訓練としての治療です。精神分析でいえば精神分析を受けることです。

今度、出る本の一章では精神分析ではなく、精神分析の知見を活用した理解をしながら行なった心理療法の症例をもとに、そんなことを書いてみました。何事にも準備が必要で、支えが必要だ、という一見当たり前のことを何度も思い出す体験をするのが臨床なのでしょう。私たちはすぐに相手との境界を曖昧にしてしまいがちだから。傷つきやすいのにそうしてしまうのは人間の本性でしょうか。

穏やかなお天気が続いていますね。良い一日をお過ごしください。

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読書

老眼鏡

今年は美味しい柿にたくさん出会えているけど美味しい林檎になかなか出会えません。どうしてかしら。

老眼鏡をはじめて使ったのは何年前だったでしょうか。ずっと目がよかったので見えなくなるという体験には戸惑いました。そして老眼鏡の効果に驚きました。でもその効果もまた薄れてきてしまってまた度数をあげなければという感じです。

老眼になってから本当に資料や本を読むのが億劫になってしまいました。画面上で拡大したとしても、画面の文字はそれはそれでこうやって見にくいのですよね。慣れないとでしょうけど。

若いうちにもっと読んでおけばよかった、と思うときもありますが、読んだからどうだったか、と考えるとなにかがそんなに変わったわけでもないような気もするのでこうやって生じている老いに身を委ねながら日々の不便を感じ、道具の便利さに感謝し、人の助けに気付きながらやっていけたらいいのかな、と思っています。

今朝の柿も当たりです!朝焼けもきれいだったし、よい一日になりますように。

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精神分析

自由

人は簡単に自由を奪われたような気がしてしまいます。奪えるような気もしているかもしれません。

そんなことできるはずないのに、と思ったり、そうかもなと思ったり。「自由」というなにものか定義しづらいものを相手にするのは大変です。

障害を持つ人がいう自由、捕らえられた人がいう自由、結婚した人がいう自由、子供を持ったいう人が自由、子供の自由、大人の自由、どれにも当てはまらない人がいう自由、いろんな自由は不自由さを抱え込んでいます。もう存在そのものがそうで、身体を持っていること、こころが動いてしまうこと、感覚が麻痺していてもそれを麻痺と知る脳を持っていること、これらは自由と不自由両方の基盤でどちらかだけを生み出すことはできないのでしょう。

逃れようのないものから離れようとするために人はいろんな防衛を発達させてきました。それでも逃れようはないのだけど。

フロイトが「不幸をありきたりの不幸に」と言ったのだって「幸せ」の定義が難しいから不幸一元論(そんな言葉はない)で言っただけではないでしょうか。

不自由一元論。ないものから始めること。ないことを前提にすること。そんなことはあり得ないと思いながら求め続けること。私は今のところそれを「自由」と呼んでいます。誰にも侵害されない願いのこと。

哲学者には叱られちゃうかもしれないけど。哲学者じゃない自由で遊んでいるだけだからご容赦願えたらと思います。

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ウェールズ

地上へ向かうエスカレーターから空が見えた。真っ青だった。

ウェールズは美しい土地だった。目的地に向かうバスの中、一番後ろの中央の席には美少女が鎮座し、彼女よりずっと子どもっぽく見える男子たちがそれを取り囲んでいた。そこでは皆ウェールズ語を話していて内容は全くわからなかった。おそらく同級生だろう。男子たちの声かけをほぼ無視して無表情で前をむき存在感を放つ彼女は私のなかでウェールズの一部を形作った。

最初に訪れたB&Bが満室で友人を紹介された。すぐ近所の家の外では女性が手を振って待っていてくれた。そちらへ向かうと彼女はすぐに「ちょっと待ってて」と英語で言って家に入りテレビに釘付けになった。ブラウン管のテレビの画面では宝くじの抽選会をやっていた。宝くじで待たされる経験はすでにしていたので「イギリス人は本当に宝くじが好きなんだなあ」という経験的知識を得た。

少しは当たったのか全く当たらなかったのか。ある程度待たされてから案内された部屋はこじんまりしていてロンドンのホテルよりずっと居心地がよかった。バスルームに置かれたバスタブは映画のようにおしゃれだったが入浴する文化ではないしどうやって使ったらいいものかと思った覚えがある。あとはバスタブのかわいさと積まれたタオルしか覚えていないので無難に使用できたのだろう。

昼間はお店の小さな窓からフィッシュ&チップスをテイクアウトして湖のほとりで食べた。空と山と湖、なんという贅沢だろう。静かだった。フィッシュ&チップスはロンドンのものとは少し違った。そこのがあまりに美味しかったので日本でもずいぶん試したが、「美味しさ」というのは直観されるものらしいことを知った。

他のことはあまり覚えていない。ただウェールズは別格だと思った。大好きだと思った。あの空の下、あの湖のほとりでただ座っていた。当時の私はまだとても若かった。

あの頃には想像もつかなかった出来事、全く知らなかった気持ちといまだに出会う。少しゆっくりしたいなと思うとき、あの感触が私のなかに蘇る。

旅をしてきてよかった。やはり背景を変えるだけとは違うのだ。いや、それだけでも「私」は少し違う自分になれるのかもしれないけれど、ただそこにいて、ただ時間を過ごす。知らない言葉が交わされる世界の内側にじっと身を置く。そうした体験は、私が意識的に何かを施すまでもなく、必要なときはこうして色濃く蘇って支えてくれる。

私がしていることもそうしたものであればいいのに。無理や努力ではなく、その人がすでに持つ可能性が息づく場所づくりをできるように、といつも願う。

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冬眠

最近、出来事に対して中動態的な性格を与えることを試みていたらしい。

でも現実はやはり現実で、そんな無理をして乗り越えることではないと思った。

防衛として思考実験的に続けてしまうだろうけどこの概念の使い方としては間違っているのだろう。

積み重ねた小さな傷つきは無理になかったことにしなくていい。

それとともにどう過ごしていくのかについて考えるのはひどく苦痛だろうけど。

なかったことにはしない。小さい傷つきを大雑把にまとめあげない。

織物のように密に重なりあう糸の連なりに目を凝らす。

どこで絡まったのか、どこで切れたのか、もう紡ぎ直すことはできないのか。

誰かと一緒にゆっくりみなおす。

そうこうしているうちになにか別の感触で、生じつつある出来事を体験するかもしれない。

別、というだけでそれが苦痛を和らげるかはわからないけれど。

立冬を過ぎて本当に寒くなった。寒さでさえ辛いなら冬眠だってありだ。

ありさんいないねえ、ねんねしちゃったねえ、と保育園児も言っていた。彼らの小さな手はあたたかかった。

冬眠して果てない夢をみる。それこそ中動態っぽい。

適当なのは寒さのせい。たぶん。

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少しずつ

毎日思いもかけないことが起こるのだけど、これからもずっとそうなのでしょうね。

「またか」という失望を伴う出来事ですらそれがまた本当に起きるとびっくりしてしまったり。何度も何度も辛い思いをしたいわけではなかろうに、と自分でも思うのに。不思議です。諦めが悪いのかもしれません。

こころは意識的にどうこうできるものではないと思っているので、何か感じたり考えたりする自分に委ねるしかないと私は思います。いろんなことは起きてから。

だから「待つ」ことの重要性ばかりいっているような気がします。言い聞かせてるだけのような気もします。難しいです。

息苦しくならないために何かいったつもりがその言葉にまた息苦しくなってしまう。精神分析の方法である自由連想にはそういうところがあります。不思議ですね。

自分で自分を欺くようなことをして苦しんでしまう私たちを「人間ってそういうものだ」みたいにいうのは簡単ですし真実かもしれませんが、この仕事ではそういう言葉は自分以外の誰かがいうものではないのでしょう。

少しずつですね、何事も。

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精神分析

精神分析という文化

もし願うとしたら自分や大切な人たちが他でもないその人としてここにいられるように、そのための支えとともにいられますように。

精神分析が明らかにしたナルシシズムは、簡単にいえば現実を自分仕様にカスタマイズする性質のことだろう。それは変容を妨げる。良い悪いの話ではなく、逃れようのないそんな自分の性質に自分で抗うこと、フロイトのいう「抵抗」とは別の方向へ。

といってもフロイトは自我、超自我、エスとの関係でそれを記述したどまりでそんなに明確にしたわけでもないのか。

知られざる自分との出会いを可能にするものとして、精神分析は設定、技法に特殊な仕掛けを含ませ、その理論を発展させてきた。

そして、そのプロセスにおいて対象を限定しなくなり、多様性に開かれてきた。それでもいまだ「自己変容」というフロイトの言葉は謎のままである。変容とはなんだろう。

精神分析プロセスにおけるカタストロフィは患者だけのものではない。二人にみえる人が転移-逆転移関係においてこころを行ったり来たりさせながらそれ以上の関係を、あるいはそこを通底するものに触れていくプロセスは苦闘である、と私は思う。


そのプロセスはその人を他でもないその人として立ち上げるかもしれないし、再びナルシシズムの世界に安住することを選択させるかもしれないし、もっと別の形をとらせるかもしれない。

私は願う。とは、誰かが私を願ってくれることだと私は思う。ただそこにいることを。いずれそこに動きが加わって分節化して名がつくかもしれないし、何かのイメージにとどまるのかもしれないけど、私は願われている、という感覚をお互いがもてるとき、そこが変容可能性の場所になるのではないだろうか。

精神分析は過去に原因を求めているという大きな誤解は、体験なくしてとけるものとは思わない。ただ言えるのは、私たちは程度の差はあれ、いつだって何度だってなにかしらやり直そうとしているではないか、直線的な時間に逆らうまでもなく、過去とともに今ここにいるではないか。

精神分析はそこで二人でなにかをやることで存在が分節化するのを待っている。そんな治療文化なのではないだろうか、と私は思う。

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精神分析

声を待つ

フロイトが使った「失錯行為」という言葉はドイツ語だとFehl=失敗とleistung=達成の組み合わせでできているという。意識的には失敗でも無意識的には達成、ということか。だとしたらいかにも精神分析らしい。

「最終的には失敗することで成功する」といったのは小児科医であり精神分析家であったウィニコットだ。

「なんにだって意味がある」と言われたら「それはそうですね」と思うし、「無というものが在る」とか言われれば「なるほど。そうもいえますね」と思う。しかし、こういう逆説にいちいち感動していた日々はもう遠い。

臨床場面ではそういう言葉はひとときの安堵をもたらすかもしれないが、使うタイミングによっては嘘っぽさすら含む。もちろん、二人が別れたあとに思い返すその瞬間が同じようにそうだとは限らないが。

言葉は単に多義的というよりも時間や場所によってその意味を変えていく。同じ言葉でも名のある人が言うのとそうでないのでは全く意味が異なったりもする。言葉の難しさと醍醐味だ。

ただ、もはや口にしたくない言葉というものもある。外傷の表現がそうだろう。多くの外傷場面が言葉にならず視覚的にフラッシュバックされるように、傷は言葉と距離をとる。逆説の豊かさはそこでは過剰な刺激になるかもしれない。そこで求められるのは沈黙でしかないかもしれない。

それでも、私たちの多くが言葉で生きていることに変わりはない。自分の言葉を編み出すこと、口封じをされたら別の場所から言葉を出すこと、本当に悲しいときに沈黙できること、そしてそれができる環境があること、赤ちゃんの切迫した泣き声を思い起こすこと。泣き声も言葉だ。

どうかその声が届きますように。その意味が伝わりやすように。

言葉を使うことは曖昧さに耐えることでもあり、決めつけに抗うことでもある。こころの声を待つ。いずれくるなんらかの判断に向かって。

『ゴドーを待ちながら』みたいな。

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徹底的に

渋柿よ徹底的に渋くなれ 山﨑十生

「徹底的に」っていいですね。私はすぐ焼酎につけちゃうけど。渋柿よ少しでいいから甘くなれ、と。全然俳句らしくないですね。言葉の置き方ひとつで見えてくる景色が全く変わってしまうのが俳句です。

ハロウィン南瓜無造作に置かれ 宇多喜代子

南瓜の置かれ方をこんな言葉の置き方で・・。いい句。いつの間にか過ぎていました、ハロウィン。

渋柿の渋って本当に辛いですよね。あ、「つらい」と読みます。お分かりだと思いますが。それにしても「辛くて辛い」というのはいいますが、「辛くて辛い」はいいませんね。言葉は不思議です。

フロイトは1905年『機知ーその無意識との関係』のなかで言葉遊びについて書いています。ご存知の『夢解釈』、当時は夢解釈よりも売れた『日常生活の精神病理学にむけて』に続く論文、というか単行本かな。

フロイト は言葉の音、文字、意味、イメージなどいろんなものをいろんな風にずらしたり置き換えたり重ねたり変形したりしていくのが趣味というか仕事だったのですが、この「機知」論文、機知ってジョークとか冗談って意味のここでも大真面目にそれをしています。

しばらく読んでいなかったので忘れていますが再読の機会を得ました。今回は、フランスの哲学者サラ・コフマンが書いた『人はなぜ笑うのか?フロイトと機知』も参照しながら読んでみようと思います。

フロイトがユダヤ人であったこと、その事実と影響を考えながら。

国も時代も異なれば、それを自分たち仕様にカスタマイズするのは普通のことだろう、という人がいます。でもそれをするにはやはりそれを、たとえば精神分析を、十分に体験しながら、情緒と思考が重なり合う身体を作り、イメージを更新させることが準備として必要だと私は思います。

ということを再読していた『戦争は女の顔をしていない』(岩波書店)を通じて感じました。戦争は体験してはならないものなので、こうして学ぶ必要があるのでしょう。

漫画版も出ましたがその前に本書を読まれるとよいかもしれません。文字なのに、それがこう連なると本をギュッと握り目を逸らしたくなる、そんな瞬間が訪れる描写がされているように思います。

徹底的に。学びのある局面ではこれしかない、そんな風に考えたのでした。

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『原子力時代における哲学』

國分功一郎は『暇と退屈の倫理学』で楽しむのにも訓練が必要だ、みたいなことをいっていた。違いのわかる人はそれ以前に学びがある。消費ではなく浪費家であれ、贅沢であれ、と「暇」という時間に価値を見出したのがあの本だったと思う。

昨年、國分さんは『原子力時代における哲学』(晶文社)いう本を出した。この本は精神分析に関するテクストとしても読めると私は思う。だから精神分析家の十川幸司とのトークイベントもあったのだろう。フランス現代思想にも造形の深いお二人の対話はさぞ面白かっただろうと思うが私はいっていないからわからない。

先に挙げた「暇倫」は精神分析の設定と繋がる。

私は、國分さんが当事者研究の文脈で使う「精神分析」には異なる感触を持つけど、この本で引用されるハイデガーの「放下」概念はまさに精神分析で生じていることだ。

國分さんはフロイトのナルシシズム概念を参照する。そして、原子力時代を生きる私たちは万能的に「贈与を受けない生」の実現、つまり「何ものにも依存しない完全に自立した状態」を欲望しているのかもしれない、原子力を悪魔としたら、それは人間のこのナルシシズムに付け入ってくる、という(不正確かもしれないから原著を読んで)。

その箇所も説得力はあるが、やはり私は「放下」という概念に魅力を感じた。精神分析プロセスにおける「待つこと」、私はそれを精神分析の本質だと思うからだ。と書くなり「本質」という言葉自体の危うさも感じるが。

「隠された意味に対して我々が開かれて、それを受け取るようになること」、國分さんがいうように精神分析はそこに対しては「大きな手助け」になるのである。

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母方言

言葉は難しい。

中井久夫が『私の日本語雑記』(岩波書店)の「翻訳における緊張と惑い」の章で、母方言と他の全ての相違を調べるテストを紹介している。

「それは端的なワイセツ語を口にするというテストである」「大学に行って北海道ではこういうのだと教わったが、私が「へえ、そういうの?」とその言葉をふつうの音調で返したところ、相手は「やめてくれ」と身をよじった。そのように、母方言とは、一般にこれほど激しい羞恥心を起こす「情動に濡れた言語」である。私にとっては共通語の四文字や他地方の方言は、タブーに対して強い原始的反応を示さない点で少しばかり外国なのである」。

これは精神分析臨床をしているととてもよくわかる。そこで話される言葉は特別だ。なんかね、言い始めるとそれこそ原初的なこころが動き出しそうで眠れなそうだから書かないけど、というか夢がカウチでひそやかに語られることが必要なように、こういう言葉は大事にした方がいいと思うから話しすぎないことだね。

生々しく身体と共にある母方言。単なる母国語ではない言葉。こころ揺さぶられる人もいればそうでない人もいるだろうけど、私は臨床家なので傷つきのほうに注目する。ひどく傷つく人がいる以上、簡単に言葉で説明することは避けないとと思う。

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責任

痴漢にあったという話を聞くのは全く珍しくない。これだけ被害の数が多いのは日本のどういう部分と関係しているのか、あるいは関係ないのか、ということを考え始めたところから先日「被害と加害の言葉」というタイトルで書いた。日本文化というものを組み込んで考えるには力量不足なので、とりあえず広辞苑、日本語シソーラスなどを調べ、言葉の面からなんとなく書いた。

ちなみにジーニアス英和辞典ではsexual molester,groper,sexual pervert,child molesterとあり、日本語の「痴漢」は意味の幅が広い、とあった。また仏和辞典のプチロワ4ではsatyreとあった。驚いた。それにしても最近、ギリシア・ローマ神話とよく出会うな。サテュロスは好色、酒好きな半人半獣の森の精である。フランスではこれが「痴漢」の訳だそうだ。また、英語でもフランス語でも例文には「電車(地下鉄)で痴漢にあう」とあった。どの国でも車内は被害の場となりやすいのか。公の場でもあるのに。

ちなみに日本の鉄道で痴漢が発生した時期については原武史が『鉄道ひとつばなし』(講談社現代新書)のなかで少し書いている。これは牧野雅子の『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』(エトセトラブックス)とは全く目的が異なる本だが、原の「当時の人々の手記を見ても、列車内で見知らぬ人どうしが会話することは珍しくなく、その習慣が通勤電車にも継承されていれば痴漢は発生しなかったはずである」という言葉は、牧野が痴漢取り締まりの担当警察官の言葉としてあげた「被害に遭いやすいのは、全体から受ける印象が、おとなしそうなタイプの人」というのと関係してくるだろう。ちなみに肌の露出と被害の相関は特にないそうである。

被害者がひとりの抵抗、ひとりの勇気で「声をあげる」のではなく、自然な会話が外からの一方的な侵入を防ぐ、そういう環境は本当に大切だ。無言の群衆のなかで声をあげる勇気を持て、なんて無責任なことは言えない。非対称的な関係自体がすでに言葉を奪ったり歪めたりしている可能性にも敏感である必要があるかもしれない。

さて、言葉には、その人だけの言葉、二者にしか通じない言葉、第三者に向けられた言葉という分類(北山修が書いているかも)があったり、オースティンの言語行為論など様々な視点があるが、専門用語を使った論考はきっと誰かが書いているだろう。だからとりあえず思考をめぐらす。

牧野の本で引用されていたフレーズには一定のレトリックがあった。そもそも痴漢を加害と思っていたら公の媒体で軽々しく語るなんてできないわけだが、公にして悪ふざけにしてしまうことで悪意のなさを示し、責任を問われないようにという意識的、無意識的な動機が働くのだろうか。

悪意のなさというのは実際本当に厄介で「そんなつもりはなかった」という言葉も嘘ばかりではなかろうと思うと、もう天を仰ぐしかないというような気持ちになる。一方で、牧野が書いているように冤罪のことになると急に我が事として心配しだすというのもまた不思議な話で、すでに起きている被害とまだ起きていないことは本来別次元で取り扱うべきものだと思うが、そうではないので書名にも「被害と冤罪」が並んでいるのだと思う。

また、被害者に被害者資格のようなものを想定し、いつのまにか被害者から個別性をはぎとり、被害者の言葉を奪っていくのもこれが暴力であるゆえんかもしれない。もちろんこれは女性と男性という二分法において生じていることではなく、男性の被害者に対するラベル貼りなども事例として思い浮かぶ。

「そんなつもりはない」「みんなやってる」という言葉に戻ろう。「つもり」とか「みんな」というのは空虚な言葉だ。みんなって誰。つもりって?個人の意思というのがいかに間違いやすいかはすでによく知られているだろう。

「つもり」はどうであれ、生じた出来事には責任が発生する。

とはいえ責任をどうやってとるか。これもまた難しい問題だ。大人が子供に「ごめんね」と言わせて仲直りさせるような形ではなく、自分で責任を引き受けることの困難さについても考える。もしかしたら加害者は今いる位置から一度降りてみる、ずれてみることが必要かもしれない。非対称であることを十分に意識するために被害者と同じ立場、子供と同じ目線に立つこと、つまり加害者も被害者である可能性を保持する事である。そこにも支援があるとよいと思う。

自分から自分を引き剥がす。それは結構大事なことのような気がしている。

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無責任

まずは日本の精神分析家の岡野憲一郎先生のお話を聞くことができるポッドキャストのご案内です。https://anchor.fm/talksonpsychoanalysis-jp/episodes/ep-elh7u6/a-a3kvmg6

テーマは「日本人の精神分析家が恥と解離について論じる」。アメリカでの臨床経験も長く、日本とは全く異なる患者さんをたくさん診て帰っていらした岡野先生がずっと探求されているテーマです。

恥の概念は日本文化を考えるときにどうしても突き当たってしまいます。ここ数日「痴漢」について日本文化と絡めて考えていましたが、私が行き着いたのは竹取物語でした。

あれも恥と罪の話であり、その手前には北山修先生が取り上げる古事記があるわけです。古来から続く日本人のこころというものに出会ってからいまいちど現在の私たちを見直し、精神分析的に考えてみるとき、なんとなく緩い、儚さに似せて軽い、なあなあで反復をやり過ごすどこか無責任、というか、責任を個人から集団に引き伸ばして薄めるような、あるいは天の羽衣で思考を奪う万能感のようなもので恥と罪悪感をやり過ごしているような日本人の姿をみたような気もしました。

そしてそれは時としてひどく相手を傷つけます。

痴漢という暴力と健康な性の境界線もこうして曖昧にされてきたのではないかという一応の仮説を立てたわけです。

もうずいぶん前の本ですが芹沢俊介が『子どもたちの生と死』において、「限界としての権力について」とか「否定性としての普通、許容性としての普通」について書いていたことを思い出しました。

精神分析でいえば超自我との関連という話になると思いますが、私が今回、見出した超自我的な緊張感を維持できない、したくない、嫌う日本人のルーズさや無責任というものがあるとしたら、それについて(反転させてポジティブな言い方をすることもできると思いますが)はもう少し考えてみたいと思います。

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「ニンフの蹄」

『エコラリアス  言語の忘却について』ダニエル・ヘラー=ローゼン、関口涼子訳(みすず書房)、言語哲学の本である。

第十三章「ニンフの蹄」にはユピテルに見初められ愛人にすべく連れ去られた可愛いイオの話が載っている。ユピテルの妻、ユノーから隠すために雌牛に変えられてしまったイオ、それでもユノーの嫉妬から逃れることはできず監視され、助けを求めても牛の声しか出せず、腕を伸ばしたくてもその腕はすでになく、自らの声もおぞましくて聞くこともできなくなったイオ。

そのイオが父親イナコスにだけは自分が変身したことを告げることができた。イオが使ったのは蹄だ。イオというアルファベット2文字の名前だったことも幸運だった。I、O。

「変身が残らず完全なものになるためには、逆説的なようだが、まさに変身というその出来事を記す跡を保持していなければならないのだ。」(P140)

I、O、すでに雌牛であるイオの蹄はイオのものであり、「二つの文字は、あらゆる意味で、変身を「裏切るー露わにする」」(P141)。

この始まりの部分だけでも様々なことが連想されるがこの後も非常に興味深い「痕跡」に関する話が続く。

精神分析が夢を記憶痕跡としてその探究の素材とし、それを言語で扱おうと試みてきたことはその変容可能性を、潜在性を信じているからにほかならないだろう。

昨日書いた被害と加害の言葉とも繋げて考え続けている。

伊藤詩織さんがデータ(痕跡)をもとに戦っていることも考える。私たちひとりひとりがもつ痕跡を言葉にしていくこと、それによって初めて変容の可能性が生まれること、それをたやすく希望とはいえないけれど、そのことはこころに留めておきたいと思う。

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被害と加害の言葉について

その人が話す以上、その人だけの言葉だと思う。一方それは私の耳はそう聞いたというだけのことでもある。

被害者の言葉について考えていた。多弁で、巧みなレトリックを駆使する加害者にさらに傷を重ねていく被害者の姿を思う。

被害者は実名のまま孤立しやすく、特定できたはずの加害者はいつの間にか同じような姿を纏った人の集まりになり、膨らんでいく。言葉の暴力はあっという間に拡散され、被害者はさらに孤立を強いられる。

電車で男たちに取り囲まれて痴漢された女子高生の話を聞いたことがあるだろう。

誰もが傷つけ傷つけられて生きていく。その理不尽さだけでも語り尽くせないものがある。被害、加害関係は「してされて」の関係ではない。圧倒的な非対称がそこにはある。

私たちはみんな集団の一員である以上、常に集団力動のうちにあり反転しやすい世界を生きている。その人だけの言葉を発揮するには環境に守られることが本当に大事だけど、その環境を人が構成する以上、そこにも反転可能性が潜む。本当に安心できる場所なんてあるのだろうか。

『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』(エトセトラブックス)という本を読んだ。著者は、元警察官という職歴を持つ社会学、ジェンダー学の専門家。彼女自身の体験が書かれた部分はなんの説明もいらない説得力を持つが、それ以前に著者が豊富に引用するのは雑誌などに掲載されたフレーズだ。多くは痴漢について語る男性の言葉であり、有名な作家も多く登場する。この作家がこの話題になるとこんなに貧困な・・・とその想像力に、というかその想像力のなさに驚く場面も少なくない。

「痴漢行為が自然の欲求の発露であるとみなすことは、性「暴力」の矮小化」だと著者は書く。痴漢行為が罪として立件されるときも被疑者調書の作成に暗黙の因果性(自然の欲求の発露というような)が書き込まれてしまうことを知ると信じ難い気持ちになる一方、そういう発言には馴染みがあることも思い出す。

都合よく解釈され、カジュアルに、ゲーム感覚で加害が語られるとき、そのすり替えレトリックが被害者を幾重にも傷つける。シソーラスで「痴漢」と調べてもこの言葉が犯罪とゲームの意味を含み込んでいることがわかる。

被害と加害の関係をどう生きていくか。治療者としても考えるべき事柄だ。

匿名でSNSに書くことの暴力性が、実名で公の文書に書くこととは責任の引き受け方が異なることは明らかだろう。しかし、実名であっても集団化すればそれは匿名的になることもあるから単純ではない。

では治療場面は?二人だけの部屋で交わされる言葉、眼差し、レトリック、価値観について振り返る。

被疑者調書がステレオタイプ化してしまったら被害者の姿はさらに見えにくくなる。「若者よ怒れ」「女性はもっと怒るべき」という言葉も時代に応じて使われるが臨床はそれらとは馴染みの悪い個別性のもとに行われている。

怒るべきことがあれば治療者や指導者、良き仲間とのやりとりで振り返る。ひとつひとつの現象を単純化したり、集団化しない努力はしたい。

もしそういう言葉を控えることができたら「取調官によって供述が作られてしまう。被害者は痴漢行為に怒ってはいけない、恥ずかしがらなければならないとでもいうようである」という類の、個人の体験から離れた、なのに、ありがちな「価値」が臨床に持ち込まれることを回避できるかもしれない。その人だけの体験に向き直るような。

暴力と倒錯の間、ギリギリ子供の遊びっぽさで許容を強要する甘え、そういうものについても引き続き考えていきたいと思う。

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『哲学の先生と人生の話をしよう』

『哲学の先生と人生の話をしよう』國分功一郎著、初版は2013年、朝日新聞出版社。文庫版も今年でたが、初版本は表紙のイラストが素敵。シュッと知的な感じのイラストは國分さんに似ていなくもないけど國分さんは目を細めて優しく笑う。

「明快」といえば國分さん、と私は思っている。これは「わかりやすい」という意味ではなく、はっきりと話すということ。この本での応答ぶりも明快。痛快でさえある。

それにしても初版2013年には驚いた。私たちの子育て支援のNPO「しゃり」の研修会に國分さんをお呼びしたのはそれより前だ。でも震災より後だったはず。時が過ぎるのは早い。

私は以前より哲学が好きで、仕事帰りに朝日カルチャーセンターで彼の講義をうけていた。それは大変刺激的で、紹介された本を読み、ある種の切迫感のもと國分さんに「今こそ誰にでも哲学が必要だ」みたいなことをメールに書いて講師をお願いしたら快諾してくださった。

当時、私たちが学童保育所を開いていた千葉の北国分(これもきたこくぶんって読むよ)の教会で行われた講義はユクスキュルの環世界の話からだったと記憶している。

そのあとの懇親会も若者たちから人生の先輩方まで多くの方が参加してくれて盛り上がった。貴重な機会をくださった國分さんには感謝している。なんだか平和だった。

國分さんの明快さは親しみやすさと繋がっている。「モテる」人のような「敷居の低さ」はないが(『哲学の先生と人生の話をしよう』参照)、スッキリした明るさがある。

これは「話をしよう」というわりに「相談」の本だが、國分さんの応答に曖昧さはない。率直。実によく相談内容(書き言葉)を読み取ってくれる。書かれていない細部こそ重要だという姿勢は精神分析臨床の姿勢と重なる。解説で千葉雅也氏もそう書いている。それゆえ相談者は拒否されたと感じることはないだろう。

ぜひ本で確認していただきたい。

國分さんは高速で歯切れのよい語りをされるが「ちょっと待てよ」という感じで立ち止まることも多い(印象)。当然聞き手もつられて立ち止まる。そしてまた動き出す。直線的ではない思考に揺さぶられるのは遊園地感覚で楽しい。

この本は読書案内としてもとても優れている。誰々はこういった、という言葉が自然に出てくるまでにかなりの「勉強」が必要なのはいうまでもない。聞き上手、読み取り上手の先生は引用も上手いのが特徴だ。

國分さんが語学学習に関する相談にこたえるときに引用した関口存男のことばは何度聞いても面白い。

「世間が面白くない時は勉強に限る。失業の救済はどうするか知らないが個人の救済は勉強だ」関口存男『新版 関口・ドイツ語講座』上中下、三修社、2005年

相談はするのも応じるのも難しい。相談ってそもそもなに、とか考えだすとキリがない。まぁでも「話をする」ことはわりと日常で必要だからそこからはじめようか。と言う感じでこの書名にしたのかな。

とてもいいと思う。おすすめです。

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旅に出たい

旅に出たい。仕事にきたけど。

日本の全都道府県を旅してきた、というとなんだかすごそうだけど、どこも足を踏み入れたのはほんの一部だし、その土地や人が経験してきたことを私はほとんど知らない。

実際に何度も同じ道を歩いたりして、地形を感じ、少し位置を変えれば景色がグッと変わるとかいうことは知ってる。

でも人と話せばやっぱり知らないことばかり。方言がわからず話す以前に聞き方から教えてもらうこともある。秋田にいったときはホテルの食堂の女性たちがクイズ形式で教えてくれた。

旅は安い宿に泊まるせいかいろんな人との距離が近い。いろんなものをもらったり教えてもらったりする。私の経験では、早朝から土木などの作業にでる人たちと一緒になる宿で、ジュースとかパンとかおにぎりを行くなりくれたりでるときに持たせてくれたりしたところが数件あった。コンビニどころかお店がとても遠い地域は多いのでとても助かる。もちろん自分でも非常食(というかお菓子)を持ち歩いているけど。

あぁ、旅にでたい。まず仕事。

秋晴れですね。良い一日を。

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読書

『百人一首ノート』

あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今一度の 逢ふこともがな 和泉式部

もしなにかこころに思うことがあるとき、今日マチ子さんの『百人一首ノート』はよいかもしれません。百人のトップ歌人たちの言葉はそれだけでも十分にパワーがありますが、この本は現代を生きる私たちに寄り添った解釈を美しいカラーの絵で見せてくれます。

もちろん描き方は百人百様なはずです。普遍的なこころの動きを体験する仕方は人それぞれですから。ただ、二次元の世界に自分を重ね合わせて新たな自分を立ち上がらせることも日々私たちはやっています。和歌と絵柄を静かに見つめることで今の自分のこころに少し異なる色合いを見つけたり、その痛みやなにかが誰にでも普遍的に訪れるものであることを知って少しだけ安心したりするかもしれません。

古と今を行き来しながら、出会いと別れ、そしてそのプロセスを少しずつ受け入れながら歩んでいけたらと思います。シェア

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パーソナル

アルゴリズムが高度化した現在、私たちは簡単に嘘をつけるようになった。あるいは瞬間的な気持ちをどこかに書きつけることをするようになった。SNS環境においては匿名の人(本当はわかっていたりすることもあるけど)も匿名じゃなくても拡散は無邪気に行われ、誰のどんな言葉なのかという吟味のないまま、自分的「正しさ」のもとに裁かれる、あるいは捌かれることが増えた、という印象がある。

特に非難や裁きに関しては、実際に会ったら言わないであろう言葉が使われることもしばしばで、実際に会うことは言葉を育てることである、とコロナ以降、特に感じる。

ファクトか、フェイクか、人間関係ではそんな簡単に二分できないことがたくさん生じる。好きだと悟られないようになんでもない感じに振る舞ったり(嫌いとか言ったらかえって好きとバレるかもしれない)、空想が現実を覆ってしまったりいろんなことは重なり合う。

ウィニコットのtrueとfalse、北山先生のオモテとウラなどもそうだけど、とか色々思うけど、私は最初に何を考えていたのかな。うーん。忘れてしまいました。まぁ、続けよう。

先日、飯間浩明さん、山本貴光さん、吉川浩満さんの辞書編纂に関する対談で、飯間さんが「正しさ」という警察的、規範的な考えで辞書を作っていないというようなことをおっしゃっていて「それも含めて日本語」という言葉が印象に残った。

ところで、パーソナルな言葉って何かしら。精神分析でパーソナルというとき、というか私が使うとしたら、それを二人の間にある無名の誰かを「パーソナル」と定義づけたいし、そのために四苦八苦すると思う。

そう考えると(突然だけど)夏目漱石はやっぱりすごい。「吾輩は猫である。名前はまだ無い。」

写真はムクドリ。知っている方には声も聞こえてくるでしょうか。小学生の男の子たちが「すげえ、こええ」ばかり言いながら見上げていました。

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精神分析における切なさと懐かしさ

昨日は寒くて泣きたかったですね。冬のコートを着てしまいました。昨日がちょっと特別でもう少し暖かい日もまだあるでしょうけど季節は確実に先に進んでいますね。今日はどうなのかな。

切ない、という言葉をシソーラスでひいてみました。分類としては「哀愁を帯びる(気配)」という「抽象的関係」の「不快な気配」に入るようです。切ない・・・遣る瀬無い、ほろ苦い、甘酸っぱい、ペーソス(使ったことがないです)、など色々ありますが、「不快」と言われるとそうかなぁ、という気がします。少なくともフロイト のいう快不快という一次過程的な言葉ではないでしょう。

こんなはずではなかったのにこうならざるをえなかったというような、愛を基盤とした叶わない複雑な想い、というのが私の定義です。胸がギュッと締め付けられるのを服の上から押さえてしまうような幾重にも狂おしく、でも絶望までいかずとどまる健気さをこの言葉には感じます。

そしてこの「切ない」をワークスルーできたとき、「懐かしい」という言葉に開かれるような気がしています。

長い期間、本当に多くの患者さんと密な関係を築いてきて、この二つの単語はキーワードになると感じてきました。「懐かしい」という歴史性を帯びた言葉に開かれることは諦念と希望を感じます。

精神分析は痛みを生きる場です。だからアクセスしやすいものにはなっていません。痛みに触れながら生きる場所は特別である必要があるからです。頻回の設定にお金と時間を費やしていくことの意味はこの痛みを除去するものとみなさず、関係を繋ぐものとみなすことと関係するのでしょう。たやすくはないデリケートな作業です。

そこでの二人の関係もまた切ないものです。お互いが絶望せずそこにとどまれるように言葉を単なる言葉として聞き流さず、その声に含まれるものに開かれていくこと、フロイトを読んでいると、彼がここに見えないけど確実にありそうなものをとても大きくて緻密な網の目で捉えていることに気づきます。

大切と書こうとしたら、ここにも「切」。無意識に、「そんなつもりはなかったのに」、こころを切ったり切られたりすることが起きてしまう、精神分析は誰もが持つこころの凶器、あるいは狂気に触れます。そしてそこに敏感に注意を払い、価値判断をできるだけ退け、関心を向け続けます、お互いに。だから、精神分析家になる訓練では患者を持つ以前に自分が患者になる必要があります、十分に。それがどんなものかを知ることなしに他人のこころに触れることは不可能です。

今日は日曜日。誰かと関わらないことでえる休息もとても大切です。精神分析の場合だと、お互いに。毎日会って日曜を休む、フロイト的、精神分析的生活は、一次過程における快不快の水準ではない「不快」さ、疼く痛みを感じながらも「切ない」にとどまることを可能にする仕組みでもあります。痛いけど、狂おしいけど、それが憎しみを含む愛情関係である限り、憎しみだけに覆われてしまわない限り、いずれ懐かしい痛みへ。それは目指されるものではなく、精神分析において生じうることとしか言いようがないけれど。

良い日曜日をお過ごしください。

付記

精神分析における日本語の使用については北山修、妙木浩之が詳しいので、『日常臨床語辞典』北山修監修、妙木浩之編、誠信書房と『意味としての心 「私」の精神分析用語辞典』北山修、みすず書房をみてみたが、単独の言葉としてはどちらも取り上げられていなかった。ただ「切ない」は『意味としての心』の索引にあり、「神経をつかう」「つながる」の項目で取り上げられている。

ちなみに『日英語表現辞典』では、せつない(つらい)painful; trying;stabbing

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『記憶のデザイン』

昨日今日とたくさん走って疲れた。といっても向こうの信号が変わるまでにとか、せめてあそこの角までとか、断続的にドタドタ急いだだけだが。周りからは重たい荷物によろめいている風にしか見えなかったかもしれない。

急ぐ事情は毎日色々だが、腰をやられてからは極力急がないですむ方法を選択している。

でも、昨日は山本貴光著『記憶のデザイン』(筑摩書房)の発売日だったのだ。しかも昨日は電車に乗る時間が長い日だった。ちょこちょこした隙間時間ではなく、ある程度まとまりのある移動時間にこれを読みたくて走った。

少し前までNew Directions in the Philosophy of Memory Edited by Kourken Michaelian, Dorothea Debus, and Denis Perrinを読んでいたが、それもこの本を読むための助走だった。これは英語だし、基礎知識に欠けるので読みたいように読んだ感じがあるが、自由連想と外傷記憶について考えを深めることができたと思う。

山本さんはこの『記憶のデザイン』の冒頭で「コンピュータの記憶装置にしまいこんでから、そうした土地勘のようなものが失われたことに気づいた〜」という表現をしているが、昨日の私は土地勘に助けられた。

オフィスのある西新宿は10代後半から私のフィールドだ。新宿東口は劇場と本屋くらいしか今はわからない。歌舞伎町も今はすっかり変わってしまい、ペペとバッティングセンターしかわからない。

私は画面上の地図を見るのが苦手だし、目的なく歩くことが多いので、どこかに目的をもってたどり着かねばならないときはいつも迷う。大手町なんて一生慣れなそうだから迷う時間も移動時間に組み込まねばならない。

でも昨日の私はインターネットいらずで最短距離をさくさく(ドタドタ)いけた。一軒目の本屋の新刊コーナーにないとわかるとすぐにレジへ。「まだ入ってきていない」と言われて時計を見たら「まだいける!」とわかり二軒目へ(居酒屋みたい)。そこなら確実にあるだろうと思っていたが、万が一のために次にまわる本屋への最短ルートもパッとイメージした。

長年歩き続けた土地では足も頭も自然に動く。「ここ、前はこうだったのに」と変化を横目にみながら急いだ。アスファルトはすでに晩秋のような色をしていた。自然が残す足跡は濃い。反復ではなく巡っているものの強さだ。

「記憶のデザイン」プロジェクト、と著者はいう。このインターネット時代を生きる自分の記憶をどうお世話するか、この環境と私たちの記憶がよりよい関係を結べるような仕組みを作れないだろうか。それはそうと記憶というのはそもそも何か。

コンピュータと早くから関わり、ゲーム作家としてそれと生産的な関係を結んできた山本さんは、その背景をなすものすごい博学ぶりを注に潜ませながら、時折柔らかな笑いを誘うツッコミ(かどうかわからないが)とともに語る。「思考の散歩」という表現も穏やかでいい。

ガタリの3つのエコロジーもここでは柔軟に用いられる。でもなぜガタリ なんだろう。基礎知識がないからわからない。

以前、ガタリの入門書で4つ目のエコロジーとして「情報」があげられていたが、ここでは「技術」が取り上げられ、ひとつずつ、説明に紙面が割かれる。

個人的には山本さんが自由連想的に書きつける彼の記憶がとても面白かった。人の記憶を面白がるなど失礼な話かもしれないが、その内容というよりはその想起の仕方がなんとも興味深かったのだ。このあたりから付箋を貼ることも忘れて読んだ。

私の場合は精神分析と関連させずには読めないので、この辺の興味は精神分析の醍醐味を感じるからにほかならない。

この本はどんな立ち位置からでも読みやすいし、自分を取り囲む情報環境とどうお付き合いするかについて素朴に考えさせてくれる。とても豊かな情報量なのに押し付けがましさは一切ない(山本さんの本の特徴だと思う)。情報量に圧倒されるのは辛いな、私は。だから私もお世話の仕方を考えよう。

記憶に対してニュートラルでありたい。そんなことを思った。

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美しさ

穂村弘『ぼくの宝物絵本』(河出文庫)には美しい「赤ずきん」の本が載っている。

私は卒論を幼児が絵本の読み聞かせをどう体験するかというテーマで書いた。題材はグリムの『赤ずきん』。絵はバーナディット・ワッツのだった。

児童文化・児童文学と発達心理学の両方を学びながら緩やかに自分のやりたいことをみつけていけばよかった大学生活は至福だった。小さな美しい森の中にある図書館の陽だまりで、鍵を借りて入る地下書庫で、何冊もの児童書や専門書を読んで過ごした。図書館のそばの池には毎年おたまじゃくしがたくさんうまれた。

私は発達心理学のゼミだったが、卒論は児童文化・文学との重なり合うものを選んでいたんだな、と今になって思う。当時の私にはとても自然なことで意識していなかった。

大学院を修了後、療育と精神分析という組み合わせで臨床を続けてきたのも私にとっては自然だった。精神分析といっても、セミナーとスーパーヴィジョンを受けながら真似事のような、なんとなくそれっぽいふりをしたことを長らくしていただけで、訓練に入ったのは心理士としての経験年数だけが増えたほんの数年前だが。

なんにしても歳をとった。

先日、美しいものをみた。私の絵本を二人で覗き込む女性たち。モノクロのその絵本にはさまざまな石が描かれていて、ページをめくってもめくっても違う石と出会える、つまり驚きと出会える。レオ・レオニの「はまべにはいしがいっぱい」という絵本だ。

少女が大人になること、美しいプロセスだと私は思う。そしてその人に子どもの姿を垣間見るとき、それもまた美しいと感じる。彩色はあってもなくてもいい。ただ別のものとしてそこに存在しながら同じものを眺めている。彼らの歴史がスッと繋がったとき、眺めている私には彼らが少女に見えた。

そして小学校2年生の時の自分を思い出した。彼女と私はいつも一緒に遊んでいた。少し大きくなって会わなくなったあとも家の前を通れば彼女の部屋を見上げた。

「狼とともに吠えよ」。穂村弘が紹介する最も美しい「赤ずきん」、『Dressed/Naked』のエンディングだという。今はもう手に入らない。

精神分析には同一化という概念があるが、様々な水準で重なり合っては離れていく私たちの無意識は個人のものであり集団のものでもあり、子どものそれでもあり大人のそれでもある。

「狼とともに吠えよ」。美しさはピュアではない。

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精神分析、本

ステレオタイプ

世界では物事が順序立って起こると予測していなければ、ユリの香りがすることやハチに刺されたら痛いことなどを予想せず、絶えず驚いてばかりだろう。ステレオタイプとは心が行なう速記であり、自分の体験を理解可能なカテゴリーへと区分けすることから避けがたく引き起こされるものである。ーマーク・W・モフェット『人はなぜ憎しみあうのか』(早川書房)より

そうね、でも、と思う。精神分析はこれに抗ってきたと思う。というか「驚き」をもっとも大切にしているのではないかな。ものすごい負担や痛みはあるものとして。

でも、抗っても抗っても常にいつの間にか何かのカテゴリーに回収されるというのも本当かも。人のこころは不自由で、いろんなことを決めつけることばを使ったほうが簡単で、微細な揺れなどなかったことにできる抽象概念を扱えたほうが「賢く」生きられそうだ。

無意識と出会う驚き、双方が。なのに言葉を使う。この矛盾。矛盾ではないか。言葉を使うことでズレを知るわけだから。だからこそ言葉の使用は重要。でもその前に身体がないとなんとも。身体は大事だから、眠れないときは眠れるように。具合が悪いときも環境や気の持ちようのせいにしない。心身というくらいだからこころのことももちろん連動はしているけど身体がないとこころは存在できない。

冒頭にあげた「驚き」は、知らないことに出会う驚き。私はユリの香りが強くて苦手だし、ハチに刺されるのも嫌。確かにそういう知識が速記されてる、私のこころにも。いつのまにか書きつけられたそれらで世界を掴もうとすることの繰り返しが毎日だ。それは似たような身体が持つあまりに個別な体験のはずだけど。

ステレオタイプは、一方ではこころを守るために、一方では誤魔化すために、攻撃するために用いられる。物語も同じように危険だ。驚きつづけることの負担も相当なものだけど大事にしたいと思ってきた。今はそれもな、と思っているけど。迷ってばかりだ。

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精神分析

居場所

今日は新しい保育園へはじめて巡回する日です。本来だったら5月6月あたりに行く予定でした。関係をつなぐことは決して当たり前ではないということを知らされます。

私がしてきたことは、長い間ずっと好きで、信頼してきことに向かっていました。オフィスを訪れる方が私が大切にしてきたものを読み取ってくれるのをありがたく感じながら、今更ながら私にはこれ以外何もないな、と思いました。

いくつもの世界に生きることはできないからこそ居場所というのはとても大切だと思います。遊牧民のように移動する生活でも生きている場所が居場所になるように、俯いて歩く朝に小さな花を見つけて立ち止まるような、そんな瞬間を居場所と感じられたら素敵だなと思います。そのために必要なことを多くの患者さんから教えてもらってきたと思います。

ひとりではできないことをひとりでやろうとする無理をしないように、無理をさせないように、人間関係では必然的に生じてしまう傷を修復可能な状態に留めておく術についていつも考えていますが、それはとても難しくて、こんなことを考えること自体に無理があるのではないかというような気もしてしまいます。

身体全体で世界を受け止めている小さな子供たちが小さな花に気づき、まだ見えていない遠くの飛行機を見上げ、見知らぬ私に泣き、保育士に小さな手でしがみつく、そんなひとつひとつのことが彼らの居場所を作っていくように、何度でも最初の頃に戻れるなら、と思います。

精神分析は、二度の大戦を生き延びながら受け継がれてきました。耐えがたい痛みのなか、今はまだ見えていない場所を潜在空間とし、そこに希望を見出す、つまり錯覚を十分に体験しうる力を信じてきたのだと思います。

でももしその強さがなくても、とりあえず、なんとか今日のはじめの一歩を、というのも勇気かもしれません。良い一日でありますように。

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精神分析、本

エピソード記憶

駅前のひまわりが雨にうなだれながら咲いていました。あそこのひまわりもきっとまだ咲いているでしょう。いつまで咲き続けるのかしら、と通るたびにチラッとみて少しほっとすることの繰り返しでした。

いつまでも、と願う気持ちもあるけれど、いつか、いずれ、と思うことも素敵なことです。そんな日はこない、とどこかでわかりつつ奇跡を願い続けた人はいつの時代にも存在します。だから希望という言葉が消えることは多分ないのでしょう。

旅に出てネイチャーガイドさんと一緒に出かけると自然の連鎖と循環を知り胸を打たれます。厳しい気候のなか、壊されながら、自力で修復しながら生きる植物、落ちた場所を選べなかったために生まれてすぐに土に還った種、小さなひだまりを知って細い腕を伸ばすようにしている蔓、鳥も動物も様々な形で生命を交換しながら生き、死に、別の形でまた存在していきます。

存在を消すことは難しいです。私たちは記憶するから。

最近読んでいた記憶の哲学の本ではエピソード記憶は過去の単なる想起ではなく、記憶は再構築される、あるいは生成されるというようなことが書いてありました。すると記憶に関する因果説の説得力は弱まります。この話は、少し前にここで書いた記憶に関する実感に根拠を与えてくれました。

mental time travel。魅力的な用語です。外傷と記憶の関係を考えながら、多くの事例を思い浮かべるとき、過去の記憶がいかに未来を想像することを妨げてしまうのか、そこに希望という言葉が存在することの難しさに思い至ります。

mental time travelにはある種の偶然が必要かもしれません。そのためには時間も必要かもしれません。いつまでこんなことが続くのだろう、と苦しくて辛いときも「いつか」「いずれ」と願うこころが瞬間的にでも作動しますように。

雨の音を聞きながら旅の景色、音をなぞっています。

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精神分析

知らんけど

どうして「わかる」「わからない」を問題にしてしまうのだろう。

そんなのどっちだっていいじゃないか。

わかったりわからなかったり、ちょっとわかったり、わかったと思ったのにわかってなかったりする。それでいいじゃないか、と思う。

精神分析を「言葉遊び」だという人がいるけれど、多分そういう意味での「言葉遊び」ではない、わからないけど。

精神分析はプレイだと書いた。昨日。だから「遊び」でもいいけどそれだとわかってもらえない気がしちゃうんだ。わかるわからないじゃなくて、って書いたばかりだけど。精神分析は「する」もので「受ける」ものだから言葉を尽くしてどうなることでもないのだけど。

一応私の体験からいうならば演劇やスポーツのプレイかな、精神分析は。いろんな気持ち。生命の動き。言葉にならないものばかりを言葉にする営み。どちらかというと声に近い。意味はずっとずっとあと。かも。

わかる、わからないもずっとあと。かも。わからないけど。知らんけど、が近いのかな、関西弁だと。ラジオで聞いたんだ。いい言葉だなと思った。知らんけど。

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精神分析

精神分析というプレイ

決めのセリフというと決め台詞と少しニュアンスが違いますね。決め台詞というと「出た!」という感じがするけど(多分それぞれに思い浮かぶ台詞は違うでしょう)決めの台詞というとなんだかもう少し個人に向けられた感じ。そんなことないかもしれないけどそんな気がしました。

精神分析はアセスメントのあと始まってしまうと認知行動療法(CBT)のようにパッケージがありません。なので、その先は個々の患者と治療者の言葉に委ねられていきます。

精神分析は、生きることと死ぬこと、あるいは愛と憎しみの瀬戸際、子どもの性と大人の性の瀬戸際で人のこころを描き出してきました。そこには俯瞰してみれば似たような、近づいてみればまるで違う世界が存在しています。そのため、お互いが使用する言葉も似ているようでまるで違ったりします。決め台詞は共有されないかもしれません。

日本の精神分析家の北山修先生がきたやまおさむとして紡ぐ歌詞と、彼が精神分析家として語る言葉の違いは多くの人に通じる例かもしれません。あえて例を出せばということで、いつも付け加えるように、患者と治療者の二人がその場、その時間に使用する言葉はひとつひとつ全く異なるはずです。

同じ言葉に潜む距離、それが実感されるまでには長い時間がかかります。また、大抵の治療はお金がかかりますが、精神分析はそういった長い時間に伴った多くのお金がかかります。これは、それで生活をしている専門家の時間を買っているから、といえばそうですし、その専門知を、その存在を守るため、といえばそうなのかもしれません。ただ、これらの説明は一面的というか、専門家の側に立った言い方のようにも感じます。もちろん患者はいつでも辞めることができますので、そんなことはしたくないよ、となればやめればいいわけですが。

でもどうでしょう。私たちはそんなにはっきりキッパリした存在でしょうか。むしろ精神分析を受けにくる方は、自分のこころの曖昧でぐちゃぐちゃした部分に困っている方ばかりではないでしょうか。

そういえばこれは北山先生も強調するところですし、お金のことも『心の消化と排出』(作品社)という本に書いてあります。夏のブックフェアで『居るのはつらいよ』(医学書院/シリーズ ケアをひらく)の東畑開人さんも選んでおられたのでご存知の方も多いかもしれません。

お金を払う、お金をもらう、ということについて私たちは普段そんなに意識的ではないかもしれません。私がよく知る心理職の間でも、同じ職種でこんなにお給料が違うのになんとなく理由をつけて済ませていることが多い印象があります。

親子の間でも子どもの側は親がどんなふうに自分にお金をかけているかについてあまりよく知らないでしょう。子どものうちは知る必要もないかもしれません。

子どもの精神分析的心理療法の場合、お金を払ってくださるのは保護者です。ということは、保護者が払わないと決めたら治療はそこで終わる場合もあるということです。そのときはじめてお金の問題が患者である子どもと治療者の間に切実な問題として立ち上がってくることがあります。私は、この局面がとても精神分析らしいと思っています。曖昧さを、どうにもならなさを、どうにかしようともがくふたりにこれまでとは異なる言葉が生まれてくるチャンスだから。切実な問題は二人を切り離しも近づかせたりもするのです。

さて、大人の精神分析の場合も、プロセスは少し異なりますが、時間とお金と言語という、形がありそうなのにあまりに曖昧で多義的なものに患者と治療者は出会っていきます。

もし訓練でこの部分が切り離されたらそれは精神分析ではないだろうと私は思います。セッションの頻度などの変数で比較する以前に。

長い期間、お金を払い続けたり、いただき続けたりするなかでお互いの生を繋ぎながら見えてくるのは、私たちがいかに曖昧なつながりを信じて生きているかということです。そしてそのつながりは関係性によって名前を変えます。それが繋がりになるか搾取になるか、今はこうでもいずれは別の言葉になるのか、こころも言葉も揺れ続けます。とても大変で切ないことです。

精神分析は転移ー逆転移という過去と現在が同期したり切断したりされる時空で行われるものなので、とにかくいろんなことが起きてしまうようです。これはお互いの真剣なプレイであって、「すること」以外には共有の可能性は低く、精神分析におけるふたりのあいだに決めのセリフは多分、ボルヘスのいうように身も蓋もないそれ自体ということになるのでは、というのが今のところの私の仮説です。

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精神分析

記憶

フロイトは忘れたくても忘れられない人だったみたい。実際は多くのことを忘れているし、それが当然だろうけど。

夢、日常生活における間違いや「〜忘れ」と呼ばれるもの。

回想も連想も事実の想起ではない。でも事実の表現ではある。事実が私を作ってきたとするならほんとに大事だったのは事実それ自体ではなくてそれをどう体験したかにほかならない。

世界には、といわなくても私の周りにも悲しいこと、しんどいこと、耐えがたいことはたくさんあって、もうどうしようもない気持ちでもなんとか、なんとかやっている。そんな声は少なくない。

忘れたいことばかり。全部が錯覚で思い込みだったと思おうとしても、実際にそうだったとしても、忘れるということは不可能なことだ。

精神分析は記憶にまつわる学問だ。時間と空間という二分法に陥ることなく、私たちが生きる場所をそこに見出したのだと私は考えている。

英国の精神分析家、ウィニコットが「私たちの生きる場所」といい、「可能性空間」といったのもつまり、そこが精神分析の場所であるということだろう、と私は思う。

ひとりではない体験。その記憶。しかも生成され続けるそれとともにいること。辛くて長い作業だ、と何度でも言いたくなる。

なんとか、なんとか生きている。そんな毎日をどんな言葉で綴ろうか。

秋日和。日曜なのに制服のこどもたち。部活かな。今日は半袖でも大丈夫ね。良い一日でありますように。

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投壜通信。

海にいたらそうかもしれない。

この電話で特定の誰かに言葉を送るのは少し心許ない。

どこに向けていいかわからないから空ばかりみてる。

この前は夕焼けがきれいだった。少し目を離したらもう消えてしまっていたけど。

昨日今日はのっぺりした空ですね。